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メンバー情報

ID8668
名前☆★☆ナンバー★セブン☆★☆
コメント100名城は達成していますが、引き続き周っています。
続100名城も楽しみです。
登城マップ訪問城マップ

登城記録

登城日順 城番号順
水戸城
2017年5月4日
001/100名城

仕事の合間に息抜きで登城。
小田原城
2017年10月1日
002/100名城

相模國一宮 寒川神社への参拝を経て前日入り。
八幡山古郭東曲輪からの夜景を楽しむ。
黄昏時、天守にすごい数のカラスが集結。就塒前集合という習性らしい。
翌朝は好天も昼からは曇り空。
彦根城
2017年12月3日
003/100名城

錦秋の玄宮園ライトアップの最終日。
現存12天守カードを購入。
松本城
2018年2月3日
004/100名城

以下おすすめの時間帯。
@正面(有料の本丸御殿側)は、朝一番(東向き)。
A内堀を挟んで望む「乾小天守〜大天守〜月見櫓」は午前後半以降(南西向き)。
B埋橋を挟んで望む「乾小天守・大天守」は午後過ぎ以降(北西向き)。
現存12天守カードを購入。
足利氏館
2018年3月3日
005/100名城

日中は、続百名城 唐沢山城への予習登城。

こちらへは午後後半からライトアップ狙いで登城。方形居館の堀に架かる反橋と山門、本堂(国宝)が印象的。

唐澤山神社(ひな祭りver)、鑁阿寺(聖観世音ver)、足利織姫神社(階段229段也)にてご参拝(御朱印拝受)。
箕輪城
2018年3月11日
006/100名城

本丸は工事中。スタンプのモチーフである城址碑までも入れない。本丸の奥の御前曲輪には三ノ丸側から空堀を経由すれば入れる。
金山城
2018年3月17日
007/100名城

総石垣造りの大手虎口が一番の見所。砂防ダムのような独特な形態で、巨大な枡形を思わせる。

午後からは、下野國一宮 宇都宮二荒山神社にてご朱印拝受後、宇都宮みんみんの行列に並んで名物餃子で舌鼓。
鉢形城
2018年3月18日
008/100名城

画になるのは三の曲輪(秩父曲輪)。接する二の曲輪側の土塁は往時はもっと高かったのでは。

草が繁茂する前のこの時期は逸見曲輪内の散策も楽しい。弁天社側から振り返れば石垣も確認できる。荒川から望む本曲輪もお約束。
唐沢山城
2018年4月8日
“続”101/200名城

【感想】
本丸の高石垣に加えて、当城最大の土橋とクランク状の堀切も必見です。土橋付近は木が切り払われ見学しやすくなりました。今の案内パンフや道標には載っておらず場所が分かりずらいため、大炊の井の手前にある案内看板で位置を確認しておくと良いかと。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
唐澤山神社
一瓶塚稲荷神社
佐野厄除大師(惣宗寺 )
笠間城
2018年4月21日
“続”102/200名城

【感想】
笠間城のパンフは作成中でまだ無し。駅前の観光案内所で代わりにと縄張のコピーをいただきました。感謝。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
笠間稲荷(日本三大稲荷)
水戸東照宮
牛久大仏
土浦城
2018年4月22日
“続”103/200名城(写真は桜の残る前訪時のもの)

以下おすすめの時間帯。
@「霞門と東櫓」のセットは午前早め(北東向き)。
A内堀を挟んで望む「東櫓」は午前中(南東向き)。
B二の丸側からの「太鼓櫓門」は午後以降(南西向き)。
品川台場
2018年4月28日
“続”104/200名城
芝浦埠頭駅からレインボーブリッジを歩いて登城。眼下の第6&第3台場を楽しめますが、転落防止用の格子状のワイヤーが張られており、窮屈にならずに撮影できる箇所は限られます。
小机城
2018年4月28日
“続”105/200名城
「小机はまず手習いの初めにて、いろはにほへとちりぢりとなる」長尾景春の乱では、太田道灌にこんな歌を詠まれて落城しているので、堅固なイメージがありませんでしたが、北条氏時代の改修とあわさった技巧的縄張りは感動的ですらありました。
石垣山城
2018年4月29日
“続”106/200名城
シンボリックな南曲輪下の石垣(崩れかけた角石が特徴的)は木が切り払われ、日の下にその威容を現していました。

早川石丁群には初めて行きましたが、面白いロケーションにあるので一見の価値ありです。(要徒歩約10分)
要害山城
2018年4月29日
“続”107/200名城
駅前の藤村(ふじむら)記念館でスタンプ押印の際に受付の方から要害山城パンフのカラーコピをいただきました。蒐集者としては嬉しい。

登城すると主郭まで幾重にも連なる曲輪と門跡を越えていきますが、基本的には西向きですので写真は午後以降が吉かと。
新府城
2018年4月30日
続”108/200名城
藤武神社への参道直登より、左(南)側のなだらかな林道から、丸馬出・大手枡形虎口経由での登城が吉。途中案内標識が随所に設置されていますが、二ノ丸から搦手(井戸・乾門枡形虎口・東西の出構)方面に抜ける道にだけ標識がありませんでした。

登城後は、韮崎駅から韮崎民俗資料館へ(タクシー推奨)。スタンプ押印の際にパンフ「新府城と七里岩」をいただきました。新府城の分かりやすいマップ付きなので、こちらだけでも城跡に置いて欲しいですねえ。
佐倉城
2018年5月4日
009/100名城

本丸周りの空堀も実に見事なのですが、草木で埋もれているのは些か残念です。

山裾にある南の出桝形(出丸)から東に延びる長大な土塁(城南堤)ですが、その前の道路は水堀跡だそうで往時が偲ばれます。
本佐倉城
2018年5月4日
“続”109/200名城

まずは、京成佐倉駅前の観光案内所にて「本佐倉城跡(内郭群)全体図(&パンフ&アクセスガイド)」を入手すべし。

京成線側から望む東山虎口の丘を狙うなら、午後以降が吉(西北西向き)です。

午前中に佐倉城、午後以降に本佐倉城の登城するのがお勧めです。
大多喜城
2018年5月12日
“続”110/200名城

青空に薄雲の淡い白が溶かしこまれた春の空。

天守(御三階櫓)を際立たさてくれますが、この薄雲は天候悪化の予兆でもあるため、登城日が1日ずれると残念なことになります。

天守(復元、模擬、復興か定まらず)が一番の存在感ですが、それ以外は、土の城として圧倒的な土木工事量の迫力を感じさせてくれるような遺構が些か少ない気がしました。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
上総國一宮 玉前神社
白河小峰城
2018年5月19日
010/100名城

陸奥國一宮の3社巡り。参拝後、三春城を目指していましたが、電車・バスの乗り継ぎがうまくいかず途中で断念。急遽こちらに登城しました。嵐の後の雲がすごい迫力。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
陸奥國一宮 都々古別神社(馬場)
陸奥國一宮 都々古別神社(八槻)
陸奥國一宮 石都々古和気神社
白石城
2018年5月20日
“続”111/200名城

予想以上に天候急回復。おかげで雲がすっかり流れてしまい、白なし青だけの寂しい背景になってしまいました・・・orz。天守入場は9時からですが、本丸(広場)にはもっと前から入れます。
三春城
2018年5月20日
“続”112/200名城

要所が急斜面に囲まれておりいかにも攻めづらそうな土主体の堅城です。

本丸下段(標柱表示は二の丸)の簡易スタンプ設置台の中には、立派なパンフ(縄張図)もあります。スタンプはまだキレイでした。

初登城の際、表門(大門)と搦手門ルートの分岐点が分かりにくく、案内標柱があると有難いです。
諏訪原城
2018年5月26日
“続”113/200名城

二の曲輪は武田流の丸馬出が大集結!

規模で圧倒する大手と中馬出、技巧的な南と東(東内)馬出。、復元門の建つ北馬出。

続百名城への選出文句なし。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
久能山東照宮
興国寺城
2018年5月27日
“続”114/200名城

本丸を囲む土塁は圧巻。北曲輪と天守台とをジグザグ蛇行して切るV字の大堀切も素晴らしい。

ただ、下城間際に愛機(Nikon)のシャッターが破損してしまい一気に落ち込む羽目に...(;つД`)
高田城
2018年6月17日
“続”115/200名城

興国寺城でのシャッター破損から愛機(Nikon)が復活!

外堀(西堀・南北堀)・内堀とも1周してみましたが、旧軍の駐屯地になったり、戦後も公園化等による整地で内側の遺構は些か寂しいです。

三重櫓には紫陽花が色を添えていました。
鮫ケ尾城
2018年6月17日
“続”116/200名城

素直に東登城道でいくつもの堀切を乗り越えながらの登城が楽しく吉です。

次点は南登城道で三ノ丸虎口からの登城になります。

北登城道は見所少なし(景虎清水くらい)。

下城後は勝福寺の上杉三郎景虎像へ。悲哀と覚悟に満ちた表情に見えましたが、いかがでしょう。

斐太歴史の里総合案内所で勧められた摩尼王寺にも寄ってきました。

帰りは、東北新幹線停電で2時間遅れでぐったり。
村上城
2018年6月23日
“続”117/200名城

新潟近辺のみの変わった晴れ予報。急遽旅立ったものの、青空なしの稀に日差しの・・・曇り空(;つД`)

山麓の居館跡の近くにある「下渡(桝形)門跡」と「総構の土塁」も必見です。
鶴ヶ岡城
2018年6月23日
“続”118/200名城

中世の大宝寺城から近世城郭へと改修された広く立派な水堀を持つ平城です。
縄張りも中世の土の城の面影が感じられます。

本丸の荘内神社ですが、7月1日より7日までは七夕祭だそうで夜間には笹竹のライトアップあるとのこと。
向羽黒山城
2018年6月30日
“続”119/200名城

伝 蘆名盛氏屋敷は夏草が生い茂っており,蛇が怖いかな・・・

二の曲輪下の三日町口虎口が前半の見所。

一の曲輪に至るまでの連続する虎口が中盤の楽しみ。

さらに、一の曲輪を西側から下ると、後半必見の大堀切が待っています。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
岩代國一宮 伊佐須美神社

ご朱印は見開きでの記帳。登城と参拝を同日中にするためには、レンタカーが必要かと。
会津若松城
2018年7月1日
011/100名城
浜松城
2018年7月7日
“続”120/200名城

天守が2/3スケールの復元のため、天守台と天守門とのスケールのアンバランスがどうしても気になります。
九戸城
2018年7月14日
“続”121/200名城

非運の名将 九戸政実の城。

本丸、二の丸は蒲生氏郷により安土桃山様式の城に改修されてはいますが、簡単には落城しなかった九戸氏時代の堅固な縄張りを受け継いでのものと思います。

たいへん実戦的な印象を受けました。往時の将兵に合掌。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
陸中国一宮 駒形神社
盛岡城
2018年7月15日
012/100名城(早朝は曇り)

薄暗い早朝登城のため、前日の写真を使用。

「岩手」「不来方」の名前の由来となった羅刹(鬼)伝説が残る「三ツ石神社」にも参拝したかったのですが・・・時間が足りず。

この後は本日のメイン「浪岡城(御所)」へ。
浪岡城
2018年7月15日
“続”122/200名城

賭けに勝ち当初の予報が変わり好天に!ただし第3日曜日は中世の館はお休み・・・。

夏空の下、広大な城跡を隅々まで踏破。シロツメクサと黄色いブタナが埋め尽くす牧歌的な草原・・・
各館(郭)の間の堀切や虎口が城であることを思いださせてくれます。古城跡の雰囲気で、これはこれで嫌いではないですが、遺構をハッキリと確認したければ、晩秋がよさそうですねえ。

帰りは、サンライズ食堂で津軽ラーメン。

【参拝先(ご朱印拝受先)】 津軽国一宮 岩木山神社
弘前城
2018年7月16日
013/100名城(曇り時々晴れ)

雲が広がる前の早朝の晴れ間狙いで登城。狙い通り晴れ間に天守と岩木山を収めることができました。
根城
2018年7月16日
014/100名城(曇り時々晴れ)

道路を挟みますが「三番堀」「沢里館」も遺構が残りますので、取りこぼし無きよう。ガイドの方に案内役していただくのが良いです。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
櫛引八幡宮 拝殿の河童の彫刻(鷹にメドツ)が珍しい。国宝館では「菊一文字」と「卯の花威」2領の国宝大鎧に嘆息。本物は何度見ても美しい。前訪時には無かったクリアファイルを購入。
龍岡城
2018年7月21日
“続”123/200名城

ここに来たら、日本に2つしかない「五芒星形」要塞の全景を拝まなければなりませんね。

蕃松院裏手の依田信蕃・信幸兄弟の墓にお参りし、標識順路に従い展望台(田口城跡)へ。急登25分也。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
佐久総社 新海三社神社
廃仏毀釈を免れた1515年建立の三重塔が残る。
高島城
2018年7月22日
“続”124/200名城

北向きのため、隅櫓、冠木橋、冠木門、復興天守をセットで収めるためには早朝が良いです。

南側の城内庭園から望む復興天守も趣きがあり画的には甲乙つけがたいです。
忍城
2018年8月4日
続”125/200名城
本来とは異なる位置に復興された御三階櫓ですが、存在感は抜群。

あずま橋、東門とのセットを狙うなら逆光になる前の朝イチがおすすめです。

【関連訪問】
水城公園
埼玉古墳群 丸墓山古墳(石田三成陣跡・石田堤)
さきたま史跡の博物館(国宝 金錯銘鉄剣)

【参拝先(ご朱印拝受先)】
忍東照宮
美濃金山城
2018年8月6日
“続”126/200名城

先人の諸兄諸姉の言うとおり、出丸の石垣(駐車場付近)と米蔵跡(可児市観光交流館から徒歩5分)もお忘れなく。

パンフには出丸(駐車場)から本丸まで30分と書かれていましたが、出丸(駐車場)から本丸まで登るだけなら半分以下の時間で充分な気がします。
郡上八幡城
2018年8月6日
“続”127/200名城

東側は崖のため、基本的には西側から城を望むことになります。屈指の美観を誇る天守群を撮るためには、逆光にならない午後以降の登城が吉です。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
飛騨國一宮 水無神社
電車は7月の豪雨で不通区間あり(代行バスあり)。車で向かいました。
岩村城
2018年8月7日
015/100名城(曇り時々晴れ)

岩村城は六段壁が北東向きのため午前中、苗木城は基本西向きメインのため午後以降に登城するのが、同日登城の際の黄金パターンです。
苗木城
2018年8月7日
“続”128/200名城

岩村城は六段壁が北東向きのため午前中、苗木城は基本西向きメインのため午後以降に登城するのが、同日登城の際の黄金パターンです。
高天神城
2018年8月10日
“続”129/200名城

お盆中でしたが、特急がとれたので急遽の登城。

岡部元信、板倉定重の碑、千人塚にも合掌。
滝山城
2018年8月13日
“続”130/200名城

スズメバチのため、大手口(天野坂)は閉鎖中。滝山街道を徒歩で東に進み、少林寺と滝山城の案内看板のあるところから丘陵にとりつき入城。カゾノ屋敷、刑部屋敷、信濃屋敷方面から中心部へ。

ここはなんといっても「よみがえる滝山城ハンドブック 滝山城戦国絵図 中世城郭のからくり(中田正光 著)税抜600円」を入手して行くべし。分かりやすい図解満載です。

小生が城ファンとなる契機になった愛読書でもあります。
八王子城
2018年8月18日
016/100名城目

御主殿の曳橋、虎口(石垣・石畳)は南東向きのため午前中が吉。

思いのほか、殿の道が籔っていたため、久しぶりに登山道から登城。

詰めの城の大堀切(岩に四角に穿たれて設置された祈壇あり)は、尾根がごっそり切られているのが良く分かり必見。

本丸からは登山道で馬冷やしの堀切を経て15分〜20分くらいで行けます。
古宮城
2018年8月25日
“続”131/200名城

公共機関を検討しましたが接続が難です。豊川からレンタカーでの登城にしました。

植林に覆われ城内は鬱蒼としていますが、馬場美濃守によるものと伝わる縄張は良好に残ります。行き止まり(罠)と思われる曲輪や多重堀切、既視感のある大手虎口(武田氏館)・仕切り土塁(新府城)などコンパクトな城内には工夫が満載です。

酷暑の影響なのか意外に籔蚊の攻撃は散発的でした。
吉田城
2018年8月26日
“続”132/200名城

豊川越しに(第8号下地緑地から)望む復興の鉄櫓・北御多門は北向きのため西日を受ける夕方近くの時間帯からが吉。

逆に本丸内側からは南東向きから望むことになるため午前の早いうちまでが吉。

前日の古宮城の後と翌朝の2回に分けて登城しました。

駿府城と同じく市役所の13階が展望室として開放されていますが、鉄櫓は屋根がちょこっと見えるだけです。
秋田城
2018年9月15日
“続”133/200名城

曇天でしたが、時折雲の隙間から覗きこむ日射しと青空を頼りにシャッターを切りました。

歴史資料館で秋田城の記念品を尋ねたところ、何種類かある缶バッチの中からひとつ(史跡秋田城跡をチョイス!)を無料でいただけました。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
鳥海山大物忌神社 (吹浦口ノ宮・蕨岡口之宮)
脇本城
2018年9月16日
“続”134/200名城

今旅程、最初は秋田近辺のみ晴予報でしたが、前日には曇り予報に。

諦めずに朝焼けを狙って登城。目論見どおり10時前までは好天となり、雄大な土の城の全景を青空の下で堪能することができました。

同好の士とは3人としか会わず、大半の時間は貸しきりでしたね。
久保田城
2018年9月16日
017/100名城目
久保田城とは天気の相性が悪くいつも曇天登城でしたが、4度目の登城で漸く、青空の下の御隅櫓を収めることができました。

【関連訪問】
翌日に横手城(本丸には秋田神社が鎮座されているため、模擬天守が二の丸にあるのは仕方なし。横手やきそば大盛で満腹。かまくら館も必見。)
五稜郭
2018年9月22日
018/100名城目

松前城はいつも好天登城となるのですが、併せて登城する五稜郭はいつも雨風。相性が良くないのかも。

函館奉行所のライトアップは前訪時のものです。
志苔館
2018年9月22日
“続”135/200名城

天候は小雨ながらも強風のため、傘の骨が何度もひっくり返る。

海に面した丘陵に築かれた単郭式のコンパクトな城跡で、道南十二館の一つ。

主郭の大手虎口前には二重堀切を備えるなど防御の工夫はみられますが、コシャマインの乱では真っ先に落城、その後のショヤコウジ兄弟の乱でも再度落城するなど、多勢に無勢ではあったのでしょうが、堅固とは言い難い城であったようです。
松前城
2018年9月23日
019/100名城目

道南は今三連休で唯一の好天日!

本丸御門(北海道唯一の城門遺構)と復興天守が青空に広がる雲の下で萌えていました。

南東向きのため午前中が吉。よって、午前は松前城、午後は勝山館の順がおすすめです。

怪談の季節は過ぎつつありますが「闇の夜の井戸」と「耳塚」もお見逃しなく。

【関連訪問】
翌日に(国指定史跡)館城へ。旧幕軍相手に、左手にまな板、右手に刀で奮戦した三上超順の最期の地。
上ノ国勝山館
2018年9月23日
“続”136/200名城

道南は今三連休で唯一の好天日!

搦手側(高台・夷王山側)から大手側(低地・海側)を眼下に望むなら、北西向きのため、午後からが吉。午前は松前城、午後は勝山館の順がおすすめです。

【関連訪問(道南十二館)】
洲崎館(砂館神社)
花沢館(コシャマインの乱で落城せず)
比石館(三方が海の断崖に面した岬の尖端。景色は抜群。)

【参拝先(ご朱印拝受先)】
上ノ國八幡宮
蝦夷國一宮 姥神大神宮
米沢城
2018年10月6日
“続”137/200名城

公園化しており、城としての尖った部分はあまり伝わらず。本丸の水堀が一番の見どころ。謙信公の銅像は後ろが紅葉しておりいい感じでした。

ここはなんといっても、上杉神社稽照殿(宝物殿)の直江兼続所用の甲冑「愛の前立」を見ていかずばなりますまい。
山形城
2018年10月6日
020/100名城目

最上義光の騎馬像と背後に萌える紅葉と高い空。季節の移り変わりを感じます。

それにしても、東北の関ヶ原であった長谷堂城がなぜ続100名城に入らないのか・・・。
沼田城
2018年10月13日
“続”138/200名城

河岸段丘の高い台地に築かれ、かつては五層の天守まで築かれた城跡は、公園化されており遺構は些か寂しい。

ただ、天正壬午の乱からのあの沼田領を巡る争いの歴史舞台の地であり感慨深い。

案内所の方の対応が温かく楽しい登城。
名胡桃城
2018年10月13日
“続”139/200名城

こぶりながらも、整備がしっかりと行き届き好感の持てる城。

小田原征伐の契機となった名胡桃城事件。秀吉と昌幸による陰謀説もありますが、真実はさて・・・。

沼田城に続いてここも案内所の方の対応がとても柔らかくて良い。
岩櫃城
2018年10月13日
“続”140/200名城

果たして、昌幸は本当に勝頼を迎えるつもりであったのか(潜龍院跡)・・・。

登城記念のバッチのガシャポンが設置(案内所で両替してくれます!)

名胡桃城に続き、ここも案内所の方の対応に感心した。

群馬の続3城は、真田丸特需での選出もあったかもしれないが、一度は聞いたことのある歴史の舞台が絡んでおり、案内所の方々もとても心地よく、再訪が楽しみだ。
杉山城
2018年10月14日
“続”141/200名城

見事!美事!実事!コンパクトながらも、見応えあり、美しい縄張り、実践的な城構え。

築城は、山内上杉氏(発掘調査から)か、後北条氏(精緻な縄張から)によるものか、所謂、杉山城問題を予習してから登城したい。
菅谷館
2018年10月14日
“続”142/200名城

なかなかどうして、見事な土の城。発祥(畠山重忠の館)にちなんで館の名を冠していますが、バリバリ戦国時代現役の平城跡で、個人的には、杉山城にも見劣りしません。

諸兄諸姉のいうとおり、整備状況は杉山城に軍配が上がりますが、こちらには入館料100円ながらお勧めの県立嵐山史跡の博物館があり、比企地域の中世城館が詳しく紹介されています。

仮に将来、続々100名城があるなら、(武州)松山城、小倉城も可能性ありか!?
小牧山城
2018年10月20日
“続”143/200名城

前回は数年前の「日本どまんなかお城スタンプラリー」で登城したものの、大雨で、しかも、模擬天守( 小牧歴史館)は耐震改修工事中という散々な登城でしたが、今回は爽やかな秋空登城となりました。

往事は石垣、瓦、礎石建物が築かれた当時としては革新的な信長の城。
大垣城
2018年10月20日
“続”144/200名城

好天予報でしたが、生憎のにわか雨。

関ケ原合戦の舞台の地であり、戦前焼失前は国宝。

戦後は都市部の平城の悲しさ。大半の遺構は街中に埋もれ、天守は外観復元の鉄筋コンクリート。が、ありし日を伝える天守は、それでも美しい。

写真は前訪時のもの。
鎌刃城
2018年10月20日
“続”145/200名城

滝谷林道が荒れて危険との情報から素直に西坂集落側からの林道を経て登城口へ。

パンフにはワイルドな林道と書かれているが、こちら側からの林道は舗装されており道幅もそれなりにあるのでご安心を。

駐車場(待避スペース)は些か分かりにくいが、倒れかけた「国史跡 鎌刃城跡について」の立看板と「鎌刃城跡→約300m」の道標があるところが目印。

ここから南郭に続く尾根の7つの堀切は秀逸だが少々危険。登山に自信が無い方には迂回して主郭に向かう道がある。北郭の大堀切と大石垣も見逃せない。
玄蕃尾城
2018年11月10日
“続”146/200名城

積雪前の好天時を狙って初登城!

大規模な土塁・空堀・技巧的な縄張りを持つ山上の陣城。

結果的には天下分け目といっても過言ではなかったこの戦にかける勝家の意気込みが伝わってきます。

武運拙く城は戦わずしての放棄・・・勝家の無念はいかばかりであったか。

これだけの遺構が1980年(昭和55年)まで発見されていなかったというのも感慨深いですね・・・。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
越前國一宮 氣比神宮
佐柿国吉城
2018年11月11日
“続”147/200名城

山城は言うに及ばず、山麓の居館跡だけでも見応えがあります。

本丸北西虎口付近からの若狭湾は絶景で意識がそちらに向いてしまい、危うく東虎口を見落とすところでした。

連郭曲輪群(W郭からY郭の間)では猿の群れがいましたが、彼らの方から逃げていきました。

元和の一国一城令(1615年)により廃城になったと言われていますが、パンフによると山上から山麓までを固めていた石垣の徹底した破却は、酒井氏(1635年以降(寛永年間))によるものと推測されています。このタイムラグは果たして・・・!?(島原の乱(1637年)の影響?)

【参拝先(ご朱印拝受先)】
若狭國一宮 若狭彦神社
若狭國一宮 若狭姫神社
米子城
2018年11月23日
“続”148/200名城

朝方の短い晴れ間を除くと生憎の曇り空 (´・ω・`)

一国一城令の例外、その上天守に加えて小天守(旧の天守?)まで聳えていた石垣造りの名城。

山陰歴史館にて、スタンプ押印(美印)、案内パンフを入手してからの登城が吉。

【関連訪問】
飯山城(米子騒動・柳生宗章 墓)

【参拝先(ご朱印拝受先)】
隠岐國一宮 水若酢神社(創建は神代・車でないと厳しい)
隠岐國一宮 由良姫神社(烏賊の伝説・ご朱印は別府港でのみ)
隠岐國総社 玉若酢神社(八百比丘尼伝説の八百杉)

【その他】
隠岐国分寺(後醍醐天皇御在所跡)
黒木神社(黒木御所跡地)
田丸城
2018年12月8日
“続”149/200名城

和田竜 氏の「忍の国」など天正伊賀の乱をテーマにした作品では主要な舞台となる田丸城。いつの日か登城したいと思っていた。想像よりも平地(平山城)に築かれた城であることに驚く。

天守台のイルミネーション用の張りぼて天守(1月末まで)は賛否両論でしょう。

最初は痛々しく見ていましたが、だんだん見慣れてくるのと、天守台を傷つけないように配慮して組まれた骨組みを見ているうちに、意外と画になるような気もしてきて、これはこれで“あり!”になりました。

ライトアップまで見られた方の感想を聞いてみたいところですね。

二の丸の南側にある、搦手口は険峻な山城を思わせる雰囲気があり必見です。
津城
2018年12月8日
“続”150/200名城

街に飲み込まれつつも公園として生き残った城。

北多聞櫓跡の長く直線的な高石垣などに高虎流の築城の匂いを感じる。

駐車場の「津まんなかガイド詰め所」に人がおらず、パンフ入手できず。代わりに高山神社社務所で、案内図をいただく。

日中の良い時間帯での登城が叶わなかったため、黄昏時の丑寅櫓のライトアップを狙いましたが・・・!?

空を覆い尽くす尋常でないカラスの大群(就塒前集合)には閉口した。
多気北畠氏城館
2018年12月9日
“続”151/200名城

信長の伊勢侵攻後、三瀬の変で霧山城も落城、麓の城館も灰塵に帰す。その際に雪姫(北畠具教娘)を救った白狐の伝説が残る。城館跡の散策では、北畠氏の栄華と滅亡に思いを馳せる。

麓の城館から、「詰の城」を経て「霧山城」まで35分。直前の高台(鐘撞堂跡)からは、本丸の威容が望める。名城ではあるが、大軍の収容には向かないように思われ、織田方の総攻めにあってはやんぬるかな。落城時に北畠政成と一緒に散った将兵に合掌。

公共機関では接続が良くなく、松阪からレンタカーを使用。国道368号(仁柿峠)の通行止は変わらず。県道43号線を使用。
久留米城
2018年12月22日
“続”152/200名城

内堀越しの坤櫓と太鼓櫓の高石垣は南(ちょい西)向きのため、午前後半からが吉。

往時の本丸は3層の櫓群と2層の多聞櫓(珍しい!?)に囲まれていたそうですが、惜しくも現存はせず・・・。

【関連訪問】
有馬記念館
競馬の験を担ぎましたが、だめでした (*_*)

【その他】
前訪時は閉まっていた久留米ラーメンの名店、沖食堂にて「大ラーメン」をいただく。メニューにあった牛丼が気になる。
水城
2018年12月22日
“続”153/200名城

100名城の大野城登城の際に併せて立ち寄っていましたが、まさか、ここが続 100名城になるとは意外でしたね・・・。

全長1.2Km、高さ9m、
内濠・外濠まで備えた巨大な版築土塁。

国家存亡の危機に備えた長城という古代史における重要な位置付けは分かりますが、個人的には、大宰府政庁跡や基肄城とのセットで続100名城とし、その称号は他の名城へ譲っても良かったのではないかと思います。
金田城
2018年12月23日
“続”154/200名城

深夜のフェリーで、早朝に対馬厳原港に着。ただ、三連休で唯一無念の雨・・・ 。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン

思いのほか、対馬は広い。レンタカーを活用して、「海神神社」と「清水山城(続々100名城候補?)」へも1日で周るつもりが、時間が全く足りず、後者は早々に断念。対馬では、一泊二日の行程とするのが正解な気がする。

防人の城 金田城では、圧巻の「東南角石塁」と「一ノ城戸〜三ノ城戸の石垣」が良い。

ただし「各城戸」は道がわかりずらい。大野城もそうでしたが古代山城シリーズは、分岐での道標がもう少しきちんとしているとだいぶん不安にならずに済むのですが。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
對馬國一宮 海人神社
書き置きのご朱印が無く、已む無く社務所の連絡先に電話をしたところ、氏子の方が来て下さり大感謝。

20 q南の和多都美神社の宮司さんが兼任されているため、そちらでも、海神神社のご朱印がいただけるとのこと。
唐津城
2018年12月24日
“続”155/200名城

唐津湾に浮かぶ姿が、日本のモンサンミッシェルとも言われている美城。

二つの橋から望む模擬天守が画になります。
舞鶴橋(東)からは朝早くから。宝当神社への高島行の渡船場のある城内橋(南)からは午前中が良いです。

本来は無かったとされる天守は江戸時代初期の様式を参考に設計されたものだそうですが、なかなかのデザインです。

宝当神社への年末ジャンボの祈願は天守から高島に向かってだけ・・・. (・ω<) テヘペロ
八幡山城
2018年12月30日
“続”156/200名城
結構な雨雪の積雪でロープウェイは運休。こんな日に登山道から登城する城馬鹿は他にいないだろうと思っていたら、一人同士がいました。

スタンプは「瑞龍寺」にて拝借。人馴れた猫が空腹なのかスタンプ台にまでも飛び乗りまとわりつき、なかなかスタンプを押させてくれません・・・f(^_^;

最終的には、お寺の御夫人がお猫(ФωФ)達をお寺の中に入れてくださり無事に押印。美印。お城のご朱印も併せていただきました。

総石垣造りの立派な城ではありますが、近江43万石、豊臣秀次の居城としては、手狭な印象を受けます。軽登山靴では来ましたが、積雪量からアイゼンなしでは危険と判断し出丸とその石垣群は断念。

山麓では、居館址の大手虎口が必見。ここから上の詰城までの道は失われている様子。公園内の秀次像もお忘れなく。

【関連訪問】
百名城 彦根城(積雪で佐和山城を諦め代わりに。)

【参拝先(ご朱印拝受先)】
丹後國一宮 元伊勢籠神社
奥宮 真名井神社
雨雪が激しく船を利用。時間の都合で天橋立は断念。
佐土原城
2019年1月12日
“続”157/200名城

三つの登城道は2018年9月末の台風24号により閉鎖。

よって、写真は前訪時(2017年春)のものです。

山城は素晴らしい遺構で、要所で「すがや みつる」先生(代表作:ゲームセンターあらし)のイラスト付き解説板が楽しませてくれたのですが・・・。

ガイドの方に聞きましたが復旧の見込みは立っていないそうです。
臼杵城
2019年1月12日
“続”158/200名城

かつて、西以外は海や干潟に囲まれた丹生島を要塞化した城。

西(古橋門)側から仰ぎ見る城の勇姿は如何にも島らしい独特のフォルム。大友宗麟の埋蔵金伝説ともあいまって、すわ宝島に上陸!というロマンを感じます。

埋蔵金は見つかりませんでしたが海中深くなのですかね・・・f(^_^;

画になる西側からの写真狙いでしたので午後からの予定にしており、あわよくば天候の回復も期待していましたが、残念ながら曇天のまま・・・。

よって、写真は前訪時(2017年夏)のものです。
佐伯城
2019年1月13日
“続”159/200名城

最初の見どころ「三の丸櫓門」は東向きのため、朝イチで登城も生憎の小雨。

だだ天候は回復傾向。よって、先に歴史史料館を見学(展示は充実!)してスタンプを押印。明るくなってきたタイミングで戻り、短い晴れ間になんとかシャッターを切れました。

その後は、登城の道(Bコース)から山上の「西出丸」・「二の丸」を経て「本丸」へ向かいます。20分位也。

「二の丸」側から「廊下橋石垣」と「本丸・天守台石垣」を狙いますが、こちらも東向きのため、午前がオススメ。苦戦しましたが、断続的に出る晴れ間を待ってシャッターを切りました。

地元に愛されていそうな城山。毎日登城してそうな方々が多数。
延岡城
2019年1月13日
“続”160/200名城

やはり高さ22Mにも及ぶ圧巻の「千人殺し」の石垣を撮りたい。

西向きなので午後から登城するも、お日様と青空を遮る雲がなかなか抜けずシャッターを切るのに苦労する。

「千人殺し」はフィクションでしょうが、積んだ時の工事で大事故を暗喩してたりするものなのでしょうか。本丸ではナニコレ珍百景の時報の鐘突堂がお約束。

締めは、延岡駅前の「直ちゃん」のチキン南蛮定食(元祖のこの店ではタルタルソース無しの醤油テイスト!)。行列してましたが並ぶ価値あり。
角牟礼城
2019年1月14日
“続”161/200名城

大分から始発電車で豊後森まで。徹夜あけの新成人で電車は混雑。タクシーで山上の三の丸まで向かいましたが、石垣の上に登ると眼下には雲海が広がっていました。

「佐土原城」と同じく台風の爪痕があり復旧のための工事車輌が停まっていますが、こちらは登城できるだけ感謝ですね・・・

個人的には、崩れかけていますが西門(伝大手門)の石垣が好みです。ただ、名の通り西向きなのでこちらの写真は午後が良さそう。

本丸は切岸や帯郭に囲まれた広い削平地ですが、隅櫓跡や土塁の痕跡しかなく見どころとなる遺構は寂しい・・・

帰りは歩いての下城がオススメ。虎ロープに従い降りていくとコンクリの道になり、案外すぐに麓の「末廣神社」に出ます。「来島氏の陣屋跡」だけあって、見事な石垣(忍者返しの石垣!)や庭園跡は必見です。境内には、日本一大きな手水鉢もあります。スタンプは隣接のわらべの館で。

好天でしたが、山上では誰にも会いませんでした。昨日はバスの団体さんが来たそうです。
甲府城
2019年1月26日
021/100名城目
武田氏館
2019年1月26日
022/100名城目
知覧城
2019年2月9日
“続”162/200名城

南九州に多くみられる群郭式城郭の代表格。

シラス大地を削った巨大な空堀が主要部を4つの郭に隔てており、それぞれが備える虎口も一様でないのも面白い。

【関連訪問】
ミュージアム知覧(受付で知覧城までの分かりやすい案内図をいただきました。)

知覧特攻平和記念館(若くして後世の日本人のために命を捧げてくれた英霊達にただただ感謝)
志布志城
2019年2月10日
“続”163/200名城

こちらも南九州に多くみられる群郭式城郭の代表格。

ただ、前日の知覧城と比べると、大小多数の郭が備えられ迷路のようになっており、進むためにはいくつものキルゾーンを突破せねばならならない非常にスリリングな縄張りとなっている。

また、これでもかというくらい急角度で深くV字に切った堀切(関東ローム層ではこうはいきませんな・・・f(^_^;))があるかと思えば、小田原の小峯大堀切のような豪快な規模の大堀切もあり、土の城ファンなら垂涎ものの名城。

兎に角、素晴らしいの一言に尽きる!
鹿児島城
2019年2月10日
023/100名城目

志布志市埋蔵文化財センター(無料)の「志布志城」のジオラマは素晴らしかったですが、鹿児島城の黎明館(有料)には、さらにでかいサイズ(1/100)のジオラマがあります。同じ方の製作だそうです(すごい!)。こちらも撮影できます。

「御楼門」の復元完成予定は2020年月。もうちょい先ですね。ライトアップは、桜島に掛けてなのか、サクラ色でした。
福江城
2019年2月11日
“続”164/200名城

博多から深夜フェリーで早朝に福江島に初上陸。

五島氏庭園(隠殿屋敷)は2月14日まで休園とのことでしたが、本日(11日)は開いておりました!

隠殿屋敷は障子を自由に開けてくださいとのことで、2階にあがることもできます。鬼門除けの篭目文様の障子もお見逃し無く。

城郭ですが、かつては海に囲まれた縄張りも今では陸続きとなり、街や学校が入り込んでおり、予習を怠った初見者には些か分かりづらい・・・f(^_^;

所々に残る石垣や台場などを探し求めて周っているとあっという間に帰路の船の時間になってしまいました。

【関連訪問】
五島観光歴史資料館
宇陀松山城
2019年2月23日
“続”165/200名城

小堀遠州らによる破城の跡が痛々しい。総石垣造りの偉容は所々にその痕跡を残すのみですが、縄張りはしっかりと残りきれいに整備もされており十分に見ごたえがあります。

2017年の台風21号による大規模な土砂崩れの爪痕が残り、本丸・天守の周囲の帯郭や大御殿、二の丸にはまだ入れないのが残念でしたかね。
大和郡山城
2019年2月23日
“続”166/200名城

柳沢文庫(JAF 割引あり)
で係りの人に声をかけ「郡山城跡案内絵図」をいただく。

ガイドの方が作成されたとのことで、非常に見やすく「西御門跡からは石段を降りると堀の中」、「高台なのに水を切らさぬ池」など、小ネタ情報も充実している。ただ、近鉄奈良線を挟んだ向かい側にある桜御門跡の「弁慶足形石」は載ってなかったなあ・・・
飯盛城
2019年2月24日
“続”167/200名城

二ノ丸御体塚曲輪下の帯曲輪に残る石垣が良いです。
三本松曲輪を下り、御体塚に登る手前て、登山道をから少し外れたところにあるため見落とし注意。

大東市歴史民俗資料館側から登城しましたが、飯森城の2018年版パンフは品切中。下城後に四条畷歴史民俗資料館で係りの方に声をかけたら執務室内から出していただけました。

実はこのパンフには石垣の場所が分かりやすく記載された「飯森城案内図(パンフでは飯森城の構造)」があり、必見・必携です。

ただ、四条畷側からの登城は地獄の急勾配となるのでお勧めできません。

四条畷市のHPからPDF版がDLできますので、当面の間は大東市側からスマホ片手に登城し、パンフコレクターの方は下城後に四条畷歴史民俗資料館に寄るのが良さそうです。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
四条畷神社(小楠公こと、楠正行 公を祀る。)
赤木城
2019年3月16日
“続”168/200名城

熊野市駅前の観光案内所で赤木城のパンフ(コピーでないオリジナル版)を入手してからレンタカーにて登城。

非常にコンパクトながら、織豊系の特徴をよく備えており、竹田城のミニチュア版と言う評価にも首肯ける。

パンフ表紙にもなっているが、連続枡形虎口から望む主郭が画になる。南東向きになるため午前中がお勧め。

諸兄諸姉の言うとおり日本一の棚田景観こと、丸山千枚田も必見。
新宮城
2019年3月17日
“続”169/200名城

阿須賀神社の境内に併設された歴史民俗資料館にてスタンプ押印(美印)。本日は入館無料!

受付でお願いして、カラーパンフ「国指定史跡新宮城 附水野家墓所 〜魅力は石垣にあり〜」をいただきました。

丹鶴山から熊野川と熊野灘の港も睥睨していたかつての偉城は、要所の木々も切り払われ遠目からみても立派な石垣がよく分かります。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
阿須賀神社
熊野速玉大社
神倉神社
花窟神社
産田神社
黒井城
2019年3月24日
“続”170/200名城

実に15年振りの登城。その際には、100名山のため無駄に鍛えまくっていたので、八上城と併せて駆け登ったものですが、今ではね・・・(=´▽`)ゞ

当時、播磨、但馬、丹波の大概の山城は周りましたが、いずれも人がおらず、たまに出会す獣は実に恐怖の対象でした。

今日の黒井城は同好の続百の城ファンやハイキングの団体さんも一緒でしたので心強い限りでしたね。

山麓の居館(斎藤利三屋敷)跡も変わらずで、いろいろ昔を思い出しました。
福知山城
2019年3月24日
“続”171/200名城

復元天守は鉄筋コンクリですが、外観は下見板張りで木造感を醸し出してくれています。

スタンプ帳(後発の「続100名城に行こう」版)の表紙と同じ向きは東側のため午前が吉、スタンプの図柄と同じ構図(伯耆丸側(駅側))は、西側になるため午後からが吉です。

ライトアップ点灯が遅め(日没後完全に空が黒くなってから点灯)のため、夕闇特有の藍色を背景にした写真は収めることができませんでした。(;ω;`*)
出石城・有子山城
2019年7月13日
“続”172/200名城
越前大野城
2019年7月15日
“続”173/200名城
若桜鬼ケ城
2019年8月2日
“続”174/200名城

よくぞこの嶮峻な山上に石垣を築いたもの。

折悪しく登城開始時に雷雨に遭い、車に小一時間避難する。

頃合いを見計らって登城するも、止まぬ遠雷に怯えつつも、三脚を抱えて城内を廻る。(自己責任・・・)

御城印を購入。
浜田城
2019年8月4日
“続”175/200名城
大内氏館・高嶺城
2019年8月11日
“続”176/200名城

やはり、高嶺城の攻略は欠かせない。今回は歩いて攻略。後進の諸氏のために情報を記載。

@山麓の山口大神宮に駐車。
A本殿に向かって左後方に案内標識。注連縄を巻かれた大岩の前を通り急登開始。
Bそこそこ上までくると、鳥居と石垣(虎口?後生のもの?)があり、御神体と思われる岸壁の岩屋あり。
C分かりずらいが、岩屋に向かって左の道が正解。右でも行けるが最後は笹漕ぎ。
D電波塔近く(車で来れる)の連続郭に出れば、もうひと登り。10分位で、本郭の石垣が出迎えてくれる。(・ω・)/
E下城して大内氏館へ。シンボリックな西門(推定復元)は小さくて驚く!
備中高松城
2019年8月12日
“続”177/200名城

歴史上重要な岐路となった舞台。正直、遺構はさびしいが、清水宗治公の辞世の句は心に響く。

【関連訪問】
百名城 鬼ノ城(古代山城お鉢めぐり)
鬼ノ城
2019年8月12日
024/100名城目
新高山城
2019年8月25日
“続”178/200名城

釣井の段(井戸郭)の多数の井戸は必見!但し、この時期は、水場であるが故に、蚊、蝿(ブユ)、虻も多数お出迎え。ヽ(;゚;Д;゚;; )ギャァァァ。

慣れてるとはいえ、やはり、長ズボンと長袖は必須。なお、下草は刈られており、見学はしやすいです。

中の丸手前で左に折れて西の丸・北の丸方面へ向かう道をお見逃しなく。

【参拝先(ご朱印拝受先)】
因幡國一宮 宇倍神社(結婚式あり)
増山城
2019年9月14日
“続”179/200名城

連郭式山城とされていますが、各郭が深い堀でへだてられ独立性も高く、どことなく志布志城のような南九州型城郭の雰囲気をもつ城でした。

残夏の濃い緑が南方を想起させたのかもしれません。

登城が夕方近くになったせいもありますが、これほど蚊やブユに襲われ飛弾したのは、自身の登城歴では一番でした・・・
富山城
2019年9月15日
“続”180/200名城

戦国列強の狭間でしぶとく越中に覇を唱えた神保氏ゆかりの城。

千歳御門を経て本丸側から望む模擬天守はえらい複雑な形をしていますが、どなたの設計によるものでしょうか。
鳥越城
2019年9月15日
“続”181/200名城

二の丸空堀の土橋を経て行く後二の丸をお見逃しなきよう。
なお、後二の丸と本丸とは堀切のため、直接行来することができない造りになっているのには、ニヤリとしますね。