ID | 10676 |
名前 | 桜田門ノ変 |
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登城マップ |
弘前城 2020年11月8日 | 91城目 関東・東北地方で江戸時代に築かれた唯一の現存天守。定番の下乗橋から眺める 天守は晩秋の紅葉と相まってとても綺麗な景色だった。寒冷地のために屋根は には銅瓦が用いられている。天守は外側に面する東面と南面は切妻出窓を設け、 狭間窓を用いて、小さな建物を華美で大きく見せる視覚効果が施されいる。反面、 内側である西面と北面は破風を全くつけず、蓮子窓を単調に並べただけの質素だ。 幕府に慮って、あくまでも「櫓」と称していた点は弘前藩の生き延びる知恵でも ある。「いかすみ石」の存在も面白い。石垣のはらみが激しく、天守も傾きかけ てきたので修理が決定。曳屋方式で2014年〜16年に行われ約70m天守を移動させた。 数多くの遺構が残り、見応えある城址だ。スタンプは弘前文化センターにあり、 極めて良好でした。 ![]() ![]() ![]() |
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久保田城 2020年11月9日 | 92城目 久保田城は1602年から明治4年の廃藩置県まで12代、約270年続いた秋田藩 20万5800石の佐竹氏の居城。関ケ原の合戦に参加せず、秋田へ国替えとな り54万5800石の水戸から田舎の秋田へ移封された清和源氏の名門であり、 随分と悔しい思いをした大名でもある。秋田では幕府に遠慮して石垣や天守 を持たない平山城。茶室「宣庵」の茶庭にある舟形の手水鉢は、加藤清正が 文禄の役の際に朝鮮から持ち帰り、大阪城内にあったものを、石田三成の 計らいで佐竹東家に贈られたと伝えられている。是非、現物を見ることを 奨めます。スタンプは御隅櫓に置いてあり、良好でした。 ![]() ![]() ![]() |