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メンバー情報

ID11764
名前おやぐま2号。
コメント2巡目、始めました。
登城マップ訪問城マップ

登城記録

登城日順 城番号順
中城城
2023年9月21日
(仮文)1城め。1年間の休止期間を経て2週め開始。15時過ぎ登城、曇り小雨。2泊3日家族旅行中、家族を車に残し30分ほどで一巡り。本郭まで、ゴルフカートで送り届けてもらう。以前はあったかな?のサービス。ペリー来航時、測量目的で登城した一行が、精緻な石垣に驚いたとの逸話をどこかで、読んだ記憶が。しかし、文明(文化?)は生まれるべくして生まれる気もする。石垣に適した材料、保管に適した気候、余剰労働力を養いうる食料事情など。前回来訪時に痛切に感じたのは、琉球は平和だったのか、と。紛争の有無に関わらず、これだけの石垣を築くにはどれだけの搾取があったろうか。この中城城を築いた護佐丸も、それはさておき、太平洋と東シナ海、見渡す、沖縄島のくびれた5キロくらいのポイント 艦砲射撃も、中世のそれでは届かず。
ヨーロッパ風の攻城兵器も、気候風土、地形的には陸送し辛いかと。
迷っていた御城印は、首里城ゴジラコラボと、琉球世界遺産五城セットを購入。
勝連城
2023年9月22日
(仮文)2城め。沖縄旅行中にちいかわ購買にイオンモールへと走る家族を留置し。晴れ、10時過ぎ、30分ほど。2021時点から、施設充実。中山の歴史視点では、首里城いがいは常駐されおらず(祭祀の記録はあり、オガミ系は20数台記録あり。行政庁くらいはあったかも)、ただし中国歴史記載には勝連には、1200年代から拠点ありとの記載があるようで、もっとも古くから築城されていた可能性あり。最下部は泥田との掲示があり。割りと標高ありそうだが、近くに池?川?もあり納得。
石垣高く威容あるが、城域規模的にはさほどでない気がする。行き交う交易船への示威か。琉球の攻城兵器は?
攻城戦は敵味方とも、兵を逃さないのが大事。この狭さでは、十重二十重に攻囲された際に、守兵はメンタルが持たない。見晴らしの良さも、諸刃となりそう。
今帰仁城
2023年9月22日
3城め。パイナップルランド後、晴れ小雨。14じすぎ。他の城同様、数年前より整備。
岩盤を徐々に整地して100年単位で。規模は大きく、とうじょう正面からの構えの大きさは、月山富田城のような雰囲気も。
ただ整備されたとうじょう路は、近代のもので、実際はその脇にある、小道が。当時の実態と、イメージの乖離。
はいじょうご基本、城機能としては停止。首里城いごいは450年停止。その後太平洋戦争、復帰後整備、2000年世界遺産での整備。薄い金属版が敷いてあるのが目印?
座喜味城
2023年9月22日
4城め。やちむんあいまに、17時すぎ。
護佐丸、中城城へ。1420に北山制圧、中城城配点、1458敗死、忙しない、人物像は?あと、グスクノ場合、主要な廓まで自家用車かカートでいけるが、麓あたりからの総構えはあったのか?首里城いがいのグスクの総構え、気になる。
そして、築城に際しての護佐丸さんの動員令(座間味&奄美)。島津が来て、日本軍が来て、米軍が来たのは事実。ただし、琉球政府(この表現が正確ではない)がpeacefulではなかろうと。搾取の
琉球?中華の交易に回数制限がなかった理由を知りたい。
そして200名城スタンプ2巡目、県単位ではまず沖縄5城がコンプリート。
首里城
2023年9月23日
5城め。やちむん行き2人と分離。
かなり精緻、石垣も高い。
ただし、他のグスク同様、むしろ太平洋戦争の戦禍はひときわであったはず。、オリジナルの城域はどれほどであったか?オリジナル/整備後の石敷きが並列された箇所を見るに、往時の首里城とはどれほどであったのか?ただし、尚氏政権は450年間と聞いた。ならばその治世の間の積み増しは有り得るかもしれない。ひたすら威容を、為政者の尊厳を積み増した可能性はある。ただやはり、返還後と世界遺産登録後の復旧時に、多少のデフォルメがあったのではなかろうか。。。どうも、西洋いや、中華風な佇まいを感じる。
岡山城
2023年9月26日
6城め。岡山出張終わりに登城。リニューアルオープンまもなくのため、新しい。小柄な武将が、逆に怖い。池田輝政、宇喜多秀家、小早川秀秋、ゆかりの3人。旭川氾濫しても、広大な平野が必要。
五角形の天守台、昭和2年の実測図が残る。が、昭和の鉄筋コンクリートによる復旧だと、そこまでのリアルさは求められていなかった?
拡張に際して、従来の石垣を埋めていったようだが、再利用と埋立廃棄のボーダーは?
戦前に国宝指定された名古屋城、岡山城、広島城、福山城は、1945年に次々と焼失。姫路城のみ
塩蔵。
二条城
2023年9月29日
7城め。京都出張翌日自腹延泊にて。2016いらい2度目の登城。快晴、ぐるり一周から始めて、1時間半ほど。修学旅行シーズン、近隣学校施設は運動会。
天守台、1700年代に焼失。
外郭入れたらかなりの規模。
福知山城
2023年9月29日
8城め。前回はコロナ真っ最中で、閉鎖されているところも多かった。京都から電車で2時間。晴れ14時半。天守閣内資料館含め1時間半ほどじっくり。転用石、大天守閣付櫓小天守閣、野面積みの危うさ?計算づく?真ん中あたりの膨らみ歪み?藤井聡太七冠の対座記念あり。
200名城スタンプ2巡目、県単位では沖縄5城に続き、京都2城がコンプリート。
広島城
2023年9月30日
9城め。8時半薄曇り、2時間
城北からぐるり。奥まで回ると、福島正則の改易の遠因となった石垣。そもそも福島正則の治世は20年近い。
京都太宰府を結ぶ旧山陽道は、かなり迂回路、府中から戸坂、東原、アストラムライン古市〜広域公園
カワノウチシュウ水運、石垣の材料は海辺の石を。
城域の広さは大阪城、姫路城、名古屋城以上?聚楽第を似せたとか、じゃあ聚楽第はどれくらいでかい?
寺町、寺は防御拠点になると
郡山城
2023年9月30日
10城め。12時過ぎから2時間。晴れ。市内の銀山城あたりから、54号線沿いには似たような山が幾つもあるが、何故ここに?もとからの本拠地でもあるが、2つの河川が交差する交通の要衝と聞くと納得もするが。。。本城から何故、本丸まで城域進展したのか。尼子氏との籠城戦は、従来考えられていたものとは違い、積極的に出撃、尼子氏の兵站をきっていたと。領民を収容はしていたとして、
ただ毛利元就30年で領国は、何倍増にも。となると家臣団を収容するにも、城域の拡張はマストか。というより人質倉庫のような、様相を。。城域は広いが堅いという雰囲気はない、出戦する人であったのでは。
大分府内城
2023年10月3日
11城め。15時過ぎから30分ほど、秋晴れ。
御城印がこの10/1から開始されたと、100名城押印後はじめて認識。
思ったより天守台が立派。造成した帯曲輪により、最終防衛ラインは強度を増したど想像する。ただ、今となっては内郭のみしか見れず、外郭までトータルでないと城の規模、迫力はイメージし辛い。そういう意味では、山城は分かり易い。
石垣周りに常設状態の犬走りは復旧時のものと思われるが、もともとはどのような形態だったのか?
備中高松城
2023年10月6日
12城め。秋晴れ、出張合間に岡山駅から桃太郎線で20分ほどで備中高松駅。13時半から
2019/12/26いらい2回目
吉備平野の豊かさ。宇喜多氏の戦力。
城兵5000は本当か?城域としては1000くらい、あとは遊軍ではないか?
水攻めはグルリ堤防とうより、水の流れを変えることが大事かも。昭和50年の水害で、秀吉の水攻めエリアは再現されているようだ。
江戸城
2023年10月12日
13城め。午後休憩の合間に登城。広い。
小机城
2023年10月17日
14城め。16時前から1時間ほど散策、4年ぶり。富士仙元まで。そちらからの攻め手対処は?
延岡城
2023年10月19日
15城め。秋晴れ。出張の合間に、宮崎空港から延岡駅、さらに徒歩20分ほど移動し到着。城域散策は13時前から40分ほど。以前登城の際にも感じた「千人殺し」についての印象は変わらず。いつの時代から言われ出したのやら(講談本、忍者忍術の類、、、)、これぞまさしく「猫の首に鈴」そのもの。だいたい乱戦中に破城発動は無理でしょう。。。とはいえ、これまた変わらずの印象で、石垣そのものは圧巻!今回は時間をかけて見学したので、刻印だらけの石積を堪能できた。加えて内藤記念館も訪問、御城印2枚セットで300円は安い。屋内2階から見える城跡も見応えあり。
佐土原城
2023年10月19日
16城め。延岡城から延岡駅〜佐土原駅に移動。タクシーで10分ほどで、道の駅いろは館に到着。スタンプと御城印を購入。前回は台風による土砂崩れ、イノシシ警報、タイムリミットの3重苦で登城は断念したが、晴れて今回は大手道から登城。念願の本丸と天守台跡を経て、中の道から下城。天守台跡の礎石は、リアルなのか興味深い。このコースなら30分かからないくらいだが、まだまだ道は補修されていない箇所もあり、また泥濘も多く、南の城と松尾丸は断念。松尾丸にあった櫓は海上からも見えたとの伝承あるそうだが、はたして。城域や周辺地形の標高からは難しそうだが。バスで宮崎駅へ。
飫肥城
2023年10月20日
17城め。3〜4回目の登城。スタンプを頂いた歴史資料館の展示物が実物かつ、保管状態も良好で見応えあり。小京都を名乗る街は数あれど、今も昔も大切に街造りしてきたのだろうなと想像。城域に取り込んだかたちの小中学校も「文武」の雰囲気で好ましかった。とはいえ、五万石で2000人の家臣団は過剰で、大名の例に漏れず伊東氏も苛政とは切り離されず、か?江戸時代通じて国替え無ければ、街造りは行いやすかったかも。事あるごとに島津と戦った当家とのPRがあったとの推察記載が面白かった。御城印は、駐車場にて購入。
200名城スタンプ2巡目、沖縄5城、京都2城に続けて、宮崎3城コンプリート。
久留米城
2023年10月25日
18城め。出張の合間に、博多から久留米。駅から徒歩20分足らずで到着。秋晴れの下、城域散策は30分少々で完了。月見櫓跡はじめ、圧巻の石垣群。立入禁止の鎖を巻かれてそうなものだが、高石垣の迫力を上からも下からも間近で見られる事に感謝。本丸内には篠山神社、小早川神社、聖徳太子像、東郷平八郎書斎、松尾芭蕉句碑幕末維新の顕彰碑など盛りだくさん。有馬記念館は、廉価で展示資材は良質。関ヶ原で家康の後背を任された信頼関係から、徳川大坂城石垣の目立つ場所に釘抜紋(有馬家家紋)のマーキングが見られるとか。但しその、信頼関係も時と場合。幕末に将軍家子女との婚姻にかかった費用が232億円とか!有馬家21万国は、300諸侯でも上位20番目だったようだが。。。また、年の瀬風物詩の1つ有馬記念も、有馬家が始めたもの、など10数分ながら上映VTRは見応えあり。こちらでスタンプを頂き、御城印は無いとの事から、篠山神社にて「久留米城」の御朱印を購入。
小倉城
2023年10月25日
19城め。久留米城から福岡城、でも時間が足りないと考え、今月まで20時開館の小倉城へ。17時半すぎ小倉駅到着、20分ほどで城域へ。ライトアップに映える天守閣と石垣、充実した資料館の内容に満足。心残りは、八坂神社の側道からのルートが17時半で閉門されており、北見口→着見櫓から虎口を経ての登城が出来ず。売店にてスタンプと御城印を頂き、下城。博多に帰りながら思うに、最初の築城は毛利元就だった事、もともと小倉は「豊前」であり、福岡県博多よりむしろ、大分県中津〜宮崎県延岡あたりまでとの交流が今に至るのだなという事、第二次長州征伐での城に火をかけて、は「戦略的撤退」と称されている事。。。しかし、藩主急逝とはいえ累代の家屋敷を自焼して「戦略的撤退」は強がりが過ぎる気もする。制海権握られようが、榴弾も無い時代、我慢の籠城戦ではなかったか。城を枕に討ち死にする前に兵站尽きた長州軍が撤退したはず。山県有朋は、小倉藩の幕府への忠誠を特筆すべきと言及したようだが、山県有朋に忠信孝悌を評論されるのも、、、
福岡城
2023年10月26日
20城め。出張の空いた時間で、秋晴れの下、13時から2時間近くゆっくりと散策。前回登城時は、当時近場に住んでいたが故の駆け足訪問に終わってしまっていたが、改めて壮大な遺構と実感。規模で近しいと思われる広島城と比べて、石垣群の分量が圧倒的に思えたが、地盤の強固さに依るものなのか。スタンプと御城印は、三の丸カフェにて。福岡むかし探訪館の復元模型も必見。
福山城
2023年11月1日
21城め。出張先の倉敷から足を延ばし、秋晴れの下、10時から1時間半ほどじっくり。4年前の登城は駆け足スタンプになってしまい、天守閣北側の鉄板張りに気付かず。。。と思っていたら、2022令和4年の修繕にて追加復元したものと知る。ギミックとしては興味深いが、堀ナシをカバーするとしても実効果としては如何なものか。それにしても圧倒的な伏見櫓など水野勝成、阿部正弘、一二三壇など。
岸和田城
2023年11月2日
22城め。大阪出張の合間に、岸和田駅から晴天下に片道徒歩10分ほど。城域散策は40分少々で足りる規模だが、天守閣はじめ本丸部分の石垣構造が見応えある。多聞矢倉内の蛸地蔵伝説、本丸内の八陣図、天守閣内の明智光秀肖像なと、サイドストーリーも豊富。特設展示は、五万石の岡部家財政事情がいかに苦しかったの証文など。スタンプ、御城印は天守閣で頂き、次の大坂城へ。
大阪城
2023年11月2日
23城め。岸和田城から電車で移動。散策は天守閣内含めて1時間半。展示物をじっくり見るなら、3時間位は欲しいところ。とにかく巨大!堀幅の広さ、積石1つ1つの大きさが、直前に訪れた岸和田城とですら、比較にならない。江戸城と大坂城には定期的に訪問して、目利きの物差しとするのも良いかもと思った。次回は休日のみ公開の千貫櫓にチャレンジしたい。1つ疑問は、石垣の目の詰まり具合。表面からコーティング状に塗り込んでいるような。オリジナルの処置か、現代的な処置なのか。
調べてみたい。スタンプ、御城印(登城印?)は1階売店にて入手。
芥川山城
2023年11月3日
24城め。10時の開館と同時に、しろあと歴史館に入館。スタンプと御城印を頂く。スタンプラリー1巡目では、スタンプのみに終わったが、今回は散策までが目的。高槻駅からタクシーで2200円、塚脇バス停に移動し登城開始。城域散策は1時間ほど。塚脇ルートから登り、大手筋ルートから下った、、、という事を後で知る。各種サイトにあるとうり、標識がやや分かりにくい。ハイキング客が大勢で、山城で心強い登城は初めてであった。近年再評価が進む三好長慶の来歴もあり、その歴史的雰囲気は楽しめた。これまた近年の、文献等の再評価でから、「芥川山城」から「芥川城」で名称を確定したようだ。三好長慶による、天下人としての政権中枢であったこの地に、織田信長も上洛前に立寄り、勅使をこの地で迎え入れたとの事。正統を掲げる為の、信長の周到さ。「明日は瀬田に旗を上げよ」といったところで、事前準備や根回し無くしては、「あらえびす」扱いされ、短期政権に終わってしまうのかもしれない。
飯盛城
2023年11月3日
25城め。芥川城から電車を乗り継ぎ、野崎駅へ。14時前に大東市資料館到着。スタンプ、御城印を購入したが、冷静に18時発伊丹空港便を考えると、散策の時間が足りない。ほぼ自家用車とレンタカーで巡った1巡目から打って変わって、2巡目は公共交通機関がメイン。楽な部分もあるが、どうしても機動力に欠ける。しばし迷ったのち、今回は登城は断念。上映されていた中井均先生の監修VTRで、城域のイメージのみ。三好長慶の、芥川城から飯盛城移転の理由がよく理解できた。北摂だけでなく、山城方面まで眼下に収め「五基畿内に睨みを利かせた」この飯盛城の存在感たるや。
秋田城
2023年11月10日
26城め。秋田駅からバスで20分ほど。秋田城跡歴史資料館で20分ほど見学、スタンプを頂く。御城印などは無いようで残念。多賀城などの古代城柵としては最北の立地ながら、平安末期から長く記録から消えた理由は、、、治世が良く砦としての機能が不要になったのか。或いは、行政庁として適さずとみなされ、移転したのか。。。城跡見学は雨の中、復元施設を中心に30分弱。外周をまわるとなると1時間は必要か。前回訪城時は積雪のなかであったが、今回はクマ目撃情報アリの注意書きが、あちらこちらに。。。明日登城予定の脇本城は、大丈夫だろうか?
久保田城
2023年11月10日
27城め。秋田城からバスで引き返し、雨の中1時間ほど散策。前回は雪が降りしきる中であったが、今回は土砂降りのなか。佐竹資料館が改修中のため、御隅櫓でスタンプを頂く。秋田駅からの平坦な道のりと思い込み、前回の駆け足登城では気付かなかったが、小高い丘の上の起伏に富んだ構えであった。秋田城と同じく御城印は未発売なのが残念。江戸治世において、幾度となく火災に見舞われた理由が知りたかったところ。常陸からの減封国替えで、開田に勤しみつつ林業と鉱山開発に励み、しかしそれでも藩政は苦しかった気配。領地確定も藩祖から代替わり後のようで、生産が安定しているか詮索されそうな鉱山経営の実態と併せ、幕府と外様大名との駆け引きは熾烈だったであろうと想像。
脇本城
2023年11月11日
28城め。秋田駅からレンタカーで1時間かからず。雨上がりの9時すぎに登城。前回は積雪の為、車の乗入れ出来ず、徒歩でスタンプ設置場所まで

200名城スタンプ2巡目、沖縄5城、京都2城、宮崎3城に続けて、秋田3城をコンプリート。
弘前城
2023年11月11日
29城め。脇本城から、レンタカーで140kmほどを3時間雪ちらつく。久保田城との相違が興味深い。石垣のみならず、土塁がよく残っている。なにより、天守、櫓、門と。次の浪岡城へ。
浪岡城
2023年11月11日
30城め。弘前城からレンタカーで30分ほど。みぞれ混じりの雨のなかを登城。まずは、青森市中世の館で、スタンプと御城印を3種類(通常版、中破版、落城版)頂く。城跡散策は30分ほど。朝方訪れた脇本城と比べると、「御所」だけあって、地形の起伏も穏やかで、土塁と堀の規模もそれほどではない。「落城」を売りにしてしまうのもやむ無しか。ただ、北畠氏が南北朝前後から、本州最果ての北のまほろばに縁を持っていたとするなら感慨深いものがある。
三原城
2023年11月18日
31城め。出張終わり、帰宅前の半日間で小早川隆景の三原城→新高山城を目指した。広島駅から電車で1時間少々でまずは三原駅。観光案内所で、スタンプ押印し当城と新高山城ぶんの御城印も購入。散策の所要時間は、駅チカというより、駅ナカ物件として、天守台周りと舟入櫓跡、中門跡までなら1時間かからないくらい。ミゾレ混じりの寒空の下、天主台についてアブリ積や、小早川時代と福島正則時代の積み方の相違など、堪能できた。
新高山城
2023年11月18日
32城め。前回訪問時は車での駆け足、本郷学習センターでスタンプ押印後は、登城口までで引き返したが。今回は、三原駅から本郷駅へ電車移動後は徒歩のみでのトライ。今回も、まずは学習センターでスタンプを頂く。刊行されているパンフレットだけでも6種類ほどもあり充実、満足。御城印は三原駅で購入済のため、せめてもの御礼にと、施設内自販機でドリンク購入。センターから城跡ひと巡り、徒歩往復で2時間少々で可能。本郷駅ではミゾレ混じりの悪天候だったが、徐々に回復。詰の丸では快晴のもと、音声ガイダンスを聞きながらの城下の遠望、絶景を眺める事が出来た。満足のあまり、釣井の段を見落とすミス。3巡目の宿題としたい。
200名城スタンプ2巡目、沖縄5城、京都2城、宮崎3城、秋田3城に続き、広島5城もコンプリート。
名古屋城
2023年11月20日
33城め。200名城ラリーとしては、2020/10/19に続く2巡目。出張の空き時間に、そろそろ木枯らしの吹き始めた秋の15時すぎに登城。名古屋駅から地下鉄乗り継ぎ15分ほどで、名古屋城駅に。天下普請の城はスケールがやはり違う。現存部分は、内郭の一部に過ぎないのにそれでも堀幅、石垣の高さ分厚さからも、城兵さえ確保・維持できれは榴弾砲が本格化する以前ならば、落城はそう無いだろうな、と。訪問客に対する動線が整備されており、また残念ながら天守閣は2018から閉館中でもあり、本丸御殿(再建費150億円の有難みを実感)見学と城内散策、スタンプ押印と御城印購入までやっても、1時間少々で満喫できた。余裕があれば西の丸御蔵城宝館や、二之丸広場に、金シャチ横丁(宗春ゾーン)まで足を延ばしたかったが、仕事の合間ならば止むを得ず。3巡目での宿題にしたい。とはいえ、天気も良く汗もかかずに快適、少し余った時間で、金シャチ横丁(義直ゾーン)も楽しめた。前回1巡目に気付かなかった、天守小天守を繋ぐ剣塀にも感嘆。天守閣木造再建と、石垣積み直しの完成にも期待大。
小牧山城
2023年11月21日
34城め。200名城ラリーとしては、2021/3/25に続く2巡目。出張帰りに名古屋から足を延ばした。晴空のもと、山頂の歴史史料館と、麓の「れきしるこまき」、城の外周をぐるりで、2時間あればゆっくり堪能できたのだが、本日の制限時間は90分。前回は堪能できた、両施設の再現VTRは半分しか観れず、残念。信長期は、石垣造り、大手門からの直線道路と魅せる城であったようだが、小牧・長久手の戦いの際には、陣城として、万余の兵力を駐屯させていたようだ。方円の陣に、平山の地形を加え、三河武士団か籠るとなると、なかなかに固そう。。。スタンプと御城印を頂き、次の犬山城へ向かう。
犬山城
2023年11月21日
35城め。200名城ラリーとしては、2021/3/25に続く2巡目となるが、マイカー訪問の前回と異なり、公共交通機関での登城。白帝城の趣と裏腹に、小牧・長久手の前哨戦では、悪天候をついて渡河してきた池田恒興に、あっさり攻め落とされてしまっている。但し、防御側主力が他方面に出張っており、留守番が20数名だったとは。。。また、薩摩義士碑が建っていたのも気になる。木曽川沿いではあるが、平田靱負と関係が?スタンプ設置場所(天守閣ゾーン)と、御城印販売所(観光協会)が異なるも、どうにか制限時間(両所とも1630までに入場)に散策を収め、名古屋経由にて帰路につく。
熊本城
2023年11月30日
36城め。200名城ラリーとしては、2019/10/20に続く2巡目となる。この4年間で復旧はだいぶ進み、観光客用の立体通路が設置され、城内見学の動線としてはむしろ整備されたと言えるかもしれない。立体通路であるために、目線が高くなり、高石垣などの頂点と同じ目線で観察出来たのは、貴重な経験と感じた。今回は出張の合間の徒歩訪問であったが、それ故、城域の広大さが実感出来た。大天守閣内の展示物にも、入部した細川忠利が「江戸城以外に、このような大きさの城を見たことが無い」と子息に送った手紙があると。また同じく展示物の、高良健吾さんのナレーションによる、本丸キルゾーンのVR解説も凄かった。スタッフの方に教えて頂いたが、完全復旧はあと30年ほどもかかるとか。細川氏入部の頃にもM5以上の地震があり、明治時代の被災は第6師団により修復されたとなると、日本列島で文化財を守るという事は、絶え間ない持久戦なのかもしれない。券売機近くでスタンプ押印、本丸休み処で御城印を購入。
大野城
2023年12月2日
37城め。200名城スタンプラリーとしては、2017/1/14に次ぐ2巡目    

佐賀城から移動、この後の福岡城まで含めた自宅最寄りの3城スタンプ狙い、2城め。小雨混じりの空模様とあって、百間石垣も足場が悪く、ビクビクしながらの登城となった。割とくまなく散策したが、2017年訪問時は、まだまだ理解が浅く、太宰府防衛の主軸としての凄みを感じ取れなかった。続100名城(水城、基肄城、鞠智城、鬼ノ城)もある程度まで進んだ現在、金田城を訪問した後くらいのタイミングで再訪してみたい。
水城
2023年12月2日
38城め。200名城スタンプラリーとしては、2018/12/19に次ぐ2巡目。大野城から直接、レンタカーで水城館へ。スタンプは、大野城心のふるさと館で押印済のため、展示資料の見学など。前回訪問時は水城駅へのアクセスだった為、所謂、西門跡からの眺め。今回は東門跡からの眺めであり、また異なった印象を受けた。30分ほどで切り上げ、次の基肄城へ。
基肄城
2023年12月2日
39城め。200名城スタンプラリーとしては、2018/12/19に次ぐ2巡目。水城からレンタカーで30分かからず、スタンプ設置場所である基山町民会館へ。頂いた地図を確認し、2時間ほどの城域散策となった。前回はグラススキー駐車場からの斜面登攀で郭内に至ったが、今回は水門跡駐車場からの登山を試みた。途中での礎石跡も見ることが出来、満足。大野城〜水城〜基肄城のラインで玄界灘からの来攻勢力を迎え撃つプラン、なかなか壮大であるが、籠城策一本で唐・新羅を押し返せただろうか。そのあたりの戦術プランは、はたして。これで、沖縄5城、京都2城、宮崎3城、秋田3城、広島5城に続き、福岡5城もコンプリート。
鞠智城
2023年12月2日
40城め。200名城スタンプラリーとしては、2019/10/20に次ぐ2巡目。創成館は、なかなかに充実した展示資料とVTR上映ながら、御城印までフリーで頂けた。訪問時間が遅く16時すぎに退館したところ、隣接の売店も閉まっており、お土産購入でお金も落とせず、申し訳ないくらいであった。日暮れまでの1時間、灰塚や城門跡まで、駆け足ながらひと巡りした。

天気の良さもあり、非常に珍しい八角形の再建櫓が見栄えも抜群。隣接する資料館も、朝鮮式山城について分かりやすくまとめられていた。再現VTRに出演されておられたお父さんとお子さんが、妙に微笑ましく印象的であった。反面、古代政権により配置された防人の苦労が偲ばれる。。。
新発田城
2023年12月6日
41城め。200名城スタンプラリーとしては、2022/9/20に次ぐ2巡目。出張の合間に、新潟駅からJRで新発田駅まで、そこから徒歩20分で平日朝9時から、いざ。ところが下調べ不足にて、城内は冬季閉鎖中。仕方無しに、外周を廻り、長めの石垣と櫓を堪能しつつ、スタンプと御城印を求めて白壁兵舎史料館へ。陸自の広報も兼ねた施設として、新発田城関連や太平洋戦争時の展示資料、銃器類などまで多岐にわたり、その詳しさには大満足。売店グッズも豊富で、無料入館が申し訳無く、御城印は2種とも陸自グッズも併せての購入となった。現存する城跡が、櫓、石垣、堀のセット景観として美しく、良い意味でジオラマのように切り取られた見事な眺めだと感じた。
武田氏館
2023年12月7日
42城め。200名城スタンプラリーとしては、2021/6/18に次ぐ2巡目。それ以前も武田信玄信者の上司発案の社員旅行で、武田神社として訪問した事があるので、3回目の訪問。平日木曜日15時すぎにも関わらず、そこそこの人出なのは、さすがの信玄人気。人は石垣、ホントかよと諸々思うところがあるが。今回は仕事の合間のマイカー訪問で、1時間ほど余裕があり、信玄ミュージアム含めて館跡をじっくり散策出来た。必ずしもフラットな建付けではなく、なだらかながらも傾斜があり防御を考慮していたのかと。スタンプと御城印は神社にて入手。明日の要害山城趾に備えて、甲府駅の藤村記念館にて、先にスタンプを頂戴し、甲府城へ。
甲府城
2023年12月7日
43城め。200名城スタンプラリーとしては、2021/6/18に次ぐ2巡目。それ以前も「駅近.駅中物件」でもあり、知らず知らずの訪問は、福山城同様に何度もあるのだろうが。。スタンプラリーとしてはロケーションが良い為、各所の移動時間が10分もかからず。仕事の合間のマイカー訪問ながら、信玄ミュージアム20分→武田氏館あと30分→藤村記念館20分→甲府駅観光案内所5分→甲府城散策1時間ほど。本丸跡からの富士山の眺めも堪能できた。前回も感じたが、広大な城域を、最盛期でも200人規模の新選組がどうやってカバーする気だったのだろうか。。三原城や小机城のように、交通インフラで断ち切られた他の城跡に比べれば、むしろ鉄道線路さえも城の機構として取り込んでいるような雰囲気さえ感じた。スタンプは鉄門近くにある事務所にて。御城印は観光案内所で購入。
要害山城
2023年12月8日
44城め。200名城スタンプラリーとしては、2021/6/18に次ぐ2巡目。前回は、登山道入口て引き返し、藤村記念館でスタンプ押印のみだったので、今回はしっかり散策すべく、朝8時前からスタンバイし登城開始。登り20分強、散策20分、下り20分弱の1時間ほど滞在。主郭内の3段ほどの土塁構造は見事で、諏訪原城や古宮城にも漂っていた武田流築城術の凄みを、改めて感じた次第。武田氏館の詰の城といいつつ、出石城/有子山城や、多気北畠氏館跡/霧山城、大内氏館/高嶺城のように、セットではなく別施設としてスタンプ設置されただけの事はあるなと。となると余計に、人は石垣ホントかよ、に感じてしまうが。。しかし、武田氏館もこの要害山城も、とうてい数万の敵に抗し得る規模ではなく。次に向かう神府城への移転はやむ無しか。
新府城
2023年12月8日
45城め。200名城スタンプラリーとしては、2021/6/18に次ぐ2巡目。東と西、2つの出構を間近で散策した後は、ついつい前回同様に、神社階段を一気に駆け上がってしまい、いきなりの本丸突入になってしまった。そこなら、本丸、二之丸、三ノ丸と下り、馬出の復元整備も進む大手筋までで散策終了。おおよそ50分ほどで、ひと巡り可能。土の城だから感じるわけではないが、城郭とはいうよりは陣城に近い印象。
これで、沖縄5城、京都2城、宮崎3城、秋田3城、広島5城、福岡5城に続き、山梨5城もコンプリート。
大多喜城
2023年12月14日
46城め。200名城スタンプラリーとしては、2022/7/5に次ぐ2巡目。まずは大多喜駅近くの観光本陣でスタンプと御城印2種類購入。そのままマイカー登城。駐車場から本丸まで、散策は往復で30分ほど。パネル展示をみるに、千葉は城址が多いな、と。城内資料館のリニューアルオープンは、まだまだ先のようだ。次の本佐倉城へ。
本佐倉城
2023年12月14日
47城め。200名城スタンプラリーとしては、2022/4/30に次ぐ2巡目。大多喜城から、車で下道1時間半ほど。スタンプと御城印.200円の記録集を購入。散策は内郭をひと巡りで50分ほど。外郭となる!根古屋えりあまでとなると、プラス1時間だそうだ。当時は印旛沼の汽水が入り組んだ沼沢地(つい数十年前までは、その趣きがあったとか)で、攻城側は兵力展開しにくかったろうが、山中城や八王子城を力攻めされていたあの時代には、守り切るには難しかったとも感じられた。
佐倉城
2023年12月14日
48城め。200名城スタンプラリーとしては、2022/4/30に次ぐ2巡目。本佐倉城から、車で20分ほど。スタンプは公園駐車場で、御城印は歴博ミュージアムショップにて購入。散策は公園内ひと巡り、姥ヶ池、馬出し、出丸と水堀、帯曲輪まで見て1時間かからないくらい。天守閣、三階櫓、空堀、土塁、出丸、馬出し、帯曲輪とひととおり備え、見せる城。であるが、1万前後からの軍勢に攻められるてと、厳しそう。城内の予備兵力のストックと、その展開が難しいように感じた。沖縄5城、京都2城、宮崎3城、秋田3城、広島5城、福岡5城、山梨5城に続き、千葉3城もコンプリート。
大和郡山城
2023年12月15日
49城め。200名城スタンプラリーとしては、2020/3/27に次ぐ2巡目。出張の前乗りで、JR奈良から郡山駅までひと駅。外堀跡を巡りながら、徒歩で40分ほどの散策。外向きの石垣だけでなく、内向きの石垣も良く保全されているのが、天守台から見下ろした際によく分かる。柳沢会館でスタンプ、御城印に、御城印帳¥1800も購入。スタンプラリー2巡目は御城印集めが目的でもあり、1冊目の首里城に続けて、2冊目は大和郡山城となった。200名城ぶんの収集には、あと3冊くらい必要だが、どの城での購入になるか。。。近鉄郡山駅から、次なる宇陀松山城へ向かう。
宇陀松山城
2023年12月15日
50城め。200名城スタンプラリーとしては、2020/3/27に次ぐ2巡目。近鉄郡山駅から、榛原駅でバスに乗り換え、道の駅まで2時間近く。スタンプは頂けたが、御城印は登城口近くの、まちかどラボにて。旧称の秋山城版と併せ、2種購入。そこから天守台跡までは往復30分少々。整備されていて歩きやすいが、落葉が積もり、少し足元注意の箇所も。本丸内に残る、土の人工的起伏に、往時はどのような石垣のデコレーションが施されていたのか興味深い。春日門や、西関門まで足を伸ばしたかったが、出張の合間、バスの時刻の関係もあり奈良に引き返す事に。
鹿児島城
2023年12月26日
51城め。200名城スタンプラリーとしては、2016/12/30に次ぐ2巡目。年末実家帰省のタイミング。御楼門復元後、初の訪問。地元民としては、やはり鶴丸城の呼称がしっくりくる。身びいき無しに、鹿児島は観光地として国内屈指(地元民も認めるPR下手ではあるが)と思うが、鶴丸城に限っては、石垣に残る西南戦争時の銃撃痕を除けば、およそ血湧き肉踊らざる城跡である。但し、隣接する黎明館に常設してある、志布志城模型は圧巻。黎明館、可能であれば磯庭園&尚古集成館までセットでの見学がおすすめ。御楼門復元により、算木積みなど元々、見栄えの良かった本丸石垣とあいまって、政庁としての佇まいはなかなかのもの。
志布志城
2023年12月27日
52城め。200名城スタンプラリーとしては、2019/10/13に次ぐ2巡目。前回の弾丸ツアーとはうってかわって、年末帰省を活用し、1日1城じっくり見て回る心積もり。集中豪雨によるシラス台地の脆さを知る地元民としては、同じ続100名城の知覧城といい、何故この地形が長年保たれているのか不思議に思っていたが、築城時よりもだいぶ崩れていて、堀の深さなど往時と比べて数メートル以上も違うのだとか。当然、土塁の風化も考慮するなら、往時の高低差は、現代のそれにプラスして10メートルほどもかさ増しされる訳で、凄まじい迫力だったと思われる。近隣の4つの城の総称として志布志城と呼ぶそうだが、散策した内城だけでも6つ廓があり、守備側、攻城側ともに相互連携が難しそう。40分ほどの散策の後、スタンプ設置場所である、志布志埋蔵文化財センターへ。展示されている模型は、鹿児島城となりの黎明館展示のものとサイズは違えど同じく、血湧き肉躍る出来栄え。小規模なセンターながら、その他の展示物も、志布志の港が交易の重要ポイントであった事が伺える好資料館であった。御城印は、志布志駅隣接の、観光センターにて購入。
知覧城
2023年12月28日
53城め。200名城スタンプラリーとしては、2018/10/21に次ぐ2巡目。実家帰省を活用しての、鹿児島城、志布志城からの3日目3城め。長女と2人、スタンプ押印のみで外郭周りを車でひと巡りしたのみの前回とは異なり、1人じっくり40分ほど散策。この10月から来年2月まで、立入禁止を含む修繕作業期間であったが、年末でもあり作業もひと段落であったのか、ブルーシートで本丸虎口あたりが被われていたくらいで、格別の標識もなく。郭内のシラス台地の自然物を最大限活かした巧妙な縄張りを、昨日の志布志城に続き、味わう事が出来た。スタンプはミュージアム知覧にて。隣接する知覧特攻平和会館と併せて見学。かれこれ10数回めの訪問となるが、戦争はダメで終わるのではなく、いつの時代でも勇気と知恵を各人が持たなければならないと、教えてくれる施設。。。これにて、沖縄5城、京都2城、宮崎3城、秋田3城、広島5城、福岡5城、山梨5城に続き、鹿児島3城もコンプリート。
唐沢山城
2024年1月12日
54城め。200名城スタンプラリーとしては、2022/07/31に次ぐ2巡目。前日の佐野市出張先から、車で20分少々で到着。麓からの登城も考えたが、10数回に渡る攻防戦の都度、増していった堀切や土塁は草木に覆われている、との情報から断念。唐沢山レストハウス駐車場まで、車にて。前回の弾丸ツアーでスキップした天狗岩から麓の眺望も味わえた。主郭に近づくほどに石垣の規模が増していくが、その材料も唐沢山じたいからある程度は採取出来たのだろうな、と感じた。また数多築かれた砦の中から存在感を増していく条件として、見晴らしは絶対条件なのだろうな、とも。併せて水量の豊富そうな井戸が、山の上の曲輪の内側に存在していた事も、堅城として今に残った理由と思われた。スタンプ、御城印は社務所にて朝9時から。
足利氏館
2024年1月12日
55城め。200名城スタンプラリーとしては、2022/07/31に次ぐ2巡目。唐沢山城から車で40分ほど。これにて、沖縄5城、京都2城、宮崎3城、秋田3城、広島5城、福岡5城、山梨5城、鹿児島3城に続き、栃木2城もコンプリート。
金山城
2024年1月12日
56城め。200名城スタンプラリーとしては、2022/07/30に次ぐ2巡目。唐沢山城、足利氏館ときて本日3城め。足利氏館からは、車で30分ほど。
忍城
2024年1月12日
57城め。200名城スタンプラリーとしては、2022/07/30に次ぐ2巡目。唐沢山城、足利氏館、金山城ときて本日4城め。金山城からは車で30分あまり。
杉山城
2024年1月12日
58城め。200名城スタンプラリーとしては、2022/07/30に次ぐ2巡目。唐沢山城、足利氏館、金山城、忍城ときて本日5城め。忍城からは、車で30分。
菅谷館
2024年1月12日
59城め。200名城スタンプラリーとしては、2022/07/30に次ぐ2巡目。唐沢山城、足利氏館、金山城、忍城、杉山城ときて本日6城め。杉山城からは、車で15分。
品川台場
2024年1月20日
60城め。200名城スタンプラリーとしては、2019/11/29に次ぐ2巡目。前回は晴天昼下がりの訪問であったが、早朝曇天の再訪となった。まずは、第三台場を散策。ペリー来航からすぐさま、これだけの防備を整えるあたり、江戸幕府も無為無策の集団だったとは、到底思われず。遺構のほとんどはレプリカのようだが、雰囲気は感じられた。30分ほど散策ののち、10分足を延ばしてマリンハウスでスタンプ頂くうちに、レインボーブリッジプロムナードの開門時刻(春夏9時、秋冬10時〜)に。第六台場まで、直上から見学する事ができた。
浜松城
2024年2月9日
61城め。200名城スタンプラリーとしては、2021/3/26に次ぐ2巡目。前回は桜が満開、イベントもあり、公園駐車場が満車で四苦八苦したが、今回は前日出張泊の浜松駅から徒歩登城。天守閣周りで、スタンプ御城印がまとめて入手可能なのが、分かりやすく有難い。小学低学年生の頃、買ってもらったお城の本で、野面積みの見本で掲載されていたのが、ここ浜松城であった。天守曲輪周りの石垣遺構は、やはり見応えあり。ただし、再現ジオラマなど見ても、特に家康期の城郭はあまり堅固なものとは思えず。
篠山城
2024年2月22日
62城め。
明石城
2024年2月22日
63城め。
姫路城
2024年2月22日
64城め。
赤穂城
2024年2月22日
65城め。