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メンバー情報

ID822
名前浮世の桜
コメント自分の歩幅でゆっくりと
ほっと一息、深呼吸

スタンプだけでは物足りず
時をかけ、ゆるり登城したく候


2015.07.08   松江城国宝指定 祝着至極!
登城マップ訪問城マップ

登城記録

登城日順 城番号順
岡崎城
2009年3月31日
【1城目】 お花見がてらに登城
日本さくら名所100選に選定された名所であり、開花状況は3〜5分咲き
周囲の岡崎公園はお花見客で賑わっており、的屋も並んでいました
公園内には徳川家康像と本多忠勝像があります

天守閣は復興天守で中は資料館となっています
天守周囲の金網が少し気になりますね…
スタンプは1階の券売所で出してくれました
津山城
2009年4月3日
【2城目】 お花見がてらに登城  (3度目)
現在は城跡(鶴山公園)となっており、全山約五千本の桜が出迎えてくれます
こちらも日本さくら名所100選に選定された西日本一の名所とあって
平日でしたが多くのお花見客がいました。 開花状況は5分咲き
櫓跡も多く石垣が完全な姿で残っており、お弁当を食べるには絶好の場所ですね

天守閣は無いものの、備中櫓が復元され景観的に築城当時の
建造物の様子を伺う事が出来ます
スタンプは備中櫓内の受付で出してくれました
備中松山城
2009年4月3日
【3城目】   日本三大山城の一つ(1城目)、現存12天守で唯一の山城(1城目)
駐車場から天守閣までは遊歩道を10分程登りました
(傾斜もあり少々体力が必要かも…)
駐車場奥の遊歩道よりは横の車道から歩いて登った方が楽です
(ご年配の方はこちらを…)
息切れして喉が渇いてきた時の為に、1本だけでもドリンクを携帯した方が良いです
さすがに石垣や天守が見えた時は、達成感と感動が一気に溢れてきました

現存する天守は木造本瓦葺二層二階の建物で古い木組みの中に歴史の趣を感じます
小松山山頂(標高430m)に築かれた石垣も見事な物です
スタンプは天守前の券売所で出してくれました
松阪城
2009年4月9日
【4城目】 潮干狩りの帰りに登城
天守閣は無く城跡(城址公園)ですが
見事な石垣が、今は無き3重5階の天守を偲ばせます
桜が満開で散り始めといった所でしょうか、風が吹くと桜の花びらが
見事に舞い散っており、桜の舞う石垣という貴重な光景を堪能
スタンプは歴史民俗資料館の受付で出してくれました

この後、伊勢市円座町へ向かい、個人で19年の歳月をかけて築城された
ミニ姫路城を拝見させて頂き、その見事な出来栄えと情熱に脱帽でした
和歌山城
2009年4月15日
【5城目】 徳川御三家の一つ紀州徳川家の居城
本丸と二の丸が和歌山公園となっており、良い散歩が出来ました
天守閣は連立式三重三階の復元天守で中は資料館となっています
天守・櫓・門・塀・石垣・堀・庭園と揃った立派な名城ですが
外壁が一部剥がれていたりと修繕必要な箇所が多く目立ち少し残念でした

スタンプは券売所で出してくれました。 入城口(門)で同形のゴム印発見

この後、和歌山ラーメン(井出商店)を食べて帰途につきました
熊本城
2009年5月18日
【6城目】 日本三名城の一つ(1城目)
2度目の登城ですが、本丸御殿完成後は初めてとなります
特に”昭君の間”は最高格式の絢爛たる空間が復活しており必見です
天守閣においては、品格ある黒と白の重厚な佇まいで雄大さは圧巻ですし
穴太衆による武者返しなる見事な石垣もあり、さすが来城者数全国1位といった名城ですね
3年前に一口城主になっており、その芳名板を確認出来た事にも感謝です

大天守は3層6階で地下1階、外観復元で内部は資料館となっています
スタンプは頬当御門の裏手(入ってすぐ左手の小屋)で出して頂き押印しました
宇土櫓横の加藤神社に駐車(有料400円)出来れば一番近いのでお奨めです

西南戦争においての建造物焼失は残念でなりませんが
私自身の城巡り目線としてはトータルでNo.1の城ですね
岡城
2009年5月18日
【7城目】 標高325mの天神山に築かれた山城
こちらも2度目の登城。 東西2,500mに及ぶ見事な石垣群が並んでおり
再三にわたり島津軍を退けたという堅固さにも納得です
二の丸・三の丸跡、本丸跡からの景色も良い為、時間を忘れて居座ってしまいました
岡城下の国道502号はメロディーロードになっており、車が走る度に”荒城の月”が聞こえてきます
機会があれば一度、桜や紅葉の季節に訪れてみたい場所ですね

設置されているスピーカーから流れる音楽の荒城の月が
寂しい雰囲気を醸し出してしまっているので、個人的には微妙な感じがしました・・・
スタンプは券売所で出してくれます。 そろそろ虫の多い時期になってきましたね
大分府内城
2009年5月19日
【8城目】 天守閣は無く城址公園となっています
当時は天守閣があった本丸周辺に水堀があり
東側(帯曲輪)から北側にかけて海に面した典型的な浮城になっていたとの事
天守台が残っており、人質櫓と宗門櫓のみが現存
石垣と堀は印象的ですが、感想は周囲を一周すれば充分といった感じでした

スタンプは大分文化会館の階段を上がった所に置いてあり自由に押印できます
この後、大分駅へ向かい大友宗麟公の銅像を撮りに行きました
ちなみに府内城の駐車場内にも宗麟公の胸像があります
丸亀城
2009年7月21日
【9城目】 現存12天守で日本一小さな天守(2城目)
雨の中の登城と相成り、人も少なくゆっくりと散策出来ました
スタンプは天守入口で出して頂き自分で押印(入場料は200円)
天守開館時間は午前9時から午後4時半まで(受付は4時まで)

3層3階の木造天守で小さめですが、遠望すれば更に風格がある石垣の城
天守に向けて四段階に積み重ねた石垣は見事な物で総高60mと日本一高い

その後、綾歌郡へ向かい”かまたま”発祥のお店(山越うどん)で釜玉うどんを食し大満足
こちらも雨が幸いした為、行列も無く並ばずに済みました
高松城
2009年7月21日
【10城目】 日本三大水城の一つ(1城目)
こちらも丸亀城に続き、雨の中の登城と相成りゆっくりと散策
天守閣は無く城跡で現在は玉藻公園となっています(入園料は200円)
スタンプは公園入口(東口・西口)で出してくれます

天守台が解体修理中で石垣は見れず残念ですが、艮櫓、月見櫓、渡櫓など現存の重要文化財や
披雲閣・内苑御庭等、老松・名木が立ち並ぶ庭園もあり風情があります
全国でも珍しく海水を堀に取り入れている海城の為、養殖された鯛が沢山泳いでいました

是非、将来の石垣積み直し時には天守復元を望みます
観音寺城
2009年8月5日
【11城目】 標高433mの繖山山頂に築かれた山城(佐々木六角氏)
城跡となっており石垣は残っていますが少し荒れています
観音正寺より脇道を歩くと本丸跡があり、本丸から平井丸、池田丸、淡路丸と散策
看板が少なく、奥へ奥へ進んでしまうと帰り道を見失いそうな位の山道でした

車で狭い道を登り(途中より有料500円)参道前の駐車場へ。参道を5〜6分程歩くと
西国三十二番礼所の観音正寺があり、本堂の中でスタンプを出して頂き押印

私が通ったお寺までの道のりは石段が無く楽でしたが、そこからの山道(城跡へ)は
季節がら虫(特に蚊!)がかなり多いので、あまり立ち止まる事が出来ず大変でした。。。
彦根城
2009年8月5日
【12城目】 現存12天守(3城目)の一つ、また国宝四城の一つ(1城目)
三層白亜の天守は3階3重で唐破風・千鳥破風・花頭窓などが巧みに調和されており
二重の堀にも囲まれた城郭が400年前の姿を留めています
彦根城博物館(表御殿)、玄宮園、重要文化財の櫓・門等の見所も満載です

二の丸駐車場400円、彦根城・博物館(表御殿)・玄宮園セット入場券1,000円を購入
スタンプは券売所前で押印(ゴム印)、他のスタンプと共に置いてありました

午後2時頃早々に切り上げ、今回の目的であった長浜花火大会の駐車場確保へ向かう
目の前の湖上で上がる打ち上げ花火はまた迫力があり、最高の思い出になりました
姫路城
2009年9月8日
【13城目】 現存12天守の一つ(4城目)、国宝四城の一つ(2城目)、世界遺産
白亜の連立式天守で大天守は五重六階地下一階、現存12天守の中では最大
小さい頃に来て以来2度目の登城でしたが、改めて現存での突出した大きさに圧倒されました

大手前公園地下駐車場に停め、三の丸〜西の丸〜備前丸と1時間半程散策
スタンプは券売所(正面登閣口)横の管理事務所に置いてあります。状態は良好
西の丸 長局(百間廊下)は外観の一部が覆われていました。個人的には西の丸から見る天守がお奨め
その後、県立歴史博物館で現存12天守の1/50模型を見て他城との規模比較が良く解りました

ラストサムライのロケ地である圓教寺へは、車で約15分程行った所にある書写山ロープウェイで山上駅へ(往復900円)
ですが、登った後も更に一人当たり志納金500円とバス500円(バスは希望者のみ)が必要でした。。。^^;
しかし、摩尼殿を見た時の光景は感動もので大講堂・常行堂・食堂を拝観。本多家廟所は日・祝日しか拝観出来ないとの事
寺院独特の静かな雰囲気の中、暫く映画のシーンとダブらせて感慨に耽っていました
岩村城
2009年9月25日
【14城目】 日本三大山城の一つ(2城目)、全国の山城の中で最も高地にある
天守閣は無く石垣のみ残っている状態ですが、歴史資料館前には
太鼓櫓や表御門が再建されており、町全体でのふるさと創生事業が感じられます

岩村町歴史資料館前の駐車場に停め、登城口より徒歩15分位で本丸へ到着
本丸まで800mの道程は石畳が続き、山城特有の蚊に追われながらの登城でしたが
雛壇状に六段も積み上げられた石垣が見えた時は感動ものでした
スタンプは岩村町歴史資料館の受付で出してくれます。(館内を見る場合は400円)

※カーナビで岩村城に目的地設定すると、本丸(山頂)横の出丸駐車場に到着してしまいました
 本丸(山頂)を見るだけの方はそれで結構ですが、登城したい方やスタンプが必要な方は
 岩村歴史資料館でルート設定して下さい。駐車場は二ヶ所ありますのでご注意を(出丸駐車場への車道は幅狭し)

近くにある大将陣跡は公園となっており、大将塚之碑を含む様々な石碑が建つのみで特に何もなし
犬山城
2009年9月25日
【15城目】 現存12天守の一つ(5城目)で最古の天守、国宝四城の一つ(3城目)
三重四階地下二階、付櫓付き望楼型天守で梯郭式の縄張りを持つ
天守の他に現存する建物はありませんが、本丸の石垣や空堀が残っています
木曽川南岸、標高80mの三光寺山に築かれた後堅固の城であり、天守から見下ろす景色や
対岸から見上げる景観は最高です。 別名 白帝城の雅称にも納得

天守最上階(高欄の間)には成瀬氏12代の写真等が飾られてあり
平成16年まで個人所有だったという事と
私財で修理・保存をされていた事が窺われます。 方々には感謝と敬意を表したいですね
スタンプは入口(門)2階の管理事務所に置いてあります。(入城料500円) 状態は良好

近くの名鉄犬山ホテル前にある有楽苑を拝観し国宝茶席三名席の一つである”如庵”にて
野趣あふれる庭園を見ながら、ゆっくりとした時間の中でお抹茶を頂きました
(入苑料1,000円、呈茶料500円)
※信長の実弟、織田有楽斎が建てた茶室で移築された現存する茶席
高取城
2009年10月16日
【16城目】 日本三大山城の一つ(3城目 制覇)
標高583mの高取山山頂に築かれた織豊系山城
天守閣は無く石垣群が残っているのみですが、天守台の高石垣や十五間多門など
見所は多く、往時の三重三階天守が偲ばれます

壷坂寺側より行き止まり(駐車スペース3台程度)まで車で登り、徒歩5分程で本丸周辺へ到着
駐車スペースからは石段が続き、七ツ井戸を通るとすぐ石垣が見えます
ちなみに車道途中の壷坂口(路上駐車ですが)より登ると約15分程で二の丸周辺へ繋がる様です

本丸・二の丸周辺を散策した後、車で(約10分)夢創館へ向かいスタンプを押印(状態良好)
国道169号より夢創館の看板を曲がり、ナビで一方通行の道を目印に走ると運良く一発で夢創館を発見
お店の方はとても親切で再現DVDも見せて頂き、登城した後でも十分参考になりました
11月23日(月・祝)には”たかとり城まつり”が開催されます
徳島城
2009年11月2日
【17城目】 北を助任川、南を寺島川に囲まれたデルタ地帯に築かれた平山城
天守閣は無く石垣のみですが、全て阿波の青石(結晶片石)で築かれており独特の味わいがあります
内堀には海水が流入している様で、チヌ(黒鯛)が沢山泳いでいました

鷲の門(復元)を横目に下乗橋を渡り大手門を抜け公園内を通り城山(標高61m)の
石段を登ると、本丸・東二之丸・西二之丸・西三之丸跡があり約1時間程で周れます
(案内版は乏しいですね…)
公園内には徳島城博物館や蜂須賀家政公(藩祖)の銅像があります

スタンプ設置場所の徳島城博物館は月曜が休館日なのでご注意を
休館日は近くの徳島市役所(社会教育課 11階)で押印。 状態は良好で対応も○
二条城
2009年11月18日
【18城目】 世界遺産であり、江戸幕府終焉の舞台となった場所
家光の代に家康が築いた五重の天守を淀城へ移築し、伏見城の天守を移したが落雷により消失
今は天守台が残るのみで、本丸の石垣や櫓・門・堀と合わせて城郭の面影は残っています

国宝である二の丸御殿は豪華絢爛たる障壁画や彫刻が飾られており
小堀遠州の作と伝えられる二の丸庭園も美しく、豪壮な城郭建築と調和しています
徳川幕府の幕を閉じた歴史的な部屋(大広間一の間)を見た時は流石に身震いしました

二条城駐車場600円、入城料600円、スタンプは東大手門入って右側の無料休憩所で押印
この後も車で、旧二条城址(平安女学院高等学校横)、本能寺址(堀川高等学校横)、
聚楽第址(西陣公共職業安定所前)と巡りました (石碑のみです)
大阪城
2010年1月18日
【19城目】 日本三名城の一つ(2城目)、石垣の高さと濠の幅は文句なしの日本最大城郭
天守閣内1階〜7階が博物館で8階が展望台になっており、車椅子で展望台に出る事も可能
金の飾り金具が絢爛豪華で流石は天下統一を成し遂げた豊臣大坂城天守
城内最大と言われる蛸石を含めた殆どの巨石は推定厚み90cmという事が意外でした

大阪城駐車場350円(1時間)、入城料600円、スタンプは天守閣1階のインフォメーションにて
桜門前の豊国神社にて豊臣秀吉像を拝見。その後、車で約10分程の三光神社(玉造本町)へ向かい
真田の抜穴と真田幸村像、更に心眼寺(宰相山公園西側)で真田丸跡(石碑)を拝見
岡山城
2010年3月5日
【20城目】 国宝であった天守は戦災で焼失、外観復元の望楼型天守(五重六階)
黒塗りの下見板に金箔瓦や金鯱が映え、見る方向によって形が変わる独特な建築美
天守閣内部(エレベーター有)は資料館となっており、かつての”城主の間”も再現されています
旭川を挟んだ対岸には日本三名園の一つ”後楽園”があり、広々とした芝生地が見事な庭園
後楽園の中にある鶴舎にて人生初めて肉眼で丹頂鶴を拝見しました

入城料300円、後楽園との共通券なら520円  岡山城と後楽園で約2時間程度の散策
スタンプは天守閣受付(1F)にて状態は良好

追記:2013.07 八丈島にて宇喜多秀家の墓を参り、秀家と豪姫の気持ちを想う
高遠城
2010年4月9日
【21城目】 天守閣は無く城址公園となっており、”さくら名所百選”にも選ばれています
ここにしか咲かない約1,500本のタカトオコヒガンサクラは赤みを帯びて可憐さがあり
『天下第一の桜』と称される程です。(桜越しに見える南アルプスの雪景色もGood!)
桜の時期は混雑する為、高遠城址公園は朝7時より開園しており、高遠歴史博物館にある
スタンプも7時より押印可能との事です (入園料500円、駐車料金700円)
平日の7時半頃入園しましたが、すでに多くの方が来られていましたのでピーク予想である今週末に行かれる方はご覚悟を。。。(道路規制も多し)

この後も車で移動し、建福寺にて諏訪御料人墓所、五郎山にて仁科盛信像(墓)を拝見
帰りに高遠そば”ますや”にて蕎麦を食し大満足
千早城
2010年7月5日
【22城目】 金剛山から西延する支脈先端部一帯(標高673m)に築かれた鎌倉末期の城
楠木正成が1,000人で数万の幕府軍に奇策を用い100日間も足止めした話は有名

山家料理”まつまさ”の駐車場に停めてから側にある林道を登り、途中で裏参道への
分岐を経て千早城跡へ到達。 二の丸跡には千早神社・石碑が建ち、遺構としては曲輪跡等が確認出来るのみ
表参道の石段は500段以上との事で裏参道(まつまさ側)より登城(約20分)
”まつまさ”でスタンプ押印、食事をして2時間の駐車場代が無料になりました
近くに上・下赤坂城もありますが、別路10分程度の”楠公誕生地”に立ち寄り帰途へ
”楠公誕生地”石碑は大久保利通の建立、碑文は桃井春蔵の揮毫によるもの
小田原城
2010年7月16日
【23城目】 戦国期かの北条早雲以降、後北条氏の居城となった難攻不落の城
後北条氏時代と近世の小田原城とは事実上別の城であり、現在の天守は
江戸時代の雛形や絵図を元に昭和35年に復興された3重4階の層塔型天守
復元された銅門、常盤木門等の枡形虎口や馬出を組み合わせた厳重な構えは見事
各曲輪、本丸、二の丸を約1時間程度散策、スタンプは天守閣内の受付にて押印

その後、小田原駅西口で北条早雲公の銅像を拝見し更に、車で約20分程度の
箱根湯本にある早雲寺へ向かい、北条氏五代の墓、北条幻庵作の庭園、
石垣山一夜城に使用された梵鐘を拝見し、次の目的地である山中城へ向かう
山中城
2010年7月16日
【24城目】 後北条氏が箱根外輪山の自然の地形を巧みに利用して築城した山城
天守や石垣等はありませんが、堀や土塁が多く残っており障子堀・畝堀といった
用水池を兼ねた水堀跡が見事で、今の時期は緑が映え他城には無い秀麗な自然景観

国指定史跡、山中城跡公園として綺麗に整備が行き届いており西の丸、本丸、二の丸へと
約1時間程度散策しましたが、一部立ち入り禁止区域があったのは残念。。。
案内所(売店)でスタンプを押印させて頂き、名物(噂)の寒ざらし団子を購入(300円)
持ち帰りでも熱々に温めて頂き、手間の掛かった美味しさで満足
この後、車で三島駅へ向かい安政三年創業の”うなぎ桜家”で名物の鰻を食し帰途へ
今治城
2010年7月26日
【25城目】 日本三大水城の一つ(2城目)、江戸時代初期に藤堂高虎が築城の後に
丹波亀山城へ移築されたとされ、現在の天守は昭和55年に再建された望楼型5重6階の模擬天守
海水を引き入れた堀の幅は約50mと広く、また堀と石垣の間にある犬走りも特徴的
入城料は400円で天守閣、御金櫓、山里櫓、鉄御門の4ヶ所が拝見可能です
内部は資料館となっており、最上階(6階)からは来島海峡大橋が見渡せる見事な景観
スタンプは1階の券売所にて押印、状態は良好  ”おんまく団扇”借りれました

行きはしまなみ海道を渡り、帰りは明石海峡大橋で本州へ戻るコースを選択(ETC効果大)
帰路途中、香川県の”山田家”にて讃岐うどんを食し、徳島県の鳴門で”うず潮”を観潮船で拝見
竹田城
2010年11月4日
【26城目】 別名”虎臥城”と呼ばれ、南北400m、東西100mもある雲海に浮かぶ名城
天守閣はありませんが約400年を経た現在でも石垣は当時の威容さを誇っており
穴太衆の手による堂々たる技術に圧倒されます

雲海を見る為、朝5時半に花屋敷駐車場(約40台)へ到着。(15台程先客あり)
懐中電灯を持ってうさぎさんコースを通り本丸へ。既に雲海は出ていますが天守台にて日の出を待つ
霧の発生する条件が良く、素晴らしい朝日と辺り一面に広がる雲海という絶景を堪能

竹田駅の和田山観光案内所は定休日でしたが、隣接する改札にもスタンプあり
押印後は車で約1時間程の兵庫県豊岡市にある”但熊”で名物の玉子かけ御飯を食し帰途へ
佐賀城
2010年11月15日
【27城目】 藩祖 鍋島直茂から11代 直大まで260年続いた佐賀藩36万石の居城
天守閣はありませんが、巨大な天守台が焼失した往時の五層天守を偲びます

堀、石垣、鯱の門(現存)が見所、約30億円で復元された本丸御殿が歴史館となっており
床一面に敷き詰められた畳が印象的で、柱の所々は当時の物が忠実に利用されています
スタンプは本丸御殿内の総合案内所にて押印、状態は良好(入館料は無料で募金制)

その後、本庄町へ向かい鍋島家、龍造寺家の菩提寺である高傳寺で歴代の墓碑を拝見
吉野ヶ里
2010年11月15日
【28城目】 吉野ヶ里丘陵に約50ヘクタールもの遺構が残る弥生時代の環濠集落
吉野ヶ里歴史公園として管理されており、北内郭、北墳丘墓が見所(駐車場300円、入園料400円)

歴代の王の墓である北墳丘墓は内部が展示施設となっており、発掘された状態での
遺構を見学する事が可能なので一見の価値有り(知らずに行くと見過ごす可能性大)
スタンプは東口にある歴史公園センターの券売所にて押印

奈良県の纒向遺跡と共に邪馬台国があったとされ卑弥呼を彷彿させる
名護屋城
2010年11月16日
【29城目】 約400年前に日本国内を統一した豊臣秀吉が、朝鮮半島、中国大陸へ出兵する為に
軍事拠点として西国大名に約5ヶ月足らずで主要部を築かせた(垣添城を改造した)城
当時は5層7重の天守が聳え立ち、雄壮な美観は大坂城と並び称された程
現在、天守は無く天守台や石垣が残るのみで城跡となっており、要所要所が破却されている

天守台より玄海を望む展望は素晴らしく、戦国大名達が見ていたであろう景観とダブらせ感慨に耽る
名護屋城の周囲約3km圏内には全国から参集した大名達の陣屋跡が約120ほど存在する
スタンプは名護屋城博物館内の受付にて押印(入館・駐車場共に無料)

この後、唐津市呼子町へ向かい、いか活き造りの店”河太郎”で名物のイカを食し帰途へ
広島城
2011年1月28日
【30城目】 太田川河口の三角州に毛利輝元が築城し、関ヶ原の合戦以降に福島正則が増築した
望楼型天守(別名”鯉城”と呼ばれ、広島カープの名前にも由来)
昭和二十年の原爆により倒壊したが、昭和三十三年に外観復元され内部は博物館となっている
スタンプは天守内2階のミュージアムショップにて押印。状態は良好(入城料360円)

この後、車で10分程度の所にある国宝の金堂や重要文化財の楼門を擁する
”不動院”へ向かい、福島正則、安国寺恵瓊の墓、豊臣秀吉の遺髪塚を拝見

帰路途中、もう一つの目的であった広島風お好み焼きを食べに広島市南区東雲の
”三八”へ車を走らせ、待望の広島焼きを食し満足
名古屋城
2011年3月8日
【31城目】 日本三名城の一つ(3城目制覇) 天下普請で築城された徳川御三家の筆頭、尾張徳川家の居城
初の国宝指定を受けた城でありながら、第2次世界大戦で焼失した為に
鉄筋コンクリート造で外観復元された層塔型天守。 名高い金鯱が煌びやかで印象的
天守閣内1階〜5階が展示室で最上階が展望室となっており、内部にはエレベーターもある
現在も復元工事中である本丸御殿の完成予定は2018年(平成30年)との事
入城料500円、正門前駐車場180円(30分毎)、スタンプは総合案内所にて

この後、昼食に矢場とん本店のみそかつを食し、もう一つの目的であった
名古屋市農業センターの”しだれ梅まつり”に向かう
約700本のしだれ梅(紅梅・白梅)が見事に咲き誇っています
入場料は無料ですが、駐車場が有料で500円  〜13日(日)まで開催中
宇和島城
2011年3月28日
【32城目】 現存12天守の一つ(6城目) 戦国期は海に面した海城であり
唐破風・千鳥破風が見事な装飾性の高い3重3階の層塔型天守
明治維新まで伊達家9代による伊予宇和島藩の居城であり
大型の唐破風を持つ正面玄関が泰平の世を象徴させる

桑折長屋門前のコインPに駐車(60分 100円)、天守観覧料200円(9時〜16時)
スタンプは天守内にて押印、状態は良好    (本丸の桜は咲き始め程度)

昼食に”かどや”の鯛めしを食し、”河内屋”にてじゃこ天を購入
車を10分程走らせ、龍華山等覚寺、金剛山大隆寺にて伊達家代々の墓を拝見
初代藩主 秀宗(伊達政宗の長男)、8代 宗城(幕末の四賢候)両夫妻の墓は県指定史跡
桜の開花状況は遅いようですが、金剛山大隆寺の桜は7分咲程度あり綺麗でした
大洲城
2011年3月28日
【33城目】 肱川の畔に築かれ、藤堂高虎、脇坂安治の改修による4重4階の連結式層塔型天守
明治21年に取り壊された為、平成16年に木造再建された今年で築城7年目の天守
江戸時代の天守雛型や明治時代の古写真を元に正確に復元されている為
当時の技術を再現した新築の城そのものと思うと素晴らしく感慨深い
4棟の櫓は現存であり、新築天守と現存櫓(台所櫓・高欄櫓)との連結も見事
天守2階へ上る階段付近にある吹き抜けも珍しい

大洲市民会館前の駐車場を利用(60分 150円)、天守観覧料は大人500円(9時〜17時)
スタンプは天守内受付にて押印、大洲城シールを頂き感謝
 “人つどい、夢語り、人つどい、城つくる”
金沢城
2011年4月13日
【34城目】 前田利家が1583年に入城以降、加賀藩前田家代々の居城として明治維新まで続く
かつては広島城を凌駕する天守がそびえていたものの、1602年の落雷による焼失以降は再建されず
現在は金沢城公園として整備されており、石川門、菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓(復元)等
見所は多く、日本三名園の一つである”兼六園”も江戸時代の代表的な林泉回遊式大庭園の特徴を今に残している

丸の内駐車場に駐車し、いもり坂口より登城。 菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓は入館料300円 スタンプは二の丸案内所(発券所)にて押印、状態は良好
兼六園は〜17日(日)まで観桜期無料開園と夜間ライトアップされている (桜の開花状況は満開)

この後は野田山墓地へ向かい、加賀藩主 前田家代々の墓を拝見(神式で陸墓の形)
初代藩主の利家公、芳春院(利家公夫人まつ)、豪姫(宇喜多秀家夫人)、奥村永福(助右衛門)、村井長頼(又兵衛)等が眠る

追記:2013.07 八丈島にて宇喜多秀家の墓を参り、豪姫の気持ちを想う
福山城
2011年6月9日
【35城目】 譜代大名であり徳川家康の従兄弟でもあった水野勝成による西国鎮衛の城
芦田川三角州を見下ろす常興寺山に、当時は御三家でさえ許されなかった5重天守を築城
幕府より金・銀を貸与された天下普請に準ずる大城郭であったが、昭和20年の戦災により天守を焼失
昭和41年に鉄筋コンクリート造で外観復元された5重5階地下1階の層塔型天守

城内は公園として整備されており、(初代藩主)水野勝成像、幕末に安政の改革を断行した7代藩主(老中)阿部正弘像もある
城の西から東にかけて存在した内外2重の堀跡にはJR山陽本線が。。。
天守閣内部は博物館となっており入館料は200円(毎週月曜休館)
駐車場は歴史博物館を利用(300円/H)、スタンプは天守内受付にて

近くにある賢忠寺で水野家歴代の墓(県史跡)を拝見、こちらも鉄道建設の際に移設とは。。。
この後は車で約1時間の三原市にある米山寺へ向かい、小早川隆景墓(県史跡)を含めた小早川家代々の墓所を拝見し帰途へ
松山城
2011年6月14日
【36城目】 現存12天守の一つ(7城目)、日本三大平山城の一つ(3城目制覇)
1602年に加藤嘉明が標高132mの勝山に築城を開始したものの、会津へ転封後の1627年に完成
当時は5重の天守で偉観を誇っていたが、1639年に現在の様な3重へ改築された事により
大きな天守台に少し低く感じる3重3階地下1階の層塔型天守となっている

特筆すべきは登り石垣と二之丸の大井戸であろうか、21棟もの重文を持つ日本有数の高石垣の城
姫路城と同様に複雑なルートを形成した縄張りとなっており、難攻不落の印象が伺える

松山城駐車場(400円/2H)へ停め、松山城ロープウェイ・リフトで東雲口のりばより本丸へ
行きはリフト、帰りはロープウェイを利用(往復券+観覧券 1,000円) 駅舎横に加藤嘉明像
朝一に登城しましたが、平日に御開門の儀式は無い様ですね。。。
個人的には国宝に匹敵する規模であり、まさに名城というに相応しい城郭建築である
湯築城
2011年6月14日
【37城目】 南北朝期から戦国期まで250年以上に亘って伊予国守護の河野氏が治めた居城
丘陵部を利用し、周囲に内・外2重の堀と土塁を巡らせた平山城
天守閣や石垣といった遺構は無く、道後公園全体が湯築城跡となっている

西口駐車場(搦手)に停め(100円/H)、湯築城資料館を見学(入場無料で毎週月曜日休館)
丘陵を登ると展望台があり、西側には松山城が見える
内堀や土塁は見事に残っていますが、軽く1周すれば充分といった感じでしょうか。。。

この後、万葉集にも詠われた日本最古の温泉として有名な道後温泉本館へ立ち寄り、
予定に入れていた人力車に乗る (坊ちゃんコースを選択 20分 3,000円)
風が心地よく、元気の良い俥夫さんの説明が楽しく勉強になりました
一乗谷城
2012年9月14日
【38城目】 朝倉氏初代孝景が居館を黒丸より一乗谷へ移したのが一乗谷朝倉氏館の始まり
一乗谷川の上下流に城戸を設け城下町を守り、南東の城山に一乗谷城が築かれていた
五代義景の代に織田信長に攻められ滅亡し、城下は三日三晩燃え続けたという

復原町並の北入場口券売所でスタンプを押印、入場料は210円
”中の御殿”東隣に新しく完成した物見台から復原町並を一望し、当時の朝倉氏一族も
同じ景色を見ていたであろうと想い感慨に耽る
城戸、復原町並、館跡、庭園、唐門、孝景・義景公墓所を周るも山城は断念し次の機会に

この後も車を走らせ永平寺の館”雲粋”にて永平寺そばを食してから大野市へ向かい
越前大野城(復興天守)を登城し、車で10分程度の所にある曹源寺近くの義景公墓所も拝見
自刃の地である賢松寺跡とも言われている曹源寺近くの義景公墓所には、
共に殉死した側近の鳥居景近・高橋景倍の墓、高徳院・小少将・愛王丸の共同墓も置かれている
岐阜城
2012年10月1日
【39城目】 標高329mの金華山山頂に築かれ、鵜飼で有名な清流長良川を眼下に置き
天下布武への足掛かりとして織田信長公も見晴らした壮大な眺望の岐阜城
かつては斉藤道三・義龍・龍興の居城”稲葉山城”であり、後に織田秀信(信長の孫)の代に落城
現在の天守は昭和31年に鉄筋コンクリート造で再建された3重4階建ての復興天守

金華山ロープウェイ(往復1,050円)で山頂へ行き、そこから天守まで10分程山城を登る
天守入場料は200円(岐阜城資料館と共通)、天守横にある岐阜城資料館でスタンプ押印
金華山麓の岐阜公園には板垣退助像(遭難地)、若き日の織田信長銅像があり
信長公居館跡は現在も発掘調査中で様子を自由に拝見する事が可能

この後JR岐阜駅にて金の織田信長公像、円徳寺にて織田塚、信長公寄進の梵鐘、
信長祭(供養)が営まれていた織田家菩提所の崇福寺で信長・信忠父子廟、血天井(岐阜城床板)
信長公直筆の書など、所縁の品々を拝見させて頂き歴史の重みを実感
崇福寺、三世の快川紹喜は心頭滅却すれば・・・で有名な名僧であり、弟子に虎哉宗乙(伊達政宗の師)がいる
掛川城
2013年3月4日
【40城目】 1590年に山内一豊が5万石で入封し天守閣を築城
”東海の名城”と謳われたが1854年の地震で倒壊し取り壊された
140年後の1994年に高知城を参考に木造再建された三重四階の望楼型天守
現存する城郭御殿としては全国に4ヶ所しかない二の丸御殿は国の重要文化財

大手門駐車場(30分100円)に停め、大手門を見てから登城(天守まで徒歩5分位)
天守閣・二の丸御殿共通の入館券は400円、スタンプは二の丸御殿の受付にて押印
天守は小振りだが日本初の木造復元という事で趣があり、木の軋む音など耳にも好感触
大坂城に倣った黒塗りの廻縁や高欄が高知城と同様に何とも一豊公らしい

この後、”高天神城を制するものは遠州を制す”といわれた高天神城を登城
(天守が建造された事は無く、断崖に囲まれ曲輪を雛段状に配置した堅固な山城)
更に車を走らせ、玉石積みと言われる丸い河原石を用いた玉石垣の横須賀城を登城
(三層四階だった天守は無く、現在は公園として綺麗に整備されており景色は良好)
丸岡城
2013年3月12日
【41城目】 現存12天守の一つ(8城目)、現存天守では日本最古とされている
標高17mの小丘の上に総石垣の本丸を配し、当時は周囲を不等辺五角形の内堀が巡っていた
昭和23年の福井地震で倒壊し、昭和30年に修復再建された二重三階の望楼型天守
豪雪を考慮してか笏谷石製の石瓦を葺いており、雨に濡れると更に青みが冴える

一筆啓上茶屋の駐車場(無料)に停め、天守手前の券売所にてスタンプを押印
天守閣・歴史民俗資料館共通入場券(300円)

この後、西光寺にて柴田勝家・お市の方の墓所、柴田勝家公資料館(事前連絡要)を拝観
近くの左内公園にて橋本左内(幕末の志士)の像・墓所、長慶寺で堀秀政の墓を拝見
更に北之庄城址(柴田公園)へ向かい、柴田勝家像・柴田神社・復元模型を拝見
天守は7層(一説には9層)構造で安土城に匹敵する巨城だったが、僅か8年で「幻の名城」となる
柴田氏北之庄城の石垣は養子の勝豊が築城した丸岡城の石瓦同様に笏谷石を用いており
先出の西光寺(資料館)には北之庄城天守閣の鬼瓦や勝家公の遺品(馬印・刀剣等)がある
福岡城
2014年6月13日
【42城目】 「関ヶ原の戦い」の功績により筑前52万石を与えらえた黒田長政によって
7年の歳月をかけて築城された九州最大規模の平山城(別名 舞鶴城)
現存する天守台は巨大で、やはり五重クラスの天守の存在が想像出来る
車を停めるには舞鶴公園第1駐車場が便利(2H 300円)
スタンプは鴻臚館跡展示館以外に福岡むかし探訪館にも有り

この後、福岡藩黒田家の菩提寺である”崇福寺”へ向かい
藩祖・黒田如水、初代藩主・黒田長政の墓所を拝見
福岡城本丸の表御門を移築した山門と旧名島城城門もある(重要文化財)

更に車を走らせ”梅岳寺”へ向かい、立花道雪、母養孝院、薦野増時の墓を拝見し
立花宗茂が島津軍と徹底抗戦を繰り広げ守り抜いた”立花山城”を登城
(標高367m、登山片道約30分)
本丸跡周辺に石垣が残り、往時の城郭の痕跡を見出す事が出来る
大野城
2014年6月14日
【43城目】 665年、百済人の指導により大宰府防衛の為に築かれた日本最古の朝鮮式山城
四天王寺山中(標高409m)にあり、石垣と土塁による長大な防御ラインを形成
百間石垣は大野城の北に位置し、壮大な石垣は100間(約180m)続く事から百間石垣と呼ばれる

県民の森センターにてスタンプとパンフを頂き、百間石垣、北石垣、八ツ波礎石群等を拝見
百間石垣前に1台程度の駐車スペース有り

その後、念願であった”岩屋城”を登城し、高橋紹運公の墓も拝見
本丸跡、土塁、堀切等があり、景色も良く眼下には大宰府政庁跡、水城跡も一望出来る

近隣の人達にとっては手軽なハイキングコースの様だが
高橋紹運(立花宗茂 実父)率いる763名がこの岩屋城に籠城し、島津軍5万の大軍と
壮絶な玉砕戦を繰り広げた当時を想像すると鳥肌が立ち、感慨一入
義と意地を貫き通し、敵将からも称賛された類い稀なる名将である
松江城
2014年10月16日
【44城目】 現存12天守の一つ(9城目)、宍道湖湖畔に築かれた山陰唯一の天守閣
堀尾吉晴が築城を開始し5年後の孫・忠晴の代で完成した5重6階の望楼型天守
天守入口となる付櫓を加えた複合式であり、黒々とした下見板張りが重厚かつ偉観

大手前駐車場に停め、まずは堀川めぐりの船に乗り船頭さんの名調子を聞きながら
松江の歴史やゆかりの人達の話に触れ、水堀からの石垣や天守を仰ぐ
スタンプは天守閣受付にて押印(状態は微妙)
”ハート形の木目”は天守1階の松平直政公初陣之像近く (受付で手書きMAPを頂き感謝)
”ハート形の石垣”は大手門を抜けた石段を上がる途中13段目の左側辺り
密かなスポットです是非探してみて下さい^^

島根県庁にて松平直政公の銅像を見てから松平家の菩提寺である月照寺を拝観
松江藩初代藩主の直政公や茶聖7代藩主の治郷公(不昧公)が眠る
この後、出雲へ向かい縁結びの神様として知られる出雲大社を参拝
歌舞伎の始祖と言われる出雲阿国の墓を拝見した後、
江戸末期創業で皇室献上の伝統を守る献上そば”羽根屋”にて出雲そばを食し帰路へ
中城城
2015年1月18日
【45城目】 中城湾を見下ろす標高約160mの丘陵上にあり、
東崖縁を天然の要害とする連郭式の山城
琉球の城の中では最も遺構が良く残っており、
石積み技法や構造は高い完成度を示している

駐車場は無料で観覧料は大人400円 観覧時間は8:30〜17:00(10月〜4月)
優美な曲線を描く三の郭東側の城壁(亀甲乱れ積み)の迫力、
琉球式石灰岩の曲線を描くアーチ式の城門等、
ペリー探検隊一行が築城技術を賞賛し測量図面を残している
近くに中城城を増築した護佐丸の墓もあり拝見(古琉球随一の武将であり名築城家)

この後、更に車を走らせ沖縄世界遺産登録のグスクでは最古の勝連城を登城(無料)
(最後の城主である阿麻和利は護佐丸と共に古琉球の英雄)
また更に車を走らせ座喜味城を登城(築城主 護佐丸)
(入場は無料、1/29まで夜はライトアップされている18:00〜21:00)
今帰仁城
2015年1月19日
【46城目】 沖縄本島北部、本部半島の標高100mの丘陵上にあり、三山時代は北山王の居城
「百曲がり」と呼ばれた幾重にも曲がりくねった城壁は鉄壁の守りを誇り堂々として雄々しい
日本一早い桜「寒緋桜」が開花する名所としても知られる
(1/19現在は平郎門裏の一部のみ開花でまだまだでした)

駐車場は無料で観覧料は大人400円 観覧時間は8:00〜18:00(9月〜4月)
1/17〜2/1までは「今帰仁グスク桜まつり」が開催されている
夜のライトアップは期間中毎日18:00〜21:00(最終入場20:30まで)

近くの美ら海水族館を見学した後、沖縄そばで有名な「きしもと食堂」で
腹ごしらえをしてから南下し、昨日行きそびれた各墓所を時間の許す限り巡る
・阿麻和利の墓 − 古堅小学校北側の住宅街(私有地なのでマナー厳守)
・尚巴志の墓 − 嘉手納弾薬庫エリア内の黙認耕作地
・大城賢勇の墓 − 知花城跡 裏側
首里城
2015年1月20日
【47城目】 那覇港を望む標高150mの琉球石灰岩大地に立地し王城に相応しい規模を誇る
沖縄県が発足した明治12年までの約500有余年に渡って王国統治の拠点として琉球全域に君臨した城

太平洋戦争末期の沖縄戦で正殿をはじめ建物群や石垣等が戦災を受け、
戦後の復元整備事業で再建された
琉球建築の粋を集めた極彩色の配色や龍の飾りが”でーじじょーとー”(ウチナーグチ)

首里城入口駐車場(1時間300円以降は30分100円)に停め、まずは守礼門を拝見
そして歓会門をくぐったら、勿論忘れずにケツメイシのジャケット撮影!(門番の方に感謝)
(立ち位置の目印は石畳の一部分が違う色になっていました)
首里城正殿等の有料区域は入館料が大人820円と高め
有名な観光地とあって外国人観光客も多く疲れますね。。。
高岡城
2015年4月16日
【48城目】 加賀藩前田家2代の利長公が居城であった富山城を慶長14年(1609)3月の
大火により焼失。 この高岡に加越能3カ国の領民を動員して突貫工事で築かれ、
同年9月に入城を果たすも5年後に利長公は亡くなり
元和元年(1615)の一国一城令により廃城となる

建物は失われているが築城当時の縄張を留めており
日本三大水濠公園の一つと言われる素晴らしい景観を見せる (日本さくら名所100選)

お濠めぐり遊覧船に乗り、内濠から本丸土橋の石垣や犬走り等を拝見(大人700円 約20分)
桜は散り始めているが、散った花びらが水面に敷き詰められて桜の絨毯の様な光景を堪能
射水神社に車を停め、高岡市立博物館にてスタンプを押印(状態は良好)
大手口に高山右近像、本丸広場横に前田利長公銅像がある(JR高岡駅南口と八丁道にも有)

前田利長公墓所、瑞龍寺(国宝)を車で周るも時間に余裕があり
ドラえもんの銅像、空き地を拝見しドラえもんトラムにも乗車
この後、富山市に向かい”西町大喜”西町本店にて富山ブラック(中華そば)を食し帰途へ
根城
2015年4月21日
【49城目】 南北朝時代に南朝方の南部師行が築城した8つの郭からなる平城であり
豊臣秀吉の時代に領地替えされるまで約300年間一度も落城した事がない中世城郭
現在、本丸内には主殿を中心に様々な建物が復元されている史跡公園

八戸博物館へ車を停め(無料)、根城の広場を散策(公園は無料)
スタンプは博物館内と本丸受付に有、本丸内(主殿等)は有料区域で大人250円

この後、車で八戸城跡(三八公園)・三戸城跡(城山公園)と周り南部町にある三光寺へ向かい
国重要文化財である南部利康霊屋を拝観させて頂く (教育委員会にて事前予約要 大人300円)
豪華絢爛な桃山建築の様式が取り入れられた華麗さは東北随一で財力の高さが伺われる
三光寺には南部実光の墓、信直夫妻の墓、南部利直霊屋もある

更に秋田県大館市まで車を走らせ、”秋田比内や”大館本店にて日本三大地鶏である比内地鶏を食し大満足
近くの一心院には全国各地にある真田信繁(幸村)の墓も有
大館城(桂城公園)では大館桜まつりが開催されていましたが葉桜でした。。。
弘前城
2015年4月23日
【50城目】 現存12天守の一つ(10城目)、東西を土淵川と岩木川に挟まれた細長い洪積台地の上に築かれた輪郭式の構造を持つ平山城
築城当時は5層の天守が本丸西南隅に構えていた
現在は落雷消失後に再建された三重三階櫓の銅瓦葺で本丸東南隅に建つ独立天守

弘前城石垣修理事業により曳屋され、下乗橋からの光景が最低でも約5年見られないとあり
弘前桜まつりに合わせ城巡りを決行したものの、満開で天候にも恵まれ感謝
日本三大夜桜の一つであり、前日の夜から夜桜を観桜するも全国屈指の人の多さにも圧倒
桜まつり初日は6:30より公園内を散策し、期間中のみ乗れる西濠ボートにも乗船(60分 1,000円)
スタンプは天守内と緑の相談所にもあり無料区域でも押印可能

その後は長勝寺にて山門(重要文化財)、津軽家霊屋(5棟)等を拝観(大人 300円)
更に革秀寺にて津軽為信霊屋、本堂を拝観 (事前予約要 拝観料は志)
津軽為信霊屋には弘前城の舘神として祀られていた「木造太閤秀吉坐像」が安置されている

夜は夕食に予約してあった”ライブハウス山唄”で津軽三味線と津軽民謡を堪能してホテルへ
久保田城
2015年4月24日
【51城目】 清和源氏嫡流の佐竹氏が標高40mの神明山に築いた石垣を用いない土造りの巨城
輪郭式と連格式を組み合わせ本丸を曲輪群が囲む、関東以北では有数の大城郭
現在は千秋公園となっており水堀や土塁が残り、本丸には展望室を加えた3層4階建ての御隅櫓が復原されている (大人 100円)

市立図書館に車を停め(無料)、スタンプは佐竹史料館にて押印
本丸には12代の佐竹義堯公銅像があり、日本さくら名所100選にも選ばれている

この後、佐竹家菩提寺である”天徳寺”にて重要文化財である山門、佐竹家霊屋等を拝見し
更に、”てん(門に眞)信寺”←字が出ない^^;にて鬼義重の異名をとる佐竹義重の墓所を拝見 ←ココは他に見所無し

昼食は”佐藤養助”大町店にて稲庭うどんを食し、夕食は”津ねや”にて”きりたんぽ”を食し秋田の名物を満喫
次の日に車で青森空港へ向かう途中、浪岡城を見つけるも時間の都合上素通り(残念)
駿府城
2015年5月20日
【52城目】 家康公が駿河府中の今川氏館があった場所に一度築いた城を1609年に天下普請で大改修し、
大御所政治として天下の実権を掌握した自身の隠居城
輪郭式の縄張りで本丸と二の丸は駿府城公園となっており、街の憩いの場となっている
天守台は明治29年に解体されているが、かつての6重7階の大天守が偲ばれる

静岡市民文化会館に車を停め(30分100円)、東御門より入場し券売所にてスタンプ押印
東御門・巽櫓の入場料は大人200円、近年発見された資料を元に忠実に木造再建されている

この後、久能山東照宮へ向かい表参道石段を1159段登り国宝の社殿を拝観(大人500円)
徳川家康公の遺骸が埋葬された神廟(墓)が遺命に従い西向きに建てられている

世界文化遺産に登録された”三保の松原”へ向かうも富士山は見えず残念(冬が最適)
波が高く、暴れん坊将軍のOPで浜を颯爽と馬で駆け抜けるシーンを回想

由比まで車を走らせ、美味しんぼ92巻にも登場した”くらさわや”にて桜えび料理を堪能し帰途へ
鹿児島城
2015年10月22日
【53城目】 島津義弘の三男で初代薩摩藩主となった忠恒が父の反対を押し切り城山の麓に築城した平城
島津忠恒は”真田日本一の兵”という言葉を残した人物

徳川幕府への恭順の意を示す狙いもあり天守は存在しないが、
「城をもって城とせず、人をもって城となす」という薩摩の精神が物語っている
居館や庭園等は明治の大火や西南戦争により消失し、濠や石垣のみが残る

黎明館の駐車場に停め、スタンプを押印し鹿児島の歴史に触れる(入館料310円)
西郷さん縁の地や墓所を巡りながら、福昌寺跡へ向かい島津家墓地を参拝
薩摩藩の礎を作った貴久、息子の義久、義弘、また幕末の四賢侯である斉彬公、久光公も眠る

日置市方面へ向かい、伊集院駅にて島津義弘公銅像を拝見し近くにある一宇治城を登城
園林寺跡にて明治維新の礎を築いた小松清廉(帯刀)の墓所を拝見し
梅天寺跡(家久墓所)、天昌寺跡(豊久墓所)、大乗寺跡(歳久墓所)を巡った後
更に南さつま市の竹田神社へ車を走らせ、島津氏中興の祖である島津忠良(日新斎)の墓を参る

夕食は予約してあった”あぢもり”にて黒豚しゃぶしゃぶを堪能しホテルへ
飫肥城
2015年10月24日
【54城目】 五万一千石、南九州の小京都と呼ばれる”飫肥” 伊東氏と島津氏により約百年に渡る長期攻防の舞台となる
多数の曲輪で防御を固められており、旧本丸・松尾丸の石垣や土塁・空堀は残っているが
旧本丸背後の曲輪が小学校のグラウンドとして削平されているのは残念。。。

飫肥杉を使用し、櫓門で大手門が復元されているものの推定による再建との事
しかし、枡形虎口を形成するL字型の控え塀はうまく出来ており切込接の石垣も見所
飫肥城受付にて通行手形(600円)を購入し歴史資料館にてスタンプを押印、駐車場は無料

五百祀神社(旧報恩寺)へ向かい初代藩主である祐兵公も眠る伊東家累代墓地を参拝
天正遣欧少年使節であった伊東マンショの母である「町の上」と伝わる墓石もある

この後、サンメッセ日南へ向かいモアイ像の写真を撮り、昼食は”おぐら”にてチキン南蛮を食す
夕食は予約してあった”炙り屋 牛蔵”にて宮崎牛を堪能しホテル泊の後、
九州路を終え帰途へ
高知城
2016年5月18日
【55城目】 現存12天守の一つ(11城目)、長宗我部元親が大高坂城を改修したが
現在の高知城は初代土佐藩主である山内一豊が慶長8年に入城し河中城と改名
2代忠義が慶長15年に「河中」を外して高智城と改名し後に高知城となる
4重5階の望楼型天守であり、最上階の廻縁高欄付きは掛川城同様に一豊公らしい

高知公園駐車場(1時間360円)に停め、三ノ丸・二ノ丸・本丸を1時間程散策
ひろめ市場の”明神丸”で藁焼き鰹たたきを食し、山内家墓所、要法寺(浦戸城移築門)を参る

岡豊城へ向かい曲輪跡に建つ歴史民俗資料館にある昨年5月に完成した長宗我部元親像を拝見
道の途中に香川親和(元親次男)の墓もある

この後、長宗我部元親墓所、信親墓所(雪蹊寺)を参り、若宮八幡宮で初陣戦勝祈願ならぬ
家内安全祈願をし、あの凛々しい長宗我部元親初陣の像を拝見 (雪蹊寺の背後の山は長浜城址)
最後に浦戸城(桂浜)を登城し天守跡、石垣を拝見するも建物による城跡の削られた感が強く残念

翌日は四万十川で舟母下りに乗り、美味しんぼ87巻に登場する”四万十屋”にて天然鰻を食す
人吉城
2017年1月19日
【56城目】 球磨川沿いの丘陵大地に築かれた約700年続く相良氏代々の居城
戦国時代までの中世人吉城は背後にある山へ複数の曲輪で構成された群郭式の城であったが
現在の近世人吉城は20代長毎(初代藩主)が内城と麓を石垣造りへ修築した高石垣の城
人吉藩2.2万石の居城としては予想以上に広く、時代と共に大きくなった二の丸周辺の杉が
同じ南九州型の城郭である飫肥城を彷彿させる
高石垣は見事であるが曲輪配置のまま石垣に改修されている事が伺える

人吉城歴史館に車を停めスタンプを押印(スタンプは入口前に置いてあり自由に押印可能)
観覧料は200円で相良清兵衛(犬童頼兄)屋敷跡の地下室遺構へ実際に降りる事が可能

相良家の菩提寺である願成寺へ向かい初代長頼公を筆頭に義陽公、長毎公と参り
更に車を走らせ深水長命寺(深水観音)へ向かい相良家を支えた家老である深水長智の墓を参る

帰りに”おかどめ幸福駅”で”幸福切符”を購入し、球磨川沿いにある本日の宿である
清流山水花”あゆの里”へ向かい人吉温泉で疲れを癒し、今回の熊本復興支援旅を終え帰路へ

がんばろう熊本!
勝連城
2018年9月12日
続【1城目】 続百名城スタンプの為に2回目で3年振りの再登城
勝連半島部付け根に近い独立した丘陵地と隣接する石灰岩台地の先端部を取り込んで出来た総石垣の城
琉球石灰岩の切石を使用し、屈曲しながら高く築かれた白亜の城壁が何とも素晴らしい

東の曲輪から望む一の曲輪の石垣は何度見ても壮大で、死角を無くす為に工夫した曲線美は見事
一の曲輪からも金武湾の島々、中城湾を隔てた知念半島へ続く透き通った海を望めGood

前にある世界遺産勝連城跡休憩所に車を停め(無料)スタンプを押印
入場料は無料で勝連城から出土した遺物が展示されている

この後も読谷村まで車を走らせ、第一尚氏王朝、第2代の中山王である尚巴志の墓を拝見
嘉手納弾薬庫エリア内の黙認耕作地に有
尚巴志は1429年に三山を統一し琉球王国を成立させた琉球の覇者
座喜味城
2018年9月12日
続【2城目】 続百名城スタンプの為に2回目で3年振りの再登城
座喜味北側の小高い丘、標高127mの名護層からなる台地を石灰岩の切石積で取り囲んで築かれた2つの郭からなる連郭式のグスク
古琉球随一の武将であり名築城家である護佐丸が築城
アーチ門のアーチ石が噛み合う部分に楔石が嵌め込まれており、沖縄で現存するアーチ石門の中では最古と言われている

座喜味城跡駐車場(無料)に停め、前にあるユンタンザミュージアムでスタンプ押印
あいにく登城日は水曜日で休館日でしたが、入口前にスタンプが置いてあり自由に押印可能
ちなみに反対の座喜味城跡公園側に停めてしまうと端まで歩く事になるので気を付けて下さい

この後は勝連の按司で古琉球の英雄でもあった阿麻和利の墓を拝見
古堅小学校北側の住宅街に有(私有地なのでマナー厳守)
篠山城
2019年2月7日
【57城目】 大坂城の包囲と西日本の豊臣恩顧の大名を抑える為に
八上城を廃し篠山盆地に徳川家康が天下普請で築城させた平山城
本丸と二の丸は高石垣で築かれており、天守台は高さが17mもある
家康の命により天守閣は築かれておらず、篠山藩5万石の拠点として260年余り続いた
明治維新後には大書院を除いて殆ど取り壊されたが、昭和19年の失火により焼失し平成12年に再建

三の丸西駐車場(200円)に車を停め、大書院にてスタンプ押印(入館料400円)
入館しなくても入口で押印可能

この後、御霊神社へ向かい波多野家最後の当主である波多野秀治公の墓を参ってから
更に車を走らせ、波多野家の居城であった八上城を登城
高城山主峰部には連郭式曲輪や一部石垣が残り、山全体が要塞化した典型的な中世山城
山麓の春日神社より登城、案内板もあり整備はされているが、思っていたより険しい攻城であった
夜は茅葺き屋根の古民家”いわや”にて囲炉裏で”ぼたん鍋”を食し大満足
福知山城
2019年4月29日
続【3城目】 由良川と土師川が合流する標高40mの丘陵地に築かれた平山城
塩見氏の横山城を明智光秀が丹波平定後に近世城郭へ大修築し福智山城と改名
福知山城の名称は江戸時代に入り朽木氏の代になってからである
明治6年の廃城令により破却された後、昭和61年に再建された3層4階の望楼型天守
大天守の福知山郷土資料館の受付でスタンプを押印(入館料320円)

2020年のNHK大河ドラマ”麒麟がくる”へ向け明智光秀が築いた城下町の福知山を
細川幽斎、細川忠興、細川ガラシャと共にゆかりの地として盛り上げている

この後、三段池公園へ向かい塩見氏が築城した猪崎城を登城
土塁や横堀(空堀)が良く残っており主郭からは眼下に福知山城が見える
この後も車を走らせ法鷲寺、正眼寺、明覚寺と巡り福知山城より移築された山門を拝見
法鷲寺の山門は他の移築城門に比べて内法が高い高麗門で豪壮な風格が漂う
鳥取城
2023年9月22日
【58城目】 隠れなき名山と言われる標高約260mの久松山の山頂から麓にかけて築かれた山城
江戸時代には国内12番目の規模を誇る鳥取藩32万石の居城となるも天守は焼失し櫓は解体撤去
半兵衛亡き後の官兵衛が参謀として活躍した羽柴秀吉による三大城攻めの鳥取城飢え殺しで有名
秀吉との壮絶な籠城戦が繰り広げられた頃は”城”の字の如く”土から成る”城であり石垣や天守は無かったと考えられている
※余談だが個人的には漫画単行本”センゴク天正記”13・14巻を是非読んで登城して頂きたい
仁風閣にてスタンプ押印、国内唯一の天球丸の巻石垣から三階櫓跡と周り、吉川経家公像を拝見
時間の都合上、山頂への登山は諦めて車を走らせ円護寺吉川公園にて吉川経家公の墓、
幸盛寺にて山中鹿之介の墓、景福寺にて後藤又兵衛の墓を参る
合間に、すなば珈琲で一服しながら本日の宿である山田屋へ

翌日、秀吉が陣を張った太閤ヶ平を目指すも朝降った雨の影響もあり登山を断念し帰路へ
途中、道の駅”かわはら”へ立ち寄りお土産を購入、すぐ目の前に見える河原城(丸山城)は模擬天守の町のシンボルタワーだが遠目には立派に見えた