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メンバー情報

ID2563
名前kumataro12
コメント2009年から城めぐりを始めました。電車に乗るのも好きなので、主にJRの青春18きっぷを使った貧乏旅行で回っています。
時間もお金もないので最低10年くらいはかかると思いますが、少しずつ100名城を攻略していきたいと思っています。
【2022年追記】
数年の停滞を繰り返しながらも、2017年に続100名城が加わったことに触発され、最近は本腰を入れてスタンプラリーを進めています。「最低10年くらい」が既に12年経過し、さらにコロナ禍で思い通りには進んでいませんが、日本の城の奥深さを感じながら全国いろんな場所に行ってみたいと思っています。
登城マップ訪問城マップ

登城記録

登城日順 城番号順
弘前城
2022年5月5日
登城85城目(正51城目)。

JR弘前駅でさくらまつり期間中実施しているレンタサイクル(500円)を借りて登城。ソメイヨシノは散っていましたが、八重桜はまだ咲いていて、大勢のお客さんでにぎわっていました。

東北唯一の現存天守は、2015年から長期間にわたる石垣修復工事のため、本丸のど真ん中に曳家で移動していますが、実際に生で見てみるとなかなか奇異な姿で、まるでプラモデルのように感じてしまいました。スタンプは天守内で押印。

天守内に昭和の時代の落書きが結構たくさん書かれていたことと、城内の木々が生い茂っていて現存門が見えにくいのは残念に感じましたが、本丸から望む岩木山の雄大な姿はとても素晴らしく、贅沢に思いました。

これで青森県の正・続3城を登城完了。
根城
2022年5月4日
登城83城目(正50城目)。

青天なのになぜか強風が吹き荒れる謎な天候のなか、JR八戸駅から市営バスに乗って「根城博物館前」で下車。根城南部氏の祖・南部師行像がお出迎え。

史跡根城の広場と八戸市博物館の共通券(400円)で両方の施設を見学。本丸部分が有料エリアとなっていて、発掘調査に基づいて主殿や工房、馬屋などたくさんの建物が復元されています。直接目にできる表面遺構はありませんが、中世東北の城館の暮らしを感じることが出来たので、これはこれでアリなのかなと思いました。

スタンプは八戸市博物館の玄関横に設置されています。
盛岡城
2022年5月3日
登城81城目(正49城目)。
2022年のゴールデンウィークは4泊5日の日程で北東北(青森・秋田・岩手)の8城を攻略。住んでいる地域からは遠方のため、朝に自宅を出発したものの、盛岡市内に到着したころにはすでに夕方になってしまいました。

さっそく向かった盛岡城は、南部信直により築城された、東北地方には珍しい織豊系石垣をもつ城です。本丸、二の丸、三ノ丸、淡路丸に張り巡らされた石垣は、三ノ丸付近が一部積みなおし工事中でしたが、最も高い部分で高さ14メートル、隅部の反りがきれいに整っていて、完成度が高い印象を受けました。スタンプはもりおか歴史文化館で押印。

夕食は盛岡冷麺を食べるため駅周辺をさまよいましたが、とある有名店は夜の19時頃に40組以上待ち。びっくりしました。
久保田城
2022年5月6日
登城88城目(正52城目)。

4泊5日の北東北城めぐり、最後に秋田藩佐竹氏の居城・久保田城へ。
城内は千秋公園として整備されていますが、明治13年の大火で城内のほとんどの建物が焼失したため、現存遺構は土塁と石垣、表門、御物頭御番所くらいとなっています。シンボルの御隅櫓は1989年に秋田市制100周年を記念して建設されたそうですが、公園の木が生い茂っていて見通せる場所がなかったのはもったいないと感じました。

これで秋田県の正・続3城を登城完了。
足利氏館
2019年11月4日
登城57城目(正42城目)。

足利氏館として100名城に選出されていますが、他の方のレビューどおり、鑁阿寺(ばんなじ)境内を取り囲む方形の土塁が当時の面影を残すのみ。城めぐりというよりお寺めぐりの感が強いです。

当日は地元の七五三参りのお子さんと親御さんがたくさんお参りされており、ほほえましい姿が印象に残りました。
すぐ近くの日本遺産・足利学校も方形土塁に囲まれており、有名な学校門や孔子像を見学して帰りました。

これで栃木県の正・続2城を登城完了。
箕輪城
2019年11月3日
登城52城目(正40城目)。
早朝に前橋市内を出発し気合を入れて向かいました。

長野氏→武田氏→織田氏(滝川一益)→北条氏→徳川(井伊直政)と城主が変わるたびに幾度も作り変えられたとのことで、河原石が積まれた虎韜門(ことうもん)や鍛冶曲輪の石垣、三の丸や二の丸下の巨大な大堀切など、見どころが非常に多いです。
また、2016年11月に完成した郭馬出西虎口門をはじめとして、発掘調査に基づいた復元整備が行き届いていて、非常に気持ちよく見学できました。
圧倒的な土木工事量からは、何としてもこの地を守り抜くという鉄壁の意志を感じます。100名城に選定されたのも納得。

スタンプは現地にはなく、少し離れた高崎市箕郷支所(公民館)にあり、土日は宿直室対応です。パンフレットももらえるので、先にスタンプを押してから現地に行くのをおすすめします。
金山城
2019年11月4日
登城56城目(正41城目)。

新田一族の岩松家純により築城され、下克上により城主となった由良氏が武田や上杉の侵攻から守りぬくも、北条氏の調略に屈し、北条氏滅亡により廃城。

発掘調査に基づいた整備がされており、特に実城へ向かう大手虎口の石垣は圧巻の一言です。その他にも、関東平野を一望できる眺望、堀底が石敷きの通路にされている西矢倉台西堀切、岩盤を人工的に削った物御台下堀切、本丸(新田神社)裏に残った現存石垣も見逃せません。

道中にある市立の無料ガイダンス施設に立ち寄りましたが、隈研吾さんの石垣をモチーフにした斬新な外観デザインにびっくり。

これで群馬県の正・続5城は登城完了。
川越城
2019年9月13日
登城47城目(正37城目)。

池袋から東武東上線で川越市駅で下車。
小江戸・川越の言葉どおりの蔵造りの街並みを散策&写真撮影しながら、市役所の太田道灌像、中ノ門堀跡を経由して、本丸御殿へ。

現存本丸御殿は、1000坪あった往時の6分の1程度しか残存していないようですが、玄関の唐破風、使者の詰所や別棟の家老部屋など、質実剛健の雰囲気が感じられ、入場料100円ながら大変楽しく見学することができました。
戦後の一時期、中学校の屋内運動場として使用されたそうで、大広間の天井にバレーボールが当たった跡がたくさん残っています。

帰路は富士見櫓跡、田曲輪跡、川越大師喜多院などをめぐりました。

スタンプは黒色シャチハタ印で、受付で丁寧に管理されているようでした。
佐倉城
2019年5月3日
登城44城目(正36城目)。
幕末の老中・堀田正睦の居城。

本佐倉城から佐倉台地のアップダウンに苦しめられながら、佐倉武家屋敷通りを通って約30分。佐倉城址公園センターで押印したスタンプはシャチハタではなく、作り直されたゴム印でした。建物内外に1つずつ設置されていますが、建物内の方が印影が鮮明なようです。

陸軍佐倉連隊の演習場が置かれていたため、公園内の門跡は案内板のみ、見どころは天守礎石の展示と復元された角馬出の空堀です。出丸や土塁は比較的よく残存しており、空堀も雑草で確認できないくらいの深さがあります。城跡というより広大な公園の雰囲気で、ピクニックの家族連れが多かったです。

この後、国立歴史民俗博物館を見学しましたが、大変充実した展示で時間が足りませんでした。
江戸城
2019年5月2日
登城41城目(正35城目)。
ようやく行くことが出来た江戸城。

地下鉄日比谷駅を下車し、馬場先門から入って楠公レストハウスでスタンプ押印。赤色シャチハタ印でした。

外桜田門から入りなおし、皇居正門・二重橋→坂下門→桔梗門(内桜田門)を経由して大手門から東御苑に入り、百人番所→松の廊下跡→富士見多聞→天守台跡と見て回り、北桔梗門から出ました。これだけで所要時間3時間。精密に築かれた石垣と規模の巨大さは、他の城郭を凌駕しています。恐るべし、徳川の権力。

「令和」改元翌日で警備が物々しいのではと思いましたが、穏やかな休日の雰囲気でした。機会があれば、乾通りの一般公開で富士見多聞を外から眺めてみたいですね。
松本城
2010年9月2日
登城13城目。

国宝の現存天守は月見櫓部分が工事中だったのが非常に残念でしたが、どっしりした構えが格好良かったです。内部の展示は小笠原氏の鉄砲隊メインで、これでもかというくらいの鉄砲コレクションでした。
スタンプは事務所入り口にて押印。写りが悪く、真ん中の一部が欠けてしまいました。

さわやかな松本の空に映える素晴らしいお城だと思いました。
金沢城
2010年9月1日
登城12城目。

漆喰で固めらた姿はとてもまぶしかったです。訪問当時は石川門が工事中でした。近年木造で再建された橋爪一の門、続櫓、五十間長屋、菱櫓は内部も新築の雰囲気たっぷりでしたが、伝統工法の展示は勉強になりました。かつてはここに金沢大学のキャンパスがあったのですね。

残念ながら訪問時はあまりの猛暑で記憶がありません。ぜひ冬に再訪したいです。

※再訪問:2019年1月1日。有言実行です(笑)。城内の復元整備がさらに進んでおり、初めて来た感覚でした。今回は3時間かけて隅々までゆっくり見学できました。玉泉院丸庭園にある色紙短冊積石垣は優美でした。
丸岡城
2010年8月31日
登城11城目。

石瓦が特徴的な現存最古の天守は小規模ながら見応えがありました。内部に入って驚いたのは、この急階段です。ロープをよじ登って上に上がるのですが、お年寄りや子供には大変危険だと思います。一体当時の武士はどのようにしてこの急階段を上っていたんでしょうか…??
スタンプはちょっと濃いめです。

猛暑のためか観光客が少なくまったりした雰囲気で見学できましたが、非常につらかったです。ひっそりとした丸岡の町も印象的でした(苦笑)
岩村城
2019年2月9日
登城37城目(正33城目)。

恵那駅から三セクローカル線・明知鉄道に乗車、25分ほどで岩村駅に到着。NHK「半分、青い」ロケ地となった岩村城下町を散策。途中、チラッと見えた石垣に期待を高めながら徒歩40分で復元太鼓櫓と表御門に到着。スタンプ(緑色シャチハタ印)を資料館で押印。

資料館から本丸までは約800メートル。一之門までの石畳がなかなかハードな急坂ですが、それに負けずに追手門・三重櫓付近まで登ると、素晴らしい遺構群が次々と出現。伝承の残る霧ヶ井を抜けると、夢にまで見た六段壁が目の前に。圧倒的な姿にしばし興奮。その後本丸を
ぐるっと回って、行き50分、帰り15分の行程となりました。

各所に標高と本丸までの距離、当時の絵図、QRコードが掲載された新しい案内板が整備されており、安心感があります。

本丸裏まで車で上がることも出来るので登城は容易だと思いますが、やはり岩村城下町の雰囲気を楽しみながら、下から徒歩で上がるのをオススメします。六段壁を見たときの感動が違うと思います。
犬山城
2019年2月8日
登城35城目(正32城目)。

小牧山城から名鉄で移動し、犬山駅から徒歩20分ほど。
城下町をぶらぶらして香ばしい五平餅をつまみ、「城とまちミュージアム」で成瀬家の歴史と城郭模型、2017年の落雷で壊れて取り換えられた鯱を見学し登城。

言わずと知れた最古期の望楼型現存天守で国宝5城の一つですが、均整の取れた美しさは言葉になりませんね。これを2004年まで旧藩主家が個人所有していたのですから、ちょっと想像できません…。

スタンプは管理事務所のドアを開けて現れたスチール戸棚の上にありました。黒色のシャチハタ印で、綺麗な印影でした。

天守閣からの木曽川のダイナミックな眺望と、木曽川から見上げた天守の姿を目に焼き付けて、次の城に向かいました。これにて国宝5城(犬山、松本、彦根、姫路、松江)をコンプリート。
名古屋城
2010年9月3日
登城14城目。

徳川の城だけに、天守の重厚感というか、威圧感はすごいですね。内部は普通の博物館で、それほど面白くはありませんでしたが…。
名古屋開府400周年ということで、「おもてなし武将隊」がいましたが、信長公はコンビニ弁当の食べ過ぎで夏バテされておられるとのことでした(笑)

現在本丸御殿が再建中で、完成の暁には見落としてしまった御深井西北隅櫓とあわせて再訪したいと思います。名古屋城を意識した意匠の愛知県庁も一見の価値ありです。

※再訪問:2019年2月10日。ついに完成なった本丸御殿を見学。入場料500円が安すぎるくらいの豪華絢爛さは眼福でした。木造再建のため取り壊し予定の天守との2ショットはそう長くないのでしょうね。天守石垣はひび割れ劣化があり、先行きが心配されます。他に現存櫓を見学。外国人観光客がもの凄く増えています。
小谷城
2020年11月1日
登城71城目(正46城目)。

紅葉の季節は戦国ガイドステーションから本丸までのガイド付きバスが運行されていますが、今回は自分の足で登城したかったので、資料館横の追手道から金吾丸→番所跡→御馬屋→赤尾屋敷(長政自刃の地)→黒金御門→大広間→本丸→大堀切→中丸→京極丸→大石垣→山王丸→六坊→大嶽城→六坊→清水谷のルートを選択。

主要部まででもハードな道のりに足が痛くなりましたが、六坊から大嶽城まで(片道50分)は勾配が急な階段が延々と続き、思わず音を上げそうになりました。朝8時半過ぎから登り始めて下山は13時過ぎ。4時間半の攻城戦で、巨大山城の全体像を体感できたように思います。

スタンプは登城後に小谷城戦国歴史資料館で押印。作り直された赤色シャチハタ印でした。

これで滋賀県の正・続6城を登城完了。滋賀県6城のラインナップはすごい。
彦根城
2010年9月3日
登城15城目。

名古屋からの帰りに寄りました。JR彦根駅から徒歩15分。訪問が閉園1時間前だったため、ひこにゃんにも会えず、観光客もまばら。「はよ帰れ」と言わんばかりの悲しげな音楽が流れておりました(あの音楽はいらないんじゃないかなぁ)。
しかし、小型ながら破風に飾られた天守はとても個性的で、琵琶湖を望む絶景も素晴らしい。
スタンプは珍しい丸型で写りはまずまず。

付近の高校の生徒が部活動のトレーニングで天守前の広場まで登ってきていました。国宝天守を眺めながらの練習、うらやましい!
安土城
2019年10月20日
登城48城目(正38城目)。

JR安土駅からレンタサイクルで滋賀県立安土城考古博物館→信長の館を経由して登城しました。入山料500円です。

スタンプは料金所で押印。作り直したゴム印でしたが、印面の状態は良好でした。
そこから大手道を順に上っていき、黒金門跡→二の丸信長廟→本丸→取付台→天主跡へ、帰りは總見寺三重塔→仁王門を見学しました。

城内の石垣の多くが整備事業で復元修理されたものですが、大手道や黒金門の食い違い虎口は、圧巻の一言です。
一方で、二の丸・天主跡の石垣は当時の素朴な野面積みの姿をとどめています。特に天主跡の石垣は上部がかなり崩れ、残った部分も本能寺の変直後の火災で傷んでいますが、この場所に信長の煌びやかな天主が聳えていたかと思うと、感慨深いものがあります。

直線大手道の意味や各郭に配置された屋敷跡など、まだまだ不明な点が多く、今後のさらなる研究が待たれます。
観音寺城
2019年10月21日
登城49城目(正39城目)。

前日に続き、JR安土駅からレンタサイクルを借り、20分ほどで繖山南面の石寺集落へ向かい、そこから徒歩で1300段の石段をひたすら登って観音正寺へ行きました。入山料500円を払ってスタンプ押印(ゴム印)し、休憩がてらしばし境内を見学。

城跡へは、境内に鎮座する大仏の背後にあるゲートから入り、約7〜8分で本丸に到達します。以後、伝平井丸→伝落合丸→伝池田丸の主要3曲輪を経て、女郎岩・大石垣→伝木村丸から下っていき、最後に麓の六角氏屋敷跡の順に回って所要時間3.5時間でした。

観音正寺から本丸までのルートは比較的歩きやすいですが、城域北側にある大土塁沿いの各曲輪に通じるルートは薮に覆われ、本丸では巨木が根こそぎ倒れているなど、全体的にかなり荒れており、整備された城跡が多い100名城の中では屈指の過酷な登城と思われます。

本丸北側の食い違い虎口や伝平井丸の巨石石垣など、見どころとなる遺構は良好に残っており、総石垣の城づくりをした六角氏の先進性には心を動かされます。
苦労した分、満足度の高い城歩きとなりました。
二条城
2016年12月10日
登城30城目。京都には何度も行っているのに、なぜか初登城。

入口の東大手門と番所は修復工事中だったのが少し残念でしたが、2013年に修復された唐門は圧倒的な威容を誇っていました。二の丸御殿内部も、幕藩体制初期と幕末期の歴史が動いた舞台ならではの感慨がこみ上げてきます。

スタンプは休憩所にて押印。青色インクのゴム印。
それにしても、冷え込んだ冬の朝、うぐいす張りの廊下を靴下で歩くのは厳しいですね。何とか出来ないものでしょうか。

画像1枚目:ここぞとばかりに徳川家の権力を見せつける唐門。
画像2枚目:二の丸御殿中庭と御台所でたまたまスーパーカーの展示会が開催されていました。世界遺産に世界に数百台しかないアルファロメオ、フェラーリ、ランボルギーニ、ロールスロイスなどの名車の組み合わせは贅沢そのものでした。
大阪城
2016年10月9日
登城28城目にしてようやく登城。
天王寺区の真田丸跡と、大阪歴史博物館での「真田丸展」を鑑賞し、大阪城に向かいました。

秋の3連休の中日であり、「真田丸」関連イベントのため、非常にお客さんが多く、城内の隅々の見学は再訪の折にお預けとしました。スタンプは作り直したものでした。

西の丸庭園では夕方から「真田丸」パブリックビューイングとトークショーがあり、真田昌幸役の草刈正雄さんの登場に沸きました。大阪城天守閣を仰ぎ見ながらの大河ドラマ視聴は、思い出深い体験となりました。

※再訪問:2018年4月1日。前回訪問できなかった重文櫓(大手口多聞櫓、千貫櫓、焔硝蔵)を特別公開(700円)でじっくり見学しました。多聞櫓の武者走りや江戸期の姿を残す焔硝蔵は特に見ものです。お花見もできて最高でした。
千早城
2022年1月8日
登城76城目(正47城目)。

南海河内長野駅から南海バスで「金剛登山口」バス停下車。金剛山登山口からの登城は急坂でしんどいという事前情報を得ていたため、千早神社参道から登ることにしたところ、約15分で三の丸跡に到着。目立った遺構はなくサクサクっと見学。千早神社本殿裏(神域のため立入禁止)が本丸跡とのことで、一応それらしい雰囲気のマウンドがあります。

帰り路は楠木正儀の墓に寄り道してから、登山道を下って「山の豆腐 まつまさ」でスタンプを押印しました。
※以前スタンプが設置されていた「お食事処 まつまさ」は閉店し、2021年秋に「モンベルルーム金剛山麓店」になっています。

帰りは近鉄富田林駅行き金剛バスに乗車し、楠木氏の本城であった上赤坂城(楠木城)に登城しました。こちらは遺構が明瞭に残っており、本丸からの見晴らしもよく、達成感がありました。
竹田城
2012年9月4日
登城17城目。前回の報告から2年近く空いてしまいました。

「天空の城」として有名な竹田城。最近でも高倉健主演の映画のロケが行われたこともあってか、老若男女でにぎわっていました。
本丸天守台から北千畳・南千畳の眺望は「最高」の一言に尽きます。築城当時の土木技術の高さに改めてびっくりしました。
スタンプはJR播但線・竹田駅で押印。状態は良好。

なお今回は、竹田駅裏の急な登山道からアプローチしました。観光案内所のおばちゃんに「若いから楽勝よ!」とハッパかけられたので、汗だくになりながら登山道を上ることに。山上の風景を眺めるとどうでも良くなってくるのですが、急な登山道で汗だくになりながら、さらに途中雷雨に見舞われるなど、なかなか過酷な経験でした。
篠山城
2016年8月20日
登城25城目。

復元された大書院も特徴的な建物で見応えがありますが、藤堂高虎が設計した縄張り(東・南2つの馬出)、諸大名の印が刻まれた野面積みの石垣(埋門には池田輝政の刻印のついた石がある)も必見ですね。
大書院では篠山城が西国の抑えとして家康の命により築城された経緯が分かりやすくまとめられたVTRが上映されており、勉強になりました。
あとは南側石垣周辺の見学通路を整備してくれれば…。

スタンプは作り直されたゴム印でした。

なお、登城後、周辺を歩きましたが、茅葺屋根の武家屋敷が複数残っているのには驚きました。篠山の城下町は小さいながらも雰囲気があっていいですね。次は涼しい時期に行ってみたいです。
明石城
2016年9月2日
登城26城目。
2回目の姫路城登城のあと、いつも素通りしていた明石城にようやく登城となりました。

松本城主・小笠原忠真が幕命により築城した城。平日の坤櫓と巽櫓の内部は公開されていませんでしたが、1層目に千鳥破風、2層目に唐破風をあしらった両櫓は美しいです。JR明石駅の喧噪が聞こえてきますが、公園内はいたって静かで、海風が気持ちよかったです。
30分ほど見学し、名物「玉子焼き」(明石焼き)を食べてから、帰路につきました。

サービスセンター内設置のスタンプは赤色インクのシャチハタ印。少しだけ強めに押したほうがよいかも。

※再訪問:2020年10月5日。2019年の築城400年記念の関係で、石垣まわりの樹木が伐採されるなど整備が進んだと聞き、再登城しました(画像2・3枚目)。前回は櫓ばかり見ていましたが、石垣がこんなにすごかったとは…。改めて勉強になりました。
姫路城
2009年9月22日
登城2城目。

平成大修理前かつシルバーウィークであったため、入場制限がかかるほどのものすごい行列。結局見て回るのに5時間要しました。

さすが世界遺産、ため息が出るほどの絶景でした。壮麗な外観と無骨な内部の対比が面白かったです。何度でも行きたい!

※再訪問(1):2016年9月2日。平成の大改修後、初めての登城。3時間半かけてじっくり見て回ることが出来ました。欧米・アジア系の観光客が多く、時代の移り変わりを感じました。白すぎると話題になっていた大天守も少しなじんできた印象。三国堀、西の丸、百間廊下から眺めた大小天守の美しさは素晴らしいものです。城というものの見方、概念が変わる、まさに「横綱」のお城です。
※再訪問(2):2020年10月5日。北西にある男山配水池公園から大天守を撮影。

画像1枚目:備前丸前の大行列と改修前の“黒い”大天守(2009年訪問時)
画像2枚目:美しくなった改修後の“白い”大天守(2016年訪問時)
画像3枚目:ろの門〜はの門。この写真が撮りたかった!(2016年訪問時)
赤穂城
2010年1月17日
登城6城目。

隣接の大石神社は参拝客で賑わっていましたが、こちらはがらがら。当時の建物は残っていませんが、折れを多用した縄張りと石垣の美しさに見とれました。

スタンプは大手門で押しましたが、野ざらし状態のため訪問当時の状態は悪く、何度も試し押しをしても細部が欠けてしまいました。これからの整備に期待。

※再訪問:2019年8月12日。龍野城と併せて再訪。復元石垣と現存石垣の見分けがちょっとわかりにくい。他に誰もいなかった前回とは違って、炎天下でも城めぐりの人が絶え間なくいて、城人気の高まりを実感しました。
和歌山城
2015年10月17日
登城21城目。今回、初めて和歌山県を訪れました。

ここの見どころはまず、石垣ですね。羽柴秀長、浅野幸長、徳川頼宣それぞれの時代の改築の跡を、紀州青石を使用した古い野面積み、打ち込みハギ、切り込みハギ、それぞれからうかがい知ることができ、興味深かったです。
御三家の居城とあって、縄張りも大きく、破風で装飾された天守はさすがだと思いました(天守は戦災で焼失のため復元、残念…)。
好天に恵まれ、天守最上階からは、淡路島が見えました。

スタンプは緑色のシャチハタ印。状態は良好でした。
紅葉の時期に、西の丸庭園から眺めるのもよさそうですね。

※再訪問:2021年12月17日。6年前にはきちんと見れていなかった西の丸庭園、御橋廊下や城門などを見学。市役所の隣に新しく出来た「和歌山城ホール」の展望デッキからは連立式天守が一望できます。
鳥取城
2010年3月17日
登城7城目。

時間の関係で山頂には行かず、天球丸櫓跡までの訪問。城跡は整備中なのか工事車輌の出入りが目立ちましたが、山腹に残る立派な石垣から往時の姿がしのばれるお城でした。

スタンプは仁風閣でゲット。旧鳥取藩主池田家のプライドが伺える建物です。機会があれば今度は山頂までリベンジしたいです。

※再訪問:2021年11月20日:11年ぶり2回目の登城。前回はまだ整備中だった天球丸の丸石垣、大手登城路の擬宝珠橋などの整備が進み、見応えがアップしていました。また、今回は山上ノ丸の登山にもチャレンジ。午前中に太閤ヶ平に登った疲れがたたったか、ひたすら続くつづら折りがきつく、今までで一番苦しい思いをしましたが、何とかリベンジを達成。山頂の素晴らしい眺望に癒されました。
松江城
2010年3月18日
登城8城目。

特徴的な望楼型天守は重厚感たっぷりでカッコいいです。展示されていた古い心柱の大きさに驚きました。石落や狭間も見どころ。
最上階から眺める宍道湖と松江の街の眺望が印象的。付近の塩見縄手と合わせて、しっとりした雰囲気が気に入りました。

スタンプは入り口受付にて、訪問当時はインクが少し薄かったです。
国宝登録を目指す署名活動が行われていました。

※再訪問:2018年3月11日。3月末で廃線となったJR三江線乗車旅の帰りに寄りました。2015年に国宝指定されてからは初の訪問。天守内の展示リニューアルに伴いがらんどうでしたが、ありのままの姿を見られてよかったです。この渋さにはしびれます。
月山富田城
2016年11月3日
登城29城目。

山陰の雄・尼子氏の盛衰の舞台となった名城です。整備工事のため11月末までは本丸へは立入禁止。本丸へと続く七曲りが樹木の伐採で姿をあらわにしていて、よりいっそう登りたいという欲が湧きましたが、山中御殿までで引き返しました…。(帰り道に米子城に立ち寄り、見事な石垣と眺望で溜飲を下げました。)

スタンプは歴史博物館入口の引き出しに収納。青色インクで状態は良好です。またの機会に期待します。

再訪問:2020年11月14日。4年越しのリベンジ登城です(画像2枚目・3枚目)。御子守口からの搦手道を登城して山上へ。山上の郭群もかなり広く、二の丸と本丸の間は深い堀切で仕切られています。また、毛利元就が月山富田城の包囲戦で陣を敷いた勝山城が飯梨川を挟んでちょうど正面に見え、当時の緊迫感を感じました。樹木の伐採など整備がさらに進んだおかげで、月山富田城の広大な城域の全貌が分かりやすくなり、登城者も多かったです。ようやく心残りも解消。
津山城
2012年9月8日
登城18城目。

あまり期待はしていなかったのですが、立派な石垣群と漆喰塗の備中櫓(復元)は見ものです。2005年に木造復元された備中櫓は、内部も津山市内の同時期の建築を参考に丁寧につくられていました。また、津山出身の押坂忍さんナレーションの映像が上映されており、CGによる津山城と城下町の復元図など大変分かりやすかったです。

スタンプは備中櫓内の受付で押印、インクは黒色でやや薄めでした。

津山市は岡山県北の中心都市でB級グルメ「ホルモンうどん」で知られつつありますが、中心街の人通りはかなり少ないです。城内の石垣の立派さ、櫓の多さから往時の活気がしのばれます…。

※再訪問(1):2017年7月22日。津山はB'z稲葉浩志さんの地元ですが、この小さな町でライブが開催されました。当日は記念で無料開放でした。野次馬記念に登城。
※再訪問(2):2018年4月2日。桜の名所百選なので夜桜を見物しましたが、見事の一言でした。
※再訪問(3):2020年4月4日。お昼にお花見。コロナ禍でも見事。
備中松山城
2010年11月23日
登城16城目。

大石内蔵助になったつもりでJR備中高梁駅から徒歩で登りました。が、さすがは日本一の山城、麓から40〜50分の山登りはしんどかったです。しかしその分、本丸の立派な石垣群には人一倍の感動を味わえました!

分かりやすい解説VTRの上映、ユーモアあふれる城主の立て札、お茶のサービスなどが、とても嬉しかったです。岩盤の上の天守はもちろん、内部(腹切丸)の囲炉裏も興味深かったです。スタンプも良好。
また行きたくなってしまいました。まいったなぁ…(汗)

※再訪問(1):2014年9月13日。友人らと自動車で。
※再訪問(2):2021年11月19日。11年ぶりに麓から徒歩で登城。以前はきちんと見ていなかった現存土塀や天守内部の構造を目に焼き付ける。猫城主さんじゅーろーにもやっと会えました。
鬼ノ城
2010年4月28日
登城10城目。文献資料に記録のない、古代朝鮮式の山城として有名です。

吉備路自転車道をサイクリングした際に立ち寄りました。ふもとの公園に自転車を止め、徒歩で登りましたが、非常にしんどいです!ここは、自家用車で行くのが普通ですね(笑)
それだけに、西門からの眺めは達成感のあるものでした。

スタンプは鬼ノ城ビジターセンターにありますが、作りなおしたものでした(通常のものと数字のフォントが異なります)。写りもイマイチでした。
なお、鬼ノ城ビジターセンターには自動販売機もありませんので、行かれる際は飲み物を事前に確保されたほうがよいでしょう。
岡山城
2009年9月16日
記念すべき登城1城目。
まずは地元から、ということで岡山城を選びました。

現存していた旧国宝天守は戦災で失われ、現在は外観復元天守が聳えていますが、見る角度によって印象が異なる姿が面白いです。本丸中の段の月見櫓は貴重な現存櫓です。また、野面積み、打ち込みハギ、切り込みハギと、3種の石垣が混在しており、変遷が分かりやすく興味深かったです。

スタンプは赤色シャチハタ印。
後楽園へと渡る月見橋と、後楽園の園内からの眺めは最高です!
岡山へお越しの際はぜひ。

画像1枚目:旭川越しに眺める天守。この角度が一番好きです。
画像2枚目:冬はタンチョウ。正月に後楽園で放鳥イベントがあります。
画像3枚目:夏は花火。後楽園からは天守の後ろに、打ちあがる花火が見られます。
福山城
2009年10月12日
登城3城目。

JR福山駅からすぐ。伏見城から移築したと伝わる伏見櫓と鉄筋御門は見ものですが、復元天守は内部も薄暗く、展示内容は城そのものより福山の歴史に重点が置かれており、なんだかなぁという印象は否めません(上層階は弥生〜古墳時代!)。

スタンプは入り口のおばさんに「しっかり押して」と言われ、力強く押したら、にじんでしまいました。当たり前かもしれませんが、必ず試し押しをしましょう。
郡山城
2019年3月8日
登城39城目(正34城目)。

広島バスセンターから広電バス・吉田行きに揺られること1時間45分。歴史民俗博物館でスタンプ(赤色シャチハタ印、印面良好)を押印してからの登城です。

博物館で教わった通りに、元就像(御里屋敷跡)→火葬場→石垣跡→毛利隆元墓所→薬研堀跡→毛利元就・一族墓所、百万一心碑の順に上っていき、御蔵屋敷→釣井の壇→姫の丸壇→釜屋の壇→厩の壇→三の丸→二の丸→本丸→勢溜の壇→満願寺跡→尾崎丸と一周しました(旧本城は日没時間を考慮して断念)。階段状に細分化された郭が山の尾根全体に張り巡らされており、毛利氏の拠点に相応しい巨大要塞だと実感しました。また、杉の高木に覆われ苔むした一族墓所の静謐な雰囲気は忘れがたいものになりました。

道中の案内表示が少ないので、博物館でもらったパンフレットを手掛かりに歩かなければなりません。続100名城に手を出して山城には少し慣れてきましたが、途中道が崩れて狭くなっていたり、削れて歩きにくくなっている箇所もあり、正100名城の中では有数のハードな城ではないかと思います。

これにて広島県の正・続5城は登城完了しました。
広島城
2010年4月3日
登城9城目。

原爆ドームから歩いて行きましたが、少し遠かったです。
再建天守ですが、板張りが古風な印象でそれなりに趣がありました。展示はやはり毛利家中心。馬出が特徴的。
スタンプは天守閣内の事務所で出してもらい、状態は良好でした。

水堀越しに眺める天守は美しいですが、高層ビルの立て込む広島の街の中で、存在感が失われているように感じられたのが残念。

※再訪問:2019年3月9日。前日の吉田郡山城に続き、復習のため登城。内堀をぐるりと一周。北西端にある天守を水堀越しに仰ぎ見たときの風格が素晴らしい。ここも外国人観光客が大変多かったです。
岩国城
2016年8月12日
登城24城目。

一国一城令により築城からわずか7年で破却されたという天守は昭和の再建で、錦帯橋から見えるよう位置を南に50メートルほどずらすという改変がなされていますが、安土城を想起させる南蛮造の外観は興味深いです。
山上の「横山城」には、旧天守台をはじめ所々に石垣が残り、慶長期の近世城郭には珍しい空堀が残っています。天守ばかりに気を取られるのではなく、城域の隅々まで観ておかねばと再認識しました。

スタンプは緑色インクのシャチハタ印で状態は良好でした。

ここは錦帯橋とセットで山口県の一大観光地。炎天下の中、川遊びしている人々が気持ちよさそうでした。
萩城
2022年4月24日
登城80城目(正48城目)。

山口市内から秋吉台を経由して萩城へ。到着時点で夕方だったので、1日目は萩城の外周と東側の海に面している汐入門と二の丸銃眼土塀周辺を見学し市内に宿泊。翌日は朝のうち雨が降っていたので、松下村塾、吉田松陰らの墓、萩反射炉などを見学したあと、天気の回復を見計らってお昼に登城。入場料310円。スタンプは入場口で押印。
5層の天守が載っていた天守台は石垣の反りが美しく、長い多聞櫓跡の雁木は必見です。指月山の詰城部分へは約20分の山登りですが、萩の市内が一望でき、矢穴が開いた巨石も見逃せません。

これで山口県の正・続3城を登城完了。
幕末の雰囲気が残る萩城下町は散策にもってこい。ちょうど夏みかんの収穫時期を迎えていました。
徳島城
2016年12月23日
登城31城目。2016年の登城納めです。

四国東部を治めた蜂須賀家の居城。平城部分と山城部分から構成されています。
注目ポイントは、和歌山城と同様に、中央構造線南側の変成帯に分布する緑色片岩が用いられた石垣です。城郭南側の寺島川沿い(JR線路に隣接)には、屏風折の塀と舌石と呼ばれる突き出した石垣もあります。
また、城山に築かれた山城部分は原生林となっていて、二の丸跡に天守があった(天守台はない)点など、他にはない特徴が勉強になりました。

スタンプは緑色のゴム印でした。

画像1:本丸下の野面積みの石垣。使いづらそうな石をよくぞ積んだ!
画像2:眉山から望む城山と徳島市街。
高松城
2009年11月15日
登城4城目。

JR高松駅からすぐ。2度目の訪問でしたが、今回は日曜日だったので、月見櫓(着見櫓とも)の内部に入れてもらいました。海水を引き入れた堀が印象的で、鯛の養殖(!?)に、「鯛願城就」なるシャレのお守りの販売も…(寒)

天守の再建計画が持ち上がっており、訪問当時は天守台の石垣を組みなおす工事が行われていました。今後の復元整備にも期待したいです。
丸亀城
2009年11月15日
登城5城目。

高松からの帰りに訪問。JR丸亀駅から徒歩15分くらい。
ここは何と言っても端正に積まれた日本一の高石垣が見どころです。山全体が石垣で覆われた要塞のよう。
天守の小ささにはちょっとびっくりしましたが、親切な受付のおじさんと、美しい讃岐富士の姿が印象に残りました。

※再訪問:2017年8月5日。じっくり見学。蒸し暑い日でしたが、瀬戸内海から吹き込む海風が気持ちよかったです。
今治城
2016年9月10日
登城27城目。

シンプルな輪郭式の縄張に、幅広の犬走り、強固な桝形の構え、初の層塔型天守と、藤堂高虎の代表作として有名な今治城。現在の天守は望楼型の模擬天守ですが、これはこれで格好いい。天守内には鎧兜が数多く展示され、最上階からは来島海峡大橋が望めます。再建された鉄御門と武具櫓は必見です。

スタンプは黒色シャチハタ印。受付のおばさまが押印のコツを丁寧に指導してくれました。

画像1枚目:駐車場のある東面よりも、西面の方が絵になる。
画像2枚目:海水を引き込んだ堀にエイが泳いでいた。びっくり。
湯築城
2015年9月12日
登城20城目。

伊予国の守護だった河野氏の本拠。資料館ではガイドの方が丁寧に湯築城の歴史を説明してくださり、勉強になりました。戦後は動物園の敷地だったそうで、湯築城の存在はすっかり忘れ去られていたようですね。武家屋敷や土塀などが復元されています。スタンプは良好。

見学後、すぐ近くの道後温泉でゆっくりと湯船につかり、リラックスできました。
松山城
2015年9月12日
登城19城目。3年ぶりに百名城スタンプラリーに復帰です。友人らとロープウェイ・リフトで登城。

伊予松山城の見どころは多数残る門・櫓群と、日本最後の城郭建築である天守閣。大・小天守と南・北隅櫓が4隅に配置された天守曲輪は圧巻。また、きれいに加工され端正に積まれている石垣からは、幕末期の完成された築城技術を感じることができます。天守に登れば、眼下に松山の街並みと瀬戸内海が望め、海から吹きこんでくる気持ちいい風に吹かれます。スタンプは写り良好。

街の中心にそびえる山の頂上に、ちょこんと天守が見える松山市街は、いい雰囲気ですね。大満足です。

※再訪問:2015年12月30日。天守には入らず、県庁裏登山口から前回見られなかった登り石垣を見ながら急坂を歩いて登城。地元の高校生たちがトレーニングで走っていました。観光客も多いですが、地元の人々に愛されているお城は、素敵です。
大洲城
2015年12月30日
登城23城目。

JR伊予大洲駅から徒歩で15分くらい。
肱川につきだした丘陵にそびえる連結式天守は、2004年に木造復元されたもの。細部までよく復元されており、地元の方々の熱意に頭が下がります。
また、台所櫓と高欄櫓は現存建築で時代を感じることができます。
肱川のほとりに立つ苧綿櫓(おわたやぐら)も見逃せません。

天守からの肱川の眺めは来てよかったと思わせるすばらしい眺望です。

スタンプはシャチハタ印の赤色。状態は良好です。
宇和島城
2015年12月29日
登城22城目。

JR四国の特急列車を含めた全列車が誕生日月の3日間乗り放題となる「バースデイきっぷ」を利用した旅行で行きました。宇和島駅から商店街を通り、名物「鯛めし」を食べた後、桑折長屋門から井戸丸の石段を上りました。

伊達氏(政宗の子・秀宗。転封の経緯が気の毒になる)が改築した3層の現存天守は小ぶりですが、堂々とした雰囲気をたたえています。石落としや狭間がないこと、南西角に桃瓦があることが大きな特徴でしょうか。

宇和島城は宇和海の最奥部に位置しており、かつては直接海と接する海城。いまも天守からは宇和海を一望することができます。石段をのぼった疲れも吹き飛ぶ眺めです。

スタンプは黒色。シャチハタ印ではないので、おそらく一度作り替えたものです。
今帰仁城
2020年2月12日
登城59城目(正43城目)。3泊4日の2日目。

名護市内から車で30分で到着。正・続5城の中では唯一の北山王朝のグスクです。
この地域に分布する「今帰仁石灰岩」は、アンモナイトがいた古生代(2億3000万年前)のサンゴによりに形成されたもので、今帰仁城も南部のグスクより黒くて固い石垣で築かれているとのことです。

大隅(ウーシミ)の屈曲した石垣、御内原(ウーチバル)の眼下に広がる眺望もとても素晴らしく、最南端の志慶真門郭(しじまじょうかく)から主郭を見上げた光景も大迫力でしばし立ち尽くしました。

2月とは思えない陽気のなか、満開のヒカンザクラとエメラルドグリーンの海に迎えられての登城になり、とても心に残りました。

スタンプは今帰仁村グスク交流センターで押印。四角い緑色シャチハタ印で印影も良好でした。
中城城
2020年2月13日
登城61城目(正44城目)。3泊4日の3日目。

築城の名手・護佐丸が在城した大変規模の大きいグスクで、幕末にはペリー艦隊が探検した歴史も残っています。沖縄戦でも日本軍の滞在期間が短かったため、米軍の攻撃をあまり受けず、石垣はほとんど当時のまま残っているとのことです。

噂のカートに乗せられ、正門から登城。野面積みや布積みなど時代の異なると思われる石垣が混在しています。迷路のような南の廓を経た一の廓(本丸)には正殿跡が。展望スペースからは太平洋が一望できます。さらに二の廓や三の廓の高石垣は凸状になっており、琉球独特のキュッとしたカーブがたまりません。

2月とは思えない暑さ(最高気温26℃)に予想外の苦しみを味わいましたが、大満足でした。この後、中村家住宅、斎場御嶽、ひめゆりの塔、糸満具志川城など南部をぐるっと回って那覇に泊まりました。

スタンプは管理事務所で押印。青色の六角形のシャチハタ印でした。
首里城
2020年2月14日
登城62城目(正45城目)。3泊4日の沖縄最終日。

あまりにも衝撃的だった正殿の焼失から3か月。復旧作業のため主要部への立ち入りは制限されていますが、周辺を見学できる「復興モデルコース」が整備されています。今回は90分コースのルート(守礼門〜北城郭〜東のアザナ〜瑞泉門〜広福門前〜奉神門前〜京の内〜西のアザナ)を回りました。
奉神門から京の内に向かう順路から、正殿の様子が覗えましたが、実際に被害の大きさを目の当たりにすると、胸が痛みました。

首里杜館(すいむかん)の受付で押したスタンプは緑色シャチハタ印、状態は良好でした。

これで沖縄県の正・続5城は登城完了。
再建には大変な過程が予想されますが、いつの日か壮麗な姿を取り戻した首里城の姿を見てみたいものです。
浪岡城
2022年5月5日
登城84城目(続34城目)。

4泊5日の北東北城めぐり、3日目は青森駅から出発して浪岡城と弘前城へ。最寄りの浪岡駅からはタクシーを利用(5分、約1300円)。

北畠親房・顕家の子孫と伝わる浪岡(北畠)氏の居城で、8つの館(曲輪)から構成される広大な城です。津軽為信に滅ぼされてからは水田や畑だったということで、土塁や堀などの遺構が明瞭に残っており、なかなか見応えがありました。

スタンプは案内所で押印。スタンプラリーをしなければ立ち寄ることもなかっただろう小さな町を歩くことができるのも醍醐味ですね。
九戸城
2022年5月4日
登城82城目(続33城目)。

4泊5日の城めぐり、2日目は盛岡から九戸城と根城を訪問。盛岡駅9:50発の東北新幹線はやぶさで二戸駅へ。二戸駅からは九戸城まではバスもありますが、本数が少ないので、構内にある二戸市観光協会で荷物を預かってもらい、電動自転車を借りて向かいました。

最後まで秀吉に抵抗した九戸政実の乱の舞台として有名な九戸城ですが、本丸や二の丸など主要な部分は、九戸政実の乱の後に秀吉方の蒲生氏郷によって普請された姿で、それらと離れた石沢舘と若桜舘と呼ばれる高い切岸で囲まれた曲輪のみが九戸氏時代の様子を残しているとのことです。訪問時は本丸は整備工事で立ち入れず、石沢舘では発掘調査が行われており、今後も史跡としての調査や整備が行われていくようです。

スタンプは途中の二戸市埋蔵文化財センターで押印。
これで岩手県の正・続2城を登城完了。
脇本城
2022年5月6日
登城86城目(続35城目)。

4泊5日の北東北城めぐり。4日目は秋田市内でレンタカーを借りて秋田県の3城を攻略。まずは男鹿半島の付け根、北東北を広範に支配した安藤愛季の本拠地である脇本城へ。
脇本城は全体の敷地が150万平米、木々が伐採され整備されている主要部の内館地区は全体の5分の1程度の広さでしかないようですが、それでもとにかく広い。一面のモコモコした原っぱに、ただただ圧倒されてしまいました。本丸からは脇本の街と日本海、風力発電の風車が並ぶ風景もきれいでした。

スタンプはプレハブの資料館で押印。建物や石垣はなくても、広さだけで圧倒される経験は今までなかったので、とても印象に残る城になりました。
秋田城
2022年5月6日
登城87城目(続36城目)。

男鹿市内で食事後、秋田市内へ戻り、最北の古代城柵である秋田城へ。近年オープンした秋田城資料館(入館料210円)は映像資料やサイネージの展示が充実しています。スタンプもこちらで押印。

広大な城内には城門と築地塀、柱跡の復元展示がありますが、興味深かったのは鵜ノ木地区にある古代水洗厠舎でした。古代に建物の構造を持ち、水洗設備が整備されたトイレ遺構は秋田城のこの遺構しか発見されていないものだそうで、沈殿槽の堆積土から発見された寄生虫から、地元東北ではなく畿内から来た人々や、豚食を常食とする大陸からやってきた人々が使用していた可能性が指摘されているそうです。

トイレの遺構から、古代秋田城での外交・交流の様子が読み取れるのか!と感心しました。
唐沢山城
2019年11月2日
登城51城目(続12城目)。

北関東(群馬・栃木)攻城ツアー。車で三の丸入口まで行けるので、登城には苦労しません。
三の丸→鼓岩→武者だまり→二の丸→本丸と登り、北の丸の二重堀切まで鑑賞して所要時間2時間でした。
秀吉と関係のあった佐野氏が西日本の技術を導入して築いたとされる本丸下の高石垣は見事で、土塁も良好に残っています。
唐沢山南麓は真田信幸と昌幸・信繁が袂を別った「犬伏の別れ」の舞台、西麓は後に老中・田沼意次を輩出した田沼氏の根拠地ということで、周辺地域も歴史を感じさせる場所です。

スタンプは唐沢山神社社務所で押印。縄張り図付きのパンフレットが入ったボックスが武者だまりの案内板付近に設置されているので、入手すると回りやすいです。

廃城され約400年、現在はネコ氏が城主になっているようで、特に武者だまりは「猫だまり」状態でした。人が来ても微動だにせず、心配になるくらい無防備にくつろいでおり、誰でも動物写真家の岩合光昭さんのようにネコと触れ合えそうです。
名胡桃城
2019年11月3日
登城54城目(続14城目)。

岩櫃城から車で40分。沼田氏臣下の名胡桃氏の小さな単廓の城を、真田氏が沼田城奪取の拠点として拡張し、以後も生命線として死守しようとした重要拠点。

大河ドラマ放送に合わせてかなり整備され、喰違い虎口や堀切が見学しやすくなっています。三の廓から本廓、ささ廓までぐるっと見学して所要時間は40分ほどでした。北条氏滅亡のきっかけとなった震源地という点で、非常に興味をそそられました。

スタンプは名胡桃城跡案内所で押印。営業時間は16時までです。
沼田城
2019年11月3日
登城55城目(続15城目)。

名胡桃城から移動するとすでに16時半過ぎ。スタンプ設置場所の観光案内所の営業時間は17時まで(3〜11月)なので、急いでスタンプを押印し、上州真田三名城達成のクリアファイルを頂きました。

真田信之以降の沼田藩5代の居城で、関東では江戸城とここだけの五層の天守があったとのことですが、廃城後徹底的に破壊されたためか、ほとんど遺構は残っていません。
わずかに残る三の丸櫓石垣を目当てに公園内を探索しましたが、日没時間の早いこの時期、残念ながら、スタンプ押印後すぐにタイムアップとなってしまいました。

草津温泉にでも行く機会があれば、改めてじっくり探索したいです。
岩櫃城
2019年11月3日
登城53城目(続13城目)。

箕輪城から榛名山を山越え。平沢登山口の案内所でスタンプ押印し縄張り図を入手し、勧められたとおりに中城から長い竪堀を通って二の丸・本丸に至る尾根通りを登城しました。
縄張りは東西の尾根伝いに展開されており、本丸下竪堀は長大で、鉤の手状に折れていて防御力の高さがわかります。本丸曲輪は削平地が広く、眺望も開けています。所要時間は1時間半。

今も人気の高い真田氏の拠点で、とりわけ信繁(幸村)が幼少期を過ごしたとされる地だけに、幅広い年代の登城者(登山者)でにぎわっていました。
少し離れた蜜岩神社から眺める岩櫃山の断崖絶壁は、大河ドラマ「真田丸」オープニングそのままの壮観で、感動しました。
本佐倉城
2019年5月3日
登城43城目(続8城目)。

車で訪れる人が多いかと思いますが、京成佐倉駅で下車して佐倉市観光協会でレンタサイクル(500円)を借りて向かいました。道中の京成・大佐倉駅でスタンプを押印(青色シャチハタ印)。予想以上の田園風景に戸惑いましたが、25分ほどで東山馬場の駐車場に到着。

休日は地元ボランティアの方が受付をしておられるようで、千葉氏の滅亡までの歴史と見どころの説明を受けました。(スタンプ押印とパンフレット入手も可能)東山馬場の月星紋盾→IV郭→城山郭→奥の山→倉跡→セッテイ郭と回り、所要時間2時間。高さが16メートルもあるセッテイ空堀、横矢折れがある強固な東山虎口はかなり見応えがあります。

当時は京成本線から北は印旛沼で、水田は湿地帯だったとのことで、非常に攻めずらい城だったと想像できます。要所要所に案内板があり助かりました。
大多喜城
2019年5月4日
登城45城目(続9城目)。

房総半島の城めぐりということで、里見氏の拠点だった館山城や久留里城と併せて車で行きました。
秀吉により里見氏から没収された上総国が家康に与えられ、入府した本田忠勝が里見氏の北上を阻むため築城。本丸は明治期に削平されたようで、当時をしのぶ遺構は駐車場から本丸に上る道路沿いの空堀跡くらいです。二の丸跡に位置する大多喜高校の敷地内にある薬医門と、巨大な大井戸を見学して終了。

模擬天守(博物館)のスタンプは2階に移設されたようです。赤色シャチハタ印。

これで千葉県の正・続3城の登城完了です。
品川台場
2019年5月2日
登城42城目(続7城目)。

お台場には何度も来ていますが、“台場”に来たのは初めて。どうしても上からの眺めを撮影したかったので、ゆりかもめを芝浦ふ頭駅で下車。芝浦アンカレイジからレインボーブリッジの遊歩道(サウスルート)を歩いて、第六台場と第三台場を順に撮影。そのあと第三台場に上陸して砲台跡や玉置場(砲弾倉庫)跡をチェック。
スタンプはマリーンハウスで押印。所要時間1時間少々。

「城」というより近代化産業遺跡みたいな雰囲気ですが、ペリー来航後幕府が昼夜を問わず総力を挙げて築いた江戸防衛拠点の姿をとどめるものとして、歴史的価値は高いと思います。
小机城
2019年5月2日
登城40城目(続6城目)。

新幹線・新横浜駅→横浜線を1駅・小机駅で下車し、徒歩15分程度。スタンプを途中の城郷小机地域センターで押印。青色シャチハタ印で状態は良好。パンフレットもここで入手。

横浜市郊外の長閑な住宅地の中にある「小机市民の森」。何の変哲もない竹藪の山にしか見えませんが、空堀や根小屋、土塁、二の丸・本丸の郭が良好に残っています。縄張りはコンパクトながら、空堀は大規模なもので、堀底を歩けるようになっています。本丸はなんとグラウンドになっており、少年野球チームが練習に励んでいましたw

続100名城は本格的な山城が多いですが、気軽に散策しながら楽しめる城もいいですね。
佐柿国吉城
2020年10月31日
登城69城目(続24城目)。

若狭・越前の国境に位置する若狭国主武田氏家臣の粟屋勝久の城。粟屋氏は度重なる朝倉の侵攻を撃退し、信長の朝倉攻めでは三英傑が揃い踏みしたことでも有名です。

城主居館跡から動物よけの柵を開けてつづら折れの登城路を登ること20分。伝二の丸跡の喰い違い虎口と高土塁を経て、佐柿の街並みが眼下に開けると、主郭下の帯曲輪段に到着。

山上の本丸や帯曲輪段は粟屋末期から木村定光期にかけて総石垣の城に改築されていたとみられ、帯曲輪段の北堀切には粟屋期の石垣が、本丸の北西虎口には大きな鏡石が残っています。また、石仏や五輪塔が彫られた人頭大の転用石も所々に転がっています。西の尾根に広がる曲輪からはきれいな若狭湾が望めました。所要時間は1時間半。

スタンプは麓の若狭国吉城歴史博物館で押印。遺構も眺望もよく、コンパクトながら楽しいお城でした。
玄蕃尾城
2020年10月31日
登城70城目(続25城目)。

「玄蕃尾城」や「内中尾山城」では車のナビに出ないので、「敦賀市刀根」でセットし、国道8号から県道160号に入り、柳ヶ瀬トンネル手前で左折。車が交わせない幅の舗装林道を2km登った行き止まりが登城口になります。路肩の駐車スペースは5台程度で、11月まではスタンプとパンフレットの入ったポストが設置されています。赤色シャチハタ印。

階段の山道を10分ほど進むと久々坂峠(刀根越え)に出て、そこから斜面を登ると、幅広に削平された尾根道に。しばらく歩くと、いきなり蟻地獄のような円錐型の巨大な空堀が現れ、そこからはモコモコの土塁と深い空堀のオンパレード。特に主郭の堀、主郭の北方と南方を守る2つの馬出廓は「圧巻」の一言に尽きます。

主郭櫓台には建物礎石も残っており、陣城にしては相当に入念な作事が行われた様子ですが、けっきょく柴田勝家はこの城を活用することなく盟友の前田利家に見切られ賤ヶ岳の戦いに敗北。悲しい…。
苗木城
2019年2月9日
登城38城目(続5城目)。

岩村城から移動。中津川駅からは付知峡温泉行きのバスに乗車し10分。苗木バス停からわずかに残る城下の街並み(旧藩主・遠山家の明治期の屋敷もありました)を歩いて15分で苗木遠山史料館に到着。ここでスタンプ(青色シャチハタ印)を押印し、東美濃三城スタンプラリー(期間限定)のトートバッグをゲットしました。

続100名城のスタート前から興味をそそられていた城ですが、花崗岩の巨岩を取り込んだ多種多様な積み方の石垣、懸け造の天守跡、眼下に広がる木曽川の渓谷とそびえる恵那山の眺望にただただ圧倒されてしまいました。岐阜の「天空の城ラピュタ」ですね。

石垣の迫力と立地のダイナミックさは「山城ナンバーワン」に相応しい一方、建造物は漆喰が塗れず赤壁だったといい、わずか1万石の小藩ゆえの悲哀が感じられるのも面白いところです。
機会があればぜひ再訪したい山城です。
美濃金山城
2019年2月8日
登城36城目(続4城目)。

犬山から名鉄広見線・御嵩線で明智駅下車。YAOバスで元役場前バス停下車。
「戦国山城ミュージアム」で斎藤道三の猶子・正義が「烏峰城」として築城してから森可成、長可、蘭丸、忠政と移り、犬山城主・石川氏による破却までわずか60年の濃い歴史を把握。スタンプはその隣の「観光交流館」で。青色シャチハタ印。

すでに日が傾きかけていたため、大手登城口の蘭丸ふる里の森を目指し、小走りで坂道をダッシュ。一気に駐車場のある三の丸まで登ってから、じっくり石垣遺構と縄張りを鑑賞しました。400年前に破城された割には石垣や大手枡形の虎口、門の礎石がよく残存していて、とても楽しめました。
本丸からは搦手の坂を下り、米蔵跡まで回り切り、ちょうど日没を迎えました(所要時間1時間30分)。体力的にきつかったですが、充実したひとときでした。
小牧山城
2019年2月8日
登城34城目(続3城目)。名古屋近郊+東美濃3城攻城ツアー。

名鉄小牧駅から徒歩10分少々。
最近の発掘調査で、信長時代の居館跡の礎石が発見され、NHK「歴史秘話ヒストリア」でも取り上げられていたので、さぞ同好の士が多いだろうと思っていましたが、予想に反して地元のウォーキングのお年寄りばかりでした…。

まっすぐな大手道と両サイドに並ぶ曲輪は後の安土城を彷彿とさせ、山麓に復元された帯曲輪の土塁からは家康と秀吉が睨みあった小牧・長久手の戦いの緊張感が覗えます。
主郭にある資料館からの眺望は想像以上によく、南に名古屋城と清洲城、東に長久手古戦場、北に犬山城と岐阜城、さらにこの日は雪をかぶった御嶽山まで見渡せました。濃尾平野のど真ん中のこの場所に拠点を築いた信長の慧眼に感服です。

スタンプは黒色シャチハタ印。

新しい展示館が2019年春オープンで、城内各所には将来の石垣の復元を見据えて裏込め石が大量に陳列されており、今後の丁寧な整備を期待したいところです。
赤木城
2021年12月18日
登城75城目(続29城目)。

秀吉が北山一揆鎮圧のため藤堂高虎に命じて築城させた総石垣の城。新宮城からはJRの駅レンタカーを利用。紀伊半島の山中の道路は道が狭い割に大型ダンプの通行が多く要注意。小雪の舞う寒さのなか、立ち寄った丸山千枚田の絶景に感動しつつ、新宮市内から1時間で無事到着です。

石垣は野面積みであるものの、東廓から主郭にかけては執拗に喰い違い虎口が、主郭には横矢掛かりが設けられるなど、縄張りが工夫されています。また、峠道から見える南側の石垣は高く積まれているのに対し、北側の石垣は高さが低く、見栄えを相当意識したことが素人の眼から見ても実感できます。

スタンプは3キロも離れた場所にある「道の駅 熊野・板屋九郎兵衛の里」にあります。滅多なことでは行く機会のない紀伊半島の山中、印象深い城の一つになりました。
鎌刃城
2020年10月30日
登城68城目(続23城目)。北近江・若狭4名城巡り。

米原駅からタクシーで旧中山道の宿場町・番場まで向かい、「源右衛門」でスタンプ押印、トレッキングマップ(100円)を入手。

名神高速彦根43ゲートから登山道を歩いて40分で城内への入り口となる大堀切へ。北曲輪群→西側斜面の大石垣→主郭→南曲輪とまわり所要2時間でした。鎌の刃のように細く長く伸びた尾根上に続く縄張り、主郭の枡形虎口、石灰岩で築かれた石塁、大堀切など見どころは十分でした。

登城コースは整備されているとはいえクマが出るのも納得の鬱蒼とした山道。崖沿いで人が一人通れるくらいの部分もあり、山に不慣れな私はビビりまくりでしたが、途中で小学生の一団と引率の先生&ガイドのおじさんが下りてきてびっくり。
八幡山城
2019年10月21日
登城50城目(続11城目)。ようやく4分の1の登城を達成。

JR近江八幡駅からレンタサイクルを借り、15分ほどで麓に到着。観音寺城を満喫したので、ここはロープウェイ(往復890円)に乗ってらくちん登城としました。

ロープウェイ山頂駅でスタンプ押印(青色シャチハタ印)し、三の丸→西の丸→北の丸→本丸(村雲御所瑞雲寺門跡)→二の丸の順にじっくり1時間で一周。各曲輪はそれほど広くありませんが、野面積みの石垣がしっかり残っています。東西南北の眺望も開けていて、近江八幡の市街地や琵琶湖、安土城・観音寺城が見通せます。
秀次入城から廃城までわずか10年の歴史ですが、城下は商人の街として存続したのが興味深いところです。

余談ですが、西の丸には猫が棲みついているようです。子猫が2匹じゃれ合いながら走り回っていて、癒しのひとときになりました。
芥川山城
2022年1月9日
登城78城目(続31城目)。

飯盛城を攻略後、JR四条畷駅から学研都市線・おおさか東線でJR新大阪駅へ、そこからJR高槻駅まで行き、駅北口の高槻市営バス「塚脇行き」に乗車。高槻駅から約15分で「塚脇」バス停に到着。
そこから徒歩10分ほどの竹藪からの脇道が城跡へのアクセスルート(塚脇ルート)となっています。入口から15分ほどで幾重にも重なる曲輪の平坦面が見え始め、堀切、竪土塁、土橋と遺構が現れます。
大手門石垣は少しルートから外れて旧大手道を下る形になるので、見落とさないように注意が必要です。主郭には三好長慶と松永久秀をまつる小さな祠があり、高槻市内を一望できます。

城跡は私有地で、2019年の台風で大きな被害を受けたようですが、現在では地元の方の努力によりきれいに整備されています。
スタンプはJR高槻駅の観光案内所で押印しました。

これで大阪府の正・続4城を登城完了。
飯盛城
2022年1月9日
登城77城目(続30城目)。

有名な三好長慶全盛期の居城。JR学研都市線野崎駅で下車し、大東市歴史民俗資料館でスタンプを押印。コロナ対策のためスタンプを自分で押すことはできず、受付係員の方に押してもらう形になっていました。資料館では「飯盛城跡 石垣ガイド」を入手。

今回は大東市の野崎観音から登って四条畷市の北条神社に下りるルートで登城。ハイキングなど多くの人に親しまれているコースですが、標高314mに対し比高260mあり、連続する階段と勾配がきつく、登山口から虎口まで1時間かかりました。城内も広く、行ったり来たりしているうちに1時間半。残存する石垣は曲輪下の斜面に築かれているため間近に見られるものは少ないですが、どれも立派なものでした。

コロナ禍でアウトドア人気が高まっているからか、広い千畳敷廓ではのんびりテントを張ってくつろいでいる方がおられました。まるで築城当時の機能を現代でも活用しているような光景で、面白く感じました。
岸和田城
2020年3月6日
登城63城目(続18城目)。

ダイヤ改正で廃止になる近鉄鮮魚列車の撮影ついでに登城しました。

「岸和田」の地名は、楠木正成の一族の和田氏が「岸」と呼ばれていた当地に築城し根拠地としたことに由来し、戦国時代に小出秀政により現在の城郭が整備。5層の天守は1827年に落雷で焼失、その他建物は維新期に破壊されたため、現存遺構は石垣と堀のみです。現在は戦後に建てられた3層の復興天守が聳えていますが、もとは図書館だったため内部も少し趣が違っています。
見どころは、本丸南面の石垣に設けられている犬走りです。崩れやすい和泉砂岩の石垣を補強する目的だそうですが、北面には設けられていないのが不思議です。

スタンプは緑色シャチハタ印。受付で出してもらえます。
今回は、岸和田市内の本徳寺が所蔵している明智光秀の肖像画の原本が特別に城内で展示されており、お得な気分になって帰りました。
洲本城
2020年10月16日
登城65城目(続20城目)。

城主は安宅氏→仙石氏→脇坂氏→藤堂氏→池田氏→徳島藩・蜂須賀氏→家老・稲田氏と変遷していますが、現在の姿は脇坂安治時代以降のものです。

昭和天皇即位を記念して建設された小さな模擬天守の印象が強かったですが、三熊山上に広がる城域はかなり広く、本丸をはじめ立派な石垣群が良好に残っており、想像以上に楽しむことが出来ました。この城の特徴は山の斜面に築かれた東西2つの登り石垣。東の登り石垣は、最近樹木が伐採され、東の丸から洲本の街並みと一緒に眺められるようになっています。

スタンプは山麓の淡路文化史料館に設置されていますが、この日は臨時休館のため洲本市役所に行って押印することに。事前のリサーチは大事ですね…。
新宮城
2021年12月18日
登城74城目(続28城目)。

JR西日本の近畿エリア+αが2日間1万円で新幹線・特急列車が乗り放題となる「関西どこでもきっぷ」を利用。前日に和歌山城を見学後、特急くろしおで移動して新宮市内で宿泊。

浅野期の石垣の上に水野期の石垣が築かれているのが特徴で、熊野川に面した港跡「水の手」は他に類を見ない施設ということで、最大の見どころとなっています。6mの高さの石垣が築かれ、約20棟の建物跡が発見されたことから、水野家が専売していた備長炭の積み下ろしに使われていたと推定されているようです。

スタンプは、阿須賀神社横にある新宮市立歴史民俗資料館の窓口で押印。資料館に入らなくてもスタンプ押印可のようです。

これで和歌山県の正・続2城を登城完了。
JR新宮駅前の「徐福寿司」で買った新宮名物「さんま姿寿司」は、酸味と塩加減が絶妙で美味でした。
若桜鬼ケ城
2021年11月20日
登城73城目(続27城目)。

コロナの感染状況が落ち着き始めたので、約1年ぶりにスタンプラリーを再開。行きはJR郡家駅からバスを利用。若桜駅前の観光案内所でスタンプを押印し、八幡広場(旧若桜小グラウンド)の登山口から登城開始です。思ったよりも歩かされる登城路に苦戦しつつ、1時間かけて本丸に到着。三ノ丸桝形虎口の迫力もさることながら、若桜町の眺望や本丸の紅葉がきれいでした。下りは破却されず残っている六角石垣を鑑賞し、草スキー場跡から町民体育館裏登山口へ。

下山後は若桜町内を散策。若桜駅の転車台とSLを見学して、帰りは楽しみにしていた若桜鉄道に乗車しました。
スタンプは二ノ丸の小屋にも設置されていますが、管理がされている若桜駅前の観光案内所の方で押印しました。

鳥取県の正・続3城を登城完了。
米子城
2020年11月15日
登城72城目(続26城目)。

続100名城スタンプラリー開始前の2016年に1回登城していますが、前回は本丸のみの見学だったので、今回はじっくり南側の桝形門から内膳丸を経て本丸を目指しました。

中海に面した標高90メートルの平山城ですが登山道はそこそこ傾斜があります。息を切らしながら登り切ると、大迫力の本丸の三段石垣がお出迎え。そして中海、弓ヶ浜、米子市街地、遠く大山が見渡せる360度の大パノラマ。気分爽快!

スタンプは米子市役所向かいの米子市立山陰歴史館の入口の1か所のみ設置されています(本丸東屋のスタンプは撤去)。

五重天守と四重の副天守が聳える往時の姿は間違いなく山陰随一。内膳丸から山上の本丸に続く斜面にある登り石垣も要チェック。100名城の選に漏れたのが不思議なくらいの名城です。
備中高松城
2019年7月14日
登城46城目(続10城目)。
秀吉と毛利が激突した中国攻めのハイライト、「備中高松城の戦い」の現場。

方形の三の丸、二の丸、本丸が連なる単純な沼城で、城自体の遺構はありません。本丸の城主・清水宗治の首塚、周辺の胴塚と自刃の地、秀吉が築いた蛙ヶ鼻築堤跡などから当時に思いをはせるのが、この城の楽しみ方になります。
地元では7月に咲く蓮の花が有名です。歴史公園として沼地を整備した際に、地中に眠っていた蓮が生えてきたもので、「宗治蓮」と呼ばれているとか。私も、蓮の写真を撮りに行ったついでに(?)スタンプ収集しました。

資料館に設置されているスタンプは赤色シャチハタ印。新品になっていました。

岡山県の正・続5城の登城完了です。
三原城
2019年1月5日
登城33城目(続2城目)。

新高山城からの帰り、岡山方面に1駅東の三原駅で下車。観光案内所で城下町マップを入手して駅コンコースから徒歩0分で登城。スタンプは青色シャチハタ印。

天主台は、アブリ積みの石垣が特徴で、扇の勾配の美しさが印象的。みはら歴史館裏の中門跡から舟入櫓跡まで、本丸の遺構に沿って歩いたことで、小早川隆景の築城した瀬戸内海に浮かぶ「うきしろ」の規模の大きさが実感できました。
新高山城
2019年1月5日
登城32城目。記念すべき続100名城1城目。

JR本郷駅近くの本郷生涯学習センターでスタンプ(青色インクのシャチハタ印)を押印してから登城。

ふもとの民家の間の登山口から入り、登山道入口の看板のところで、本郷町観光協会と新高山城跡を守る会が作成したパンフレットを入手。ところどころ残る石垣や郭を確認しながら、本丸・詰の丸まで50分かけて登り切りました。1月といえどもさすがに汗ばみました。

本丸の礎石や石垣、釣井の段の井戸など、隆景の築いた遺構が意外と多くあり、楽しみながら登城できました。なお、登城に影響はありませんが、2018年7月の豪雨災害の影響により一部登山道が狭くなっている箇所があるので、十分注意してください。
大内氏館・高嶺城
2022年4月23日
登城79城目(続32城目)。
1泊2日で山口県の2城(大内氏館・高峯城と萩城)をレンタカーで攻略。

まずは高峯城へ。車は安全のため麓の「おとどいやま森林公園駐車場」に停め、舗装林道を徒歩で20分登るとテレビ中継局へ。さらに5分程度登城路を歩けば、平坦な広い曲輪が続き、最奥部の主郭に到着。石垣は主郭南側と北側にあり、高さが低い南側のものは大内義長時代、高さがあり破城の痕跡がある北側の石垣は毛利氏時代のものと考えられているそうです。
高峯城の次に、市街地にある大内氏館跡へ。龍福寺の一部に池泉庭園の一部や土塁が復元されていますが特筆すべきものはありません。

スタンプは山口市立歴史民俗博物館で押印。玄関先にスタンプが設置されており、高峯城のガイドマップが配布されています。
当城は2か所で1スタンプですが、高峯城は見応えがあるのでぜひ登城すべきと思います。ただし国道9号バイパスからの入口は分かりにくいので要注意です。
勝瑞城
2020年10月17日
登城66城目(続21城目)。

阿波国守護の細川氏と、畿内まで権勢を誇った三好氏の本拠地。三好氏の菩提寺・見性寺の境内となっている方形の城跡と、県道を挟んで南にある広大な城館跡から構成されています。勝瑞城跡は中富川の戦いの詰城として築かれた可能性が指摘されているようですが、水堀、土塁が残っており、三好氏四代の墓と併せて往時の趣をとどめています。一方、勝瑞城館跡は【工事現場】。これから発掘成果に基づいた史跡整備が進むのでしょうが…。

スタンプは土日のため400mほど離れた武田石油(ガソリンスタンド)で押印。
一宮城
2020年10月17日
登城67城目(続22城目)。

徳島市南西部の鮎喰川右岸にある小笠原氏→一宮氏の山城。蜂須賀家政入城後に大改修され、徳島城に本拠移転後は支城となり、一国一城令で廃城。
見どころは才蔵丸の巨大切岸、才蔵丸と明神丸をつなぐ尾根を切断した堀切と竪堀、そして本丸の石垣。登山口→倉庫跡→明神丸→才蔵丸→本丸→小倉丸→貯水池→蔭滝と一周しましたが、雨が本降りとなり本丸以降は悲惨な散策に…。

スタンプは登山口の案内板に設置されているポスト内にあります。縄張り図の入ったパンフレットもあり、御城印も販売されています。四国霊場13番札所・大日寺の駐車場を利用させてもらいました。

これで徳島県の正・続3城を登城完了。
引田城
2020年10月16日
登城64城目(続19城目)。

讃岐国人寒川氏配下の四宮氏→三好氏→仙谷秀久と変遷し、生駒正親の時代に総石垣の織豊系城郭に改築された東四国支配の重要拠点。2020年3月に国指定史跡に指定され、再評価が進んでいる城です。

散策マップに従って引田港側登山口から本丸→化粧池→東の丸→北二の丸→大手門→南二の丸と一周。じっくり回って所要1時間半。
登山道はよく整備されていますが、見どころの化粧池や東の丸の石垣は登山道から少し外れた所にあるようで、生い茂った草でよく確認できませんでした。北二の丸の石垣は、上段が崩落防止のブルーシートに覆われているものの、下段の高石垣は迫力のある姿を見ることが出来ました。噂の「クモの巣」は時期柄か、心配したほどではありませんでした。

スタンプは讃州井筒屋敷で押印。緑色シャチハタ印で丁寧な管理。
本当は併設のレストランで「ブリの漬け丼」を食べたかったのですが、コロナ禍の影響なのか、「当面の間休業」の張り紙が…。
ともあれ、これで香川県の正・続3城を登城完了。
座喜味城
2020年2月12日
登城60城目(続17城目)。

今帰仁城から名護の日本ハムキャンプ、国道58号を南下して万座毛、中日2軍キャンプに立ち寄りつつ、読谷村にある座喜味城に向かいました。

座喜味城は北山の今帰仁城攻略のため護佐丸が築城したグスク。護佐丸は中城城に移ってから勝連城の阿麻和利に滅ぼされましたが、このグスクは引き続き使用されていたようです。沖縄戦では日本軍の高射砲台が、さらに戦後には米軍のレーダー基地が設置され、遺構がかなり破壊されたようですが、沖縄復帰後に整備が進み美しい姿を取り戻したとのこと。

規模は小さいながらも、二の廓に入るアーチ門の楔石(これは現存遺構)や、迷路のような複雑な廓など見どころが多く、石垣の美しさだけでいえば、5城の中でナンバーワンだと思いました。眺望のすばらしさも含めて、ひたすら感動しました。

スタンプはユンタンザミュージアムで押印(水曜日休館、玄関で押印可)。黒色シャチハタ印です。
登城後は夕日の沈む残波岬に立ち寄り。オススメですよ。
勝連城
2020年2月11日
登城58城目(続16城目)。
初めての沖縄、3泊4日で正・続(世界遺産)5城巡りです。

勝連城は5城の中で最も古く12世紀に築かれ、護佐丸を滅ぼした阿麻和利の居城として知られます。
休憩所で出土品の展示を見た後、道路を渡って西原御門から登城。岩盤を取り込みながら絶妙にカーブしている石垣は日本の城にはない独特の美しさ。特に三の廓の隅部が独特な尖り方をしていて、加工技術の高さに驚きます。さらに、四脚門の跡舎殿が置かれた三の廓、首里城のような舎殿跡があった二の廓、そして一の廓の360°の大パノラマに圧倒されます。

カー(井戸)、ガマ(洞窟)のほか、ウタキ(御嶽)という拝所=人々の信仰の場が城内に点在しており、地元の人々の心のよりどころとしての存在に重みを感じながら、じっくり鑑賞することができました。

スタンプ(200番)は休憩所の受付カウンターで押印。黒色シャチハタ印でした。