トップ > メンバーリスト > メンバー情報

メンバー情報

ID8674
名前tsukara
コメント
登城マップ訪問城マップ

登城記録

登城日順 城番号順
根室半島チャシ跡群
2017年9月16日
漁業という生活と経済活動の拠点があったからこの場所ということなのだろうか?アイヌと和人は共生できなかったのか?ロシア人との交易はあったのだろうか等々港を見下ろす高台から思い巡らした。
松前城
2017年9月19日
最北の城と城下町の姿は、松前藩時代の繁栄を偲ばせる。それにしても戊辰戦争は壮絶な戦いだったのだろう。
五稜郭
2017年9月19日
150年も前にこの地で、旧幕府軍と新政府軍が死力を尽くして戦い、土方歳三が斃れた。そんな歴史があったことなどは小説の世界か、と思うほどに観光地化された現在とのギャップの大きさに驚かされた。
唐沢山城
2019年3月10日
関東7名城という言葉をはじめて知った。周辺は水田を中心の農業地帯であり、城主の施策がしっかりしていなければ城下は栄えない、と思う。
岩櫃城
2019年3月16日
岩櫃城は山城そのものという感じだ、熊の出没注意の看板があるが、実際に出てきたらどうせよというのか。観光協会を訪問したら、パンフレットと一緒に新百名城記念のボールペンを頂いた。感謝!!
沼田城
2019年3月16日
沼田市は地域の中心の城下町として栄えた歴史を感じさせる街だ。その城下の民家風のうどん屋さんで、天ぷらうどんを食し、イザお城へ。
名胡桃城
2019年3月16日
対岸に沼田城址を望み、戦国時代の激しい戦を偲ばせる城跡だ。記念に地元高校生の作成したマップを印刷したファイルを頂き感激!!
品川台場
2019年3月22日
江戸時代末期の対外国・海上防衛のための軍事拠点と考えるとこれも近代の城ということなのだろうか?
郡山城
2019年4月2日
毛利氏の原点がこの城跡にあるということかな、博物館で途中まで車で登れることを教えてもらい助かった。
広島城
2019年4月2日
広島には何度も来ているが、広島城は初めてでこんなに立派とは思わなかった、と言うのが正直な感想だ。名物のお好み焼きも最高!!
岩国城
2019年4月3日
錦帯橋と満開の桜がきれいで早朝散歩の人も多く、ロープウェーの始動まで時間があったので徒歩にて登城。
大内氏館・高嶺城
2019年4月3日
山口市歴史民俗資料館を見学したが大内氏に関心が湧かず、他はスルーして萩城に向かう。
萩城
2019年4月3日
毛利家の繁栄ここにありという印象で、城と城下町の繁栄が目に浮かぶようだった。松陰神社・松下村塾にて昼食、松陰うどんを食べ津和野へ向かうが、途中石見銀山に立ち寄った。この銀山の争奪戦が戦国時代の歴史そのものだということが理解できた気がする。
津和野城
2019年4月3日
けして大きな城下町ではないが、整った街だ。森鴎外や西周といった賢人を生み出したのも頷ける。地酒の「初陣」もまたうまい、名城下に銘酒ありだね。
浜田城
2019年4月4日
護国神社社務所を過ぎた登り口に、司馬遼太郎の「浜田藩追懐の碑」が建立されていた。この石見国の城と城下の石見人の歴史を端的に語って余すところがない碑文と読んだ。
松江城
2019年4月4日
お城手前の島根ふるさと館の二階で名物の「割子そば」を食して、いざ登閣(券と表示されている)。城内の桜は満開で、天守からの眺めは絶景の一語に尽きる。
月山富田城
2019年4月4日
登城後ひと月たつが松本清張著「山中鹿之助」を読み返した。「宿敵毛利元就の策謀に落ち、郷党尼子一族とともに、その悲劇の生涯を閉じた武将山中鹿之助ーーそれは、血で血を洗う戦国の世に、小国の辿らねばならなかった、運命の縮図でもある。」と書き出している。山中鹿之助はこの城下に生まれ、この城から運命が始まったのだという。
米子城
2019年4月4日
城下町の夜の情景、(その1)外堀の加茂川河口に住む河童の家族に出会う、(その2)八岐大蛇伝説の稲田姫と邂逅=境港の新鮮な肴と美酒を堪能、名城下に銘酒あり、お城歩きはやめられない。
鳥取城
2019年4月5日
戦国時代の山陰地方を象徴するような城だったというのが、この山と石垣に見られる威容からよくわかった。
若桜鬼ケ城
2019年4月5日
若桜郷土文化の里にて丁寧な説明をいただき、若狭駅〜弁財天〜蔵通り=土蔵群〜道の駅・若桜桜ん坊と城下町歩きを楽しんだ。
津山城
2019年4月5日
城内の桜が満開で、祭りの真っ最中、さすが日本さくら名所百選!!これも現代のお城の在り様と言うことなのだろう。中国山地の中にこれほどの城下町が発展していることに感嘆!!
備中松山城
2019年4月6日
現存天守の残る日本一高い山城、とのうたい文句のとおりのお城だった。ただ、登城整理バス(整理料)400円というのが、どうしても理解できなかった。どういう団体がお金を取っているのか、キチンとした領収書を発行すべきではないか?お城とは真逆の印象を受けた。
鬼ノ城
2019年4月6日
カーナビの案内で鬼城山ビジターセンターに到着、理解できないほど難しい城跡と言うことなのだろうか?
備中高松城
2019年4月6日
城址公園資料館にて、丁寧な説明を受ける。水攻めと壮絶な自刃が想像し得ないような田園風景が広がっていた。
岡山城
2019年4月6日
季節柄またの晴天の土曜日だったことから人でも多くレンタカーの駐車場探しに手間取った。城内でお花見に興じる多くの岡山市民の熱意・熱望そのままの現代のお城だと感じた。
福山城
2019年4月6日
記録には残したが記憶には薄い。多分、中国山地の山城が強烈に足に残ったのと対極にあるからだろう。桜が美しい写真が撮れた。
三原城
2019年4月7日
6日間に亘った中国地方の城巡りの最終日、城下町に再開発にもろにさらされたお城もまた時代を感じさせてくれる。
新高山城
2019年4月7日
中国地方の最終攻略城、疲労もたまり城郭図にややひるんだが、意を決して登城。山陽本線と新幹線のクロスする写真を偶然撮影した。眼下に見下ろす城下町の眺めは壮観だ、此処に小早川氏〜毛利一族の繁栄の基礎があったのだろう。

登場メモを読ませてもらいとても参考になっている。ただ残念なことに、新名城の山城については、色々な事情で半数以上の方がスルーしているようだ。天守閣より城下町と思っている、城下町を歩く、天守から街を眺める、そして城下の銘酒を楽しむ、いい旅でした。

広島空港からレンタカーで時計回りに20城=走行距離1,201q・総歩数101,997歩でした。
小机城
2019年4月25日
小机駅から商店街・住宅地を抜け竹林を登り、冠木門をくぐり抜けて本丸跡へ。商店街に戻ったところで桜家さんにて昼食にかつ丼、「鳥庄」さんにて焼き鳥を一本、大満足でした。
本佐倉城
2019年4月26日
JR酒々井駅から徒歩で向かうが、途中「麺楽」さんにて特製ラーメンで腹ごしらえ、町中央公民館をへて登城。京成大佐倉駅に向かったが、遠くに筑波山を望む田園風景がまた良かった。
大多喜城
2019年4月26日
大多喜駅前の観光センターにて無料バス情報、城の入口まで乗車、雨降りだったのでとても助かった。帰りにも立ち寄り、お茶とタケノコおにぎりにて小腹を満たす。
龍岡城
2019年6月1日
函館五稜郭のような血なまぐささのない、小学校の建つ城跡だ。聞けば、藩主が聡明で、幕府から離れて早々と新政府川についたから、とのことである。
高島城
2019年6月1日
遠目には市街地に建つが、築城時は諏訪湖に浮かぶような景観の中にあったのだろうか?造り酒屋の立ち並ぶ城下町歩きもまた楽しい。
新府城
2019年6月2日
本丸跡・藤武神社への階段を直登、250段近くあっただろうか、やや危険を感じる勾配でお薦めでない。武田氏一族を顕彰する碑があったが、この大きな石をどこで切り出して、どうやって山上迄運んできたのか?「甲斐の国の礎は、滅んだとはいえ武田氏の功績だ」という趣旨の地元市民の心意気を感じた。
要害山城
2019年6月2日
ビューポイント少なし、雑草多し、足元はフツー、竹杖をお借りした地点から信玄公誕生之地の碑迄約2,200歩(股下75センチ)。門跡〜曲輪跡〜を数回通過、戦国大名はこんな山の上でなければ、枕を高くして眠れなかったのだろうか?