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メンバー情報

ID9013
名前より
コメント城と歴史好き
東京在住
スタンプをツールに日本全国ゆっくり巡る
日本百名山同時並行中!
登城マップ訪問城マップ

登城記録

登城日順 城番号順
五稜郭
2020年10月13日
60城め
五稜郭は約10年ぶり。奉行所復元後は初。
タワーで均整のとれた城郭を眺め、箱館戦争の経緯を再確認。
城郭を一周し奉行所見学。ついでにすぐそばの美術館と北洋資料館見学。

幕末、異国防衛のため死角のない最新?西洋式城郭で築城。その後箱館戦争の舞台になり、いよいよ当城の本領発揮! かと思いきや、旧幕府軍があっさり攻略。翌春新政府軍があっさり奪還。どちらも城外の攻防が主で城自体の攻防はほとんど無かったよう。

やっとGOTOの仲間に入れてもらい、4泊で温泉+観光+城攻め。
1日め五稜郭、2日め松前、3日め大沼と函館山夜景、4日めベイエリア
4日間温泉三昧。
松前城
2020年10月14日
61城め
幕末、異国防衛のため当時軍学の粋を集め築城。その後箱館戦争の舞台になり、いよいよ当城の本領発揮! かと思いきや、旧幕府軍があっさり攻略。翌春新政府軍があっさり奪還。

函館からレンタカー。
途中、北斗星広場、青函トンネル記念館、横綱記念館と寄り道が過ぎ、時間不足で肝心な松前観光は城だけに。
歴史上は簡単に落城したようだが、我々の難攻ランキングは相当上位。
1位根室チャシダントツとして、ここが長崎平戸と2位争いかな。
弘前城
2019年8月8日
48城め
世界自然遺産・白神山地、不老不死温泉を経由し、リゾートしらかみ号で到着。
夏は涼しい北東北、ということではるばるやってきた弘前も猛暑。
せっかくの現存天守も、とても攻城どころでない暑さ。
観光に丸1日確保していたため、城のほか、弘前城植物園、藤田記念庭園、青森銀行記念館など巡ったが、とにかく暑く、どこも観光そこそこに冷房の効いた施設で休息ばかりであった。
あまりの暑さに頭がやられたようで、肝心な弘前城情報館を見逃す大失態。痛恨の極み。
盛岡城
2016年12月31日
3城め
南部氏の城。大晦日に攻略
もりおか歴史文化館は休みで、市役者でスタンプGET
歴史文化館はまたいつか見学予定
久保田城
2019年8月14日
49城め
過去何度も通った懐かしい地秋田への再訪。ここ久保田城はもちろん、続100認定前の秋田城も過去攻城済。
数日前の弘前と同様、ここも猛烈な猛暑。佐竹史料館は冷房が効いて涼しいが、御隅櫓は冷房なし。
城の正面にある千秋美術館で「尾張徳川家の至宝」という特別展を実施中で、これを見学して秋田を後にした。

佐竹氏は清和源氏を名乗っているが、途中女系相続が行われている。女系相続でも源氏を名乗れるの!?
源氏の娘を嫁にした家は皆源氏!?
山形城
2019年8月16日
50城め
折り返しの50城め、当初は新発田城の予定だったが、台風の影響を考慮し急遽山形に変更。
これまでもゆったり進めてきたつもりの100名城めぐりだが、後半は更にゆったり進めていこうと思う。簡単にクリアしてしまったらつまらない。。

最初に最上義光歴史館へ。義光と書いて「よしあき」と読む。
無料だがとても充実した施設。1時間以上滞在し、源氏の名門最上氏の歴史を学ぶ。
北の関ヶ原といわれる長谷堂合戦についてボランティアガイドさんと激論!
直江兼続の評価は持ち上げられすぎ、という見解で一致!?

続いてやまがた時代絵巻のスタンプラリーで街を巡る。
文翔館は、ここも無料ながら見応え充分。オススメ。
東大手門、本丸一文字門、市郷土館など見学し、最後に霞城セントラルの展望フロアより眺望を楽しむ。ここまですべて無料。山形おそるべし。
スタンプラリー制覇の記念品は絵葉書。

明治時代に埋めてしまった本丸の復元整備を目指しているとのこと。
頑張って欲しい。
二本松城
2020年7月14日
55城め
安達太良山登山とゴルフと温泉、そして攻城の旅。
コロナ禍での旅行が微妙な空気の中、政府のGOTOキャンペーン実施に後押しされ決行。
歴史資料館でスタンプゲット。館内で二本松城の歴史をおさらい。
その後、箕輪門から傘をさして雨中攻城。ぐるりと一周するルートで本丸を往復。約1時間弱。
全般的によく整備されていた。
岳温泉、横向温泉泊
会津若松城
2019年6月11日
46城め
約15年ぶりの会津再訪は、ゴルフと温泉と観光の旅。
3施設共通券で、天守、麟閣、御薬園を巡った後、白虎隊の飯盛山へ。

会津では、新政府軍(官軍)のことを「西軍」と呼ぶ。「官軍」は禁句だろう。
鶴ヶ城を砲撃したのは佐賀藩自慢の新鋭大砲だったり、降伏式の政府軍代表が、西南戦争で敗死する桐野利秋だったり、家老の山川大蔵はその西南戦争で政府軍として薩摩に雪辱を果たすなど、歴史の繋がりを感じた。

修学旅行生で賑わっていたが、外人はほとんど見かけなかった。
県名による風評被害であれば残念。
同行した友人に無理やり100名城スタンプ本を買わせた。やる気なさそうだったが。。
芦ノ牧温泉泊
白河小峰城
2019年8月17日
51城め
10泊11日に及んだ東北攻城旅の最終日。(といってもたった4城+2山)
旅行中どこも猛暑に悩まされ、どこを攻めようかギリギリまで悩んだ末、駅近で猛暑でも比較的耐えられそうなここを選択。東北は涼しいというのは幻影。

最初にリニューアル直後の最新施設、小峰城歴史館へ。
他の方のコメントどおり、なかなか充実した施設。
当館自慢の3面シアターは後方中央の席がベスト(前の人の頭がじゃまになるが)。
隣接の二ノ丸茶屋と相互割引あり。
返却式コインロッカー(小サイズ)に荷物を預け、手ぶらで本丸へ。
三重櫓(天守と言って良いと思う)からの展望は、忠実に再現したためか、格子がじゃまであまり良くない。
城の裏側など、震災復興中?で立ち入れない箇所あり。

戊辰戦争では、当城をめぐって攻防があったようだが、それに関する説明がほとんど無かったのは残念だった。
ガイドさんに聞いたり調べた結果(要約)
最初に列藩同盟側が占拠するが、主力を別に置いたため新政府軍があっさり奪取。
その後列藩同盟側が奪還しようと何度か攻撃するが撃退。
列藩同盟側の作戦ミス!?
水戸城
2018年10月23日
21城め
中学卒業旅行以来の水戸再訪
今回は袋田の滝、竜神大吊橋を巡って弘道館へ
ちょうどボランティアガイドさんが集団を案内中で、後ろに付いてひと回り
その後二の丸展示館でビデオと城の再現模型を見学
佐竹や水戸徳川家の歴史には興味あるが、城の遺構としてはやや残念な印象
箕輪城
2022年9月15日
73城め
武田史跡として9年前に攻城済。勝頼初陣と伝わる城。
城の縄張りは前回ひととおり見ており、今回雨も降っていたため、駐車場から遠望したのみ。
スタンプ設置場所の箕郷支所では、城に関する各種資料入手可能。
その資料によると、9年前よりいろいろ復元が進んでいるよう。
この辺りは通る機会も多いので、またいずれ。

尾瀬散策の帰りに訪問。
至仏山登頂(百名山21座め)、伊香保温泉泊。
金山城
2020年10月3日
59城め
まずガイダンス施設で城の歴史を学ぶ
約5分の戦国シアターは、職員に頼んで上映してもらう
新田一族の岩松氏が築城。家臣の由良氏が下剋上で城主。周りを大国に囲まれ従属先を変えながら生き残るが、最後北条に反旗を翻し破れ降伏。以降北条の城となるが、豊臣の北条征伐で廃城

史跡としては、大手門付近の石垣はもちろん、4本の堀切も良く残っている
物見台から、昨日登頂した雄大な赤城山が見える・・はずだったが、視界が悪く何も見えず
城域は、史跡整備している西山部分のほか、北山、東山にも及んでおり、今回御城橋を渡って東山の八王子山砦も攻略。そこの説明によると、元々は全体を取り囲む(大野城のような)朝鮮式山城だったとのこと

ここは新田の城とされるが、岩松氏は足利義純と新田娘の子が出自
家格が下の新田が、上の足利の婿を取ったのかと思ったが、後で調べると、義純が新田嫁の子を認めず、やむなく母方の新田一族となったよう
義純とは、足利一門畠山氏の祖
新田嫁のおじさんは、徳川家康がその末裔だと称した得川氏。先祖の地ということで、江戸時代に日光から東照宮を移築。市内に現存(重文)
八王子城
2021年5月8日
66城め
緊急事態宣言中につき、県境を越えないよう地元都内での攻城。ここは4度目くらいか。
長いステイホームの運動不足を補う、本丸まで約30分の登山。

歩いていてあまり要害感はない。
1日で落城したというが、そういう城だったのか!?

今行ってもガイダンス施設は休館中。更に100名城スタンプも無いので要注意!
かわりにスタンプ押された紙が置いてあり、一応もらってくる。
これで塗りつぶしとして良いのか微妙。いつでも来れるので本物のスタンプはまたそのうち。
小田原城
2019年5月8日
42城め
ロマンスカー最新GSE型展望席最前列をGETし、颯爽と小田原入り。
比較的近所の城で、子供の頃から何度か来ている。昔は像もライオンもいた。
最近は通過ばかりで攻城は約20年ぶり。

天守閣:スタンプと電車好きはこちら
NINJA館:最新施設。子どもと、くのいち好きな大人はこちら
常盤木門SAMURAI館:武具に興味のある方はこちら
郷土文化館:壊れそうな建物に興味のある方はこちら

展示は北条に関するものが多いが、復元遺構の大半は江戸時代のものかと。
武田氏館
2019年6月26日
47城め
約10年ぶり3度目の武田家本拠再訪は、登山と温泉と勝頼慰霊の旅。
信玄ミュージアムと宝物殿を見学し、縄張りを一通り見て周る。
立派な虎口や堀など、「館」と言っているが、「城」と言って問題ないように思う。
特に裏側の空堀はとても深い。

大の武田好きとして、出来立ての最新施設・信玄ミュージアムに期待しての再訪だったが、展示・映像共に興味湧く内容ではなかった。
例えば信玄書状を目玉として展示していたが、いつ誰宛のものか不明。職員に聞いても不明とのこと。いつ誰宛かくらい明白なものを展示すべきと思った。
全体のスペースも狭く展示量も少なかった。

前日、百名山大菩薩嶺登山後、勝頼が無念の最後を遂げた田野にある景徳院で、勝頼、信勝、北条夫人の冥福を祈った。勝頼は決して暗愚な二代目などではない。いつか勝頼の名誉が回復されることを期待したい。
石和温泉泊
松代城
2020年11月18日
65城め
すっかり真田の城になっているが、川中島決戦の舞台となった海津城としての知名度の方が高いのではないか?
100名城に選定されたのも海津城としての歴史があればこそ、なのではないか?
しかるに各施設の展示内容が真田一色で、海津城としての展示がほとんど無かったのは残念だった。
攻城前後に妻女山展望所、川中島古戦場を巡る。(ついでに松代大本営跡)
川中島古戦場公園内の長野市立博物館に川中島合戦の興味深い展示あり。

前日100名山美ヶ原登頂、浅間温泉泊。
翌日春日山へ向かう車窓に広がる、謙信公も見たであろう雄大な黒姫山・妙高山が見事だった。
上田城
2021年10月9日
68城め
観光会館2階でスタンプと各種資料入手。職員の方もとても親切。
博物館・櫓の共通券で見学。
上田城一押しスポットの東虎口櫓門(復元)とその両側の南北櫓(移築現存)
櫓入場券でこの3ヵ所に入れる。
真?の現存西櫓には入れない。
さすがにどこもかしこも真田一色。

車で15分ほどのところに、武田信玄の砥石崩れで有名な砥石城あり。
武田ファンとして見逃す訳にはいかない。
遺構が良く残り、整備もされている。攻城開始すると、なるほどの要害感満載。
歴史と山城好きの方にオススメ。

前日蓼科山登山。別所温泉泊。
松本城
2022年7月28日
72城め
人気、実力共に姫路に次いで日本第2位とおぼしき名城。
7月の平日で大変な賑わい。天守の昇り降りは順番待ち行列。
現存天守内部の趣も良いが、最大の魅力はその美しい外観かと。
キレイな青空と白い雲をバックに、まさに絵に描いたような写真が撮れた。

築城者、石川数正は、家康股肱の臣から秀吉に謎の出奔。
家康に恨まれたのか、徳川の世になり改易の憂き目にあうが、国宝松本城築城者として後世に名を残したか。

登山と温泉の3泊4日奥飛騨旅行の帰りに攻城。
乗鞍岳登頂(百名山20座め)、平湯温泉泊。
高遠城
2018年9月18日
19城め
ずっと西国攻めを続けていたが、久々の東国攻め。
まだ大学生の時以来の再訪。
さくらと絵島で有名だが、自分にとっては武田家滅亡最後の戦いの場として感慨深い。
天正10年織田による武田総攻撃の際、勝頼の弟盛信が頑強に抵抗したものの、わずか1日で落城。隆盛を誇った武田家も、抵抗はほぼこの高遠のみでほかはことごとく自滅というはかなさ。
今回改めて縄張り図と現地踏査して思ったのは、城南東側の外堀の城外と、二ノ丸・南曲輪、更には本丸まですべて高低差が無く空堀で仕切っているだけ。高低差が無いと防御が難しく、1日落城の原因になったのではないか、と推察。
歴史博物館と絵島囲み屋敷はとても残念なことに休館日。
今更ながら、毎週月曜、祝日の場合は翌火曜、という休館パターンを認識。
今後は攻城計画段階で要注意。
攻城後、早太郎温泉に泊まり、翌日千畳敷カールと木曽駒ケ岳登山。
新発田城
2020年6月13日
54城め
長いコロナ籠り生活を経て、最初の遠征は新潟へ。新幹線どころか、電車に乗るのが数ヶ月ぶり。
本丸内にある、表門、旧二の丸隅櫓(以上現存)と、辰巳櫓(復元)の3ヶ所は中に入れる。
少し離れた位置の三階櫓(復元)は、堀の対岸から眺めるのみ。せっかくの復元も効果半減!?
更に少し離れた所にある、自衛隊の白壁兵舎広報史料館の展示も楽しみだったが、残念ながら休館中だった。リサーチ不足を反省。(6/26再開とのこと)
春日山城
2020年10月24日
63城め
近県移動中、天気が悪そうで元々攻城予定無かったが、予想外に晴れたので急遽ものがたり館へ立ち寄る。
のんびりビデモ観ていると天気怪しくなり、後大雨に。
城の攻略は今回中止。謙信公居城のスルーなどあり得ず、必ず再訪決定。

11/19 ということで早速再訪。
まずは埋蔵文化センターへ。地味な名称だが、無料とは思えないとても充実した展示。上杉おもてなし武将隊の謙信公以下が出迎えてくれる。多くの攻城者はスルーしておりとても空いている。必見。

そして攻城へ。
本丸へのルートは以下3つ
左周り:大手道、南三の丸、景勝屋敷など
中央 :途中まで舗装路、三の丸、二ノ丸
右周り:直江屋敷、毘沙門堂など

普通、往復で2ルートしか通れない。充実の右周りは必須。もう1ルートを左か中央から要選択。
途中春日山神社付近に売店あり。売店寄るなら中央か右周り。左周りは売店通らず距離も長い。

全体的に遺構が良く残っており景色も良い。整備されて観光地化され、山城としては攻城者多い。
高岡城
2020年10月25日
64城め
高岡は以前、大仏、国宝瑞龍寺、雨晴海岸など観光していたが、不覚にも攻城は初。
城内は広く、ミニ金沢城、という印象。
スタンプ設置の市立博物館は、無料とは思えない資料の充実ぶり。
高岡で宿泊すると、選べる市内観光チケットと路面電車一日乗車券がもらえた。ランチはGOTO地域共通クーポンでタダで一日市内観光。詳細は駅改札前の観光案内所へ。
金沢城
2020年10月20日
62城め
約6年ぶり、記憶の範囲内で3度目の攻城。
金沢はほぼ観光し尽しており、今回はスタンプのみでも、と思っての訪問だったが、結局何もないとわかっている本丸含め城内一周した・・
と思っていたら、後で今年7月に復元整備されたという「鼠多門・鼠多門橋」をスルーしていたことを知る。
まあ、何かと縁のある金沢なのでまた来る機会もあるだろう、と割り切る。
二の丸付近は工事シートに覆われていて、二の丸御殿復元に向けた調査中の様子。
城内は流石加賀100万石。広々として江戸城(皇居)を連想。
駅から徒歩だと途中総構えの遺構を見れる。黒門口まで約20分弱。

2022/10/27再訪
前回見損ねた、鼠多門・鼠多門橋を見学。
二の丸付近の工事シートは、2年経っても変わらずそのまま。なにやってるのかなぁ。
丸岡城
2022年10月25日
74城め
現存天守・日本一短い手紙の館・民族資料館の3館共通券で入場。
日本最古の現存天守と思われていたが、良く調べるとそうではなかった、とのこと。
最古でないにしてもかなり古い方なので、国宝化運動をしている。
昭和23年の地震で倒壊、復元しているのが微妙に国宝になれない理由なのかな?

日本一短い手紙とは、対勝頼・長篠合戦に臨む鬼作左こと本多重次のもの。
文中の息子が成長し、後に丸岡藩主となった本多成重。
現天守は、この本多成重建築説が有力らしい。
一乗谷城
2022年10月26日
75城め
とにかく広く見所多数。
駅近の新施設、遺跡博物館からスタート。
入場は事前予約制だが、越美北線での来訪証明(切符の写真)で入場可。しかも500円クーポンもらえる。
復元町並とのセット券820円。無料ロッカーに荷物預け身軽に。
スタンプは隣の旧施設、遺跡資料館で押印。

次いで山城へ。
下城戸コースで登り、馬出コースで下りる。周遊に便利な英林塚コースは道悪との評判で回避。
一の丸から三の丸はそれぞれ堀切で分断された独立峰で、最高部は三の丸。
少し下がった宿直から福井平野が一望。約2時間半の登山。

遺跡博物館に一旦戻り、朝倉おもてなし楽舞隊の演奏・舞踊を鑑賞(不定期開催)
その後、平面復元地区、朝倉館、諏訪館など経由し復元町並へ。
土産は、品揃え豊富な復元町並で買うべし。前出の500円クーポン含め大人買いし、三度遺跡博物館に戻り丸1日の攻城完了。
土日は無料周遊バスあるが平日はなし。平日でも山以外は結構な人出。

両側の隘路の出入り口を門で固める守りの構造は、平家の一の谷と同様かと。
信長に攻められた時代では、既に時代遅れの城といえたのでは。
岩村城
2018年9月20日
20城め
武田・織田攻防の地
前から来たかった待望の城
元々武田・織田両属だったが、両家手切れにより争奪戦の渦中に
1572年、信玄西上作戦の一環で武田が奪取
1575年、長篠の結果を受け織田が奪還
2度落城しているが、2度とも援軍が見込めない状況下での開城であり、軍事的落城ではなく城の守りは堅かったと思われる。
で、その堅城の攻略をとても楽しみにしていたのだが、あいにくの大雨。
歴史資料館見学後、職員の方に雨中攻城の是非を問うと、滑るので勧められないとのこと。進言を受け入れ無念の撤退。
近くに続100の苗木城があるので、いつか苗木城とセットで必ず攻略を誓う。
岐阜城
2018年11月22日
25城め
標高329メートルを徒歩で攻城。
攻め口(登山道)は4道整備されている。
百曲り登山道から攻め、約30分でロープウェイ山頂駅へ。
途中に砦などあったらしいが、遺構はわからず。
この城は歴史上3度落城している。
1度目:信長が斎藤龍興から奪取。
2度目:秀吉が織田信孝から奪取。
3度目:関ヶ原東軍諸勢が織田信秀から奪取。
3度目の落城の天守内の説明に、「岐阜城は水の手に問題があり、籠城向きでなかった」と城として身もふたもないことが書かれていた。
天守からの眺望は、360度遮るものが無く圧巻。
下城は歩行距離が長いめい想の小径で約1時間弱。
登山者は意外と多かったが、どちらの道も岩が多く歩きにくかった。
山中城
2022年4月10日
70城め
城域は、岱崎出丸側と本丸側の2つに分かれている。
両方をひととおり一時間ほどで巡る。

スタンプは、案内所の内・外にそれぞれあるが、内のものを押すべし!
外のスタンプはきれいに押せない。

当城自慢の障子堀がキレイに残っているが、当時もこんなにキレイだったのかな?
攻める兵の通路になり、防備上むしろ逆効果な印象。
1日で落城しているが、障子堀が逆効果だった結果か!?

ゴルフと登山と温泉の3泊4日伊豆旅行の手始めに攻略。
天城山登山(百名山18座め)、伊東温泉泊。
掛川城
2018年11月24日
27城め
付近にある続100の、高天神、諏訪原、浜松、それに二俣などの諸城は攻略済(スタンプ未)だが、掛川は初攻城。今回は女城主・井伊谷からの転戦。
ここは源氏の名門今川氏が滅びた城。
その後徳川の城になり、武田の攻撃をしのぎ、関東移封後は功名が辻の山内家所領。
徳川時代は歴代譜代の所領。
東海地方の諸城は、豊臣時代は豊臣恩顧の大名を、徳川時代は徳川親藩・譜代の大名を入れて各々本拠の守りとしたが、どちらもあっけなく敵側に味方してしまい、役目を果たせていない。掛川もその1つ、という歴史がやや残念!?
犬山城
2018年11月22日
24城め
犬山遊園駅から木曽川沿いに攻城。
この城は、小牧長久手や関ヶ原の前哨戦などで歴史に登場するものの、歴史上はやや地味な印象。
しかし国宝5城の1つだけあり、平日にもかかわらず大変な賑わい。
休日ともなれば、ディズニーの人気アトラクション並みの入場待ちが発生しそう。
天守内は一部改装工事中で見学エリア制限中だったが、最上階の眺めは良かった。
本丸でスタンプGET後、城とまちミュージアム・からくり展示館を見学。
帰りは五平餅を食べ歩きしながら犬山駅へ
岡崎城
2018年11月23日
26城め
神君家康生誕の地。
天守・三河武士のやかた家康館の2館共通券で入館。
どちらの展示も見応えがあり、合せて3時間以上滞在。
途中本丸内の龍城神社で開運祈願。

名鉄電車だと、岡崎公園駅が最寄り。
東岡崎駅は遠い。ただし特急・急行が停まるのは東岡崎。
この後、徳川四天王井伊家発祥の井伊谷城攻めへ。
観音寺城
2022年11月10日
76城め
駅下の観光案内所で攻城マップ入手。とても親切。
次いで、駅前の安土城郭資料館でスタンプと観音寺城資料GET。館内に観音寺城ジオラマもあり。安土城スタンプもあるが今回はパス。

攻城口は、観音正寺経由500円と、桑実寺経由300円の2か所。両方通ると800円。同じ場所に戻れば帰りは無料。
徒歩隊の私は、近い桑実寺経由で本丸へ。
次いで大石段、平井丸、池田丸を経由し、絶景の大石垣へ。
大石垣は必須。ここに来る/来ないで攻城満足度天地の差。
更にもう1分下り、立派な大石垣を仰ぎ見る。これも必見。

車隊の方は、このまま下って駐車場に戻る周回ルートがオススメ。
私は来た道を戻り、城の最高点沢田丸へ。本丸は最高点に非ず。沢田丸に遺構は残るが、標識も展望も無い。
沢田丸からマップに無い道で直接本丸に下り、桑実寺経由で下城。
資料館を出て3時間半、大満足の攻城完了。
道悪とのコメント多数あるが、その後整備したようで問題なし。

信長に一蹴された六角は、弱小で無謀な印象だが、室町列強の一角を成し、対信長戦も勝算はあったとみる。実戦は勢いの差がそのまま出たか。。
二条城
2020年9月19日
58城め
世界遺産で国宝は、姫路とここだけかな?
ただし姫路は単独での世界遺産認定だが、ここは「古都京都の文化財」の構成要素の1つ。
国宝二の丸御殿は豪華絢爛な障壁画が売りだが、御殿内のものは模写で、原画は100円払って見る展示収蔵館内で年4回、240日間公開。攻城日は非公開。。

本丸御殿は修築中で工事用ネットに覆われている。見学できないのは仕方ないが、景観を損ねているのが残念。修築は2022年まで。まだ先は長い。

徳川将軍家の城だが、在城したのは、初代家康〜三代家光、時代が進んで幕末の14代家茂・15代慶喜の5人のみ。間200年以上は家主不在の余剰施設!?

4連休初日、コロナ禍はどこいった? という大混雑ぶり。
チケット売り場も二の丸御殿の入り口も行列。
外人抜きでこれだと、普段どれだけ混んでいることか。
大人気の唐門付近、閉園間際に行くと独占可能。
大阪城
2017年1月17日
4城め
2度めの攻略
秀吉の城と思われがちだが、現存の縄張りは秀忠によるもの。
両者の模型が展示されており違いがよくわかる。
天守の位置も秀忠の改修でやや南に移されている、
大阪城の弱点は南側とよく言われているが、実際は北側からの砲撃で事実上落城(和議)しており、天守を北側に寄せすぎたことが秀吉の大きな失敗だったと思っている。
天守を含めた本丸を、大砲の届かない位置に配置していたら、また歴史も変わっていたかもしれない。
秀忠による天守移動がこれを考慮した結果かどうかは不明。

現在の大阪城は、周りの高いビルに囲まれてる感じ。通天閣から見ると高層ビルの壁に張り付いている、まるでビルの壁画のように見えるのが残念。
大阪歴史博物館とのセット券で見学
千早城
2018年4月1日
8城め
2度めの攻略
「まつまさ」でスタンプGET後、一旦下まで戻って正面から攻略
この長い階段、当時は無かったとすると正面から攻めるのは難しく、城の弱点は傾斜の緩い本丸裏からの攻撃だと思うが、この辺りに門があったのかな、とか想像しながら、幕府の大軍を防いだ難攻不落の防御構造を興味深く見て回った
攻略後、そのまま金剛山に登り、ロープウエイで降りた
前回(2015年)も同じルート。何か前回と違うことをしたかったのだが、結果同じになってしまった
竹田城
2019年5月22日
43城め
「山城」「天守の無い城」の2部門で、恐らく人気日本一と思われる竹田城。
超有名になる前、城下は何度か通ったが、攻城は今回初。
さすが、前評判に違わず素晴らしかった。
惜しむらくは規制が厳しいところ。
2012年頃までは入山自由(無料・柵や順路も皆無)だったが、映画のロケ地となるなど人気沸騰し、やむなく現在の状態になったとのこと。
当城のライバル?、豊後竹田市の岡城には柵も順路も無かったことを想い出す。岡城未踏破の方、柵が出来る前に是非。

攻城前後、城崎温泉泊
篠山城
2019年5月24日
44城め
日本三景、天橋立から移動
4館共通券を購入し、4施設を2時間ほどで周る。

それなりに楽しめたが、こうした正方形に近い平城より、個人的には変化に富んだ山城の方が好み、と思っていたところ、すぐそばに来年大河の主要スポットになるであろう八上城(山城)があることを攻城後に知る。
今回スルーしてしまったことを後悔。
来年盛り上がること請け合いと思うので、これから攻城する方、是非。
明石城
2018年9月1日
15城め
駅のホームから見たことはあったが、攻城は初。
坤櫓・巽櫓の公開日を確認しての攻城だったが、あいにく天候により公開中止だった。傘が不要レベルの小雨がパラつく曇りだったが、小雨でも公開中止とのことだった。
気を取り直して文化博物館に向かうと、何やら子ども向けの特別展をやってるとかで入場料が1000円になっていた。本来200円の価値のものに1000円払うか一瞬考慮したが、その価値なしと判断して退散した。
西国外様からの守りを目的に築城されたが、肝心の幕末に何をしていたのか興味があった。過去には「明石藩の幕末維新」という企画展もやっていたようで、その時に訪問したかった。
姫路城
2018年9月1日
16城め
言わずと知れた、日本の誇る世界遺産。
この巧みな縄張りは流石というほかない。
平成の大修理の前に一度、後に一度、今回三度目の攻城。
天守内は既に2度見学済であるため、今回はスタンプGET後、過去訪問していない城の裏手に回り、清水門を通り歴史博物館へ。
館内ではたまたまと思うが職員の方が親切にいろいろ説明してくださり、1階の無料ゾーンだけで十分楽しめる内容だった。
2階の有料ゾーンは子ども向け特別展になっていて回避した。
城の裏側は閑散気味だが、天守の眺めもなかなか良かった。
赤穂城
2018年9月2日
17城め
2度目の来訪だが、前回は雨天のため攻城せず無念の転進。
今回は天候も良く駅から徒歩で攻城開始。
途中、息継ぎ井戸の所にあるからくり時計は、毎時0分に忠臣蔵の物語りが上演される。これを見学後、大手門へ。立派な枡形。
二ノ丸を通り本丸で櫓門内部を見学、天守台攻略後、歴史博物館へ。スタンプはここでGET。(城内にも何ヵ所かスタンプあり)
館内の展示はなかなか充実していて楽しめた。
その後大石神社で参拝後、宝物館(4館共通券)を見学したが、個人的には歴史博物館の展示の方が良かった。
高取城
2018年4月4日
9城め
事前知識の無い城で、各県から最低1つという条件のために仕方なく選ばれた城、くらいの認識で訪問
夢創館でスタンプGETし、見取り図などいただき徒歩で宗泉寺方面から攻略
険しい山道を進むこと約1時間、城内への最初の門、二ノ門に到達
右側崖、左側石垣の間の堅固そうな門
その先も、矢場門、松ノ門、宇陀門、千早門と続き、どれも二ノ門に劣らず堅固そう
そして現れたのが大手門。枡形虎口、周りの石垣も高く鉄壁の守り。同時に思ったのは、これだけの大石をどうやってこの山奥まで運んだのか、という疑問。この疑問は二ノ丸、本丸の圧倒的な石垣を見ると更に謎が深まる。流石の大納言秀長とはいえ、自力では無理ではないか、諸国の大名を動員したのか、などの疑問が絶えない
本丸攻略後、壺阪口方面に降りる。この方面の門も堅固そうだ
壺阪寺経由で夢創館に戻り、珈琲をいただきながら当時の再現CGを見せていただく
CGは流石に立派過ぎて誇張が入っていると思ったが、それにしても訪問前の認識違いは甚だしく、これぞ「100名城中の名城」と感服した
二ノ丸の桜がきれいに咲いていた
本丸から吉野の桜が遠望できた
和歌山城
2017年10月28日
6城め
3度めの攻略
紀州藩初代藩主徳川頼宣の城
頼宣という名前に縁があり、頼宣土産を探したが、孫の吉宗はあっても頼宣は無かった。
忍者がいて写真を撮ってくれる。忍者と一緒に撮ってもらえば良かったと後悔
この後フェリーで徳島へ移動
鳥取城
2017年2月20日
5城め
2012年の桜満開の時期に一度攻略済。
秀吉による兵糧攻めで有名な城。毛利は何故援軍を送らなかったかに興味があり一度調べたが、忘れてしまった。この頃の毛利はとにかく敢闘精神が無かった、というところか。
今回定休日で市役所でスタンプGET。
市役所の方はとても親切で、城にかかわるいろんなパンフレッドもらえたりした。
2012年訪問時、観光ボランティアの女性に生涯唯一のイケメンと言っていただいたことが心に残っている・・
松江城
2020年8月24日
56城め
大山登山と温泉と出雲大社、そして攻城の旅。
出雲空港着陸前に上空から良く見えた松江城、国宝になるずっと前、18年ぶりくらいの再訪。
残念ながら当時は現存天守に特段の興味が無く、あまり記憶が無い。
が、今回改めて堂々たる望楼型現存天守の威容に感服。

攻城後、小泉八雲記念館、旧居、武家屋敷、松江歴史館など巡りながら城の外周を半周。
しんじ湖温泉泊。翌日大山登山。
月山富田城
2020年8月26日
57城め
大河ドラマ毛利元就で知った、尼子・大内・毛利の攻防戦の舞台。
城名を初見で正しく読める人は少ないだろう。

最初に歴史資料館でスタンプゲット後、城のジオラマで縄張りを学習。
いくつもの曲輪が重層的に連なっている。
攻城コースとは別の付近の尾根なども多数曲輪化されていたようで、規模の大きさに感嘆。全体を守るには相当の兵数が必要であろう。

フェーン現象で日本海側猛暑の中、汗だくになって本丸まで攻略。
所々にある木の木陰が貴重。
歴史資料館に戻って冷房の効いた館内見学。都合2時間ほどの滞在。
隣接する道の駅は休み。(水曜定休とのこと)

山城巡りは大の好みだが、猛暑で流石にキツかった。
前日の大山登山と2日連続の消耗。
攻城後、大社の湯泊。翌日出雲大社参拝。
津山城
2019年8月31日
52城め
高松滞在中に、瀬戸大橋を渡って津山まで日帰りで遠征。
城については皆さんのコメントどおり。
備中櫓内の城紹介DVDは30分。
ほか縄張りをゆっくりひととおり見て周ると、気が付くと2時間半ほどの攻城。
ただし工事中?で行き止まり、立ち入り禁止箇所は多かった。
津山郷土博物館は残念ながら来年3月まで休館だが、徒歩圏内の城西地区、城東地区にも見どころ多数。
丸1日観光できる。駅前の観光案内所が親切。

森家の後を継いだ松平家とは、家康の次男秀康の嫡系。系譜的には将軍になっていても・・
岡山城
2018年9月3日
18城め
好きな武将の1人、宇喜多秀家の城。
岡山には何度か来ていたが、時間の関係で攻城できていなかった。
今回待望の攻城。
大手口にあたる内下馬門から攻城開始。下段、中段、本段と進み、天守に到達。
後楽園とのセット券で天守内へ。天守内の展示は、上から宇喜多、小早川、池田の各時代順に見れるようになっていてなかなか充実していた。
1階には食事処、土産物あり。
その後月見橋を渡って後楽園へ。後楽園から見る岡山城もまた格別。
後楽園の隣にある県立博物館も寄る予定が無念の休館日。
翌日、時間があったので再チャレンジで県立博物館へ。大雨だったので館内ほぼ貸切状態。幕末の企画展中とのことで期待しての訪問だったが、期待度が高すぎたのか、イマイチだった。
これで山陽道筋制覇(かな?)
福山城
2016年5月31日
1城め
昔から城めぐり好きで100のうち30以上は攻略済だが、スタンプの存在を知り1からやり直し。
ここも昔に攻略済。
今回月曜日に行ったら定休日。。
天守閣内部は入れず、縄張りを見て回って終わり。
内部は昔入っているので良しとする。
徳川譜代による幕府の西の守りの要の城、のはずだが、姫路城など西の守りの要はほかにもいくつかある。これらの要達は肝心の幕末時、1つとして全く要にならなかったと思うのだが、何をしていたんだろう。。
スタンプは天守閣横にある事務所で記念の1城めをGET。
何年かかるかわからないが、これから100制覇を目指して頑張る!
郡山城
2018年5月17日
12城め
歴史民俗博物館で山城全体を模型で把握し、縄張り図を入手して攻城開始。
毛利元就の墓方面を経由するルートで御蔵屋敷に到達。虎口の守りの遺構がよくわからない。
本丸攻略後、各曲輪を見て回る。帰りは勢溜の壇方面から降りるが、この方面の虎口の遺構もよくわからない。
全体的に、防衛ラインがどこなのかわかりずらいと感じた。
その後道悪で悪評の旧本城を攻めるが、案の定道に迷う。ただ迷う場所は頂上のすぐ下なので、強行突破で登り切る。降りる時に逆向きの案内板を発見(行きに見れず帰りに見える)。これは100人中100人間違えると思った。これから攻める方は、この逆向きの案内板に注意して欲しい。
歴史民俗博物館に戻りスタンプGETし、館内を見学。尼子に攻められた郡山合戦の説明など、館内はなかなか充実していると思ったが、客は自分1人と閑散としていた。
広島城
2018年5月16日
11城め
毛利⇒福島⇒浅野と城主が変遷した城
ここ最近山城が続いていて久々の平城。単純な長方形の縄張りでなんとなく味気ない気がした。
修学旅行生と外人さんで大いに賑わっていた。
岩国城
2018年5月15日
10城め
旧日本海軍の聖地呉⇒世界遺産宮島を経由して岩国入り。
錦帯橋を渡り、ふもとから徒歩で攻略
ロープウェイ乗り場を通り過ぎた先に登山口がある。案内板は無い。
登り始めてすぐに日本庭園との分岐があり、案内板に従い山頂方向へ(これが唯一の案内板)。
ほぼロープウェイに沿って登山すること約30分で頂上駅に到達。
天守でスタンプGET、本丸付近を散策後やはり徒歩で下山し、日本庭園⇒吉川資料館を見学。
吉川資料館では、いくつかの古文書が現代語訳と共に展示されている。特に関ヶ原後に広家が輝元に釈明している古文書は大変興味深く読ませてもらった。
広家の東軍内応が、毛利宗家と諮らない彼の独断であったことがよくわかる。この独断が無ければ(南宮山の3万が戦闘に参加していたら)どういう歴史になったのか、とても興味がある。
萩城
2022年5月21日
71城め
小倉滞在中に、観光列車「○○のはなし」で往復。
木戸孝允旧家、高杉晋作生家、萩博物館など見学後、城内、そして指月山詰丸へ。
詰丸山頂までは約20分の登山。遺構も良く残っており、展望もある。
翌日は明倫館、松下村塾など見学。

萩は陸の孤島のごとく、交通の便が悪い。
長州は明治政府を主導しながら、山口までの萩往還ルートに鉄道を敷かなかった。
地元利益誘導に忙しい昨今の政治家とは大違い。
徳島城
2017年10月29日
7城め
和歌山からフェリーで上陸
徳島県自体が初入県
折からの台風で大雨の中での訪問になり、博物館のみの見学で山上の本丸は残念ながら断念。
蜂須賀氏の居城で、蜂須賀氏にかんする資料を期待したが、何故か城と関係ない幽霊の特別展をしており、興味ない展示が多く大雨もあって残念な訪問となった。
幽霊の合間に少し蜂須賀氏の説明があり、関ヶ原では長男は少数の兵で東軍に参加、当主は城を西軍に明け渡して隠居、結果本領安堵といった説明があったのが唯一の収穫か。
台風の中、午後のフライトで無事帰京。

2020年3月27日
山上の本丸を再攻。
攻城前は、ただの小山くらいの認識だったが、さにあらず。
本丸、各曲輪と立派な遺構が良く保存されており、ここを攻略せず、「四国制覇完了」などとうそぶいていたのは大きな過ちだった。
本丸の桜がきれいに咲いていた。
高松城
2020年2月22日
53城め
約15年ぶりの攻城。
去年5月の丸亀攻略以降、高松進出を重ね、屋島城・直島・剣山など周辺各地の攻略を完了し、満を持して隣接する県立ミュージアムとセットで再攻。これで四国制覇完了。

本丸は15年前と同じ。他は・・・記憶無し。
ミュージアムの展示内容は一新。香川県の歴史が良くわかった。

水戸光圀(黄門)は兄頼重を差し置き水戸家を継ぎ、兄が高松藩の藩祖になったこと、兄に気兼ねした光圀が、互いの子を養子交換し、水戸家を兄の系譜に戻したこと、は以前攻城時に知っていたが、理由を忘却。
頼重と光圀は同母兄弟であり、単純に母の身分による理由ではない。
この謎を解明しようと意気込んでの再訪だったが、ミュージアム含め説明は「運命のいたずら」とあるのみだった。
後でネットで調べてみたが、なかなか難しい。。
ひとことで言うなら、正に「運命のいたずら」か。
丸亀城
2019年5月30日
45城め
現存12天守で有名と思ったら、石垣日本一でも有名だった。
大手門入ったところにある観光案内所でオススメ攻城ルートを聞き、それに従い攻城。
石垣の高さに感嘆。本丸からの景色も素晴らしい。

帰りは搦手側から降り、崩れた石垣を見るが、その崩落規模の大きさに驚く。
石垣が高い分、熊本城より崩落規模が大きいように思えた。熊本は復旧に20年、丸亀は5年とのことだが。。

攻城後、こんぴらさん参り。翌日は栗林公園。日本三名園に匹敵(凌駕?)する素晴らしい庭園。
四国最後の1城(高松城)は過去攻城済だが、スタンプはまたいつか。
今治城
2018年11月14日
23城め
前からやりたかった、しまなみ海道自転車横断。
今治から尾道まで走破の手始めに自転車で攻城。本丸内に駐輪場がある。
枡形虎口や層塔型天守はこの城が発祥らしいが、何故か再現天守は望楼型。そもそも天守の種類に望楼型と層塔型があることを初めて知った次第。。
天守から、この後渡った来島海峡大橋が眺望できた。
3櫓スタンプラリー制覇で今治城絵葉書をGETし、いざ、しまなみ海道へ。
湯築城
2019年1月25日
34城め
地元の人すらただの公園と思っているマイナーな城跡。
しかも領主河野氏がこれまたマイナー。
湯築城資料館ではビデオが5、6本放映されていて、全部見ると1時間ほどかかる。
他に展示もあり、1時間以上滞在後、再現屋敷・展望台など、スタンプラリーしながらひと回り。スタンプラリーの景品は武家屋敷のペーパークラフト。

河野氏は秀吉の四国攻めで滅んだが、その時は四国統一していた長曾我部軍の一員として秀吉と戦った、と思っていたが、資料館の方の説明だと長曾我部は四国統一しておらず、河野氏は独立勢力だったとのこと。
後でネットで調べてみると両説があるようだった。
秀吉の主敵は長曾我部であり、どちらの説にしろ、もう少しうまくやっておけば本領安堵も容易だったろうに、と思わざるを得ない。
松山城
2018年11月13日
22城め
約15年ぶり、懐かしい松山再訪。
前回はふもとから徒歩で攻城したが、今回はリフト。
現存12天守の1つ。
攻城中に思ったのは、戸無門について。この門を破ろうとすると、ちょうど後ろにある太鼓櫓から狙い撃ちされ、城中最強防御の門と思っていたところ、ここには元々門が無かった、との説明に何故?の疑問。
リフトで下山後、坂の上の雲ミュージアム⇒二之丸史跡庭園まで見学。
大洲城
2019年1月24日
33城め
駅から徒歩で国道に出ず線路沿いに進み、肱川に出る。
土手を上がると川の対岸に素晴らしい城の景観が表れる。
市内で1泊し、翌朝から攻城開始。臥龍山荘との共通券を購入し天守入場。
立派な城の再現模型など、展示もそこそこある。
天守上階から肱川を渡る予讃線特急を撮影。
出口で毎度お決まりの城クリアファイルを購入するも、アングルと構図が悪すぎ。
本物が素晴らしいだけに残念。

下城後、大洲の街をゆっくり巡ったが、思いのほか見どころが少なかった。
臥龍山荘はもっと広い庭園を想像していて、「え、これだけ!?」という狭さだった。
宇和島城
2019年1月23日
32城め
現存天守。天守からの眺望良し。
天守内にVRゴーグルがあり、当時の景色がぐるりと見れた。
縄張りもそこそこ残っているが、工事中(石垣修理?)で入れない箇所あり。

城山郷土館では職員の方に伊達家についていろいろ教わった。
初代秀宗は、政宗の長男にもかかわらず仙台本家を継げなかったこと、
幕末四賢侯と称された8代宗城は、異系の旗本出身であること、などが興味深かった。
ビデオを10本以上順に上映しているが、頼むと見たいビデオを見せてくれる。
高知城
2019年1月20日
31城め
高知県初入県。これで残る未踏地は沖縄のみ。
現存天守もさることながら、立派な縄張りも良く残っていた。
城はとても見応えあったが、対面にある歴史博物館は入場料の割に物足りない内容だった。
城とのセット券があることを入場後に知った。

翌日、桂浜にある長曾我部最後の拠点、浦戸城も攻城。
遺構は少ないが、隣の坂本龍馬記念館に浦戸城の説明があるので、そこで全貌を確認後、桂浜周辺見学するのが良いと思う。
福岡城
2018年8月11日
14城め
真夏の猛暑日の昼間に攻城。
最初にむかし探訪館でスタンプGET。冷房で充分涼んだ後、鴻臚館に移動。こちらは福岡城とは関係ない平安時代の遺構。体育館のような館内に冷房3台稼働していたが役不足で暑い。
その後意を決して本丸へ。汗だくの中、写真撮って早々にむかし探訪館に戻って避難。
むかし探訪館は小さな施設だが、黒田52万石の威容をわかり易く展示している。職員の方もとても親切だった。
大野城
2019年4月7日
38城め
全部周るには覚悟が必要、との事前情報を元に、丸1日半かけて完全攻略を画策。
初日に文化ふれあい館でスタンプGET後、令和で沸騰中の大宰府展示館で大野城の史跡(登山?)マップを入手

翌日、太宰府天満宮に参拝後、そのまま攻城(登山)開始。
焼米ヶ原付近で土塁線に到達し、土塁線を反時計周りで一周へ。
東側、北側、西側と進み、南側の大石垣から大宰府政庁跡に下山した。
道は整備されていて歩き易いが、全体的に標識案内がやや不親切。
小石垣から北石垣に抜けるルートがどうしても発見できず、道なき山中をさまよう努力まで払ったが、結局北石垣には到達できず。
標高400メートル程の低山だが、コースは起伏の連続でとても疲れた。
本来、下山途中に岩屋城も攻略予定だったが、大石垣から岩屋城へ向かう上り急斜面を見上げ、心折れて断念した。
全行程、北石垣付近での彷徨時間も含め6時間近い登山も、完全攻略ならず!

下山後、大宰府政庁跡の横にある、これまた令和で沸騰中の坂本八幡神社に参拝して〆とした。
帰りのフライトの左窓から、ちょうど大野城(登山した山)が良く見えた。
名護屋城
2019年4月12日
40城め
名護屋城博物館を見学後、大手口前の観光案内所でマップ(協力金100円)を入手し、桜咲く本丸周辺を探索。眺め良し。
少し歩き足りないと思い、近くの道の駅から前田利家陣跡へのハイキングコース入口があり突入。ものの5分ほどで陣跡へ。陣跡や利家の説明看板と枡形虎口の遺構が残っていた。

名護屋城博物館は、「朝鮮による反日博物館」という前情報があり、どんなものかと興味を持って訪問。確かに一部見方が朝鮮寄りとは思ったが、日本人として特段目くじら立てて怒るほどの内容でもなかったと感じた。
特徴的だったのは、元寇の説明。朝鮮(高句麗)は元と共に日本に攻めてきたのだが、ここでは朝鮮は元の被害者とひたすら強調し、日本は付録だった。

唐津からレンタサイクルで往復。
変速機の無いママチャリで、片道15km、1時間20分ほど。起伏あり。
バス移動を予定されている日頃運動不足でお悩みの方、ご検討を。
吉野ヶ里
2019年4月9日
39城め
100名城最古の城。
全部見るには時間が必要との事前情報を元に、丸1日を確保。
先人の方の知恵により、最初にミニシアターを見学。
ミニシアターはチケット売り場の裏(入園前)なので注意。
入園後、園内バスで奥の古代植物館まで移動し、そこからすべての展示・建物を見て回った。都合3時間ほど。中に入れる建物は50棟以上?
腰を屈めないと入れないので腰にくる。しかもせっかく入っても中は大半代り映えなし。
時間無い方には、北内郭をオススメ。

時間が余ったので、組ひも作り(250円)と火おこし体験(100円)も実施。
組ひもはストラップに、
火おこし体験は、最初に「火付かない人も沢山いる」と脅されたが、あっさり成功し、「開園以来一番上手い」と褒められ気分が良かった。成功した人皆に言ってると思うが。
前日の大野城は完全攻略ならなかったが、ここは完全攻略完了。
佐賀城
2019年4月13日
41城め
約5年ぶりの再訪。
前回は佐賀賢人の寸劇を観たが、今回は無し(日曜のみ開催の模様)
佐賀の乱で無念の最後を遂げる江藤新平を見たかった。訪問日はちょうど江藤新平の命日。佐賀の乱の銃痕を見て攻城終了。

幕末の佐賀藩は、最新装備で国内屈指の軍事力を誇りながら日和見に終始。
形勢討幕派有利となってからの後参戦の割には、維新「薩長土肥」の一角として明治政府に多くの首脳を輩出。
佐賀駅でちょうど「ななつ星」が停車していた。いつか乗ってみたい。汗
平戸城
2022年3月17日
69城め
8泊9日の長崎長期遠征、軍艦島やハウステンボス等を攻略後平戸へ。
猶興館高等前バス停下車、大手門から攻城。
天守は実在しない偽装天守、リニューアルされた内部を見学。
見奏櫓から写真を撮ってくれるサービスとやらがあるとのことだったが、全く気付かず。
懐柔櫓は1泊○十万円の城泊施設だが、外観からはわからず。

攻城者はまばらで閑散、街としても城を観光資源としてアピールしている風もなく、やや拍子抜け。
攻城後、松浦史料博物館、オランダ商館を見学。オランダ商館裏から軽登山して遠見展望所から城を眺望。
日本列島西の果て、100名城有数の難攻城をクリア。いよいよゴールが見えてきた、かな?
熊本城
2018年8月9日
13城め
かつて延べ3年間通った想い出の地熊本への再訪。熊本城も過去2度攻略済だが震災後は初。
城郭内には入れないため、城彩苑の見学と市役所14階からの遠望のみ。
城彩苑での展示内容は震災に関するものが多く、また崩れた石垣が観光名所?化している風もあり、城の見学というより震災被害の見学、という感じであった。
西南戦争での攻防が当城のハイライトだと思うが、興味湧く展示は無かった。
当城にはとても立派な現存宇土櫓が存在する。被災した鉄筋天守でなく、この宇土櫓を天守とすれば、立派な現存13天守の仲間入りなのだが。。

ちなみに翌日阿蘇観光したが、こちらも震災の影響で未だ各所で道が通行止めとなっており(迂回路はあり)、震災被害の大きさを改めて感じた。
人吉城
2018年12月11日
28城め
あまり知られてないと思うが、西南戦争の激戦地。
熊本城とは攻守入れ替わり、守る薩軍と攻める官軍。
だが官軍の攻撃に薩軍は籠城せずあっさり城を放棄。最新式のはね出し石垣を備えているにもかかわらず! 籠城して耐え抜いた熊本城との差を探りに攻城。
歴史館の説明の中で、当時堀・石垣は残っていたが、建造物は取り壊されていたとのこと。すなわち櫓・塀・門が無い状態だったと思われ、籠城を断念したものと推察。

小雨まじりのあいにくの天気の中、傘をさして本丸まで攻略したものの、消えかかった「本丸跡」の木碑があるのみ。
ちなみに加藤清正は肥後一国の領主と思っていたが、人吉相良家は肥後の一部であり、肥後一国は誤りと知った。
大分府内城
2021年9月27日
67城め
約1年ぶりの県境を越える攻城。行先は温泉県大分!
城内には入れないので、堀の外周をゆっくり一周。
途中城内が覗ける。中はPCR用検体採取場とのことだが、特に何も見えず、何かしている風もなく、ただネコが歩いていた。
何のために閉鎖してるのかな?
一部でも開放してくれれば良いのにな、と思った。

大分といえば大友宗麟。
ということで、城から徒歩約10分ほどにある南蛮交流館へ。
宗麟の活躍を紹介いている。ただ紹介は全盛期まで。その後の衰退期には触れず。
今後更に数年かけて発掘・整備を進めるとのこと。

1泊2日温泉三昧の後、九州横断特急で熊本へ。
岡城
2016年12月11日
2城め
石垣の高さに感嘆! さすが100名城!
山の上の急斜面にこれだけの石垣を積むのは相当の労力があったと思う。石高も少ない中川氏にこれだけの築城がどうして可能だったのか不思議、と思える圧巻の城でした!
攻略前にそばにある東洋のナイアガラと言われる原尻の滝も見学。こちらも見応えありました。
攻略後、由布院温泉に宿泊
飫肥城
2018年12月16日
30城め
伊東と島津で長年の攻防の末、最終的に伊東氏の領土となった城。
小雨まじりのあいにくの天気の中、7館共通券610円を購入し、まずは旧本丸を攻略。旧本丸は癒しの森となっているが、「本丸跡」を示す碑などは何もなかった。
その後7施設を順に巡った。歴史資料館、松尾の丸、小村記念館では飫肥の歴史などをよく学べたが、他の4施設は見どころが少なかった。
7施設以外で小村寿太郎生家に寄り、茶菓子サービスをいただきながら、飫肥のお話をいろいろお聞きした。ほかにお客はおらず貸切で、幸いなことに月1回のサービス日とのことだった。
飫肥は西南戦争で薩軍に積極的に協力している。歴史的に薩摩と抗争を繰り返してきた間柄、何故?という疑問があった。当時日向国は鹿児島県に併合されていたこと、西郷隆盛の人間的魅力が大きかったこと、などが理由と推察。
これで南九州制覇。
攻城後、フェリーで神戸へ。
鹿児島城
2018年12月13日
29城め
指宿砂むし、100名山開聞岳登山を経て鹿児島入り。
100名城と合わせて、密かに100名山も進行中。
最初に城山に登ったが、桜島を眺める展望台はクルーズ船と思われる中国人大集団が占拠していた。
その後西郷洞窟、西郷隆盛終焉の地を経て黎明館へ。
黎明館はとても広いと事前確認済だったので、十分時間を取って見学。
館内に続100志布志城の精巧な模型があったが、肝心な鹿児島城(城山全体)の模型が無いのは残念だった。城山全体が把握できないと、西南戦争最後の攻防、西郷洞窟や西郷隆盛終焉の地の地形関係が理解できない。模型どころか絵図面すら無かった。
特に西郷ファンという訳では無いが、その後西郷南洲顕彰館、翌々日維新ふるさと館(翌日は桜島観光)と、西郷さん関連施設を巡る旅となった。どの施設の展示も充実していた。
今帰仁城
2019年3月13日
36城め
沖縄2城め。
万里の長城を彷彿させる城郭。
護佐丸含む中山王尚巴志に滅ぼされた北山王の城。
ボランティアガイドさんの案内でひと周り。
国宝の宝刀「千代金丸」の逸話などが興味深かった。

攻城後、本島最北端辺戸岬と大石林山へ
中城城
2019年3月12日
35城め
未踏の地、沖縄へ初上陸。これで47都道府県制覇。
4泊5日で百名城3つと観光。
沖縄1城めは中城城。高台の上で見晴らし抜群。
防御陣地にとても適した構えに思えるが、先の戦争で日本軍が主陣地としなかったため、運よく被害を逃れ遺構が良く残っている。

沖縄上陸にあたり、これまで無知だった琉球の歴史を事前学習。
正史では、中城城の護佐丸:忠臣、勝連城の阿麻和利:逆臣、とされているが、どうも雲行きが怪しく、
阿麻和利:善人、護佐丸か琉球王府(尚泰久王・金丸)のどちらか悪人説も有力らしい。真相は未だ闇の中・・

攻城後、沖縄観光の鉄板、美ら海水族館へ。
首里城
2019年3月14日
37城め
沖縄3城め。
人生初のシュノーケリングを楽しんだ後、那覇に戻って攻城。
観光客で大混雑。
先の戦争で完全破壊された再建首里城が世界遺産のワケについて。
首里城の世界遺産とは、建物の遺構跡(正殿のガラス床から覗ける)と、破壊を逃れたほんの一部の城壁(久慶門のあたり・案内説明なし)のみかと。
観光客が見ているすべての建物と、ほぼすべての城壁は世界遺産にあらず。

沖縄の城は本土と全く違い、むしろ中国に近い。
琉球の歴史を調べると、沖縄が日本であることに必然性は無く、中国の一部か独立国となっていても不思議でない。時の明治政府が半ば強引に日本に組み込んだが、今となってはそれも英断か。
攻城後、人生初のクラブフロア泊。上々!