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メンバー情報

ID5034
名前マー坊
コメント横浜市に2002年から在住です。
2012年10月から年金生活となり、
2014年1月から百名城巡り(スタンプラリー)を始めました。
三年後の2016年12月末までに完全登城するのを目指し、
2016年7月に100城目として仙台城を登城し二年半で全踏破達成しました。
百名城同好会の皆さんの情報を見て参考にしながら登城しました。
貴重な情報を、どうもありがとうございました。

2018年4月から続百名城巡り(スタンプラリー)を始めました。
二年半後の2020年9月末までに完全登城するのを目指します。
登城マップ訪問城マップ

登城記録

登城日順 城番号順
小田原城
2014年1月2日
1城目。
北条氏の本拠地として有名で、小田原市では城の中心部を江戸末期の姿に復元することを計画しており、天守の復興を手始めに1934年に二の丸隅櫓、1971年に常盤木門、1997年に銅門、2009年に馬出門を復元しました。
天守閣1階でスタンプをゲット。
八王子城
2014年1月3日
2城目。
JR中央線高尾駅より西東京バスで10分、霊園前で下車して徒歩約15分。麓の八王子城跡管理棟から城山川沿いに約10分、古道を歩いて曳橋、虎口、冠木門および御主殿跡を見学。
管理棟に戻ったが、新年のため、管理棟は(ガイダンス施設も)お休みでした。
ただ管理棟前にスタンプではなくスタンプを押した紙が置いてありました。
このスタンプを押した紙を頂いて、八王子城山の山頂を目指して約45分、坂道を登って松木曲輪・小宮曲輪跡を経て八王子城の本丸跡に着いた。
佐倉城
2014年1月7日
3城目。
JR総武本線佐倉駅北口より徒歩で25分。
佐倉城址公園として整備されており、空堀や土塁などが復元され、国立歴史民俗博物館の近くに空堀の角馬出が綺麗に復元されていました。
武家屋敷が佐倉駅と佐倉城の中間の辺りに道路を面して並んであり、佐倉駅への帰りに立ち寄って見学しました。
川越城
2014年1月11日
4城目。
東武東上線「川越駅」東口から東武バス「神明町車庫行き」に乗り10分「市役所前」で下車し徒歩で5分。
川越市役所前に鷹狩姿の太田道灌の像と大手門跡の石碑があり、1848年(嘉永元年)に建られた本丸御殿へ行く途中、中ノ門堀跡の標識と2008年(平成20年)に復元された中ノ門堀があり、見学した。
鉢形城
2014年1月12日
5城目。
東武東上線寄居駅で下車し徒歩で25分。
深沢川が荒川に合流する付近が谷を刻む断崖上の天然の要害に立地。
南西側に大手、外曲輪、三の曲輪の三つの郭を配し、北東側に二の曲輪、本曲輪、笹曲輪となっており、空堀や土塁がたくさんあった。
江戸城
2014年1月13日
6城目。
江戸城の中心部である本丸・二ノ丸と三ノ丸の跡は皇居東御苑として開放され、南東側の皇居外苑と北側の北の丸公園は常時開放されています。
大手門から入って同心番所、百人番所、大番所や桜田巽櫓、伏見櫓、富士見櫓や天守台などを見学しました。
スタンプは楠公休憩場、和田倉休憩場、北の丸休憩場の三か所にありますが、北の丸休憩場(ここのが一番状態が良い)でゲットしました。
甲府城
2014年1月24日
7城目。
JR中央線「甲府」駅南口から徒歩で5分。
徳川家康が1583年(天正11年)に家臣の平岩親吉に命じて縄張りを行い甲府城の築城を企図したと言われています。
甲府城の内城部分には天守台や本丸、諸曲輪が存在し、北側に山手門、南側には追手門、西側には柳門が存在し出入口となっており、2003年(平成15年)に稲荷櫓が復元されました。
甲府城稲荷櫓でスタンプをゲット。
武田氏館
2014年1月25日
8城目。
JR中央本線「甲府」駅北口よりバス約8分「武田神社」下車すぐ。
武田氏館は戦国時代に築かれた武田氏の本拠地で、信虎、信玄、勝頼3代の60年余りに亘って府中として機能しました。
跡地に武田神社が建てられ、遺構として石垣、虎口、土塁、堀などがあり、武田神社宝物殿でスタンプをゲット。
岐阜城
2014年2月8日
9城目。
岐阜市の金華山山麓にある岐阜公園から急峻な登りが続く「馬の背登山道」を、剥き出した岩肌をよじ登ったり木の根を掴んで登った。
山頂にある岐阜城の天守で内部を見学した。
下りは整備された「七曲り登山道」を歩いて岐阜公園に戻った。
名古屋城
2014年2月9日
10城目。
金の鯱で有名な名古屋城に、大雪にも拘わらず行ってきました。
本丸御殿の復元の第一期が終わり部分公開されていました。檜造りの立派な建物で金箔の襖絵や天井の造りなどに感嘆。第二期は2016年に、最後の第三期は2018年に終る予定の様です。
天守閣の外観も内部の展示物も見応えがありました。
小諸城
2014年2月10日
11城目。
しなの鉄道小諸駅下車し徒歩で5分。
懐古園の入口の三の門、市街地に存在する大手門が現存し、国の重要文化財に指定されている。その他、天守台、石垣などが現存する。
スタンプは懐古園事務所でゲット。
箕輪城
2014年2月11日
12城目。
高崎駅から群馬バス「箕郷行き」で30分「箕郷本町」で下車し徒歩20分。
2月8日と9日に降った大雪が残っていたが、先人が歩いた後を踏みしめながら曲輪・三の丸・二の丸・本丸の順に、石垣・土塁・空堀の跡を巡りました。
駿府城
2014年2月22日
13城目。
JR東海道新幹線静岡駅から徒歩で10分。
1989年(平成元年)に二の丸の巽櫓が、1996年(平成8年)に東御門と続多聞櫓が復元され、2014年(平成26年)3月末の完成を目指し坤櫓の復元工事が行なわれていました。
掛川城
2014年2月23日
14城目。
JR東海道本線掛川駅から北へ徒歩で7分。
大手門と大手門番所、太鼓櫓と木造天守と霧吹井戸、二の丸御殿を順に見学した。
二の丸御殿の内部を見学しながら昔を偲び、戦後初めて木造で再建された天守に雰囲気を感じた。
山中城
2014年2月26日
15城目。
三島駅から「元箱根」行きバスに30分乗車し「山中城前」で下車。
三島駅南口の西側に総合観光案内所があり、バスの待ち時間を利用して総合観光案内所で山中城のパンフレットを入手。このパンフレットを頼りに筏崎出丸、三の丸、二の丸、西の丸、北の丸、本丸の順に2時間掛けて訪ねました。
西の丸近辺では、芝生の補修工事が(3月下旬まで)行われていました。
障子堀や畝堀などの後北条家の城の特徴的な堀の形を確認できました。
雪が残っていましたが、問題なく登城できました。
足利氏館
2014年2月28日
16城目。
東武伊勢崎線の足利市駅を降りて徒歩15分で鑁阿寺へ。
鐘楼が工事中で近くには立ち入れませんでした。
隣の足利学校も見学しましたが、足利学校の周囲にも別の立派な堀があることを知りました。
金山城
2014年3月1日
17城目。
東武伊勢崎線太田駅から徒歩40分で大光院に着き、西山ハイキングコースを25分登って西城に着き、見附出丸、物見台、月の池、大手虎口、南曲輪、日の池、実城(本丸)跡の新田神社の順に巡った。
その後、西山ハイキングコースを下って史跡金山城跡ガイダンス施設を見学し、東山ハイキングコースを下って太田駅に戻った。
ハイキングコースでは2月14日に降った湿った大雪のためか松の大木が倒れて歩道を遮断している箇所が数か所あった。
水戸城
2014年3月9日
18城目。
偕楽園で観梅し、山翆で元祖アンコウ鍋を食した後、弘道館料金受付でスタンプをゲット。弘道館は現在、庭園のみ無料で部分公開をしていました。二の丸と本丸の間のJR水郡線が走る深い堀に感嘆!本丸跡に残る薬医門を見学。
岡崎城
2014年3月10日
19城目。
名鉄名古屋本線東岡崎駅から徒歩で15分。
乙川に懸った橋を渡ってすぐの所に岡崎公園が整備されている。
本丸、石垣、堀などの遺構があり、1959年(昭和34年)に天守が、1993年(平成5年)に大手門が、2010年(平成22年)に東隅櫓が再建されていました。
犬山城
2014年3月11日
20城目。
名鉄「犬山遊園」駅で下りて徒歩15分。城郭内の入口門の二階の事務所でスタンプをゲット。
江戸時代に尾張藩の付家老が入城し成瀬正成以来、成瀬氏9代が明治まで城主として居城としたそうです。木造の天守の階段が非常に急で、登り降りが大変でした。
天守の入場券で「城とまちミュージアム」も入場でき、城と城下町のジオラマ大模型が素晴らしかった。廃藩置県の際に、松の丸裏門が常満寺に移築されたようです。移築された門を探して「お寺」や武家屋敷跡の旧家を訪ねて見ながら名鉄「犬山」駅に着きました。
松阪城
2014年3月12日
21城目。
近鉄山田線松阪駅から徒歩で15分。
石垣のみが残っており、城址公園となっている。
近くに御城番屋敷として藩士の居宅20軒が、中央の生垣を囲んで並んでいる。
スタンプは城址公園内の本居宣長記念館でゲット。
伊賀上野城
2014年3月12日
22城目。
近鉄山田線の伊賀神戸駅で乗り換え伊賀鉄道伊賀線の上野市駅で下車し徒歩8分。伊賀上野城は1585年に筒井定次によって築城され、慶長16年(1611年)に徳川家康の命を負って藤堂高虎が西側に拡張したそうです。藤堂高虎の高さ28.5メートルの石垣がありました。周辺には、松尾芭蕉を祀る俳聖殿や伊賀流忍者博物館や藩校の旧崇廣堂の史跡がありました。
松代城
2014年3月15日
23城目。
JR長野新幹線長野駅から川中島バス「松代」行きで約30分「松代駅」下車、徒歩約5分。
松代城管理棟でスタンプをゲット。元々は海津城と呼ばれ、上杉軍と武田軍の川中島合戦で著名。
本丸を中心とした城址の一部と新御殿が1981年に国の史跡に指定され、2004年に太鼓門、石垣、土塁、堀などが復元されています。
松本城
2014年3月15日
24城目。
JR篠ノ井線松本駅東口から徒歩で20分。
東門から入り、太鼓門、黒門、本丸へと進み、天守閣には600円を払って登城。
天守閣内の松本城管理事務所でスタンプをゲット。
天守閣から本丸御殿の跡を写真撮影した。
二の丸御殿の跡は修復中で、入ることは出来ませんでした。
堀には白鳥がいました。
上田城
2014年3月16日
25城目。
JR長野新幹線上田駅から徒歩約10分。
上田市観光会館でスタンプをゲットしてから上田城に登城。
真田昌幸により築城され仙石氏により大改修され、南櫓と北櫓と西櫓が現存し、南櫓と北櫓が復元された櫓門で繋がれています。
西櫓は仙石氏により創建された場所にそのまま建っています。
本丸跡には真田神社と呼ばれる歴代城主を祀った神社があります。
高遠城
2014年3月21日
26城目。
車で中央自動車道「諏訪IC」から国道152号に乗り45分して高遠町歴史博物館に着きスタンプをゲットしてから、博物館内と絵島囲み屋敷を見学。
藩校進徳館、三の丸、大手門、勘助曲輪、二の丸、桜雲橋、高遠城城門、南曲輪、本丸、太鼓櫓と巡りました。
曇り時々晴れの天気でしたが気温は10度前後で肌寒く、桜は「つぼみ」の状態でした。
高遠閣の近くで4月1日からの桜祭りの準備をしている人達がいました。
帰りは車で国道361号から30分掛けて中央自動車道「伊那IC」に乗り、岩村城に向かいました。
岩村城
2014年3月21日
27城目。
車で中央自動車道「恵那IC」から国道257号に降り25分で岩村歴史資料館に着きスタンプをゲット。
復元された表御門・平重門・太鼓櫓などを麓で見学した後、坂道や階段を登って大手門を経て三の丸、二の丸、東曲輪を守る六段壁、本丸埋門、本丸、出丸、出丸にある氷餅蔵まで30分歩いた。
太陽が出て日差しが強くなったり、曇って急に「あられ」が降り出したりして、天候が不安定な日でした。
岩村歴史資料館の駐車場(無料)に戻り、車で国道257号に乗り長篠城に向かいました。
長篠城
2014年3月21日
28城目。
車で長篠城址史跡保存館に着きスタンプをゲットしてから保存館内を見学。
鳥居強右衛門の像と逸話が印象的であった。強右衛門は、武田の大軍により取り囲まれた状況下で自ら買って出て長篠城を抜け出して岡崎城まで赴き援軍を要請した。岡崎城では織田・徳川合わせて3万8000の連合軍が翌日にも長篠へ向けて出発する手はずとなっていた。喜んだ強右衛門は、城の仲間達に一刻も早く伝えようと長篠城へ引き返したが途中で武田軍の兵に見つかり捕らえられた。武田勝頼は強右衛門に「援軍は来ない。諦めて早く城を明け渡せ」と城に向かって叫ぶよう命令したが、「あと二、三日の内に織田・徳川の援軍が来る。それまでの辛抱である」と大声で叫んだため、磔にして殺されたそうです。
土塁や堀を巡った後、車で国道257号から30分掛けて新東名自動車道「浜松いなさIC」に乗り、自宅に向かった。
新発田城
2014年4月12日
29城目。
JR羽越本線新発田駅から徒歩で20分。
本丸表門でスタンプをゲット。2004年(平成16年)に復元された辰巳櫓が一般公開されており内部の展示品を見学。城郭跡地の大部分が陸上自衛隊の新発田駐屯地となっており、三匹の鯱が特徴の三階櫓は内部が見学できず外観のみでした。城址公園では桜祭りが行われており、和太鼓の演奏や多くの屋台が設けられて賑やかでした。
駅への帰路の途中で、国の指定名勝の「清水園」に寄って旧新発田藩の足軽長屋を見学してきました。
春日山城
2014年4月12日
30城目。
JR東日本北陸本線直江津駅からバスで15分「ものがたり館入口」で下車。ものがたり館でスタンプをゲットし、ビデオによる解説を受けてから、周辺に広範囲に配置された砦や土塁、堀などの遺構を見学。
林泉寺に移動し上杉謙信公の墓でお参りし宝物館を見学。
上杉謙信公銅像の前から坂や階段を登って、三の丸、二の丸、大井戸、本丸天守台跡、毘沙門堂、千貫門、春日山神社と巡った。
春日山駅への帰路の途中で埋蔵文化財センターに寄って、センター前の「馬に乗った上杉謙信像」を写真に撮ってから、「謙信公と春日山城展」(2015年3月末まで無料で展示)を見学しました。埋蔵文化財センターの方が、ものがたり館より展示品は充実していました。
備中松山城
2014年4月22日
31城目。
JR西日本備中高梁駅より観光乗合タクシー(430円)で「ふいご峠」まで行き、そこから山道を登って20分。
土堀、大手門跡、三の丸跡、二の丸跡、本丸、天守と巡った。
大手門では、右手にそびえる石垣群に感嘆! 天然の岩盤の上に石垣が築かれ更に土堀が建てられている。天守入口の券売所でスタンプをゲットし天守内を見学した後、二の丸跡に戻り天守の北にある二重櫓(国の重要文化財)も忘れずに見学。天守内には、囲炉裏や神棚があり生活感が漂っていた。
下りは途中から遊歩道を歩いて「ふいご峠」に戻った。
高松城
2014年4月23日
32城目。
JR四国予讃線高松駅から徒歩3分。
東の丸艮櫓、北の丸月見櫓、北の丸水手御門、北の丸渡櫓、を堀越しに見てから旭門から登城。
瀬戸内の海水が堀に引き込まれ、小さなフグ達が堀の中で気持ち良さそうに泳いでいた。
旭門を渡って直ぐの東入口受付でスタンプをゲット。
披雲閣(旧松平家高松別邸)と内苑御庭、二の丸跡、鞘橋、本丸跡、天守台の順に巡った。
丸亀城
2014年4月23日
33城目。
JR四国予讃線丸亀駅から徒歩15分。
大手二の門、大手一の門と入った後、坂を登って三の丸跡、二の丸跡、本丸跡を巡った。その後、天守の入口でスタンプをゲットし、三層三階の小さな木造天守に登った。階段が急でした。
石垣が高く美しく、山麓から山頂まで四重に重ねられ、三の丸石垣だけで一番高い部分は22mあるそうです。天守からの帰りに、深さが60m以上あるという二の丸井戸、三の丸井戸、御殿表門、番所・長屋を巡った。
弘前城
2014年4月29日
34城目。
午後3時半に弘前城に到着。東門から入ったが、天気も良く桜も見頃で城内は大混雑。薄墨色の桜に感動しながら写真スポットの下乗橋に着いたら人だらけ。天守と桜と下乗橋は残念ながら一緒に撮ることは出来なかった。天守には15分待ちの行列の末に入り、1階でスタンプをゲットし、天守内を見学。その後、午後5時までの残り40分間、重要文化財を巡った。
弘前の天守は江戸時代に再建された関東以北唯一の天守で、三層の辰巳櫓・丑寅櫓・未申櫓の3櫓、追手門・東門・南内門・東内門・亀甲門の5棟が築城時の姿で現存し、国の重要文化財に指定されています。
松前城
2014年4月30日
35城目。
JR津軽海峡線木古内駅から函館バス「松前行き」で1時間30分「松城」下車し徒歩で10分。
日本で最後に造られた日本式の城である松前城周辺に広がる松前公園で、桜祭りが開催されていた。
1959年(昭和34年)から2年掛けて松前城資料館として再建された天守に360円を払って入らないと、スタンプをゲットできず、1606年(慶長11年)の創建当時から現存する本丸表御殿玄関と本丸御門も見ることができない。
海側からの艦砲射撃に備えて砲台を備え、城壁の中に鉄板を仕込んでおり、虎口から本丸までの通路は複雑で側面から鉄砲などで射撃しやすい構造とし、天守や櫓や門の屋根には寒さで凍み割れ難い銅板が葺われました。
五稜郭
2014年4月30日
36城目。
JR北海道の函館駅前より函館市電の五稜郭公園前で下車し徒歩15分。
2006年(平成18年)4月に入口付近に高さ107mの新しい五稜郭タワーが開館しタワーの展望台から咲き乱れた1600本の桜を含む五稜郭の眺望が見れた。
2010年(平成22年)7月に箱館奉行所が復元され、ここでスタンプをゲット。
五稜郭は、日米和親条約締結による箱館開港に伴い徳川家定の命により洋式軍学者の武田斐三郎の設計で築造され、ヨーロッパにおける稜堡式の築城様式を採用し堡を星型に配置している。防御壁としては砲弾のショックを吸収するために土塁を築くのが稜堡式の築城様式の特徴ですが、北海道の寒冷な気候に適合しないため石垣を築き上に土を盛るという手間をかけた。
大阪城
2014年5月10日
37城目。
JR大阪環状線「大阪城公園」駅で下車し徒歩15分。
昭和初期に復興された天守閣と幕末期の大手門、金蔵、焔硝蔵、多聞櫓、千貫櫓、乾櫓、金明水井戸屋形などの建物遺構が残っており重要文化財に指定され、石垣には蛸石を始めとして巨石が多く使用されている。西の丸庭園は5月末のイベントのための工事中で入園禁止で、焔硝蔵や乾櫓・千貫櫓を真近で見られなかった。
平成7年から9年に改修された五重八階の天守閣が素晴らしく、黒漆塗りの壁上の金箔の虎は生きている様でした。金の鯱が六匹もいて名古屋城の金の鯱に負けず劣らずでした。修学旅行の中学生/高校生や外国人の団体で、天守閣周辺は非常に混雑していましたが、金蔵周辺は殆ど人が居ませんでした。
篠山城
2014年5月10日
38城目。
JR福知山線篠山口駅より神姫バスで15分「二階町」で下車し南へ300m。
馬出の遺構がよく遺っており国の史跡に指定されているので、最初に東馬出跡と南馬出跡を見学、更に西側の武家屋敷群を見学して外堀の周りを一周。
その後、大手馬出跡から入城し鉄門跡を通って、2000年(平成12年)に復元された二の丸大書院でスタンプをゲットし大書院内部を見学。二条城の二の丸御殿と似ており二条城の二の丸御殿は内部撮影禁止ですが、篠山城の二の丸大書院は内部撮影が許されていました。
二の丸御殿跡、本丸跡、天守台も見学して、篠山城の城郭全体の雰囲気を感じました。
竹田城
2014年5月11日
39城目。
JR竹田駅でスタンプをゲットした後、表米神社登山道を30分掛けて徒歩で登った。8時に行ったため、まだ人は少なく新緑と相俟って竹田城跡の縄張り、石垣、絶景を楽しめました。
帰りは南登山道を60分掛けて徒歩でのんびり下って竹田駅に戻りました。
石垣などの損傷が激しいため、登山は8時から17時までに限定し夜間は禁止され、駅裏登山道は閉鎖され、至る所にロープが張られて立入禁止になっており、北千畳曲輪から三の丸、二の丸、本丸、本丸への虎口跡、南二の丸、南千畳曲輪への一方通行のみで、天守台跡は立入禁止で、監視員が数名いて見張っていました。
二条城
2014年5月11日
40城目。
京都市営地下鉄東西線二条城前駅からすぐ。
徳川家康の将軍宣下に伴う賀儀と徳川慶喜の大政奉還が行われ、江戸幕府の始まりと終焉の場所です。
東大手門から入って正面の西方に二の丸御殿が建ち、正門である唐門は塀の南側にある。唐門の奥行きは5.5mもあり、平成23年から25年に修理され漆塗りの破風や「雲に竜」「竹に虎」「牡丹に唐獅子」などの極彩色の彫刻で飾られ荘厳な姿が蘇えっていた。二の丸御殿内の各部屋内の欄間の彫刻は、厚さ35cmの木に立体的な彫刻が施されたものとのことで感嘆頻りでした。
内堀越しに眺めた天守台と本丸の石垣には、美的センスを感じました。
修学旅行の中学生/高校生や外国人の団体で、非常に混雑していました。
彦根城
2014年5月12日
41城目。
JR東海道線彦根駅前に馬に乗った井伊直政公の像があった。彦根駅から徒歩15分で彦根城に着く。
全国的に稀少な馬屋(重要文化財)を見学してから、表門券売所でスタンプをゲットし、パンフレットを頼りに、天秤櫓、鐘の丸からの廊下橋、太鼓門と続櫓、三重三層の天守と附櫓、西の丸三重櫓と続櫓の順に見学した。天守は国宝で、櫓の5棟は重要文化財に指定されており、内部が公開されていた。明治時代初期の廃城令に伴う破却を免れ、城郭全体が安土桃山時代から江戸時代の姿を留めており、お気に入りの城になりました。井伊直弼が青春時代を過ごした埋木舎や、井伊直弼の足跡を展示した開国記念館も近くにあり見学。
彦にゃん(ご当地キャラ)が可愛く、ぬいぐるみをお土産に購入した。(笑)
小谷城
2014年5月12日
42城目。
JR北陸本線河毛駅で下車し、駅でパンフレットを入手後、湖北町タウンバス小谷山線で20分「小谷城址口」で下車。
戦国歴史資料館でスタンプをゲットしてから、小谷寺の西から山道を登るルートを30分で、番所跡、御茶屋跡、御馬屋跡、馬洗池、首据石、桜馬場跡、黒金御門跡、大広間跡を経て小谷城の本丸跡に着いた。両袖に巨石の群を構えた黒金御門跡、比較的大きな石を用いた高さ5mの山王丸の石垣、千畳敷きとも呼ばれる長さ85m・幅35mの大広間跡などの見所がありました。
帰りは同じ山道のルートを20分で下って、「小谷城址口」から更に徒歩で河毛駅に30分で戻った。
浅井長政とお市の方との悲劇の舞台として語られることが多い城です。
今治城
2014年6月29日
43城目。
JR予讃線今治駅から瀬戸内バス「今治営業所行き」で10分「今治城前」下車し徒歩で3分。慶長7年(1602年)に藤堂高虎によって築城され、三重の堀に海水を引き入れた特異な構造で、当時は海から堀へ直接船で入ることができるなど海上交通の要所今治らしく海を最大限に活用した城となっていたが、明治6年(1873年)に廃城令により建築物は破却されたそうです。昭和55年(1980年)に5重6階の天守が鉄筋コンクリートで建てられ、平成19年(2007年)に鉄御門、山里門が石垣や山里櫓、御金櫓、武具櫓、多聞櫓と共に復元されました。
湯築城
2014年6月29日
44城目。
JR予讃線「松山」駅から伊予鉄道市内電車「道後温泉行き」で20分「道後公園」で下車し徒歩1分で湯築城資料館に着き、スタンプをゲット。湯築城資料館の年配の説明員の方が親切でした。湯築城は、14世紀前半に伊予国守護河野氏によって築城され、丘陵部の周りに二重の堀と土塁をめぐらせた平山城だったそうです。道後公園内に置かれた石造湯釜の宝珠には、城主の河野通直の依頼により一遍上人が「南無阿弥陀仏」と書いたとされている。
平成14年に復元された武家屋敷や外堀/内堀や土塁を見学した後、徒歩30分で松山城に移動した。
松山城
2014年6月29日
45城目。
松山城本丸は市街の中央に位置する標高132メートルの山頂にあり、東雲口と呼ばれる東側からリフトで6分、長者ケ平駅から戸無門、隠門、太鼓門、紫竹門、乾門を経て徒歩10分で本丸に登城した。幕末に再建された大天守ほか、望楼型二重櫓である野原櫓や乾櫓や深さ44メートルに及ぶ本丸井戸などが保存されている。大天守と小天守・南隅櫓・北隅櫓を3棟の渡櫓で連結し連立式天守をなしている素晴らしい城です。帰りは東雲神社を通って下城しました。
松山市内では、坊ちゃん機関車や道後温泉を一泊して楽しみました。
大洲城
2014年6月30日
46城目。
JR予讃線の 伊予大洲駅から徒歩で20分。肱川の堤防上にある苧綿櫓を最初に見学。その後、大洲城最古の建築物である三の丸の南隅櫓を探して見学。南隅櫓は学校のテニスコートの近くにありました。石垣沿いの坂を本丸まで登って高欄櫓、台所櫓、木造天守を見学。朝9時の開館を待って台所櫓の入口でスタンプをゲット。下台所は平成26年8月31日まで改修工事中で蔽いで囲まれており見ることは出来ませんでした。
宇和島城
2014年6月30日
47城目。
伊予大洲駅から特急宇和海7号に乗りJR予讃線の宇和島駅で下車、宇和島駅から徒歩20分で登城口に着く。
登城口から「上り立ち門」を潜って鬱蒼とした石段を登って長門丸、藤兵衛丸、山里倉庫、三の門跡、二の門跡、二の丸、櫛形門を経て本丸、天守に着く。天守の入口でスタンプをゲット。伊達宗利が寛文6年(1666年)に建てた二代目天守(国の重要文化財)と石垣が現存している。天守を見学した後、井戸丸、井戸屋形を経て武家長屋門に下城した。
2009年に宇和島港近くにオープンした道の駅「きさいや広場」で海鮮ちらし丼を昼食として食べた。
二本松城
2014年8月3日
48城目。
JR東北本線二本松駅から徒歩20分で内城入口に着き、入口から本丸まで徒歩15分。「霞ヶ城公園」として整備されており、石垣と再建された箕輪門と附櫓、三の丸跡、搦手門、日影の井戸、煙硝蔵跡などがあり、白旗ケ峰山上の本丸には天守台、石垣、桝形虎口、東櫓台、西櫓台などが平成5年から平成7年に掛けて再構築されていました。帰りに二本松歴史資料館に寄り受付でスタンプをゲット。大手門跡を見て二本松神社に参拝してから二本松駅に戻り、会津若松城に向かいました。
会津若松城
2014年8月3日
49城目。
JR会津若松駅より街中周遊バスに20分乗車し「鶴ヶ城北口」で下車。難攻不落の名城と歌われた会津若松城は、戊辰の戦役で新政府軍の猛攻の前に籠城一ヵ月、城は落ちませんでした。明治7年に石垣だけを残して取り壊されましたが、多くの方々の寄付により昭和40年に会津若松城が蘇りました。平成23年には幕末時代の赤瓦を纏った天守閣としてリニューアル公開されました。二度目の登城で、天守閣内の売店受付でスタンプをゲット。
白河小峰城
2014年8月3日
50城目。
白河小峰城は、阿武隈川と谷津田川の間に位置する小峰ヶ岡という丘陵にある総石垣造りの平山城で、戊辰戦争で大半を焼失し落城しましたが、平成3年に本丸跡に三重櫓が、平成6年に前御門が当時の史料に基づいて復元されました。震災の影響で石垣補修中のため平成27年3月末まで本丸に入れないが、百名城塗りつぶし同好会ホームページによると第1と第3日曜は本丸付近の修復完了箇所が公開されているとのことでしたが、8月3日(第1日曜)は納涼花火大会準備で立入禁止でした。白河観光物産協会でスタンプをゲットしてから、戊辰戦争での薩摩藩戦死者の墓など小峰城周辺を散策。
熊本城
2014年9月6日
51城目。
三度目の登城。JR九州新幹線の熊本駅から熊本市電で10分「熊本城前」電停で下車。
長堀、加藤清正公銅像、櫨方門(スタンプをゲット)、石垣、宇土櫓、本丸御殿(暗り通路、大御台所、昭君の間)、大小天守閣、櫓群、須戸口門、東十八間櫓、北十八間櫓の順に2時間掛けて廻った。
城郭の規模の大きさに感動し、復元(昭和35年の熊本国体開催時、平成19年の築城400年など)の熱意と努力に感謝します。
田子櫓を特別に内部公開していました。
鹿児島城
2014年9月7日
52城目。
JR鹿児島駅から徒歩15分。
江戸時代初期に島津氏によって築かれた平山城で、遺構として石垣や堀、西郷隆盛の私学校跡地である出丸跡、大手門との間に架かる石橋が現存しており、私学校の石垣には西南戦争の際に付いたと言われる弾痕が多数残っていました。
本丸跡に鹿児島県歴史資料センター黎明館があり、この庭の中に「麒麟の間」跡と「御角櫓」跡がありました。黎明館の受付でスタンプをゲット。
二の丸跡には図書館、美術館、博物館などが建っていました。
飫肥城
2014年9月7日
53城目。
JR日南線飫肥駅から徒歩15分。
伊東氏の19代祐兵が天正15年(1587年)に秀吉より飫肥城を賜って以来、明治4年の廃藩に至るまで伊東家14代の城主がこの地を本拠としました。
1978年に大手門、1979年に松尾の丸(御殿)が復元され、本丸跡には石垣が残り、飫肥杉が茂り、飫肥城歴史資料館が建てられています。
松尾の丸(御殿)、飫肥城歴史資料館、藩主伊東家の明治屋敷「豫章館」など7つの施設に入館可能な通行手形(610円)を購入し見学。旧藩校「振徳堂」、武家屋敷通り、馬場通りなどの飫肥城下町も一見の価値あり。
久保田城
2014年10月5日
54城目。
JR秋田新幹線「秋田」駅から徒歩10分。
久保田城本丸のあった一帯は千秋公園となり、県民会館、市立図書館、平野政吉美術館などが整備されている。
建造物としては、御物頭御番所が現存し、表門、御隅櫓が再建されている。御隅櫓でスタンプをゲットし、内部を観覧した。
1604年(慶長9年)に久保田藩初代藩主である佐竹義宣により築城され、近代秋田を築いた最後の第12代秋田藩主の佐竹義堯の銅像が公園の中央にある。
盛岡城
2014年10月5日
55城目。
JR東日本の盛岡駅から盛岡都心循環バス「でんでんむし」で10分、「盛岡城跡公園」で下車し徒歩すぐ。
1598年(慶長3年) に南部藩主の南部信直が嫡男の利直に築城させた。
本丸の北側に二の丸が配され、本丸と二の丸の間は空堀で仕切られ廊下橋が架けられていた。さらにその北側に三の丸が配され、本丸を囲むように腰曲輪、淡路丸、榊山曲輪が配された。白い花崗岩で組まれた石垣は、土塁の多い東北地方の城郭の中では異彩を放っている。
腰曲輪にある彦御蔵は、城内に唯一残る藩政時代の建造物である。
根城
2014年10月6日
56城目。
JR東北新幹線「八戸」駅から南部バス「田子高校行き」で15分「根城大橋」下車、徒歩5分で史跡「根城の広場」に着く。
根城は、馬淵川南岸の河岸段丘上にあり、本丸・中館・東善寺・岡前舘・沢里館の5つの館(曲輪)が連なる連郭式の平山城である。
1334年(建武元年)南部師行は、糠部郡八森に城を構え「根城」と名付けた。
本丸には主殿・中馬屋・工房・鍛冶工房・板倉・納屋・東門が復元されている。
八戸博物館でスタンプをゲット。この博物館の前に馬に跨った南部師行公の像がある。
安土城
2014年10月19日
57城目。
JR琵琶湖線安土駅で下車し、駅前の安土城郭資料館で「安土城」と「観音寺城」のスタンプを同時にゲット。
安土城郭資料館から徒歩20分で登城口に着き受付で入城料500円を払ってから、大手道から登城開始。羽柴秀吉邸跡、武井夕庵邸跡などを見学したりして石段を登り、黒金門に着き、信長公御廟、本丸跡、天守跡を見学。礎石が綺麗に並べられており、周囲に不等辺八角形の石垣が巡られていた。帰路で三重塔と仁王門を見学した。
徒歩20分で「信長の館」に着き復元・展示されている天主5・6階部分を見学。
観音寺城
2014年10月19日
58城目。
「信長の館」から徒歩5分で山裾に着き、石段400m徒歩10分で桑実寺に着き入山料を払って、石段を30分登って観音寺城の本丸跡地に着く。本丸跡の近くには石垣や石塁が築かれていて虎口も形成されており井戸跡もありました。
観音寺城は、近江守護六角氏の居城で、繖山の南腹の斜面に曲輪を展開し家臣や国人領主の屋敷を配していました。永禄11年(1568年)に尾張の織田信長が足利義昭を擁して上洛の大軍を興すと六角氏は敵対し、信長に支城の箕作城と和田山城を落とされ無血開城したそうです。
月山富田城
2014年11月12日
59城目。
やくも7号で安来駅に12時21分に着。観光案内所で安来市広瀬町史跡ガイドマップとバスの時刻表を入手。
安来駅(12時30分発)からイエローバス(内回り)で40分「月山入口」(13時9分着)で下車し、安来市立歴史資料館でスタンプをゲット。
お子守口、太鼓壇、奥書院平、花の壇(侍所)、軍用井戸、山中御殿平、七曲り、山吹井戸の順に軍用道を登って40分で廻った。山吹井戸から下山を開始し15分で、お子守口に戻った。
「月山入口」(14時5分発)からイエローバス(外回り)で30分「安来駅」(14時36分着)で下車し、安来駅14時58分発の電車に乗り松江城に向かう。
松江城
2014年11月12日
60城目。
松江駅(15時19分着)からバスで10分「大手前」で下車し徒歩5分。
松江城の登閣受付が16時30分までのため松江城の天守閣を目指して、大手木戸門跡、大手門跡、三の門跡、二の門跡、一の門の順に急いだ。管理事務所で登閣料560円を払って登閣券を入手、本丸に入り天守内受付窓口で登閣券を見せスタンプをゲットし、現存天守閣内を見学。深さ24mの井戸、包板の柱、展示武具群に感嘆!
次に本丸開門時間が17時までのため本丸内を見学。その後、二の丸にある太鼓櫓、中櫓、南櫓の内部見学。太鼓櫓には時刻を知らせる大太鼓があった。
南口門から千鳥橋を渡って三の丸に入り内濠を外側から一周して見学。
萩城
2014年11月13日
61城目。
観光案内所で萩観光案内図とバスの路線図/時刻表を入手。
東萩駅近くの「弘法寺前」から萩市内循環バス「まぁーるバス(西回り)」で13分、「萩城跡・指月公園入口」で下車し徒歩4分。
毛利輝元が広島城に代わる新たな居城として築いた城で、指月山の山麓にある平城(本丸・二の丸・三の丸)と山頂にある山城(詰丸)で構成されている。
萩城跡で天守台、石垣、内堀、本丸跡、旧厚狭毛利家萩屋敷長屋、復元された三の丸総門、三の丸隅櫓、二の丸土塀などを見学散策した後、
萩城城下町で菊屋家住宅、高杉晋作誕生地、木戸孝充旧宅などを見学。
帰りは「女台場入口」から「まぁーるバス(東回り)」で7分、「東萩駅前」で下車。
津和野城
2014年11月13日
62城目。
JR山口線津和野駅から徒歩20分で山麓に現存する馬場先櫓、物見櫓を見てから登り口に着いた。
リフト受付でリフト代(往復450円)を支払い、リフト茶屋でスタンプをゲットしてから、リフトに5分乗った。
その後15分歩いて出丸、台所、西門櫓、三の丸、南門櫓、二の丸、人質櫓台、天守台、太鼓丸、三十間台(本丸)の順に廻った。モミジなどの紅葉が綺麗でした。天守台が本丸から一段下がって築かれ、北・西・南の尾根上に太鼓丸・二の丸・三の丸という曲輪が造られている。
和歌山城
2014年12月14日
63城目。
JR阪和線和歌山駅から和歌山バスで10分「公園前」で下車し、すぐ。
本丸と二の丸が和歌山城公園となっており、一の橋、大手門、岡口門、表坂、楠門受付(天守閣見学料410円を支払い入場券とスタンプをゲット)、乾櫓、1958年(昭和33年)に鉄筋コンクリートにより再建された連立式天守閣(入場券で内部を見学)、新裏坂、魔除けのために赤く塗られた追廻門、紅葉渓庭園とも呼ばれ紅葉が綺麗な西の丸庭園、西の丸跡、西の丸と二の丸を行き来するために斜めに掛けられた御橋廊下の順に見学した。
バス停「公園前」からバス10分で南海線和歌山市駅に着き、南海線電車を使って岸和田城および千早城に移動する。
千早城
2014年12月14日
64城目。
南海高野線河内長野駅から南海バス小深線「金剛山ロープウェイ前行き」で35分、「金剛登山口」バス停で降り千早城の本丸跡まで徒歩25分。
「まつまさ」でスタンプをゲット。千早神社へ登る急な石段の参道道を登ること15分で千早城の四の丸跡に着く(写真左)。四の丸跡の木の根元に、甲冑を着せた藁人形が2体置いてあった(写真左の右端)。「太平記」に楠木正成が千早城で少数ながら藁人形に甲冑を着せるなどのアイデアを用いて鎌倉幕府軍に応戦したことが記されていることに因んだものらしい。参道を歩き石段を登ると三の丸跡に着く。その上へ石段を登ると二の丸跡で奥の石段を登った所に千早神社社殿がある(写真中)。社殿へ登る石段右側の山道を進み社殿の裏山の頂上に本丸跡があるが明確に平坦では無いため解り難い。千早城は楠木氏の根拠地として、正行、正儀、正勝と続いたそうですが、楠木正儀の墓が本丸跡から更に進んで金剛山林道に合流して10メートル先にあった(写真右)。墓参した後、林道を下って「金剛登山口」バス停に本丸跡から徒歩20分で戻った。
高取城
2014年12月15日
65城目。
近鉄電車吉野線壺阪山駅から奈良交通バスで10分、「壺阪寺口」で降り本丸跡まで徒歩90分。事前にインターネットで入手した「近鉄てくてくマップ壺坂・高取コース」の地図を見ながら上り坂の車道や林道を歩き壺坂寺を経て五百羅漢に着く。そこから高取城跡までつづら折りの車道を登り続ける。高取城跡に近づくにつれ地表には昨日降った雪が積もっている。さらに急坂があったり高い段差の箇所があったりして壺坂口門、大手門、十三間多門、十五間多門、二の丸跡、太鼓櫓跡を経て、本丸跡に辿り着く。帰路は大手門まで戻って、そこから千早門、宇陀門、松の門、国見櫓跡、二の門に出た。国見櫓跡からの眺めは素晴らしかった。急な山道を下り宗泉寺を経て緩やかな下り坂を歩いて砂防モデル施設公園に、本丸跡から徒歩90分で着いた。山道の脇にも所々石垣があり、山城の中では敷地面積が最も広く壮大な城であったことを実感した。
スタンプをゲットするため「夢創館」に寄ったが月曜日休館を知り、代わりに道路を挟んで斜め向かいの「カフェのこのこ」でスタンプをゲット、ついでに食事をした。
首里城
2015年1月18日
66城目。
生まれて初めて沖縄に旅行。
モノレールで「那覇空港駅」から27分「首里駅」で下車し、徒歩15分で首里城公園に着く。
守礼門、歓会門、正殿へ至る数々の門と城郭、正殿の順に90分掛けて廻った。観光客(特に中国人)が多くてビックリ。
系図座・用物座でスタンプをゲット、この場所で琉球舞踊を一日三回無料で公演していたので見学。琉球王国の遺構や文化を堪能した。
モノレールで「首里駅」から17分「旭橋駅」で下車し、那覇バスターミナルから高速バス「名護バスターミナル行き」で90分、終点の名護バスターミナルに着き、次の目的地である今帰仁城を目指す。
今帰仁城
2015年1月18日
67城目。
名護バスターミナルから沖縄バス本部半島(今帰仁)線(66番)で40分「今帰仁城跡入口」で下車し、徒歩15分。
今帰仁村グスク交流センターで今帰仁城跡と歴史文化センターの共通観覧料400円を払ってからスタンプをゲット。
登城口で、北山の国王・北山王と王妃と一緒に記念写真を撮って戴けた。
今帰仁城跡の入口である平郎門を潜ると主郭に登るための七五三の階段が続く。1月17日から2月1日まで桜まつりが開催されており、七五三の階段の両脇の桜が早くも咲いていて綺麗でした。
階段の左側から「大隅」と書かれた看板の方に進むと大きな空間が広がる。
頂上の主郭から志慶真門郭へ降りる途中の眺望もなかなかの物で、志慶真門郭には発掘で見つかった建物跡の場所が解るように復元されていた。
今帰仁城を90分見学した後、歴史文化センターも20分見学。今夜は名護のホテルに宿泊する。
中城城
2015年1月19日
68城目。
名護バスターミナルから高速バス「那覇バスターミナル行き」で60分「喜舎場」高速バス停で下車し、徒歩40分。タクシーが見つかれば乗り継ぐ積りでしたが、見つからず緩やかな坂を40分歩き気温15度にも係わらず汗を掻いた。(夏でなくてよかった)
管理事務所で観覧料400円を払ってからスタンプをゲット。
15世紀の琉球王国・尚泰久王代、護佐丸の城として知られている中城城を30分見学。

徒歩40分で「喜舎場」路線バス停に着き、そこから沖縄バス与勝線(52番)で30分「勝連城跡前」で下車し、勝連城を60分見学。
帰りは「勝連城跡前」バス停から与勝線(52番)で90分「県庁北口」で下車し、「県庁通り」で食事を摂り「国際通り」の散策を楽しんだ後、モノレールで「県庁駅」から12分で「那覇空港駅」に着く。バスとモノレールによる1泊2日の沖縄四城巡りを終え、飛行機に乗って横浜の自宅に帰る。
福岡城
2015年3月21日
69城目。
福岡市営地下鉄空港線「赤坂」駅から徒歩5分。
内堀に懸った上之橋御門から入城し、三の丸にある「福岡城むかし探訪館」でスタンプをゲットし福岡城案内図を入手。
福岡城案内図を見ながら、二の丸、本丸表御門跡、祈念櫓、本丸、天守台、天守台礎石、南丸、多聞櫓、松木坂御門跡、名島門、黒田官兵衛の隠居屋敷跡、潮見櫓、下之橋御門の順に廻った。
「赤坂」駅へ戻る途中の道路脇の地下に、「福岡城跡の堀石垣」が発掘された状態のまま展示されている場所を見つけ無料見学できた。
大野城
2015年3月21日
70城目。
西鉄太宰府線「太宰府」駅からタクシーに15分乗り県民の森センターに着く。
県民の森管理事務所でスタンプとマップ「県民の森 遊歩道・礎石郡・石仏案内」をゲット。マップを見ながら、百間石垣(徒歩15分)→北石垣(徒歩10分)→小石垣(徒歩10分)→県民の森センター(徒歩35分)→焼米ケ原(徒歩10分)→太宰府口城門跡(徒歩10分)の順に廻った。
その後、岩屋城跡・高橋紹運公墓(徒歩10分)→九州自然歩道→大宰府政庁跡(徒歩30分)の順に廻り、バス停「大宰府政庁跡前」からバスに乗り5分で西鉄太宰府線「五条」駅に戻った。
大野城は、大宰府防衛を目的として飛鳥時代に築城された古代山城で、四王寺山の尾根を蔦って延々8キロメートル以上に及ぶ土塁と石垣が山腹をめぐり、北方に1箇所、西南に1箇所、南部に2箇所の城門を開いているそうです。
名護屋城
2015年3月22日
71城目。
JR筑肥線「唐津」駅から昭和バスの「唐津大手口」発「名護屋城博物館方面行き」で40分「名護屋城博物館入口」下車、徒歩5分。
名護屋城跡の入口にある案内所でガイドマップを入手し、大手口、東出丸、馬場、二の丸、弾正丸、遊撃丸、水手曲輪、三の丸、本丸、天守台の順に1時間以上掛けて廻った。
豊臣秀吉の文禄・慶長の役に際し波戸岬の丘陵を中心に築かれた平山城で、豊臣秀吉の死後、大陸進攻が中止されたために、僅か7年で廃城となったと考えられているそうですが、非常に雄大な城址で、想像以上でした。
左の写真は、本丸から見た馬場櫓台で奥には弾正丸の石垣と広場が見える。
合坂(石垣を上り下りする石段)が石垣に多く設けられた(中央の写真)。
右の写真は、二の丸跡で発掘された長屋建物3棟の位置を復元したもの。
帰りのバスの待時間を利用して最も近い前田利家陣跡のみを20分廻った。
平戸城
2015年3月22日
72城目。
松浦鉄道「たびら平戸口」駅から、西肥バス「平戸行き」に乗り10分「平戸市役所前」で下車の予定だったが、バス停が見つからず止む無くタクシーに15分乗り登城口に着く。
登城口から石段を登り、北虎口門と狸櫓を通って、発券所で料金510円を支払って、石段を登り模擬天守に着きスタンプをゲット、天守閣3階に登り復興の見奏櫓を見ると海に浮かんで見えた。
懐柔櫓は工事中で近くから見ることも出来なかった。
下りは別ルートの石段を通って、地蔵坂櫓、天守の代用として二の丸に建てられた3重3階の乾櫓(右の写真)を見て、登城口に戻った。
帰りはタクシーもバス停も見つからず、車道や平戸大橋を1時間ほど歩いて最西端の駅「たびら平戸口」に何とか辿り着き、宿泊予定地の佐賀に向かった。
佐賀城
2015年3月23日
73城目。
JR長崎本線「佐賀」駅からバス佐賀城跡線に乗車10分「佐賀城跡」バス停で下車してすぐ。
佐賀市の中心に位置し、幅が長い堀は土塁で築かれマツやクスノキが植えられている。
明治時代初期に起こった佐賀の乱により建造物は大半が焼失し鯱の門と続櫓のみが残っている。
石垣と天守台が遺構として残っているが、天守台には本丸からは入れず、二の丸から虎口石垣門に入り石段を登るようになっていた。
本丸御殿の一部が復元され本丸歴史館として公開されており、受付でスタンプをゲット。
吉野ヶ里
2015年3月23日
74城目。
JR長崎本線「吉野ヶ里公園」駅の北口に併設してある案内所で無料レンタサイクルを借り5分で歴史公園に着く。
吉野ヶ里遺跡は、弥生時代の大規模な環濠集落跡で、物見櫓や二重の環濠など防御的な性格が強く日本の城郭の始まりとも言えるもので、建物や墳丘墓や棺墓列などが復元/再現されている。
レンタサイクルを駐輪場に置き、東口で公園利用券を購入しスタンプをゲット。
物見櫓や居住空間がある「南内郭」→食料を保管する高床式倉庫などがある「倉と市」→巨大な祭殿や王の宮殿がある「北内郭」→「北墳丘墓、棺墓列」の順に徒歩で1時間廻ってから、
「北墳丘墓」下から20分間隔で発車される園内バスの「環濠入口」行きに10分乗って東口に戻った。
明石城
2015年5月10日
75城目。
JR山陽本線「明石」駅から徒歩5分。
坤櫓と三の丸にある宮本武蔵の庭園(写真左)、二の丸登城路(写真中央)、二の丸、東の丸、東の丸入口、東の丸、二の丸、巽櫓(写真左)、塀、坤櫓、本丸、天守台、鴻の池の順に廻った。
天守は建設されず、四隅に巽櫓、坤櫓、乾櫓、艮櫓が建設された。
西側は明石川を自然の外堀とし、南側は運河を掘って港を兼ねた外堀とし、北側は鴻の池と自然林、谷筋で防備を固めた。
1874年(明治7年)に廃城となる。
4基のうち巽櫓と坤櫓が現存している。
姫路城
2015年5月10日
76城目。
JR山陽本線「姫路」駅から徒歩20分。
大手門では兵士に扮した人が数人居て、写真を撮らせてくれた(写真左)。
大手門、菱の門(写真中央)、いの門、ろの門、はの門、にの門、五重六階地下一階の大天守、本丸、備前門、太鼓櫓、二の丸、お菊井戸、りの渡櫓、ぬの門、るの門、三国堀、西の丸、カの櫓、百聞廊下、ヲの櫓、ルの櫓、千姫が過ごした化粧櫓の順に、パンフレットに記載されたチェックポイントを確認しながら3時間掛けて廻った。
大天守と西小天守、乾小天守、東小天守が渡櫓で繋がった連立式天守が素晴らしく、西の丸の写真スポットから撮った(写真右)。
三の丸で、ゆるキャラの「しろまるひめ」にも出会えた。
天守台の二階から三階への移動で15分程、混雑緩和のため移動停止があっただけで、世界遺産の姫路城を楽しく見学出来た。
赤穂城
2015年5月10日
77城目。
JR赤穂線「播州赤穂」駅から徒歩15分。
昭和中期から平成にかけて再建された大手隅櫓・大手門・本丸櫓門・本丸厩口門・天守台・塀および石垣と堀を中心に見学した。
三の丸内にある大石良雄邸跡長屋門、四十七義士の石像が並ぶ大石神社、赤穂城の復元模型ジオラマのある歴史博物館にも立ち寄った。
赤穂では井戸を掘っても海水が湧き出るため、江戸時代に城下町を造る際に上水道を設け、千種川の水を給・配水管を介して城内と城下町に供給したそうです。本丸には、見つかった赤穂上水道の遺構(石組暗渠排水路)が示されていました(写真:右)。歴史博物館には、赤穂上水道の仕組みが説明され、種々の水道管が展示されていました。
二の丸庭園は、発掘調査の結果、本丸庭園と共に平成14年に国の名勝に指定されていますが、復元整備中で塀で囲まれていて見学できませんでした。
根室半島チャシ跡群
2015年7月5日
78城目。
JR根室本線根室駅に着き、観光インフォメーションセンターでスタンプをゲットし、登城記念はがきと資料を頂いた。郵便局の日付印を得るため、はがきに住所・氏名を記載し52円切手を貼って郵便ポストに投函。
レンタカーを借り、ナビを使って道道35号根室半島線を30分でヲンネモトチャシ(形式:丘先式、写真左)に着く。
次に、車で17分でノツカマフ1・2号チャシ(面崖式、写真中央)に着く。
その後、車で30分で北海道立北方四島交流センターに着き駐車場に車を置いて、国道44号を穂香橋まで30分歩いて国道沿いにニランケウシ3号チャシ(面崖式、写真右)を見つけた。このサイトを見て知りました。
根室半島チャシ跡群24か所の内4か所を見学した後、根室市歴史と自然の資料館を訪れたが、16時30分に閉館されており内部見学はできなかった。
レンタカーを返却し、根室駅近くの店で根室のご当地グルメ・エスカロップを食した。本日は、予約していた根室駅近くのホテルに宿泊。
明日は、百名城ではないが、釧路市内のモシリヤチャシ(丘頂式)と鶴ケ岱チャランケチャシ(孤島式)を見学予定。
鳥取城
2015年8月2日
79城目。
JR山陰本線鳥取駅からバスで10分「鳥取城跡」で下車し、徒歩5分で「仁風閣」に着き、スタンプと鳥取城のパンフレットをゲット。
鳥取城は中世城郭として成立、戦国時代には織田信長の家臣であった羽柴秀吉と毛利軍との戦いの舞台(兵糧攻め)となる。江戸時代には鳥取藩池田氏の治下に入り近世城郭に整備された。標高263メートルの久松山頂の山上の丸を中心とした山城部と、山麓の天球丸、二の丸、三の丸、右膳の丸などから成る平山城部で構成される。
パンフレットを見ながら山麓の表御門跡、二の丸、菱櫓跡、三階櫓跡、裏御門跡、天球丸(中央の写真)を見学。天球丸の巻石垣が予想外に大きかった。
その後、急な石段が続く中坂を、五合目にある中坂稲荷での休憩を含め25分で登り山頂に着いた。山頂では本丸、月見櫓跡、車井戸、天守跡(右の写真)を見学。天守跡の中央の窪地は、雑草が一杯でした。
猛暑のため汗が流れて止まず、シャツはびしょ濡れ状態。
中坂を下って山麓の右膳の丸、西坂下復元御門(左の写真)を見学して、バスで鳥取砂丘に向かった。
島原城
2015年9月6日
80城目。
長崎空港から連絡バスで諫早駅に移動し島原鉄道に乗り、島原駅で降り徒歩5分で島原城の城跡公園に着く。本丸に天守(中央の写真)・巽櫓(北村西望記念美術館:左の写真)・丑寅櫓(民具資料館)・西櫓(外観復元)・長塀が復興されていました。
有明海に臨み雲仙岳の麓に位置する島原城の城郭の形式は長方形の連郭式平城で、高く頑丈な石垣が特徴です。本丸は周りを水堀で囲まれており水堀には蓮が綺麗に咲いていました。
江戸時代は島原藩の政庁であり藩主の居所でした。成立当時の領主である松倉氏の知行は4万石でしたが、総石垣で独立式層塔型5重5階天守と櫓49棟を建て並べた。火山灰や溶岩流でなる地盤での普請工事は困難であったとされ、関わった領民の一揆を引き起こす一因となり、1637年〜38年に初代松倉重政、2代勝家の圧政により島原の乱が起き、勝家は領内を騒乱に導いた責により斬首されたそうです。
島原城から徒歩7分で下の丁の武家屋敷(右の写真)にも行きました。3軒が一般に無料公開されており当時の武家生活の様子が偲ばれました。
人吉城
2015年9月7日
81城目。
台風15号による被害でJR肥薩線の八代・人吉間が不通のため、新八代から宮崎行きのJR高速バスに乗り九州自動車道人吉ICで下車し徒歩30分で人吉城歴史館に着き、スタンプと資料をゲットし人吉城歴史館を見学。
人吉城は市内中央部を流れる球磨川の南側に位置し球磨川と支流の胸川の合流点の山に築かれた梯郭式の平山城で、相良氏が鎌倉時代から明治維新まで35代670年の長きにわたり在城したそうです。
復元された隅櫓と続塀と大手門脇多聞櫓(中央の写真)、球磨川に面して船着場も作られ年貢米の出し入れに使用されていた水ノ手門(左の写真)と幕末に築かれた御館の石垣の一部に見られる武者返し(左の写真の右後方)などを見学後、
御下門から石段を登り三の丸へ、虎口になった中御門(右の写真)を通って二の丸へ、さらに石段を登って丘陵上の本丸に着いた。
45万平方m(公式サッカーコート63面が作れる)の広大な城郭だったことを知り、実感しました。特に三の丸が広かったです。
津山城
2015年10月11日
82城目。
JR津山線津山駅から徒歩15分で鶴山公園に着く。
津山城は、城の東部を流れる吉井川支流の宮川および丘陵の天然の断崖を防御線に取り入れ、城の南部を流れる吉井川とその支流で西部に位置する藺田川を外郭とし、その内側に城下町の主要部を形成している。
表門の前にある受付で入園料を払って津山城見取図を入手してから、表門、薬研堀、三の丸、表中門、二の丸、本丸、井戸、鐘撞き堂、粟積櫓(小天守)跡、築城400年記念行事の一環として復元された備中櫓、天守台、もみじの小道、表中門、三の丸、表門の順に廻った。
備中櫓内で、スタンプをゲット。建造物の遺構はありませんが、石垣が多くて雄大で立派な城でした。
時間があったので、東大番所跡、宮川に懸る大橋、出雲街道の両側に残る作州城東屋敷などの城東重要伝統的建造物群を見物してから、吉井川沿いを散策しながら津山駅に戻った。
岡山城
2015年10月11日
83城目。
JR山陽線岡山駅前から路面電車「東山行き」に乗車し「城下」で下車、徒歩10分で鳥城公園に着く。
岡山城は、戦国時代に宇喜多氏が近世城郭の基礎を築き、江戸時代に小早川氏、池田氏により整備、拡張が行われました。
明治6年の廃城令により建物が取り壊され、明治15年までには天守・月見櫓・西之丸西手櫓・石山門を残すのみとなり、昭和20年の岡山空襲で天守・石山門を焼失。昭和39年-昭和41年に天守・不明門・廊下門・六十一雁木上門・塀の一部が再建されました。
西之丸西手櫓、六十一雁木上門、廊下門、中段、月見櫓、本段、天守閣、不明門、下段、鏡石の順に廻った。天守閣入口でスタンプをゲット。
天守閣前広場では「宇喜多秀家フェス」が行われており、私が行った時間帯では環太平洋大学のマーチングバンド演奏が行われました。出来れば鉄砲隊演武を見たかったが既に終わっており時間が合わず残念! 
その後、後楽園に移動し、御船入跡と雁木、延養亭を始めとして園内を見学。
鬼ノ城
2015年10月12日
84城目。
JR伯備線総社駅からタクシーで20分(2800円)鬼城山ビジターセンターに着く。
すり鉢形の鬼城山の山頂周囲を石垣・土塁による城壁が周囲2.8キロメートルに渡って取り巻く。城壁の要所に、東西南北の門4ヶ所、城外への排水機能を持つ水門6ヶ所を配する。
ビジターセンター近くで鬼ノ城のマップを入手し、徒歩10分で西門に着く。
復元された西門から角楼、烽火場を経て、管理棟や食料貯蔵庫などと推定される礎石建物7棟(右の写真は礎石建物1)に着く。
さらに北門、屏風折れの高石垣、第五水門、鍛冶工房跡、東門、第四水門、高石垣、第三水門、高石垣、南門、高石垣、第二水門(中央の写真)、第一水門、高石垣、第0水門、高石垣、西門(左の写真)の順に、マップを見ながら城壁に沿って時計回りに75分歩いて一周した。
西門から10分でビジターセンターに戻りスタンプをゲットし内部を見学。
帰りは、徒歩80分で砂川公園を経てJR吉備線服部駅に着く。
3時間弱のウォーキングで、良い汗を掻きました。
福山城
2015年10月12日
85城目。
JR山陽新幹線福山駅から徒歩5分。
元和8年(1622年)に徳川家康の従兄弟である水野勝成により完成した福山城は、かつては2重の堀や瀬戸内海へ抜ける運河を持ち五重の天守と7基の三重櫓を有する大規模な城郭であった。
昭和初期までに堀が埋められ、三の丸は大半が市街地と化し、石垣も概ね本丸と二の丸の大部分と三の丸のごく一部に残るのみとなった。
現存する建造物としては伏見櫓と筋鉄御門がある。
天守は昭和41年に月見櫓、御湯殿と共に復興された。
福山駅前に福山城見取図と内堀を模した親水施設があった。
見取図を参考に入口階段から入り、筋鉄御門、本丸、伏見櫓、鐘櫓、御湯殿、月見櫓、鏡櫓、黄金水、天守の順に廻った。
天守閣内でスタンプをゲット。
水野勝成の像、天守の礎石、武家屋敷内藤家の長屋門を見てから、三の丸があった歴史博物館前広場を通って福山駅に戻った。
金沢城
2015年11月6日
86城目。
JR北陸本線金沢駅から北鉄バスで15分「兼六園下」下車、徒歩5分。
織田信長が一向一揆を攻め落とし、跡地に金沢城を築いて佐久間盛政を置いた。後に盛政が賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉により滅ぼされ、秀吉は金沢城を前田利家に与えた。利家は文禄元年(1592年)から改修工事を始め、曲輪や堀の拡張、5重の天守や櫓を建て並べた。慶長7年(1602年)に天守が落雷によって焼失、代わりに三階櫓が建造された。明治14年(1881年)に火災で石川門と三十間長屋と鶴丸倉庫を残して焼失したそうです。
石川門(左の写真)、三の丸、二の丸、二の丸案内所の順に見学し、二の丸案内所でスタンプをゲット。
その後、菱櫓・五十間櫓・橋爪門続櫓(右の写真)、極楽橋、三十間櫓(中央の写真)、鉄門、戌亥櫓跡、本丸園地、丑寅櫓跡、鶴丸倉庫、鶴の丸の順に見学し石川門に戻った。
加賀藩五代藩主前田綱紀が造らせた大名庭園である兼六園に移動し、琴柱灯籠、唐崎松、噴水などの見どころを廻った。
七尾城
2015年11月6日
87城目。
JR七尾線七尾駅から市内巡回バス「まりん号」順回りで13分「城史資料館前」で下車。城史資料館で入館料を支払い、スタンプと資料をゲット。
七尾畠山氏の初代当主で能登国守護の畠山満慶が正長年間(1428年〜1429年)頃に七尾城を築き、以後約150年間に亘って領国支配の本拠となり、その後、増築され、最大の縄張りとなったそうです。
城史資料館から本丸まで行き散策し資料館に戻るのに120分を想定していたが、入手した資料では150分を要すると記載されているので本丸まで行くのを断念し、城史資料館と懐古館(旧飯田家住宅)の見学のみにした。(2015年11月6日)
2016年9月11日にリベンジし、沓掛→寺屋敷→調度丸→桜馬場→標高305mの本丸の順に60分で登り、その後、二の丸→三の丸→安寧寺→七尾城史資料館の順に50分で下った。
丸岡城
2015年11月7日
88城目。
JR北陸本線福井駅の観光案内所でアクセス方法を聞いてから、福井駅から京福バス「本丸岡」行きで40分、バス停「丸岡城」で下車し、丸岡城のある霞ヶ城公園に着く。
休日は、京福バス休日フリーきっぷ(1000円)を利用した方がお得です。
丸岡城は、1576年(天正4年)に越前一帯を領していた柴田勝家の甥である勝豊により築城された。勝豊以後、安井家清、青山修理亮、青山忠元、今村盛次、本多成重以下4代、有馬清純以下8代の居城を経て明治維新となった。
大正中期より昭和の初期にわたり濠は埋められ、現在は本丸と天守閣と僅かに石垣を残している。
丸岡城は現存する天守閣の中で最も古い建築で、外観は上層望楼を形成して通し柱がなく、一層は二階三階を支える支台をなし、屋根は二重で内部は三階となっており、屋根が全部石瓦で葺かれているのが全国にも稀な特徴である。
天守閣の階段は非常に急で、ロープも用意されていた。
高岡城
2015年11月7日
89城目。
JR北陸本線高岡駅の観光案内所で街歩きのマップをゲットし、途中で高岡大仏を拝観してから、高岡駅から徒歩15分で高岡古城公園に着く。
公園内にある高岡市立博物館でスタンプをゲットし見学。
加賀前田家二代の利長公は、慶長14年(1609年)の大火により富山城を焼失したため、高岡城を造り慶長14年に入城しました。
その5年後、利長公は死去し、元和元年(1615年)に城は一国一城令により廃城となったが、三代利常公が、利長公の意を汲み、城郭の基本構造を残し、町においては鋳造産業の奨励、布・魚・塩などの物資の集散地とし、城下町から商工業の町へと転換を図ったそうです。
博物館を出て、水量が豊富な水堀、三の丸にある民部の井戸、二の丸、二の丸と本丸を結ぶ土橋の石垣、本丸広場、本丸の井戸、前田利長公の銅像、大手口、縄張りを行った高山右近の銅像の順に見学しました。
その後、土蔵造りの町並みを散策しながら高岡駅に戻った。
一乗谷城
2015年11月8日
90城目。
JR北陸本線福井駅から京福バス「浄教寺」行きで24分、バス停「朝倉資料館前」で下車。京福バス朝倉氏遺跡フリークーポン(800円)を利用した。
一乗谷朝倉氏遺跡は、戦国時代に一乗谷城を中心に越前国を支配した戦国大名朝倉氏の遺跡で、一乗谷城(山城)と山麓の城下町(朝倉氏および家臣の居館)からなり、福井市街の東南約10キロメートル、九頭竜川水系足羽川支流である一乗谷川下流沿いの細長い谷あいに築かれました。
一乗谷朝倉氏遺跡資料館を見学後、土日祝に30分間隔で運行される遺跡内無料周遊バス「朝倉ゆめまる号」で復元武家屋敷前に移動し、復元武家屋敷、朝倉義景館跡、湯殿跡庭園、中の御殿跡、諏訪館跡庭園、上城戸、平面復原地区、八幡神社、朝倉景鏡館跡、下城戸、西光照寺の石仏群の順に山麓の城下町を見学し、一乗谷朝倉氏遺跡資料館に戻る。
復元武家屋敷では、当時の衣装を着た人達が歓待してくれた。
時々降る雨と落葉で坂が滑り易くなっており、八幡神社から一乗城山の頂上付近の千畳敷、一の丸、二の丸、三の丸に行くのは断念した。
高知城
2015年12月6日
91城目。
JR四国土讃線高知駅から路面電車で10分「高知城前」停留場で下車し、徒歩5分で高知公園に着く。
山内一豊公の像→追手門(左の写真)→山内一豊の妻・千代の像→杉の段→詰門(中央の写真)→三の丸→二の丸→本丸→本丸御殿(懐徳館)(右の写真)→廊下門→多聞櫓→天守→黒鉄門→梅の段→御馬場跡→内堀の順に廻った。スタンプは本丸御殿入口で入場料(420円)を払った後にゲット。
本丸御殿では大河ドラマ「功名が辻」で仲間由紀恵が着た千代の衣装が展示されていた。
高知城は、江戸時代初期に、土佐藩初代藩主・山内一豊によって着工され2代忠義の時代に完成した。天守は、享保12年(1727年)の大火で焼失したが寛延2年(1749年)に三層六階の望楼型天守として再建された。本丸の建物が完全に残る唯一の城として知られており、明治6年(1873年)に発布された廃城令や第二次大戦による空襲を逃れ、天守・本丸御殿・追手門・詰門・黒鉄門・廊下門・多聞櫓・納屋蔵・矢狭間塀などの建造物が現存している。
大分府内城
2016年2月6日
92城目。
JR日豊本線大分駅から徒歩10分で大分城址公園に着く。大手門でスタンプをゲット。スタンプ台は新しいものになった様で綺麗に押せました。
山里丸、西の丸、東の丸が馬出か外桝形のように連なる配置になっており、それぞれの曲輪は橋で連結されている。本丸跡北西隅に人質櫓(二重櫓)と西の丸に宗門櫓(平櫓)が現存し、3棟の二重櫓と大手門、土塀、廊下橋が復元されている。
本丸の中は広場になっていて、半分が駐車場に、残り半分は立ち入り禁止になっていました。
安土桃山時代後期に府内に12万石で入封した福原直高が府内の荷落に大分府内城の築城を始めたが改易され、早川長政の府内領再封を経て、関ヶ原の戦いの後に3万5千石で入封した竹中重利が完成させた。江戸時代には府内藩2万石の藩庁が置かれていたが、明治初期に本丸・東の丸・西の丸の建造物以外は破却され、堀の一部が埋め立てられた。さらに第二次世界大戦時の大分空襲により櫓が数棟焼失したそうです。
岡城
2016年2月6日
93城目。
JR豊肥本線豊後竹田駅の側にある観光案内所でレンタサイクルを借り(2時間で300円)、10分で観覧料徴収所に着く。
徴収所の手前200mほどは上り坂であったが、電動アシスト付きのマウンテンバイクのため問題なく乗って行けました。
徴収所で観覧料300円を支払い、巻物状の案内マップと登城手形(観覧券)と百名城スタンプをゲット。
徴収所からは徒歩で、大手門跡、城代屋敷跡、籾倉跡、鐘櫓跡、太鼓櫓跡、三の丸跡、滝廉太郎の像がある二の丸跡を経て、標高325メートルの天神山に築かれた本丸跡に30分で着く。
さらに清水門跡、御廟所跡、下原門跡まで行ってから本丸跡に戻って、西の丸跡、賄方跡、家老屋敷跡、中川民部屋敷跡、近戸門跡の順に廻って徒歩40分で徴収所に戻った。
徳島城
2016年3月6日
94城目。
JR徳島駅から徒歩8分で徳島中央公園に着く。
鷲之門、下乗橋、大手門跡、太鼓櫓跡の順に廻った後、徳島城博物館に入館し百名城スタンプと資料をゲット。ボランティアガイドの方の説明を受けながら館内を見学。
徳島城は、標高62メートルの城山山頂に本丸を置き、西二の丸と西三の丸と東二の丸を周囲に配して詰の城とし、麓には御殿を置いている。
天正13年(1585年)に豊臣秀吉の四国征伐に勲功のあった蜂須賀家政が阿波国を賜り、大規模な平山城を築造し翌年完成した。以後、江戸時代を通して徳島藩蜂須賀氏25万石の居城となり、明治維新を迎える。
御殿の精巧な復元模型が秀逸でした。敵を横から攻撃できる横矢掛りの遺構:屏風折れ塀と舌石(屏風折れ塀の支柱石)が特徴的とのこと。
徳島城博物館と表御殿庭園を見学した後、東二の丸、本丸、西二ノ丸、西三の丸の順に廻った。緑泥片石の蒼い石垣が印象的でした。最後にJR徳島線の跨線橋から旧寺島川沿いの石垣に突き出ている舌石を見学して帰路に就いた。
広島城
2016年4月15日
95城目。
JR山陽本線「広島」駅から広島電鉄市内線で15分「紙屋町東」で下車し、徒歩15分。
広島城は、安芸国毛利輝元が今までの居城「吉田郡山城」では山間部にあり商業の中心地としては不適切であったことから、海上交易路である瀬戸内の水運が生かせ、城下町の形成が可能な平野がある太田川河口のデルタ地帯に築かせた平城で、江戸時代は大半が広島藩浅野家の居城となった。
明治の廃城後は残された天守が国宝に指定されたが、昭和20年(1945年)の原子爆弾の投下によって城跡にあった現存建築物はすべて失われた。
現在は昭和33年(1958年)に鉄筋コンクリートで再建された天守と、平成元年(1989年)から平成6年(1994年)に木造で再建された二の丸の平櫓・多聞櫓・太鼓櫓・表御門および塀がある。
三の丸跡(中央公園)、堀、表御門(中央の写真)、二の丸跡、平櫓・多聞櫓・太鼓櫓(左の写真)、中御門、本丸跡、再建天守(右の写真)の順に廻った。
天守入口受付で入館料360円を支払い、隣のミュジアムショップで百名城スタンプをゲット。多くの高校生の団体や海外旅行者に出会いました。
郡山城
2016年4月15日
96城目。
広島市のバスセンターから広島電鉄バス「吉田出張所行き」で90分「安芸高田市役所」で下車し、徒歩5分で安芸高田市歴史民俗博物館に着く。
そこで入館料300円を払って百名城スタンプと資料をゲットし館内を見学。
吉田郡山城は、南北朝時代の建武3年(1336年)に毛利時親が郡山東南麓に旧本城を築城、後に元就が郡山全山を城郭化し、更に輝元が改修を加えた大規模な山城で、毛利氏260年間の居城だったそうです。天正19年(1591年)の輝元の広島城移城後は廃城となり、江戸時代に入って建物、石垣等も壊され、堀も埋められた。
博物館を出て、毛利元就像、元就火葬場伝承地、毛利隆元墓所、薬研堀跡、毛利元就・一族墓所、百万一心碑、御蔵屋敷の壇、釣井の壇、姫の丸の壇、釜屋の壇、厩の壇、三ノ丸、二ノ丸、本丸(右の写真)、勢溜の壇、堀切、興禅寺跡(郡山公園)、清神社、三矢の訓跡碑の順に徒歩90分で廻った。所々に石塁の跡(左と中央の写真)が見られた。
岩国城
2016年4月16日
97城目。
バス切符売場で、錦帯橋・ロープウェイ・岩国城・バスセット券1540円を購入。
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに敗れた毛利輝元は領地を大幅に削減され広島城から萩城に移封となった。一族であり毛利家存続に注力した吉川広家も同時に米子城から岩国領に3万石で封じられ赴任した。
山城である岩国城は、本丸を中心として南西に二ノ丸、北東に北ノ丸が配置され、麓には「御土居」が築かれた。城下と城を隔てる錦川には錦帯橋が架けられ、特徴的な景観を作り出している。
現在、御土居跡は、吉香公園として整備され、山頂には再建天守がある。
JR山陽本線岩国駅から市営バスで20分「錦帯橋」で下車し、錦帯橋→三代藩主:吉川広嘉公像→香川家長屋門→吉香公園→吉川家墓所の順に徒歩30分で廻り、岩国城ロープウェイ「城山山麓」に着く。
ロープウェイで3分「山頂」で下車し、出丸跡(左の写真)→大手門→二の丸跡→東矢倉跡→空堀→本丸跡→天守台跡(中央の写真)→再建天守(右の写真)の順に廻った後、北の丸跡→大釣井→からくり時計→護館神→城山展望台の順に廻って徒歩で帰路に着く。
山形城
2016年7月2日
98城目
斯波氏の居城を、その後裔、12代最上義光が江戸時代初頭に大規模に拡張した。縄張は、ほぼ正方形の本丸を中心に二の丸と三の丸が同心円状に取り囲み、天守は築かれなかった。
明治時代に三の丸堀は埋められ、現在三の丸跡は市街地化され殆どを失い、二の丸跡が霞城公園として残されている。
JR奥羽本線山形駅東口から徒歩10分で僅かに残っている三の丸土塁跡(左の写真)を見学してから、山形駅に戻り西口から徒歩8分で霞城公園の南門に着く。
二の丸堀に沿って西門 → 北門 → 東大手門(中央の写真) と廻ってから、本丸堀に懸けられた大手橋(右の写真)を渡り一文字門跡を経て本丸内を見学した。本丸内は工事中で一部のみ歩行可能で、本丸御殿や一文字門を復元する計画があり復元予想図が掲示されていた。
最上義光歴史館に寄って、百名城スタンプと資料をゲットし館内を見学してから、帰路に着いた。
多賀城
2016年7月3日
99城目
JR東北本線国府多賀城駅から南東に徒歩25分で多賀城市埋蔵文化財調査センターに着き、百名城スタンプと資料をゲットし見学。
国府多賀城駅に戻り、今度は北西に徒歩10分で「多賀城碑」(左の写真)に着く。この碑は江戸時代初めに発見され、神亀元年(724年)に大野朝臣東人が多賀城を設置したことなど重要な記載があり貴重なことから平成10年に重要文化財に指定されました。当時、苔むした碑の様子を知った水戸光圀が、仙台藩主第4代伊達綱村に対し、碑を修復し覆堂を建て後世まで伝えるようにと手紙を送り、間もなく多賀城碑に覆堂が建てられ保護されてきたそうです。
外廓南門跡 → 政庁南大路跡 → U期政庁跡復元模型(中央の写真) → 政庁跡(南門跡 → 東脇殿跡 → 西脇殿跡 → 正殿跡(右の写真) → 後殿跡 → 北門跡 ) → 市指定史跡「伏石」 の順に廻った。
平城時代の日本では、「平城京」を中心に、南に「大宰府」、北に「多賀城」を建てて一大拠点としていたそうです。多賀城は、城という言葉がついてはいますが戦国時代から江戸時代までの城とは異なります。
仙台城
2016年7月4日
100城目(2年半で遂に全踏破達成)
市営バス(るーぷる仙台)一日乗車券(620円)を購入し、バスに乗り「瑞鳳殿前」で下車し伊達正宗公の御廟を観覧した後、再びバスに乗り「博物館・国際センター前」で下車し、三の丸跡、二の丸跡、本丸跡の順に歩いて廻った。
伊達政宗公は、関ヶ原の戦いで上杉景勝を牽制し家康のニ正面同時作戦の不利を回避させた功により仙台60万石に封ぜられ仙台城を築城。二代忠宗に至って二の丸、三の丸を造営し、62万石の雄藩に相応しい城郭を完成。仙台城は伊達氏13代270年に亘り1度も戦火を被らず明治時代に至ったが、心無き俗史によって破却せられ火を失し戦災に罹りなどして全滅に帰しました。
三の丸跡にある水堀、子門跡、二ノ丸跡を見た後、復元された大手門脇櫓(左の写真)、北側土塀、中門石垣を経て、本丸跡の北壁石垣(中央の写真)→詰門跡→西北石垣→大広間跡→大広間内の上段の間の「鳳凰図」(右の写真、仙台城見聞館内で復元展示)→伊達政宗公騎馬像→懸造跡→井戸跡→巽櫓跡→埋門跡の順に廻った。
最後に、青葉城資料展示館でCG映像「仙台城」を見て実感を得た。
興国寺城
2018年4月8日
続1城目
続百名城のスタンプラリーを、ここから開始。
JR東海道本線原駅から、徒歩35分。興国寺城跡本丸内に在る穂見神社境内でスタンプをゲット。
浜松城
2018年4月8日
続2城目
JR東海道本線浜松駅から遠鉄バスで10分「市役所南」で下車し徒歩10分で浜松城に着く。天守閣一階でスタンプをゲット。
石垣山城
2018年4月8日
続3城目
JR東海道本線早川駅から関白道を徒歩40分で、石垣山一夜城歴史公園に着く。
公園内のトイレ付近でスタンプをゲットしてから、南曲輪、西曲輪、物見台、北曲輪、井戸曲輪、展望台、櫓台、二の丸、本丸、天守台の順に廻った。
諏訪原城
2018年4月20日
続4城目
JR東海道本線金谷駅から徒歩30分。諏訪原城第一駐車場に在るパンフレット置き場でスタンプをゲット。
高天神城
2018年4月20日
続5城目
JR東海道本線掛川駅から「浜岡営業所」行きのバスに20分乗り「土方」で下車し、大東北公民館でスタンプをゲットしてから、徒歩15分で追手門入口に着き、追手門→三の丸→本丸→二ノ丸→西の丸→馬場平→搦手門の順に巡る。
この後、武田氏の高天神城に対峙する城として徳川家康が築いた横須賀城に向いました。
小机城
2018年4月20日
続6城目
JR横浜線小机駅の駅前に在る横浜市城郷小机地区センターでスタンプをゲットしてから、徒歩15分。
品川台場
2018年4月28日
続7城目
東京臨海高速鉄道りんかい線「東京テレポート」駅から徒歩15分。マリンハウスの1階でスタンプをゲットしてから、品川台場公園内を見学。
台場公園内には砲台、玉置所、玉薬置所、兵舎など必要最低限の施設が詰め込まれており見学した後、
レインボーブリッジを歩いて第三台場(台場公園)と第六台場(立入禁止)の全景を眺めました。
大多喜城
2018年4月29日
続8城目
いすみ鉄道「大多喜」駅から徒歩15分で大多喜城本丸跡に着く。天守を模した千葉県立中央博物館大多喜城分館の一階でスタンプをゲット。
本佐倉城
2018年4月29日
続9城目
京成電車大佐倉駅(無人駅)でスタンプをゲットした後、そこから徒歩10分で本佐倉城に着く。
忍城
2018年5月5日
続10城目
秩父鉄道行田市駅から徒歩15分で忍城に着く。隣に在る行田市郷土博物館の受付脇でスタンプをゲット
菅谷館
2018年5月5日
続12城目
杉山城から徒歩45分、東武東上線武蔵嵐山駅から徒歩13分で鎌倉幕府の有力御家人として知られる畠山重忠の菅谷館跡に着きスタンプをゲット。館跡中央の南寄りに本郭があり、北側に二の郭、三の郭などを配置しており、各郭を土塁と堀で防備していて予想外に広い館跡でした。
杉山城
2018年5月5日
続11城目
東武東上線武蔵嵐山駅から徒歩20分で嵐山町役場に着きスタンプをゲットしてから、更に徒歩15分で戦国時代の典型的な平山城である杉山城に着き、大手口、外郭、南三の郭、井戸跡、南二の郭、本郭の順に廻った後、北二の郭、北三の郭、搦手口の順に廻った。
その後、菅谷館に向った。
滝山城
2018年5月13日
続13城目
JR八王子駅北口から「戸吹」行きバスで20分、「滝山城址下」で下車し徒歩15分で「滝山自然公園」に着く。
遺構として本丸・中の丸・千畳敷跡・空堀などが残っている。
中の丸でスタンプをゲット。
要害山城
2018年5月13日
続14城目
JR中央本線甲府駅前の甲府市藤村記念館でスタンプをゲット。甲府駅から要害山登山口までタクシーで15分。登山口から山頂まで徒歩40分。
標高770メートルの要害山に築かれた要害山城は、武田信虎時代の永正17年(1520年)に武田氏館(躑躅ヶ崎館)の詰城として砦や狼煙台が築かれました。
新府城
2018年5月13日
続15城目
JR中央本線新府駅(無人駅)から徒歩10分。
新府城の最高所は本丸で、本丸の西に二ノ丸があり馬出に続く。本丸の東に稲荷曲輪、二ノ丸を北方に下れば横矢掛りの防塁があり外側に堀を巡らしている。
スタンプをゲットするため、新府駅に戻って電車に乗り隣の韮崎駅で降り、徒歩25分で韮崎市民俗資料館に着く。
高島城
2018年5月13日
続16城目
JR中央本線上諏訪駅から徒歩10分、高島城天守閣資料館一階でスタンプをゲット。
土浦城
2018年5月20日
続17城目
JR常磐線土浦駅から徒歩15分で亀城公園に着く。土浦城東櫓でスタンプをゲット。
笠間城
2018年5月20日
続18城目
JR水戸線笠間駅から徒歩25分で佐白山麓公園に着く。さらに徒歩15分で笠間城の登城道、二の丸跡を経て本丸跡、天守台跡に着く。
唐沢山城
2018年5月20日
続19城目
東武佐野線田沼駅から登山口まで徒歩40分、登山口から山頂まで徒歩30分。
多気北畠氏城館
2018年6月8日
続23城目
伊勢自動車道「勢和多気IC」から自家用車で国道368号線・県道15号久居美杉線を経由して60分で「北畠神社」に着く。
美濃金山城
2018年6月8日
続20城目
東海環状自動車道可児御嵩ICから自家用車で10分、可児市観光交流館に着きスタンプをゲットしてから、出丸駐車場に移動し車を止め、緩やかな坂道を徒歩で出丸〜三の丸〜二の丸〜本丸の順に巡る。
苗木城
2018年6月8日
続21城目
中央自動車道「中津川IC」から自家用車で10分して中津川市苗木遠山史料館に着く。登山靴に履き替え大手口道を歩いて登る。三の丸・二の丸・本丸などの石垣や大矢倉跡・笠置矢倉跡、風吹門・台所門・綿蔵門・坂下門・菱櫓門などの門跡、千石井戸跡、堀が残っており、天守台や大矢倉の石垣に馬洗岩など巨大な自然石が複数箇所で利用されている。
田丸城
2018年6月8日
続22城目
伊勢自動車道「玉城IC」から自家用車で田丸城に着く。先に入口近くに在る村山龍平記念館内の玉城町教育委員会窓口でスタンプをゲットしてから、田丸城を見学。
赤木城
2018年6月9日
続24城目
自家用車で紀勢自動車道尾鷲北ICから国道42号線、311号線と熊野古道を1時間で赤木城公園に着く。入口→門跡→東郭跡→西郭跡→南郭跡→虎口→門跡→主郭跡→北郭跡の順に巡る。
新宮城
2018年6月9日
続25城目
紀勢自動車道尾鷲北ICから自家用車で国道42号線、熊野尾鷲道路、熊野道路、新宮紀宝道路を経由して新宮城に着く。
津城
2018年6月9日
続26城目
伊勢自動車道「津IC」から自家用車で津城に着く。津城を見学してから、高山神社社務所でスタンプをゲット。
三春城
2018年6月21日
続27城目
大人の休日倶楽部パス(東日本・北海道)を利用して、四泊五日で続百名城の東北・北海道地域を訪れます。
JR磐越東線三春駅から町営バスに10分乗り、「三春町役場」で下車し徒歩20分で本丸跡に着く。
向羽黒山城
2018年6月21日
続28城目
JR只見線会津本郷駅(無人駅)から向羽黒山城跡入口まで徒歩20分。
向羽黒山跡整備資料室前でスタンプをゲット。
現在、城跡は白鳳山公園となっており、公園管理棟まで徒歩15分。さらに標高408mの岩崎山山頂に在る本丸跡まで徒歩45分。
白石城
2018年6月22日
続30城目
JR東北本線白石駅から徒歩15分で益岡公園に着く。園内に在る白石城天守閣一階でスタンプをゲット。
米沢城
2018年6月22日
続29城目
JR奥羽本線米沢駅から徒歩30分。上杉神社の手前に在る「米沢観光コンベンション協会観光案内所」受付でスタンプをゲット。
脇本城
2018年6月23日
続33城目
JR男鹿線脇本駅(無人駅)から徒歩30分で登城口に着く。
史跡脇本城跡案内所でスタンプをゲット。
そこから山頂にある城主の館跡まで登ること15分。
秋田城
2018年6月23日
続32城目
JR奥羽本線秋田駅より、秋田中央交通バス「将軍野線」に20分乗車し「秋田城跡歴史資料館前」で下車し徒歩3分。
九戸城
2018年6月23日
続31城目
JR東北新幹線二戸駅から徒歩20分で呑香稲荷神社に着き、さらに徒歩5分。
九戸城は、三方を河川に囲まれた天然の要害で、城内は空堀により本丸、二の丸、三の丸、若狭館、外館、松の丸などの曲輪群を形成しています。この後、盛岡藩花巻郡代の居城であった花巻城に向いました。
志苔館
2018年6月24日
続35城目
JR函館本線函館駅から函館バス下海岸線に乗り35分「志海苔」バス停で下車し、徒歩5分。
浪岡城
2018年6月24日
続34城目
JR奥羽本線浪岡駅より徒歩20分で「青森市中世の館」に着き、受付でスタンプをゲット。そこから更に徒歩10分で浪岡城に着く。
上ノ国勝山館
2018年6月25日
続36城目
道南いさりび鉄道木古内駅から函館バスに70分乗り「大留」で下車し、函館バスに乗換えるためバス停「上ノ国駅前」に3分で移動し、そこからバスに4分乗り「上ノ国」で下車し徒歩2分。
古宮城
2018年7月1日
続37城目
自家用車で新東名高速道路新城ICから国道151号線を経由して30分で作手歴史民俗資料館に着き、入館料を払って「古宮城縄張図」を貰い資料館内に入館してスタンプをゲットしてから、古宮城縄張図を見ながら登城。
吉田城
2018年7月29日
続38城目
JR東海道線豊橋駅から徒歩20分で豊橋公園に着く。吉田城鉄櫓一階でスタンプをゲット。
大垣城
2018年7月29日
続39城目
JR東海道本線「大垣」駅から徒歩7分で大垣城に着き、天守一階でスタンプをゲット。
郡上八幡城
2018年7月30日
続40城目
長良川鉄道の郡上八幡駅から街循環バスで8分「郡上八幡城下町プラザ」で下車し徒歩3分で郡上八幡城登り口に着く。さらに徒歩で18分、斜面を登って大手門を経て八幡山山頂にある天守に着く。
小牧山城
2018年7月30日
続41城目
名鉄小牧駅から小牧巡回バス(60歳以上は無料)西部右まわりに10分乗り、小牧市役所前で下車し徒歩5分。
龍岡城
2018年8月5日
続42城目
JR小海線「龍岡城」駅(無人駅)から徒歩20分。
田口城に登り、展望台から龍岡城の全景を眺め、五稜郭の形状を確認した。
岩櫃城
2018年8月5日
続43城目
JR吾妻線「群馬原町」駅から徒歩30分で登城口に着き、岩櫃山の北東に伸びる標高594mの尾根に在る本丸跡まで徒歩15分。
登城口にある平沢登山口観光案内所でスタンプをゲット。その際、観光案内所の方から岩櫃城登城記念のボールペンを戴きました。
沼田城
2018年8月6日
続44城目
JR上越線沼田駅から徒歩15分で沼田公園に着く。園内に在る沼田市観光案内所でスタンプをゲット。
名胡桃城
2018年8月6日
続45城目
JR上越線後閑駅から徒歩50分。
名胡桃城址案内所でスタンプをゲット。その際、続百名城の名胡桃城、沼田城、岩弥津城を3城のスタンプをゲット済であることを確認され記念のオリジナル・クリアファイルを戴いた。
帰りは、途中から新たに出来た道と橋を歩いて後閑駅に30分で戻れました。
八幡山城
2018年8月26日
続46城目
JR琵琶湖線近江八幡駅から近江鉄道バス「長命寺行き」に乗り10分、バス停「大杉町」で下車し徒歩5分でロープウェイ乗場に着く。
ロープウェイに乗り山上駅で降りスタンプをゲット。
八幡山城の山城部分は総石垣作りで、本丸、二の丸、北の丸、西の丸、出丸が放射状に配置され高石垣で構築されている。
飯盛城
2018年8月26日
続47城目
JR西日本片町線四条畷駅から徒歩10分で四條畷市立歴史民俗資料館に着きスタンプをゲット。
四條畷神社から急峻な上り坂を徒歩50分で標高316mの飯盛山頂に在る飯盛山城の高櫓郭跡に着く。
大和郡山城
2018年8月26日
続48城目
近鉄橿原線近鉄郡山駅から徒歩15分で大和郡山城に着く。
柳沢文庫でスタンプをゲット。
柳沢文庫は9月7日まで展示切替えのため休館でしたが、受付の方は居て、声を掛ければスタンプはゲット出来ます。
宇陀松山城
2018年8月27日
続49城目
近鉄大阪線榛原駅からバスで20分、終点「大宇陀」で下車し、まちづくりセンター「千軒舎」でスタンプをゲット。
登城口である春日神社まで徒歩14分。そこから宇陀松山城本丸まで徒歩30分。
鎌刃城
2018年8月27日
続50城目
JR東海道本線米原駅からレンタサイクル(500円)に乗り30分でスタンプが置いてある喫茶カフェ「源右衛門」に着く。
スタンプと地図をゲットして名神高速43番ガードにレンタサイクル5分で着き、そこから徒歩40分で鎌刃城の主郭に着く。
黒井城
2018年9月9日
続51城目
台風21号の近畿上陸後、前線停滞による豪雨が続く中、JR福知山線黒井駅から徒歩5分で春日住民センターに着きスタンプをゲット。
その後、徒歩10分で登城口の興禅寺に着き、「緩やかコース」を選んで徒歩40分で石踏の段(赤門)に何とか着く。豪雨の中、これ以上進む気力が無くなり本丸跡迄行くのを諦め徒歩20分で下山しました。
福知山城
2018年9月9日
続52城目
JR福知山線福知山駅から徒歩15分で福知山城に15時頃、着く。福知山城を登城後、次の目的地のある豊岡駅に行くため福知山駅に戻ったら、豪雨・冠水のためJRの福知山−豊岡間が9日15時15分から10日13時まで運転中止となっていました。19時頃に漸くJRが用意した代行バスで、福知山駅前から宿泊予定のホテルのある豊岡駅前に移動でき、21時頃ホテルに着く。
出石城・有子山城
2018年9月10日
続53城目
翌朝ホテルを出て、JR山陰本線豊岡駅前から全但バス「出石行き」で30分、終点で下車し徒歩5分で出石城に着き、三の丸、下郭、二の丸、本丸、稲荷丸を巡る。
出石城の稲荷曲輪入口脇に着き、有子山城の登山口を見たら「熊の出没に注意」の看板があり、豪雨の中、有子山城本丸跡まで尾根を直登で1時間徒歩するのは諦めました。
JRの豊岡−福知山間が10日13時まで不通のため、全但バス(5区間)、タクシー(2区間)、福知山市営バス(1区間)、徒歩1時間半(1区間)を駆使し約5時間掛けて何とか福知山駅に辿り着いた。横浜の自宅には当初予定より2時間遅れ22時に着いた。
鮫ケ尾城
2018年9月23日
続54城目
えちごトキめき鉄道「北新井」駅(無人駅)から徒歩35分で斐太歴史の里総合案内所に着く。スタンプをゲットして東登城道を通って徒歩25分で本丸跡に着く。本丸跡から北登城道を通って徒歩15分で案内所に戻り、お茶を頂いた。北新井駅への帰路の途中で、勝福寺に寄り自刃した上杉景虎の石造を見て慰霊碑に合掌してきた。
高田城
2018年9月23日
続55城目
えちごトキめき鉄道「高田」駅から徒歩15分で高田公園に着く。公園内の上越市立総合博物館でスタンプをゲットしてから、公園内の高田城を散策。
村上城
2018年9月24日
続56城目
JR羽越本線村上駅から徒歩25分で村上市郷土資料館に着きスタンプをゲット。そこから徒歩15で山麓に着き、さらに山麓から徒歩20分で山頂の天守台跡に着く。
鶴ヶ岡城
2018年9月24日
続57城目
JR羽越本線鶴岡駅から湯野浜温泉方面バスに乗り15分「市役所前」で下車し徒歩2分で鶴岡公園に着く。公園内の城内神社社務所でスタンプをゲット。その後、公園内の鶴ケ岡城跡を散策してから、大宝館と藤沢周平記念館に入館し見学した。
玄蕃尾城
2018年10月25日
続58城目
JR北陸本線木ノ本駅からコミュニティバス柳ヶ瀬線に乗り23分、バス停「柳ヶ瀬」で下車し徒歩15分で登山口に着く。登山口から55分で柳ヶ瀬山山頂に在る主曲輪に着く。林道突き当り見学ポストでスタンプのみをゲットし、柳ケ瀬の登り口まで徒歩45分で下山。帰りはバス停「柳ヶ瀬」でコミュニティバス柳ヶ瀬線に乗り16分で余呉駅に着く。余呉駅で漸くパンフレットをゲット。
佐柿国吉城
2018年10月25日
続59城目
JR小浜線美浜駅から徒歩40分で若狭国吉歴史資料館に着きスタンプをゲット。そこから麓の城主居館跡、二ノ丸跡を経て徒歩30分で山頂の本丸跡に着く。
玄蕃尾城と佐柿国吉城の二つの山城(標高468mと197m)を久し振りに麓から登った為か、宿泊のホテルで夜、両足を攣って急遽、電話をしてマッサージを受けた。特に佐柿国吉城は予想外に急峻な登山道でした。
越前大野城
2018年10月26日
続60城目
JR越美北線越前大野駅から徒歩20分で登城口に着き、そこから徒歩20分で山頂の天守に着く。
帰りは百間坂を利用して下山したら徒歩10分でした。
福井城
2018年10月26日
続61城目
JR北陸本線福井駅から徒歩10分。福井城内に在る福井県庁舎一階受付でスタンプをゲット。
時間が有ったので、北の庄城跡と柴田神社を見学。遺構は僅かでしたが特に柴田勝家の像と、お市の方の像が立派でした。柴田勝家が羽柴秀吉と戦った賤ヶ岳の戦いの際に本陣として築城した山城の玄蕃尾城を登城した後で、柴田勝家の像が思い出となった。
富山城
2018年10月26日
続62城目
JR北陸本線富山駅から徒歩15分。
模擬天守内に在る富山市郷土博物館でスタンプをゲット。
鳥越城
2018年10月27日
続63城目
レンタカーで金沢方面から1時間、国道157号線を通って、白山市立鳥越一向一揆歴史館でスタンプをゲットし映像シアターで20分の映像説明を拝聴してから、さらに5分で山腹の無料駐車場に着く。
増山城
2018年10月27日
続64城目
レンタカーで北陸自動車道砺波ICから20分、砺波市埋蔵文化財センターでスタンプをゲットしてから、さらに20分、国道359号で県民公園頼成の森を過ぎ看板が出たら左折、2km先で増山陣屋の駐車場に着く。冠木門→大手口→堀切→一ノ丸→又兵衛清水→二ノ丸→鐘楼堂→冠木門の順に廻る。
芥川山城
2018年11月11日
続65城目
JR高槻駅からバスに乗り15分塚脇バス停で下車し、塚脇ルートを徒歩30分で三好山山頂に着く。三好長慶が祀られた山頂の祠の脇の木が台風の影響で倒れかけたままでした。ボランティアの方々の倒木整理により大手筋ルートを下って大手門石垣を見れました。塚脇ルートで下山しバスで高槻駅に戻ってから、反対方向に徒歩20分で「しろあと歴史館」(10時開館)に着きスタンプをゲット。
岸和田城
2018年11月11日
続66城目
南海電鉄岸和田駅から徒歩13分で岸和田城に着く。復興天守の入口でスタンプとパンフレットをゲット。
若桜鬼ケ城
2019年1月27日
続67城目
二度目の登城の今回は、2日間降り続く積雪のため若桜鉄道若桜駅前の観光案内所でスタンプをゲットのみ。
2015年8月3日に初登城した前回は、若桜駅前でフリーサイクルを借り15分で登山口に着き、登山道を徒歩40分で標高452mの鶴尾山山頂の本丸跡に着く。
米子城
2019年1月27日
続68城目
JR山陰本線米子駅から徒歩15分で米子市立山陰歴史館に着きスタンプと米子城跡ガイドマップをゲット。
その後、徒歩5分で登城口に着き、そこから徒歩15分で三ノ丸、二ノ丸を経て山頂部の本丸に着く。
浜田城
2019年1月28日
続69城目
JR山陰本線浜田駅から徒歩20分で護国神社に着き、護国神社社務所でスタンプをゲットしてから、本殿右側の登城口から10分で本丸に着く。三の丸から本丸にかけて階段状に石垣が残り、北部を松原湾、東部を浅井川、南部・西部を浜田川によって天然の掘割としている。
大内氏館・高嶺城
2019年1月29日
続70城目
JR山口駅からレンタサイクルに乗り10分で大内氏館跡に着き30分散策。そこから自転車に乗り10分で歴史民俗資料館に着きスタンプをゲット後、自転車に乗り10分で登城口の木戸神社に着く。徒歩50分で鴻の峰頂上部の高嶺城主郭に着く。主郭で休憩してから35分懸けて下城後、自転車に乗り15分で山口駅に戻る。レンタサイクルは3時間で400円でした(2時間300円+1時間超過100円)。
洲本城
2019年2月17日
続71城目
JR舞子駅前から高速バスかけはし号に乗り1時間、洲本高速BCで下車し徒歩10分で洲本市立淡路文化史料館に着きスタンプをゲット、そこから徒歩30分で標高133mの三熊山を西の登り石垣、搦手門、日月の池、南の丸、東の丸、本丸、天守台の順に登った。
西の丸、八王子木戸も廻って下城後、洲本高速BCから淡路交通バスに乗り1時間25分、JR徳島駅に着く。
一宮城
2019年2月17日
続72城目
JR徳島駅から徳島市バス「一宮行き」に乗りバス停「一の宮札所前」で下車すると、四国霊場第十三番札所大日寺の向かいに一宮神社があり隣に登山道入口がある。スタンプをゲット後、登山道から米倉跡、財蔵丸、明神丸を経由して標高144mの山嶺にある本丸に徒歩30分で着く。
勝瑞城
2019年2月18日
続73城目
JR高徳線勝瑞駅から西へ徒歩10分。勝瑞発掘現場事務所でスタンプをゲット。勝瑞城は、三好氏の菩提寺である見性寺の境内地にあり、周囲は水濠が巡り一部土塁が現存する。平成11年に行われた発掘調査で、曲輪の一つから枯山水庭園が発掘され、北側には庭園を観賞するための会所の建物跡が発見され、平成22年に復元された。
引田城
2019年2月18日
続74城目
JR高徳線引田駅から徒歩10分で讃州井筒屋敷に着きスタンプと引田城跡散策マップをゲット。そこから徒歩10分で登山口に着き、化粧池、東の丸、北二の丸、南二の丸、本丸の順に1時間掛けて城山を散策し登山口に戻った。北二の丸の石垣は崩落の恐れがあるためブルーシートで覆われていたが、15m先に行くと立派な石垣を目にすることができた。
三原城
2019年2月19日
続75城目
JR山陽本線三原駅前の三原観光協会でスタンプをゲット。昭和50年(1975年)の山陽新幹線開業と三原駅高架化により、高架が本丸と天主台跡を貫いており、舟入櫓跡が市の港町公園となっている。天主台とそれを取り巻く三方の堀、駅の南側の五番櫓と船入櫓の石垣と、本丸中門跡・臨海一番櫓跡の石垣・堀を残すのみ。
新高山城
2019年2月19日
続76城目
JR山陽本線本郷駅から徒歩5分で本郷生涯学習センターでスタンプをゲット。そこから徒歩20分で登城口に着く。登城口から番所跡、匡真寺跡、中の丸を経て、徒歩40分で本丸に着く。その後、詰の丸、釣井の段を見てから、来たコースを逆に登城口まで徒歩30分で戻る。
備中高松城
2019年2月19日
続77城目
JR桃太郎線備中高松駅から徒歩10分で高松城址公園に着き、高松城址公園資料館でスタンプをゲットし備中高松城解説VTRを見てから、本丸・二の丸・三の丸の一部から成る城址公園を散策し、清水宗治の首塚で合掌する。そこから徒歩25分で高松城水攻め史跡公園に着き、秀吉が僅か12日で築いた堤防の東端部である蛙が鼻築堤跡を見た。
能島城
2019年4月20日
続78城目
1月に和田竜著「村上海賊の娘」を読み4月に能島村上氏の本拠である能島城の登城を目指す。
JR山陽新幹線福山駅前から高速バスしまなみライナーに1時間乗車して大島BSで下車し、大島路線バスに乗り換え大島営業所を経由して10分乗り村上水軍博物館で下車。
土曜13時からの潮流体験クルーズ舟を予約してから、博物館でスタンプをゲットし見学。その後、クルーズ舟に乗り潮の流れを体感しながら、能島城に接近して船上より曲輪の形状、石垣、岩礁ピットを確認。
村上水軍博物館から大島路線バスに大島営業所を経由して7分乗り石文化公園で下車し、大三島路線バスに乗り換え40分乗り今治駅前で下車。
河後森城
2019年4月21日
続79城目
JR予土線松丸駅から徒歩10分で登城口の永昌寺に着き、そこから徒歩15分で東第三曲輪を経て最高所の本郭に着く。さらに徒歩5分でスタンプが置いてある西第十曲輪に着く。
河後森城は、四万十川の支流広見川・堀切川・鰯川に囲まれた独立丘陵上にあり、最高所の本郭を中心として山の稜線部に馬蹄形に曲輪が展開している。
岡豊城
2019年4月22日
続80城目
土佐中村城を登城後、土佐くろしお鉄道中村駅から特急くろしお4号に乗りJR土讃線高知駅で下車、高知駅前から路線バス「領石行き」で28分、バス停「学校分岐」で下車し徒歩10分で歴史民俗資料館に着く。
城の縄張りは最高所に本丸に当たる詰があり、東に詰下段、二の段、南から西に三の段、四の段が配されている。
中津城
2019年5月17日
続81城目
新横浜駅から新幹線のぞみ99号に乗り小倉駅でJR九州の制御振り子式特急ソニック13号に乗換えJR日豊本線中津駅で下車、中津駅前から徒歩15分。
中津城は、豊前国中津にあった城で、天正16年(1588年)に黒田孝高(如水)が築城し、慶長5年(1600年)に細川忠興が豊前国と豊後国2郡に39万石で入封し、元和7年(1621年)に扇形の縄張りに拡張し完成させた。
角牟礼城
2019年5月17日
続82城目
JR久大本線豊後森駅からタクシーに乗り8分、豊後森藩資料館で下車しスタンプをゲット後、同じタクシーに乗り7分で三の丸駐車場に着く(料金1780円)。
そこから徒歩15分で搦手門跡、大手門跡、二ノ丸跡を経て本丸跡の在る山頂に着く。
展望を楽しんだ後、三の丸に戻り御長坂を下って末廣神社に出てから県道を45分歩いて豊後森駅に戻った。
臼杵城
2019年5月18日
続83城目
JR日豊本線臼杵駅から徒歩15分で臼杵市観光交流プラザに着きスタンプをゲット。
現在、城郭主要部は都市公園として整備され、石垣、空堀が残り、二の丸に畳櫓が、本丸に切妻造りの卯寅口門脇櫓が、現存します。平成13年(2001年)に二の丸大手門に当たる大門櫓が木造で復元されました。
佐伯城
2019年5月18日
続84城目
JR日豊本線佐伯駅から大分県庁前行き大分交通バスで8分「大手前」で下車し、徒歩5分で登城口の在る佐伯市歴史資料館に着きスタンプをゲット。そこから本丸跡まで徒歩20分。
延岡城
2019年5月18日
続85城目
JR日豊本線延岡駅から南延岡行き宮崎交通バスで5分「中央通二丁目」で下車し、徒歩15分で登城口に着き三の丸、西の丸、本丸、天守台跡の順に登城した後、漸く管理広場事務所=二の丸広場管理事務所に着きスタンプをゲット。その後、ある石をはずすと一気に全壊し、一度に千人の敵兵を殺すことができるという「千人殺しの石垣」、北大手門も廻った。
佐土原城
2019年5月19日
続86城目
JR日豊本線宮崎駅前の宿泊ホテルから徒歩15分でバス停橘通三丁目に着き、宮崎交通バス西都行きに40分乗りバス停交流センター前で下車し徒歩1分で宮崎市佐土原歴史資料館(鶴松館)に着く。寛永年間の城跡を基に復元された鶴松館は、大広間、書院、数奇屋の三棟からなる。鶴松館脇から本丸を目指すが、昨年の台風24号被害で登城路が塞がれており途中まで。
志布志城
2019年5月19日
続87城目
JR日南線志布志駅から徒歩15分で埋蔵文化財センター(志布志高校の道路を挟んで反対側)に着きスタンプをゲット、城の素晴らしい模型を見てから徒歩45分で志布志城に着く。
志布志小学校の裏山の「内城」、その西側の山にある「松尾城」、志布志中学校前の「高城」と「新城」という4つの城を総称して志布志城と呼ばれている。