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メンバー情報

ID4757
名前とし坊
コメント千葉県の65歳の男性です。歴史好きからお城に興味を持ちました。まだ 現役で働いておりますが、これから家内を誘って日本の各地のお城を廻ろうと思っております。時間をかけて焦らず百名城登城制覇に向けて頑張ります。宜しくお願いします。記念すべき最初のお城は、群馬県の箕輪城になりました。
登城マップ訪問城マップ

登城記録

登城日順 城番号順
箕輪城
2013年11月4日
スタンプラリースタートの最初のお城です。トイレ工事が有りましたが、車は二の丸駐車場迄はいれました。ボランティアの方の親切な説明で理解が深まりました。二の丸から鍛冶曲輪へ掘られた大堀切と発掘した石垣を案内してもらいました。有難うございました。
金山城
2013年11月4日
2城目です。本日車で 箕輪城〜高崎城そして金山城です。山城ですが、立派な石垣が残っておりました。大手虎口の石垣 400年前の城の威厳を感じました。月ノ池には鯉が泳いでいました。日ノ池は城の遺構には合わないようですが、不思議な魅力を感じました。南曲輪から 晴れていれば富士山が見えることでしたが、雲が多くみえませんでした。晴れた日にもう一度登城したいですが・・。
佐倉城
2014年1月19日
佐倉城主からは、江戸幕府の幕閣に多くの人が出、老中や京都所司代に任じられた者もいたとのこと。譜代大名に相応しい広さと威厳がありました。現存する建物や石垣はありませんが、空掘・水掘や土塁が有り当時を忍ばせます。特に 復元された一辺130mの角馬出は、見事であり威厳を感じます。スタンプ設置場所の佐倉城址公園管理センターは、判り辛かったです。センター内の天守模型が貧弱だったのが残念です。三の丸にある三逕亭(さんけいてい 茶室)で頂いたお抹茶は。とても美味しかったです。桜の咲く頃にまた訪問したい所です。
鉢形城
2014年3月30日
カーナビを鉢形城に設定した為、鉢形城歴史館の場所が判らず周囲をウロウロしてしまいました。臨時駐車場に車を止めても、資料館とお城の散策両方出来る事が後で判りました。思っていた以上の広さでした。本曲輪からの荒川の眺めは、堅固な断崖を実感できました。二の曲輪と三の曲輪の間の空堀と土塁が整備され残っていました。障子堀も一か所ありました。当日は、町指定天然記念物のエドヒガン桜が満開でしたが、ソメイヨシノの桜はまだ開花してませんでした。可愛いかたくりの花が咲いている場所がありました。
川越城
2014年3月30日
鉢形城から忍城を見て川越城に来ました。東日本唯一の本丸御殿で、十分雰囲気を感じましたが、お城の遺構としては少し物足りなさを感じました。中ノ門堀跡を見てから、蔵造りの街並と時の鐘を見学しました。
二本松城
2014年4月20日
二本松市歴史資料館で、スタンプをゲット。車は隣の市営駐車場に止め、資料館見学後無料券が貰えました。次に 霞ケ城公園に向かいました。
今日は日曜日だった為。団体の観光バスが多かったですが、無料駐車場に止める事が出来ました。駐車場のすぐ隣りに、二本松少年隊群像があり、その先が箕輪門でした。箕輪門の先に登城用階段が有り、立派なアカマツがありました。
三の丸は花見客で賑わっていました。桜は、満開を過ぎ散り気味でした。桜を堪能しながら、搦手門跡を見て天守へ。本丸跡の天守台からは、二本松市内と真っ白な安達太良山を見渡せました。
帰路は、日影の井戸・本丸直下大石垣等を見ながら三の丸へ。
帰りに、玉嶋屋(資料館の近くにお店有)のハートの羊羹と薄皮饅頭を購入。次の目的地白河小峰城に向かいました。
会津若松城
2014年4月20日
昨年の6月以来の4回目の登城。今回初めてスタンプゲットしました。
会津若松城は、桜が満開でした。桜越しに見る天守はじつに綺麗でした。天守最上階からは、満開の桜と真っ白な磐梯山が見渡せました。
本日は 二本松城と白河小峰城迄廻る予定ですので、早々と切り上げました。
二本松城に向かう途中、磐越自動車道を一時降りて国道49号線の中山峠にある野菜が沢山入ったけんちんうどんのお店(鞍手茶屋)でお昼を。好みで選べるお餅も美味しかったです。
白河小峰城
2014年4月20日
お城の駐車場に着いたのが、16時過ぎでした。慌てて白河集古苑に行きましたが、既に閉館でスタンプはゲット出来ず。
昨年6月以来の二度目の登城ですが、今回も中へは入れませんでした。修理は年内一杯とかですが、修理完了したらもう一度訪れたいと思います。
満開の桜越しの三重櫓は、堂々としておりました。ただ 崩れた石垣の先にある三重櫓を見ると胸が痛くなります。
スタンプは、白河駅前の白河観光物産協会で入手しました。
帰路に向かう前に、白河市役所近くの妙関寺にある樹齢400年のベニシダレザクラを見に行きました。花は濃いピンク色で、濃艶な桜の為「乙姫桜」と呼ばれています。昔 住職が、仙台藩主伊達政宗から譲り受けたと伝えられているとか。
今日は 福島県3名城制覇と桜見物を兼ねたドライブでした。朝4時半に出て、帰宅は午後9時半過ぎでした。走行距離650Km、少々疲れました。
江戸城
2014年5月3日
9城目。高麗門のある大手門から皇居東御苑を散策しました。
百人番所から中之門跡と中雀門跡の大きな石垣は立派でした。富士見櫓から本丸そして天守台へ。幕府の威信を見せつける大きな天守台でした。
汐見坂の石垣も見ごたえがありました。二の丸庭園は、ツツジとフジが綺麗に咲いておりました。菖蒲の咲く頃も綺麗だと思います。
じっくり見て回ると1時間以上かかると思います。
和田倉休憩所は改修中の為、スタンプは楠公休憩所でゲットしました。
徒歩で。大手門から二重橋〜桜田門〜お濠沿いに半蔵門へ、そして北桔梗門〜平川門〜大手門と皇居を一周しました。改めて 江戸城の大きさを実感出来ました。多少疲労感は有りましたが、心地良い充足感が残りました。
掛川城
2014年5月25日
10城目。静岡と神奈川の登城を目指し、自宅を朝4時に出発。途中 朝食と休憩を取りながら、掛川に8時半過ぎに到着。

駐車場の近くに、大手門と大手門番所がありました。

逆川を渡り、四足門を潜り天守へ。天守への階段を登るにつれ、太鼓櫓と掛川市内が見えてきます。掛川は出張で何度も来ましたが、登城は今回初めてです。
天守は 外観3層内部4階の望楼型で、小ぢんまりとしていました。内部の階段は、皆さんが言われるように本当に急でした。

二の丸御殿は、書院造で見ごたえがありました。御殿からの天守は、良い撮影ポイントに
なりました。川越城よりこちらの方が素晴らしいと思いました。

二の丸美術館には 掛川城の展示はありませんでした。美術館好みの方は是非ご覧になって下さい。


お城近くのお土産屋さんで 静岡おでんを食べようと思っておりましたが、11時前で
温まってなく販売してませんでした。

今日はこれから 駿府城に向かいます。
駿府城
2014年5月25日
11城目。市民文化会館の地下駐車場は入口が解らず、周囲をうろうろしてしまいました。中堀(二ノ丸堀)を北御門橋で渡り、駿府城内に。北御門橋周辺の西国大名が築城した石垣の刻印は、解りませんでした。

天守台跡を右手に見ながら、家康公お手植えのみかんの木と家康公像を見学。西門橋を渡り、お濠沿いに坤櫓へ。二ノ丸御門橋を渡りまた場内へ。坤櫓は今年の4月に復元されたばかりですが、入場料100円で内部を見学しました、あまり見る物は有りませんでした。

東御門と三層二重の巽櫓は、見どころ沢山ありました。天守の模型には、家康公の威厳を感じました。僅かに残る内堀と中堀を結ぶ二ノ丸水路を見学。

東御門を出て、近くに有る県庁別館21階富士山展望ロビーへ。入場無料で(〜20時迄)、360度一望でき駿府城はもとより静岡市内から晴れてれば富士山迄望めます。今回は曇って富士山は見れませんでした、残念。

これから 清水の河岸の市でお土産と新鮮な魚の夕飯を取り、宿泊地の三島に向かいます。明日は 静岡最後の山中城に行きます。
山中城
2014年5月26日
12城目。三島より車で30分弱で、山中城址観光案内所に到着。月曜日の為 お蕎麦やさんは休業日で、城址の案内資料は入手出来ず。スタンプは外に有り、ゲット。トイレも有り、近年復元された旧東海道の石畳の脇より岱崎出丸へ。

坂道を登るに従い、谷底から霧が立ち込め始め視界は最悪に。御馬場跡から 一の堀の畝堀へ。北条氏流築城術に感激。400年前の堀が良く残っていたのと、復元に感謝。

国道1号を超えて、三ノ丸から西の丸へ。西ノ丸の障子堀にまたまた感激。石垣の無い土造りのお城ですが、見に来て本当に良かったです。曇り空で残念ながら富士山を拝む事は出来ませんでした。

秀吉の大軍の前に 一日で落城したと思うと胸が痛くなります。ほぼ 2時間程の散策になりました。

これから 箱根を越えて石垣山一夜城と小田原城に向かいます。
小田原城
2014年5月26日
13城目。車は 大手口門櫓台石垣(鐘楼)近くの有料駐車場に止める。平日の月曜日のせいか、お城近くのパーキングは何処もガラガラでした。

馬出門土橋から馬出門へ、馬屋曲輪にある二ノ丸観光案内所で案内図を入手。住吉橋を渡って、銅門へ。枡形虎口の構造が良く解ります。常盤木門を通って本丸へ。

天守閣へは 38年振りの登城になりますが、3重4階のの天守は威風堂々としていました。受付でスタンプを入手し、資料を見ながら最上階へ。石垣山一夜城からは 遠くに小田原城を確認出来ましたが、こちら天守からは意外と近いのにびっくりしました。

小田原城歴史見聞館は時間がなく見れず、次回行けた時には是非入館して見たいです。
御用米曲輪は工事中でした。梅か桜の開花時期にまた行きたいと思います。
本丸東堀跡の花菖蒲はこれから見ごろになると思います。
足利氏館
2014年7月20日
14城目。
車で北門(薬医門)から入り駐車(一時間無料)。北門からお堀沿いに西門( 四脚門)
そして南門の太鼓橋を渡り楼門を潜り境内へ。鐘楼と大銀杏を見学し、本堂でお参りを済ませてからスタンプをゲット。城郭としては、特に見る物なし。周囲をお堀と土塁で
囲まれてますが、ジャンプすれば飛び超えれそうなお堀で、足利学校の通りに面したお堀の方が立派でした。
車を太平記館・観光駐車場に移動して(二時間無料)、足利学校を見学。
学校内の方丈の建物の中で、足利学校漢字試験に挑戦(面白かったです)。帰りに、論語抄(百円)を記念に購入。
太鼓橋へ続く大門通りを散策。足利尊氏像を見てから、ネットで調べたあまから家で昼食。辛口カレーとクリームあんみつとコーヒーのCセットを注文。甘辛とコーヒーの苦みの三つを味わえました。ついでに、お隣のお煎餅やさんでお土産に煎餅を購入。
今回は時間の関係で、宇都宮城と唐沢山城は次回に。
今日はこれから国道50号で、茨城県下妻へ移動。日帰り温泉で疲れを癒し、近くのパスタ屋さんで夕食を取り、大河が始まる8時前に自宅へ戻りました。
高遠城
2014年7月27日
15城目。
歴史博物館でスタンプゲットした後、館内の資料を見学し絵島囲み屋敷もついでに見学。
高遠城址公園の桜のビデオを視聴。満開のタカトウコヒガンサクラは素晴らしいのが
画面から実感できました。桜の咲く頃また来たいです。
車で移動し、北ゲートから入場。城址としての見る所は少なく、高遠城楼門・桜雲橋と堀切・太鼓櫓位かな。
城址公園として、少し物足りなさを感じました。
お昼に高遠そばを頂き、次の目的地諏訪大社上社本宮と高島城に向かいました。
甲府城
2014年7月28日
16城目。
舞鶴城公園の近くのパーキングを探していたら、偶然甲府市役所の前に出たので市役所に駐車(最初の1時間は無料ですが、昼食も食べたので800円かかりました)。
市役所の1階ロビーには、朝ドラの「花子とアン」の展示がありました。
本日は月曜日でしたので、お堀沿いから遊亀橋を渡り公園管理事務所にて資料とスタンプをゲット。
坂下門石垣を見て黒門の脇を通り、天守台の石垣を一周して本丸へ。復元された櫓と黒門等を除き、現存する建物は有りませんが、石垣の見事さに感動しました。
天守台からは、生憎 富士山や南アルプスは見えませんでしたが、城内と甲府市内が見渡せました。
お昼を甲府駅前の小作で、暑いのにほうとうをたべました。味噌味が美味しかったです。
次に 武田氏館に移動します。
武田氏館
2014年7月28日
17城目。
武田神社宝物殿でスタンプゲット。勝頼主従は、天目山への途中で自刃して一族は滅亡したと思っていましたが、館内の系図により現代まで続く武田家の当主がいるとは知りませんでした。
城郭としては、大手門をでた所の大手口復元土塁とお屋形様の散歩道を辿り、西曲輪の入口の枡形虎口位かな。
次回時間が有れば、信玄誕生の要害山城と勝頼が火をかけた新府城と最後に向かった岩殿城に行って見たいです。岩殿城は、中央高速を東京へ向かう途中大月の辺りで大きくそそり立つ岩山に有ります。
上田城
2014年11月3日
18城目。
自宅を朝5時前に出て、上田城の駐車場に8時半頃に到着。紅葉祭りの期間でしたが、朝早かったせいか駐車場はかなり空いていました。尼が淵に周り、芝生広場より高い崖上に築かれた西櫓と南櫓を見上げました。
西櫓脇の急な階段を登り、本丸堀沿いに二ノ丸北虎口の石垣を見学。外堀の百間堀は、陸上競技場に変わっていた。
本丸土塁の北東隅の隅欠(鬼門よけ)を見てから、上田市立博物館でスタンプをゲット。
館内見学後、いよいよ東虎口櫓門から本丸へ。門の入り口では、一分間で鎧を着せて貰えるサービスが観光客向けに実施されていた。
真田石の前で記念写真を取り、南と北櫓の中へ。南櫓からの尼が淵方面は、崖の厳しさが実感出来ました。
本丸内の土塁を一周、銀杏の黄色ともみじの赤の紅葉が素晴らしかったです。桜の時期も素晴らしいと思います。それ程大きいとは思えないこの城で、大軍の徳川勢を二度も撃退した真田昌幸のリーダーシップに感服しました。
二ノ丸堀跡のけやき並木を散策して紅葉を楽しみ、次に三の丸上田藩主居館跡の御屋形表門(上田高校敷地内)を見学し、ついでに上田駅前の真田幸村公像も見学。
小諸城
2014年11月3日
19城目。
午前中上田城を登城し、お昼に小諸城に到着。駐車場近くのお蕎麦屋さん(草笛)に入ったら本店でなく支店であった。生憎 くるみ蕎麦はやってなく藤村蕎麦を食す。量も多く美味しく頂きました。線路を渡り、大手門へ。ニ階に登ると、以外に広いのにびっくり。明治時代は、料亭や小諸義塾の仮校舎に利用されたとのこと。近くに 小諸宿本陣主屋が有りましたが、時間がなく今回はパス。地下道を通り、三の門より登城する。二ノ丸跡より黒門跡〜藤村記念館〜水の手展望台へ。眼下に千曲川が見渡せる眺望の素晴らしい所でした。小諸なる古城のほとり・・・と藤村の詩が浮かんできます。仙石秀久によって構築された野面積の天守台の石垣を見学する。天守台は小規模だが、もみじの紅葉が素晴らしかった。天守台下の馬場での菊花展も見ごたえが有りました。山本勘助が愛用したとされる鏡石を見て小諸城を後にし、別所温泉に向かう。
水戸城
2014年11月19日
20城目
弘道館の駐車場に車を止めて、受付でスタンプをゲット。正門・正庁と至善堂を見学。右近の桜と梅が咲く時も良いかも。弘道館の脇の道を通り、孔子廟から八卦堂を経て三の丸跡へ。三の丸空堀(北堀・中堀・南堀)はスケールが大きかったです。三の丸歴史ロードを下り水戸駅へ。水戸黄門助さん格さん像を見て、ついでに義公生誕の地を見てから二の丸空堀へ。現在は県道232号線になっておりかすかに名残が感じられた。大手橋から二の丸へ。大手門の枡形が僅かに残っていましたが、二の丸跡は第三高等学校・第二中学校と付属小学校になっており、二の丸御殿の片鱗も無いのは残念です。樹齢400年のシイの側(中学校の隣)に展望台が有り、那珂川を展望出来ました。本丸堀と薬医門を見てから次の土浦城へ。徳川御三家のお城にしては、櫓等の遺構が何もなく淋しい限りです。
金沢城
2015年5月1日
21城目。
城下まち金沢周遊1日フリー乗車券(バス)を購入し、長町武家屋敷跡〜兼六園〜金沢城を見学。兼六園では、園内散策し時雨亭でお抹茶を頂く。心和らぐひと時でした。
金沢城は、石川門から河北門を見学して三の丸広場へ。菱櫓・五十間長屋と橋爪門続櫓は、漆喰壁の白さと白銀に輝く鉛瓦が綺麗でした。残念ながら午後であった為、逆光で写真が上手く撮れませんでした。写真を撮るなら午前中がお薦めです。
枡形の橋爪門を通り、五十間長屋の内部へ。伝統的な木造軸組み工法の柱と梁を堪能。
二の丸広場より極楽橋を渡り、三十間長屋を経て本丸へ。本丸は、鬱蒼とした森であり当時の面影はなかった。
戌亥櫓跡・辰巳櫓跡と丑寅櫓跡を見学し、現存遺構の武具蔵の鶴丸倉庫と野面積の東の丸北面石垣を見て石川門に戻る。
石川門より、白鳥掘が有った白鳥路を通り大手堀へ。大手門に有る巨大な鏡石に加賀100万石の実力を感じた。
新丸広場より、黒門口〜土橋門石垣〜色紙短冊積石垣を見て玉泉院庭園へ。
いもり掘の傍の鯉喉櫓台からの本丸南面の高石垣は素晴らしかったです。金沢城は石垣の宝庫である事を実感しました。
高岡城
2015年5月2日
22城目。
朝金沢を発ち、高岡へ。駅より歩いて15分で高岡古城公園に到着。
大手口の傍に高山右近の像有り、その奥の鍛冶丸の高岡市立博物館でスタンプを押印。
内堀に沿って明丸から民部丸(三の丸)へ、あまりに暑かったのでひと時休憩する。
朝陽橋より北内堀を見て、本丸跡へ。建物は無いが、堀は築城当時のまま残っているとのこと。全国さくら100選に選ばれており、桜の満開の時お濠巡りの遊覧船に乗れば素晴らしいと思った。しかしながら もう一度来ることは無いかも・・。
本丸と二の丸を結ぶ土橋の石垣を見学して、南外堀にかかる駐春橋から帰路へ。
お堀は素晴らしかったが、なにか少し物足りなかった。
高岡大仏を見てから、瑞龍寺に向かった。
前田利長公の菩提寺として建立した国宝の瑞龍寺は、見ごたえがありました。
ここまで来たのでついでに前田利長公墓所に向かった。
瑞龍寺より、870mの八丁道を歩いて墓所に。一直線の参道には、54基の石灯籠が配置されていた。とにかくひたすら歩くのみであった。高さ11.9mの墓所は、大名の墓として最大級で、小さな濠もあり厳粛な佇まいであった。
熊本城
2015年5月20日
23城目。
九州城巡り初日の熊本城です。二の丸駐車場に止めて、旧細川刑部邸〜百間石垣〜監物櫓
を見てからスタートです。空堀越しに戌亥櫓を見て、北大手門跡から加藤神社で参拝。
神社から見る大天守と小天守は、撮影の良いポイントでした。深い空堀の底から積み上げた石垣の上にそびえ立つ宇土櫓は、見事でした。宇土櫓越しに大・小天守は一番の撮影ポイントです。頬当御門から闇がり通路を通っていよいよ本丸へ。外観復元された天守は、
品格のある重厚感があり、軒下の白壁と黒の下見板がバランスが良かったです。残念なのは、内部がコンクリート造りであったこと。宇土櫓の内部は木造で趣があり、最上階からの大天守の眺めは素晴らしかったです。本丸御殿をみて、二様石垣から東竹の丸にある重要文化財の櫓群を一周し、竹の丸に戻り飯田丸五階櫓を堪能する。不開門より外に出て、
20mの高石垣の櫓と長塀を見て4時間十分に堪能しました。明日は人吉城へ行きます。
人吉城
2015年5月21日
24城目。
熊本からレンタカーで人吉城へ。球磨川とその支流の胸川を天然の外堀としたお城です。
人吉城歴史館でスタンプをゲットし、大手門跡から胸川に架かる橋から角櫓と多門櫓を見学する。旧後口馬場を通り、内蔵助屋敷地下室をみて御館跡から三の丸へ。
二の丸からは、眼下に胸川がみえました。本丸へは、急な階段を登ります。本丸には天守はなく、護摩堂が当時あり建物の礎石だけありました。
石垣のみの中御門から御下門迄一気に下り、堀合門と水の手門を見学。
はねだしの有る石垣が面白かったです。
対岸からの角櫓の写真を撮る為、球磨川を渡り445号線に出て胸川に沿う道に行くと撮影ポイントが有りました。今日はこれから鹿児島城に向かいます。
鹿児島城
2015年5月21日
25城目。
人吉城から鹿児島へ向かう途中、桜島が二回噴火して歓迎してくれました。初めて見る桜島に感激しました。仙巌園に立ち寄り、南洲墓地にて西南戦争で戦死した薩軍の将兵と西郷隆盛のお墓をお参りして鹿児島城に入りました。
鹿児島県歴史資料センター黎明館に入館すると、駐車場が無料になります。
皆さんがご指摘のように、鹿児島城は見るものがあまり有りませんでした。
御楼門跡の枡形虎口と西南戦争の銃弾跡が残る石垣を見学し、鬼門除けの北東面の石垣を見たらほとんど終わりでした。物足りない感じがしました。
国道10号線をお堀沿いに戻ると、西郷隆盛の銅像が有りました。
翌日 ホテル前の大久保利通銅像から西郷隆盛生誕地を見て城山に登りました。
桜島は霞んではっきり見えませんでしたが、帰路の途中 西郷洞窟と西郷隆盛終焉の地を見学しました。お城が物足りなかった分、西郷隆盛ゆかりの関連史跡を見学出来たことは嬉しかったです。
飫肥城
2015年5月23日
26城目。
今日は、鹿児島県指宿温泉より飫肥城を目指します。
途中 都城市に寄り島津発祥の地である都城島津邸を見学する。本宅には昭和48年全国植樹祭で来県された昭和天皇皇后両陛下が宿泊されたベットやソファーがそのまま展示されていました。時間が有れば、都城島津伝承館も是非立ち寄って下さい。
飫肥城に到着した時は、生憎の土砂降りの雨でした。
大手門の枡形と築地塀と控柱を見学し、隅櫓跡の石垣と犬馬場から歴史資料館へ。
飫肥杉が林立する旧本丸への登城道は静かな雰囲気がありました。しあわせ杉の対角線上で写真をとり,有料の武家屋敷の松尾の丸・旧藩主伊東家の屋敷と庭園の豫章館と小村記念館を見学。帰りに 四半的射場で弓を初めて試射し、一本が的中し飫肥杉の的中記念をゲット。思い出の記念になりました。時間が無くなり、武家屋敷は見学できず。
岡城
2015年5月25日
27城目。
昨日は、朝 日南市南郷町を出発し、鵜戸神宮から堀切峠を経由し宮崎ICから大分へ。
佐伯城と臼杵城を見学し臼杵にて宿泊。
10年ぶりの登城、駐車場に有ったレストランが無くなっていた。
大手門跡から家老屋敷・城代屋敷跡を見て、西中仕切跡の食違い虎口の石垣を見学する。
三の丸の高石垣が木々の緑に映えて、古城を感じさせます。
太鼓櫓門跡の石垣を見て、三の丸から二の丸そして本丸跡へ。御三階櫓跡からは、眼下に
白滝川を望め100mの断崖上に築城された岡城を実感できました。
本丸跡の石垣沿いに搦め手門の下原門跡迄足を延ばしました。大手門跡に戻り西の丸御殿跡を見学する。西の丸は岡城で一番広い敷地でした。
近戸門跡から七曲りを下り駐車場へ。今回は、時間が有りゆっくりほぼすべて回ることが出来ました。桜と紅葉の季節はまた素晴らしいと思いました。
今日はこれから大分府内城を目指します。
大分府内城
2015年5月25日
28城目。
岡城より大分府内城へ。城の西側より入場出来、文化会館が取り壊され臨時駐車場に。
10年前来た時の記憶は、大手門と文化会館のみでした。
今回は時間が有りましたので、大手門よりお堀に沿って着到櫓から一周しました。内堀は埋められていますが、お堀が完全に一周残っていました。堀は浅いですが、浄化装置で水がとても綺麗で鯉や魚が良く見えます。
皆さんが言われているより見る所がありました。北東隅二重櫓の先のお堀越しに天守台の
石垣が見えました。さらに進むと、人質櫓と廊下橋がお堀越しに綺麗に見えます。
廊下橋でスタンプをゲットし、山里丸の慶長期の石垣を見学。さらに 西の丸西南隅櫓と
宗門櫓をお堀越しに見ながら大手門に戻りました。
場内は、西の丸は駐車場にそして本丸に天守台と庭園がありました。天守台には四重の天守が築かれたとのことですが・・。大手門から交差点を渡った角にザビエルの記念碑が有り、写真を撮り別府に向かいました。
明日は、別府から日出城〜杵築城そして中津城を見て大分空港より夜帰京の予定です。今回 7日間の九州お城巡りは、走行距離1132Km、歩数は8万3千歩でした。
備中松山城
2015年7月28日
29城目。
麓よりバスに乗り換え、鞴峠へ。ここから山道(700m)を徒歩20分で小松山山頂へ。
猛暑の中、中太鼓丸櫓の跡に着く頃には全身汗びっしょりとなりで水分を補給しながらの城巡りとなりました。三の丸入口の大手門跡は、石垣だけであるが当時の櫓門を想像出来るスケールでした。また 二の丸跡方面を見ると、高石垣と岩盤の上の石垣と土塀がそそり立ち難攻不落の城であった事が想像出来る。
二の丸跡からの本丸と奥に鎮座する二層二階の天守は、小ぶりであるが最も高い山城に現存する物。良く残ってくれた事に感謝です。
天守内部は木造造りで、囲炉裏や籠城時に城主が自害する装束の間が興味深かったです。
東御門から二十櫓(現存)を見て下山。
暑さとの戦いでの登城でしたが、山城の現存天守を見る事が出来たのが嬉しい限りです。
岡山城
2015年7月28日
30城目。
岡山後楽園を散策して、南門より岡山城へ。
月見橋からの旭川を堀にした岡山城天守は、撮影の良いポイントです。
月見櫓の下から、本丸下の段を通り内下馬門枡形跡へ。目安橋を渡り、当時の内堀を見学。大手口の鏡石を見ながら、黒門跡から本丸中の段へ。不明門を通り、本丸本段に入り天守にご対面。外観復元された天守ですが、宇喜多秀家より築城された黒い下見板張の外観は素晴らしかったです。余韻に浸っていたところ、突然の雷雨で天守に避難。天守最上階からの岡山市内と後楽園の展望を期待していたが、雨で見えず金の鯱だけが雨に濡れて輝いていた。今回岡山城散策で、四つの異なる石垣を見り予定でしたが雷雨で十分できず。確認出来たのは、慶長年間の小早川期の大納戸櫓の石垣と、池田期の加工成形された月見櫓の石垣でした。宇喜多期の野面積の天守石垣は、傍に有りながら十分見る事が出来なかったのが残念です。
竹田城
2015年7月29日
31城目。
今日は岡山市内から竹田城と姫路城を巡ります。
今回はバスツアーの為、麓のコンビニでマイクロバスに乗り換えバス乗降場へ。大手口の料金所迄徒歩20分位。料金所にもスタンプを置いて有り、無事押印出来ました。
猛暑の中 大手口からの北千畳迄の登りが急登でしたが、北千畳からの眺めは素晴らしく疲れが吹き飛びました。
本丸には入れませんでしたが、穴太衆による野面積みの石垣を充分堪能しました。本丸の天守台も、二の丸や南千畳などから見ると違った表情を見せてくれました。
残念ながら花屋敷には入れず、ここからの天守台も見たかったですが・・。
次回 立雲峡の第一展望台より竹田城を見てみたいと思いました。
料金所で、スタンプ押印に気を取られクリアファイル(竹田城の縄張り等の資料)を忘れてしまいました。しかし 現地のスタッフの方が無線で連絡して下さり、料金所より二の丸迄届けて戴きました。暑い中 感謝・感謝です。有難うございました。
姫路城
2015年7月29日
32城目。
平成の大修理の後の登城。以前より本当に白い天守に変貌していました。白漆喰総塗籠の大天守は、眩い程の輝く白さで美しかったです。
三の丸からの正面の姿、三国堀からの姿、はの門手前の土塀越しの天守と西小天守の姿、天守直下の備前丸からの姿そして西の丸からの天守の威容な姿に感動です。
天守と小天守、櫓、渡櫓、門そして土塀など数の多さとスケールの大きさに目を奪われます。
天守内部の東と西大柱の径の太さを実感できたのが嬉しかったです。ただ 天守内部は平日なのに人が多く大混雑。下り階段で渋滞が発生していたのが残念。
今回はツアーでの登城でしたので、次回はもう少し時間をかけて周囲のお堀や男山からの天守も見てみたいです。
松本城
2015年11月4日
33城目。
3回目の登城で初スタンプをゲット。今回は、松本城と市内を一日かけてじっくり見るため、駐車は市営駐車場ではなく松本神社近くのタイムズ(6台)にしました。
埋橋越しの天守は、朝は逆光になります。写真を取りながら内堀沿いに二の丸から黒門へ。松本城のお堀が浅いのにびっくり(ヘドロが堆積とか)。本丸より天守へ、平日で朝早かったせいか空いていてじっくり見学できました、400年以上たつ木造の天守は、風格がありました。天守最上階の6階からは、雪を抱いた常念岳から大天井岳が綺麗に見えました。本丸では、菊花展が開催されていました。
外堀から太鼓門を通り、二の丸御殿跡と土塁を見学し北門より城外へ出て昼食にお蕎麦を。旧開智学校と旧司祭館を見て再度松本城へ。お堀越しの乾小天守と天守は、青空に映えて綺麗でした。大名町通り〜縄手通り〜大正ロマンの街を経由して、松本城総堀へ。
市内を散策すると、井戸と湧水が多いのにびっくりしました。
松代城
2015年11月5日
34城目。
長野より大王わさび農場を見て松代城へ。10年ぶりの2回目です。長野ICより来た為、
車を松代城北駐車場に止めましたが、殿町観光駐車場の方が市内散策には便利です。
松代城には現存する建物は有りませんが、太鼓門と北不明門櫓門が復元されていました。
搦手口より入場し、百間堀跡と土塁を見て二の丸の土塁の上から本丸を眺望。どうだん躑躅の紅葉の赤と松の緑とお堀が調和して綺麗でした。
本丸の戌亥隅櫓台の野面積の石垣は、趣が有りました。
松代城の入場も駐車場も無料は嬉しい限りです。文武学校・真田宝物館と真田邸を見学。
文武学校近くの松代小学校の校門脇の真っ赤なもみじと塀沿いの花壇と木々の紅葉が綺麗でした。付近の市街地も歴史を感じさせる良い町並みでした。
車を代官町駐車場(無料)に止めて、本土決戦に備えて軍部が秘密裏に掘った松代象山地下壕を見学(片道500m)。帰りに紺屋町近くの酒造店で地酒を、竹風堂で栗羊羹を購入して帰路に着きました。
八王子城
2015年12月9日
35城目。
今回八王子城を登城して、関東甲信を制覇出来ました。
駐車場で ウォーキングシューズからトレッキングシューズに履き替えたのが正解でした。お城巡りというより 軽い登山でした。
紅葉が綺麗な管理棟の脇からアシダ曲輪〜金子曲輪〜八王子神社から城内最高所の曲輪の本丸跡へ。残念なのは、お城としての遺構が少なかったことです。
松木曲輪で昼食を済ませ、今回楽しみにしていた伝・大天守跡の石垣と石塁へ。
詰城への標識に従い下りて行きましたが、分岐点で道が判らず。
最初に左側の道を行きましたが、途中からルートが判らなくなり戻りました。右側の道は、枝や樹木にテープが有り正しいルートだと思います。が 倒木や枯れ葉で道が不安定で、家内が不安になった為今回は諦めて松木曲輪迄戻りました。
ガイダンス施設で朝受付の男性にルートを聴きましたが良く分からないとのことでした。五万分の一の地図と磁石は持って行きませんでした。
伝・大天守跡の石垣と石塁を見に行かれる方は、ボランティアガイドの人に良く聞いてからトライして下さい。大手門跡から御主殿跡と虎口を、御主殿の滝は思ったより小さかったです。
岐阜城
2016年1月26日
36城目。
名鉄岐阜よりバスにて歴史博物館前で下車。冠木門を入り昨日降った雪の虎口と土塁を見て、信長居館跡へ。居館跡は残念ながら発掘調査中でした。
今日は時間がない為、金華山ロープウェーで約4分で山頂駅へ。登るにつれて岐阜市内と
長良川が眼下に。
山頂駅より、上格子門跡〜馬場跡〜二の丸跡を経て復興天守へ。鉄筋コンクリート造りの天守に魅力は乏しいと思ってましたが、標高329mの金華山頂に立つ姿は青空に映え美しかったです。さらに 最上階からの展望は、眼下に長良川・濃尾平野を一望し、伊吹・鈴鹿山系迄の眺望を満喫できました。信長が天下を取った気分を味わいました。
犬山城
2016年1月26日
37城目。
名鉄岐阜より新鵜沼で下車。ツインブリッジ犬山橋からライン大橋迄木曽川の対岸より
犬山城の雄姿を眺望。生憎 午後の為逆光になり写真の方はいまいちでした。
ライン大橋からは、木曽川左岸の標高88mの独立丘陵上にそそり立つ犬山城の姿が美しかったです。お薦めの写真ポイントです。
黒門跡近くの堀切を見て、二の丸を分断する直線的な登城道を経て本丸鉄門へ。櫓門の2階の管理事務所にスタンプが有りました。
本日は1月26日の防災デーで、ラッキーにも犬山城入場料が無料でした。更に 城とミュージアム(江戸時代の城下町のジオラマ有り)・からくり展示館(犬山祭りに使われるからくりを展示)とどんでん館(犬山祭りで曳かれる車山4輌を展示)も無料でした。
天守4階からの眺望は素晴らしかったです。北西に岐阜城、南南西に名古屋駅前高層ビルの手前に小牧山城が確認出来ました。
帰路 犬山駅に向かう本町通りで食べた醤油おこげ串が美味しかったです。
鳥取城
2016年1月27日
38城目。
先日降った雪を心配しましたが、鳥取市内にはほとんど有りませんでした。
北ノ御門跡より登城開始。今日は、山下ノ丸のみで本丸の天守跡は次回来れた時に。
二の丸の登石垣・石切場と御三階櫓台石垣を見て、天球丸へ。球面の巻石垣は鳥取城しか無いとのこと。天球丸のものは、2012年に復元。天球丸にある石垣近くの大きな松二本が、石垣保護の為撤去か保存かで揺れているそうです。景観から言うと是非残して欲しいですが・・。表御門跡より、登雁木(斜めになっているのは鳥取城のみとか)と石垣を確認。仁風閣への下山道で、付近に落ちている瓦の破片は廃城時の土塀の屋根瓦の一部とか。仁風閣の天井の照明は、創建時のエジソン電球で暖かい温もりが有りました。
仁風閣を出て振り返ると、御三階櫓台石垣越しに山上ノ丸の本丸が望めました。
バスで米子へ移動し宿泊。米子より境港迄足を延ばし、夜7時過ぎで誰も居ませんでしたが、水木ロードで妖怪たちに会って来ました。水木しげる記念館近くで食べた海鮮丼のカニが美味しかったです。境線の鬼太郎ファミリー列車も楽しかったです。
松江城
2016年1月28日
39城目。
早朝 散歩がてらホテル近くの米子城の二の丸虎口枡形と高石垣を見学。大天守台と小天守台石垣は、ホテル近くの交差点より遠望する。これからバスで松江城へ向かいます。
入口で堀尾吉晴公像を見て、いよいよ松江城へ。馬溜の大手門跡へ、大きな石垣から当時は立派な大手門があった事が想像出来ます。太鼓櫓を見て二の丸上の段にある興雲閣と松江神社を見学・参拝。一ノ門を抜けると、本丸の天守へ。黒い下見板張の複合式望楼型天守が、優しく迎えてくれました。
天守地階には、国宝指定の根拠になった祈祷札が張ってあった柱を見学。深さ24mの井戸も有り。松江城の天守の特徴は、姫路城のような通し御柱でなく二階分を貫く通し柱の組み合わせで、柱も複数本の木を組合わせ鉄輪留めていた。
展示品に 大阪冬の陣に14歳で参戦した松平直政(後の藩主)の奮戦ぶりに、真田信繁(幸村)が投げ与えたという軍扇が有りました。今年の大河の一場面に出てきて欲しいですが・・。北の門跡前からの天守も撮影ポイントです。松江歴史館前の北惣門橋からの水堀が美しかったです。次回来れたら 堀川巡りを体験したいです。これから月山冨田城に向かいます。
月山富田城
2016年1月28日
40城目。
月山冨田城に近づくにつれ、辺りは雪景色が広がってきました。
安来市立歴史資料館の熱心な館長の説明を聞いて、下調べをしてからスタンプをゲット。
資料館で杖を借用したのは正解でした。千畳平に着く頃には、積雪が10cm位残っていました。太鼓壇で山中鹿介幸盛像を、曇っていて写真の方はいまいちでした。
花の壇への道は、お城巡りというより雪体験ツアーのようでしたが、良い体験をしました。花の壇の先は、通行止め(4月迄)で冨田城中枢部の広大な曲輪の山中御殿が有りました。山中御殿越しに、急登な七曲りの上に詰城の山頂の本丸等を確認。三の丸の石垣も見えました。帰路 伝堀尾 吉晴の五輪塔のお墓を見学、傍に早咲きの桜が数輪咲いていました。城下町の面影が全く有りませんでしたが、前の飯梨川の川底に古い城下町が眠っているとの説明で理解できました。いつか機会が有れば、山城の本丸を登ってみたいと思います。これから バスで6時間以上かけて名古屋へ。明日 名古屋城を見学後東京へ戻ります。
名古屋城
2016年1月29日
41城目。
名古屋駅前より、名古屋観光ルートバス(メーグル)の1DAYチケットで名古屋城へ。
徳川美術館へのバス時間と帰りの新幹線の時間を考え、名古屋城見学は2時間に。
西南隅櫓〜鵜の首を見て小天守より天守へ。銅瓦を葺いた屋根と軒先が鋭く反り返る天守は、堂々とした佇まいをしていましたが、天下普請で作った巨大天守の故なにか心を打つものが少なかった。本丸御殿は復元工事中ですが、玄関・表書院は公開中です。表書院上段の間は、格式が高く立派でした。第3期工事が完了する2018年に、全容を見に来たいです。表二之門より出て、清正公石曳きの像・二の丸広場・東南隅櫓を見て、正門で慌ただしくスタンプをゲットしてバス停へ。
今回時間に追われ、カヤの木・西北隅櫓(清州櫓)と清正石を見忘れてしまいました。
次回 完成した御殿と一緒に見に来たいと思います。
徳川美術館は、1200円の入場料に見合う内容豊富な展示品が有りました。特に 第6
展示室は、源氏物語絵巻(原本展示でなく複製と映像が主)です。もっと時間をかけてじっくり見たかったです。徳川園の冬牡丹は、雨が降っていたため今回はパス。
岡崎城
2016年8月30日
42城目。
名鉄東岡崎駅より徒歩で向かう。乙川の殿橋の欄干には、徳川家の家紋と岡崎城が装飾してあり、欄干越しに天守の上部が見えます。国道1号の大手門へのルートでなく、乙川の土手沿いに船着場跡から神橋を渡り本丸へ。大手門を見学後、現地ボランティアの方に城内を一時間以上丁寧に案内して頂きました。三春の滝桜を含む三大桜の苗木が植えられていて、桜の時期とその後の藤も素晴らしいようです。
家康生誕の城で有る為、家康公銅像・松平元康の石像・しかみ像(石造)・産湯の井戸・東照公えな塚・東照公遺訓碑・家康公遺言等多数ありました。
青海堀に有る廊下橋跡が面白かったです。是非 見逃さないようにして下さい。
復元された三重の天守の撮影には、龍城神社が遮りますが・・。
今日はこれから熱田神宮に参拝した後、名古屋市内の中村公園に寄り、秀吉・清正記念館を見学します。
明石城
2016年8月31日
43城目。
本日は、池田城址・三木城址を見てからの3城目。
市立図書館和脇の駐車場より入場し、坂道を降りて桜堀から埋門を経て本丸へ。
本丸内展望台より 明石海峡大橋が見えました。
現存する櫓は、坤櫓と巽櫓のみです。坤櫓は西国外様大名を、巽櫓は城内を監視したそうです。南側の明石公園から見ると、坤櫓は妻側を巽櫓は平側を向けていました。
両櫓は 初重と二重目屋根の唐破風と千鳥破風の上下を入れ替えていました。是非 見落とさないようにして下さい。
本丸帯曲輪から 坤櫓を真下から見ることが出来、石垣と櫓を実感できました。天守台の高石垣も間近に見れました。
大手門枡形と中堀を見て二の丸を通り帰路につきました。
城内に 名称の立て札がなく残念でした。もう少し整備していただくと理解が増すのですが・・。明日は、徳島城に向かいます。
徳島城
2016年9月1日
44城目。
今日は、淡路島の洲本城を見てから四国の第1城目です。
数寄屋橋から登城し、徳島博物館をさらっと見学し、枯山水と築山泉水庭から構成された回遊式庭園である表御殿庭園を散策。庭園は見ごたえがありました。
時間がなく、鷲の門と下乗橋と大手門を見学できず残念でした。
徳島城には現存する櫓や門がなく、いささか寂しい物足りない気がしました。
藩祖である蜂須賀家正の裃姿の像を見てから、城山へ。急な階段を汗をかきながら登ると、天守が有った東二之丸へ。その先に 阿波特産の緑色片岩を使用した本丸北東の石垣が有りました。やっと城跡らしくなりました。山頂の本丸は、ただ広いだけでした。
西二之丸の帳櫓跡には、複数の鏡石を確認できました。西三之丸門跡の枡形虎口は、堅固に防備を固めていました。旧寺島川沿いの屏風折れ塀(舌石)を見る事が出来なかったのが残念です。
今日は これからフェリーで和歌山に向かいます。
和歌山城
2016年9月2日
45城目。
前日の夜7時過ぎに大手門近くのホテルに到着。部屋が13階だったため、ライティングされた和歌山城連立式天守が、天守・小天守・多門・乾櫓迄綺麗に望めました。
夜8時過ぎ 明日の下調べに大手門より和歌山城内に。天守曲輪の天守目指して裏坂のルートを選択しましたが、上りの階段を歩き始めて足元が見えなくなり引き返しました。
懐中電灯を持参しなかった事を後悔。帰路 けやき大通り市役所バス停前付近から、ライティングされた御橋廊下と天守を望めたのがラッキーでした。
大手門より登城開始、大楠・雁木を見て岡口門へ。高石垣が続く表坂より、天守裏側へ。
丸く膨らんだ石落としの白漆喰はだいぶ汚れていましたが、二段の石垣の間に有る犬走を確認出来ました。埋門の先にある乾櫓の石垣付近には、墓石や宝篋印塔の台座などの転用石を見る事が出来ました。
裏坂を下りきった所に、なにこれ珍百景で紹介された石段を登る人の形(根っこ)が有ります。お城とは関係有りませんが、是非見て下さい。
二の丸と西の丸を繋ぐ御橋廊下は、斜めの廊下橋で滑り止めが有り貴重な体験でした。
御三家のお城だけ有り見ごたえがありました。
大阪城
2016年9月2日
46城目。
バス駐車場より南外堀へ。六番櫓越しに見る長大で雁行した石垣とお堀に圧倒されました。江戸城をはるかに超えるスケールでした。
大手門前の土橋から見る千貫櫓の高石垣の高さが素晴らしかったです。
高麗門と櫓門からなる大手門は、日本最大の内枡形門で大きさと広さが際立っていました。楼門枡形正面の畳36枚の巨石蛸石と左側にある城内第3位の巨石 振袖石のスケ−ルの大きさにびっくりです。
秀吉の天守から3代目になる鉄筋コンクリートの天守閣は、堂々と鎮座してました。
撮影ポイントは、正面以外に左側の庭園越しがお薦めです。
時間がなく天守閣の内部は駆け足の素通りでした。黄金の茶室(模型)や大阪夏の陣図屏風など次回じっくりと見たいと思いました。展望台からの大阪市内の眺望は素晴らしかったです。まだ見たい所がたくさんありましたが、バス発車時間が迫り東京への帰路に。
七尾城
2016年10月26日
47城目。
北陸お城巡りの初日、富山城・高岡城を巡り本日最後のお城です。
本丸駐車場より、標高差30mの本丸をめざす。整備された道を歩くと、調度丸へ。石塁が続く所を過ぎると、杉木立の先に桜馬場の5段に積まれた石垣が悠然と立ちはだかっていました。大規模な戦国期の拠点城郭の片鱗が感じ取れました。
遊佐屋敷跡から、3段の野面積の石垣の脇の階段を登り標高300mの本丸へ。
本丸からは、眼下に上杉謙信も好んだ七尾市内と能登湾の絶景が見えました。
本丸の片隅に、高さ3m程の土塁で高くなった天守台がありました。現在は、小さな城山神社が祭られていました。
今回は時間が無く二の丸・三の丸へは残念ながら行けませんでした。次回は、山麓の七尾城史資料館より徒歩の旧道で本丸を目指したいです。これより金沢市内に戻り、近江町市場で夕食を済ませた後、宿泊の福井市に向かいます。
一乗谷城
2016年10月27日
48城目。
早朝 食事前に福井城を見学。徳川家康の次男でありながら将軍を継承出来なかった結城秀康が築いた城。金沢の前田氏を牽制する大きな城でしたが、現在は水堀・石垣と天守台が残るのみ。食後 天空の城 越前大野城に立ち寄り、二層三階建ての復興天守に登城して一乗谷朝倉氏遺跡に向かいました。
今から 440年程前一乗谷川沿いの城下町に1万人が住んでいたとか。織田信長に敗れ落城し、城下町も三日三晩燃え続け灰燼に帰したそうです。のどかな里山風景を見ていると、城下町を想像できません。が 至る所から発掘された塀の石垣や建物礎石をそのまま使い、町並みや武家屋敷を忠実に復原したそうです。発掘調査して50年、今後さらに50年かけるとか。50年後の調査結果が楽しみですが・・・。下城戸跡はさらっと見れましたが、上城戸跡の長さ100mの土塁を見れなかったのが残念です。
唐門から義景館跡を見学しましたが、庭園跡を見ずに帰路に着いたことが失敗でした。
これから丸岡城と金沢城に行き、散策後小松空港より羽田に戻ります。
丸岡城
2016年10月27日
49城目。
一乗谷城より、途中昼食で竹細工の実演を見学できる越前竹人形の里に立ち寄る。生命を吹き込まれた竹人形が見事でした。
駐車場より、本丸への丘を登るとすぐ天守が見えました。
福井地震で倒壊し、天守から落下した笏谷石の鯱と一筆啓上書簡の碑を見学。
天守は、逆光で良い写真が撮れず残念でした。午前中がお薦めです。
野面積みの天守石垣を一周、小振りなので時間はかかりません。石落としを真下から見れます。
急な階段を登り、天守内部へ。入母屋造の単層櫓内部の木造の梁や柱が、最古の現存天守を感じ取れます。急な階段と言うより、はしごを登り望楼型天守最上階へ。廻縁は飾りで外へは出れず。しかし 城下町や福井平野が望めました。
見どころは天守のみで、少々物足りなかったです。しかしながら 小振りな天守ですが、笏谷石の瓦が重量感ありました。
今回のお城巡りで、北陸を制覇できました。
春日山城
2016年11月8日
50城目。
ものがたり館に朝7時半についてしまった為、春日山城を先に見る事に。
春日山神社の駐車場に止めて、急な階段を登り上杉謙信公銅像を見てから神社に参拝。
三の丸・二の丸への道は、8月の豪雨で通行止めであった。神社右脇の道から直江屋敷跡へ。虎口付近から三の丸と二の丸が見えましたが、途中の道が土砂崩れで流失していた。
謙信が信仰した毘沙門天の尊像が安置されていた毘沙門堂に参拝。438年前 亡くなる直前の関東出兵の戦勝を祈願したかと思うと歴史を感じます。
本丸・天守台からの眺望は素晴らしく、頚城平野から日本海迄見えました。帰路は、景勝屋敷跡から大手道を通り駐車場まで。森林浴と紅葉を楽しみながらの下山でした。
ものがたり館に戻る途中 林泉寺に寄りました。謙信公によって春日山城の搦手門から移築された惣門から山門そして宝物館を見学。謙信公直筆の書や肖像画があり、入館料500円払っても見る価値があります。謙信公の御墓をお参りし、春日山城史跡広場の土塁と監物堀を見学。これから 新発田城へ向かいます。
新発田城
2016年11月8日
51城目。
春日山城を登城して、15時過ぎに新発田城二の丸駐車場に到着。
生憎の雨と強風の中、御三階櫓を内堀越しに眺める。せっかく木造で復元したのに、内部を見学できないのが残念です。白と黒のコントラストが美しい海鼠壁の壁面と三匹の鯱が特徴の御三階櫓です。内堀沿いの桜が、見事に紅葉していた。春の桜の時期も美しいと思いましたが、訪れる機会があるだろうか・・。
350m続く美しい切込接の石垣沿いに、旧二の丸隅櫓から本丸表門へ。門の建物は、石垣から一間下がった位置に造られていた。敵を攻撃する為の石落としの構造は、門2階が真っ暗で十分に確認出来ず残念であった。
木造で復元された辰巳櫓の内部は明るかったが、旧二の丸隅櫓は本丸表門2階と同様に真っ暗であった。夕方登城する方は、LEDの懐中電灯持参した方が良いかも。
堀部安兵衛誕生之處を見てから駐車場に戻りましたが、時間が無くなり清水園と足軽屋敷は断念する。明日は 群馬県沼田市でリンゴ狩りをしてから、真田信之の正室の小松姫が眠る正覚寺を見てから帰京します。
高松城
2016年11月23日
52城目。
四国お城巡りの最初は高松城です。西入口でスタンプをゲットし、二の丸から鞘橋へ。
屋根付きの鞘橋を落とせば、本丸は内堀に囲まれて独立します。明治になって老朽化により取り壊された天守閣の天守台に登ると、内堀越しに瀬戸内海が望めました。
天守台の石垣は修復されていて、地下1階に礎石が残っていました。四国最大を誇った3重5階の天守閣が復元されたら是非見に来たいですが・・。
内堀には、真鯛が泳いでいました。時間が有れば和戦「玉藻丸」に乗船し、エサやりを体験したかったです。
水手御門は海に面していて、この門より藩主が小舟に乗り沖の御座船に向かったそうです。海城を実感できました。
披雲閣の蘇鉄の間から庭園越しに望む天守台の石垣は、眺めが良かったです。
旧太鼓櫓跡に移築された艮櫓は、狭間と石落が城内に向かっていました・・。
これから 丸亀城にむかいます。
丸亀城
2016年11月23日
53城目。
 土橋と高麗門の大手二の門越しに天守が見えました。現存する天守で一番小さいですが、本丸まで4段の石垣の上に聳えている様は大きく見えました。
見返り坂を登った三の丸北東部の石垣は、20m以上の高さの城壁が続いていました。
石垣の真下から眺めると迫力が有り、算木積みされた美しい曲線美「扇の勾配」が素晴らしかったです。大手桝形虎口の切込接の石垣と三の丸石垣の打込接を充分堪能しました。三の丸からは、瀬戸大橋が見えました。城内のもみじの紅葉が綺麗でした。
二の丸には寒桜が咲いていて、春は桜が見事らしいです。
小振りな本丸には、約15mの三層三階の層塔型木造現存天守がありました。最上階に、高欄はなく窓枠から周囲を眺めました。天守は小さいですが、石垣が素晴らしかったです。撮影ポイントは、玄関先御門先の芝生からと土橋を渡り左折したあやめ池先の入り込んだ内堀の歩道からが紅葉と高石垣と天守が入ります。
今治城
2016年11月24日
54城目。
 宿泊したホテルから今治城迄近かったので、夕食後ライティングされたお城の散策に行きました。山里門から入場し、天守真下の入り口から鉄御門を通ってお堀越しに天守を。
夜空に浮かび上がった様子は、まさに幻想的でした。
朝 山里櫓越しの天守は逆光でした。内堀越しに見る高虎が築城した二の丸の高石垣は、
みのもに映えて堂々としていた。天守最上階からは来島大橋が見え、武具櫓の先に見えるコンビニ(ファミマ)の隣が海だったそうです。来島海峡を監視し、毛利や広島の福島正則を
牽制するために家康の命で築城された海城とのこと(ガイドさんより)。
内堀には黒鯛が泳いでいました。サメも1匹いるとか、また堀底から真水が沸いている所にはメダカもいるとのこと。現存する建物は有りませんが、模擬天守・復元された門と櫓や石垣と内堀で十分海城を堪能しました。これで 日本三大海城を制覇できました。
これから 湯築城に向かいます。
湯築城
2016年11月24日
55城目。
 道後温泉のすぐ近くにあります。河野氏が約250年間居城としていたとのことですが、お城というより館跡のイメージです。
湯築城資料館で見たビデオで、歴史的背景を良く理解できました。
外堀土塁・武家屋敷から展望台に登り、大手口を見て遮蔽土塁を見学。最後に 土塁展示室で土塁断面を観察。
石垣は有りませんが、復元武家屋敷と土塁で1時間程の見学でした。
次に 松山城に向かいます。
松山城
2016年11月24日
56城目。
 四国お城巡りで一番楽しみにしていたお城です。
二之丸より歩いて本丸を目指したかったですが、時間が無くリフトで本丸へ。
坂を上がった所から、高石垣の先に巽櫓が見え始め、さらに行くと太鼓櫓の先に天守が見えました。写真を撮りながら 戸無門〜筒井門〜太鼓門を抜けると本丸へ。大天守と小天守と隅櫓からなる連立式天守が、悠然と構えていて素晴らしかった。
本壇内の建物を堪能しながら天守最上階へ。松山市内の道後温泉や湯築城、瀬戸内海(4チャネルのダッシュ島も)そして今回行けなかった二之丸庭園も一望できました。
再建した建物が30有りますが、多くの建物が当時の様子を今に伝えていてくれて貴重な文化遺産と感じた。
大手門跡を少しだけ下り、東登石垣の一部を見れたのは嬉しかったです。
今回は時間が無く、主要部だけの見学でした。次回 来れたらやはり三之丸の水堀から二之丸庭園を見て、歩いて本丸に登城したいです。貴重な城郭建築を肌で感じ見る事が出来大変嬉しかったです。これから 大洲市へ向かいます。
大洲城
2016年11月25日
57城目。
 夕方 大洲市まちの駅あさもやに到着。NHK朝どらのロケ地となった「おはなはん通り」と「東京ラブストーリー」でリカが別れの手紙をだしたポストを見ながら臥龍山荘へ。
桂離宮を参考に明治に建築された数寄屋造りの建物で、自然を生かした借景庭園が見事でした。時間が有ればもう少し市内を散策したかったです。
翌朝 タクシーで雲海を見に山の中腹へ。天気が良すぎて雲海は見れず、ただ 対岸の山間よりご来光が見え肱川と大洲城を照す様は素晴らしかった。
朝食後 タクシーで大洲藩主加藤家7期の墓所 如法寺へ。モミジの紅葉が綺麗でした。 櫓下御門跡の石垣から二の丸跡を経由し暗り門跡を通って本丸上段へ。重文の台所櫓と高欄櫓を両脇に配置した木造の復元天守が、堂々としていた。
大洲市民の寄付を元に復元された天守内部は、国産の木材が使用され木組みが素晴らしかった。復元されて10年以上経ちますが、迫力ある木組みが明るく新しかった。
鵜飼下船場近くの苧綿櫓を見て散策終了。大洲城は、宇和島城と松山城の通過点と思っていましたが、見所が満載です。鵜飼または雲海の時期にまた訪問出来たらと思いました。
 
宇和島城
2016年11月25日
58城目。
 市内で食べた鯛めしが美味しかった。隣に宇和島藩七代藩主伊逹宗紀が造った大名庭園の天赦園が有りました。園内から天守の先端が見え、藤棚や花菖蒲園や竹林が有り、花の咲く頃は見事だそうです。花の咲く頃 宇和島城とセットで見る事がお薦めです。
 上り立ち門より登城開始。藤堂高虎により造られたとされる野面積の藤兵衛丸石垣が、残っていた。三の門跡から二の門跡の石垣は、桜の根っこによりだいぶ膨らんでいた。
その内に補修が必要かも・・。二の丸より天守の全貌が見えました。
三重三階の白壁が眩い総塗籠式の層塔型天守が、青空に映えて美しかった。
狭間も石落もない装飾性の高い小さめな天守です。しかしながら 天守内部には、鉄砲掛けや火縄銃の硝煙抜きの小窓があり対比が面白かった。
最上階からは、宇和島の美しいリアス式海岸の海が見えました。
これから 高知市を目指します。
高知城
2016年11月26日
59城目。
 18時前に高知市内のホテルに到着。夕食の為ひろめ市場に行きましたが、週末の金曜日で満席状態でした。カツオの塩たたきと土佐巻き、鯛のかぶと煮とトマトサラダは絶品で美味しかったです。食後 ライティングされた高知城へ。二の丸の詰門の渡廊下前迄行けました。夜空に天守が浮かび上がり、非常に美しかったです。帰路 はりやま橋に立ち寄る。日本3大がっかりがあるそうですが、まさに納得です。
朝 ホテル近くの大川筋武家屋敷に立ち寄り高知城へ。
石垣上に矢狭間塀がある枡形の追手門越しに天守が見えました。
三之丸の高さ13mの野面積み石垣の反りが美しかった。三の丸には、長宗我部時代の石垣と雨の多い高地には必要だった石樋が有り興味深かった。三の丸から見る天守が一番美しいです。
本丸には 天守と御殿が残っていて、後世迄残したい文化遺産です。御殿の透かし彫りの欄干が印象に残りました。天守が 松と石垣に融合された良いお城でした。
今回 桂浜と龍馬誕生の地に行けなかったのが残念でした。これから 四国城巡り最後の徳島城に向かいます。
今帰仁城
2017年4月23日
60城目。
 今回は、100名城三ケ所を含む世界遺産の城5ケ所を巡るツアーに参加。
那覇空港より一路今帰仁城へ。自分で運転しなくて済むので楽であり、各城にはボランティアガイドさんの説明があり解り易かった。
外郭を取り囲む2m前後の石垣(城壁)も良かったですが、平郎門脇の外郭から見る大隅の最も高い石垣は素晴らしかった。織豊期の石垣とはまた違った趣が有りました。
御内原から眼下に外郭と大隅の波打つ美しい石垣を眺められ、さらに東シナ海の美しい海を見る事が出来ました。
志慶真門郭までは行けませんでしたが、上から石垣の城壁と掘立柱建物跡を確認出来ました。
歴史文化センターは時間の関係で見学出来ませんでしたが、国宝金装宝剣拵と刀身の複製だけは見る事が出来ました。
これから 座喜味城に向かいます。
中城城
2017年4月24日
61城目。
 昨日 世界遺産の座喜味城を見学し、今日は 十代目の城主 阿麻和利により海外貿易で繁栄した勝連城を見学してから中城城へ。
 座喜味城を築城し、中城城を拡大改修した築城の名手 護佐丸の城をやっと訪問出来ました。護佐丸の子孫と称する人は、沖縄にはウン万人もいるとか・・。
首里城方向に向いている櫓門の正門へ。1853年に来島したペリー提督率いる探検隊が称賛した石造建築。西の郭の石垣は、現在一部修理中であった。
城内で一番広い一の郭には正殿が有ったとか、中城湾から太平洋を一望出来て素晴らしかった。
平坦な広場のある二の郭は、緩やかな曲線の城壁に囲まれ美しく、縦目地をずらして積み上げた布積みが見事でした。三の郭の高く聳えた城壁の石垣は、かなり高い技術を要する技法の相方積で出来ていた。中城城では野面積みも見る事が出来、石垣ファンとして嬉しい限りでした。
首里城
2017年4月24日
62城目。
 沖縄の世界遺産5名城巡りの最後お城になりました。首里城は、2回目の登城です。
外国人がやたらと目につきます。もう少し静かに見て周りたいですが・・・。
今回は 特に正殿の入り口にある大龍柱、小龍柱と向拝柱の写真を撮りたかったのですが、生憎 正殿の改修工事中で出来ませんでした。ただ 今回は主要な門を撮影できました。
正殿内部二階の国王の玉座である御差床(再現)は、立派でした。
広い城内を駆け足で見て回りましたが、最後に西のアザナの展望台より市内を眺めることが出来ました。
福岡城
2017年5月23日
63城目。
福岡〜佐賀〜長崎の7名城制覇の第1日目。北九州空港よりレンタカーを利用し、まず小倉城へ。細川忠興が築城した「唐造り」の再建された天守は、小倉城庭園越しに見ると絵になります。松本清張記念館は、時間が足りないので中を素通りして福岡城へ。
三の丸駐車場に車を止め、名島門〜旧母里太兵衛邸長屋門〜(伝)潮見櫓〜下之橋御門へ。福岡城には、ほとんど門や櫓等が有りませんが、この場所と南二の丸多聞櫓がお城らしい建物があります。幅広い水堀に沿って上之橋御門跡へ。
東御門跡〜扇坂御門跡〜本丸表御門跡へ。石段と石垣が残っており、当時を感じられて雰囲気も良かったです。本丸から天守台へ登ろうと思いましたが、南二の丸多門櫓への門が、午後5時に閉まると聞いていたので急遽多門櫓を見に。
埋門跡を通り、天守台へ。大堀公園から福岡市内が見渡せました。直下に 防御性を高めるために幅1mの幅の鉄門跡が見れました。小倉城を見てきたせいか、福岡城には目玉になるような櫓等がないのが残念です。 
大野城
2017年5月24日
64城目。
九州お城巡りの二日目、今日は福岡天神から大野城へ。国道3号から県道60号を経て、宇美西口を左折し直ぐ右折。後は道なりで、県民の森センターへ。
途中に百間石垣があり、道端に車を止め登山道を少し登ると間近に真下より見る事が出来ました。1300年前以上に造られた朝鮮式山城は、戦国時代の山城とは違う趣きが有りました。県民の森センターでスタンプをゲット。施設の周囲には、植栽された真っ赤な石楠花が綺麗に咲いていました。太宰府口城門跡を見る為、焼米ケ原Pに止めて下り口を探しましたが判らず断念。楽しみにしていただけに残念でした。
四王寺林道を下り、太宰府天満宮へ。西門の近くの有料駐車場に止めて参拝。参道で買った梅ケ枝餅が美味しかったです。
広い大宰府政庁跡を一周して散策、時間の都合で太宰府展示館はパスする。次に水城跡の
東門跡の傍にある水城館でビデオを視聴。展望所に登り、1.2Kmの長さの土塁の水城跡を
見渡しました。反対側の西門から古代官道を辿ると、昨日行った福岡城に有る鴻臚館に着くとか。歴史ロマンを感じたお城巡りでした。太宰府ICより吉野ケ里遺跡公園に向かいます。
吉野ヶ里
2017年5月24日
65城目。
太宰府ICより1時間弱で、吉野ケ里歴史公園へ。東口駐車場(310円)に止めて、歴史公園をセンターへ。利用料金がシニアだと半額で得した気分に、ここでスタンプをゲット。
天の浮橋を渡ると、V字型に掘られた空堀の環壕が目の前に。途中 木で作ったイノシシが左右にお出迎え。時間が無いので、南内郭〜北内郭〜北墳丘墓を見る事にした。
南内郭には、物見やぐらが4棟ありその内3ケ所登って場内を見ました。下からと違う景色を味わえました。王の家や妃の家等20棟位の建物が復元されていて、楽しめました。
北内郭には一段と大きい主祭殿が有り、中に入り登ると会議のジオラマが復元されていて面白かった。不安が的中し、雨が降り出したので急いで北墳丘墓へ。約2100年前の王等の特別な墓で、興味深かった。園内はとても広く、時間が足りませんでした。
公園内 約5000歩以上歩きました。これから 神埼市役所に寄り孫から依頼のマンホールカードを入手してから、佐賀城に向かいます。
佐賀城
2017年5月24日
66城目。
鍋島直正公の銅像が出迎えてくれる無料駐車場に車を止める。
まず 佐賀城で唯一現存する鯱の門と続櫓を写真に収め、佐賀の乱の際に受けた多数の弾痕の後を確認する。本丸御殿は、平成16年に本丸歴史館として復元。御玄関より入り、総合案内所でスタンプをゲット。一之間から四之間と廊下を合わせると320畳になる外御書院を見学。熊本城や名古屋城のような豪華絢爛さはありませんが、落ち着いていて良かったです。鍋島直正の居室であった現存する御座間も、質素で良かったです。
出口で入館料の代わりに募金を少し多めに入れたら、気さくなスタッフの方より紙で作った兜を三つもいただきました。ありがとうございました。 
外御書院の脇を通り、西門から二の丸へ出て天守台に登る。天守台からは、鯱の門・本丸御殿・西側土塁石垣とそのさきの南西隅櫓台を見る事が出来ました。
城内通りから西の御門橋へ、立派なケヤキ?がありました。幅の広いお濠に沿って歩き、橋を渡り美術館の裏手へ。偶然に、佐賀の役 殉国十三烈士の碑に遭遇、江藤新平に会えたようで嬉しかったです。南西隅櫓台から南側土塁の脇を通り駐車場に。
名護屋城
2017年5月25日
67城目。
城巡り三日目。今日は 佐賀市内より唐津城〜名護屋城〜平戸城を。
佐賀から1時間20分で唐津城に。本丸西側石垣修復と天守閣展示改修工事の為、夏まで模擬天守には入れず。二の曲輪から見る天守は、美しかった。30分で名護屋城に到着。
博物館でスタンプをゲット。大手口より登城を開始。城の南側最大14m以上の高石垣の下を通り搦手口へ。伝馬場の南側の高石垣が V字型に人的に破却され、石もゴロゴロ足元に転がっていた。主亡き後の悲しい城の末路の姿ですが、周りの緑の景色に溶け込み美しかった。搦手口は坂を登り右に折れ、さらに左に折れる食違虎口を形成。伝馬場の正面に、三の丸南西櫓台が有り、三つの大きな2m以上の鏡石があった。三の丸の石垣は、隅角部が破却され転落した石が転がっていた。本丸大手門跡を登り、本丸へ。天守台からの玄界灘の眺めは素晴らしかった。水手口へ下り、車道を下って山里口へ。上山里丸の大手口で、二重の食違虎口が素晴らしかった。ただ登り切った先が私有地、来た道を戻らなくてはならないのが残念・・。水手口迄戻り、東出丸から大手口に戻る。時間が有れば、大名の陣屋跡を見学したかったです。
平戸城
2017年5月25日
68城目。
名護屋城から伊万里市を通り、2時間ちょっとで平戸城の観光協会レストハウスの無料駐車場に到着。直ぐ脇の坂道を登ると、平戸城で唯一現存する北虎口門と狸櫓に到着。
入場料510円を支払い本丸へ。模擬天守と見奏櫓・乾櫓等5つの櫓は、55年前に復元されたもの。天守1階でスタンプをゲットし、最上階へ。真っ赤な平戸大橋から青い平戸瀬戸の海が一望でき、眺めは素晴らしかった。平戸瀬戸の海をバックにした見奏櫓は、良い写真になります。天守代用の3重の乾櫓は、城内で最も格式が高かったとの事ですが、1階は売店でした。二の丸御殿跡から二の丸大手門跡を経て大手門跡迄散策。坂道の石畳は、周囲の緑と溶け込み当時の静けさを感じられました。大手門跡から登城したかったです。今日宿泊するホテル側から見える、海越しの見奏櫓と沖見櫓と模擬天守は、良い写真
になりました。夜8時過ぎ ホテル主催の無料の市内ナイトツアーが有り参加。オランダ商館やライトアップされた平戸ザビエル記念教会や酒蔵等を巡る。平戸城もライトアップされて綺麗でした。市内の海産物店で購入した干物とつまみあごは、非常に美味でした。
島原城
2017年5月26日
69城目。
九州お城巡り4日目。今日は 平戸から諫早市・雲仙普賢岳の仁田峠を経て島原城・原城を周り長崎へ。ちょっと強硬な日程になりました。
諫早市商工会館に立ち寄り、孫の為にマンホールカードを入手し、眼鏡橋を見学。
一路 雲仙普賢岳の仁田峠を目指し山道を登り、12時半頃到着。ミヤマキリシマが、ピークは過ぎていたが綺麗に咲いており、普賢岳と平成新山が間近にみえました。
島原城には、14時前に到着。本丸に車を止め、水堀沿いに丑寅三重櫓が間近に見える所まで行く。写真を撮りながら、巽三重櫓と復興天守が見える所に。この場所は、本丸南側の見事な屏風折れの高石垣と巽三重櫓・天守が見え撮影ポイントになります。
遅い昼食を姫松屋(本店)で具雑煮を、ダシが効いてとても美味しかったです。
天守最上階から 眼下に城下町、西に普賢岳、東に有明海が見渡せました。
廊下橋門跡の巨石と本丸と二の丸間のお堀(現在は空堀)は、当時を窺える静かな空間で
私は大好きになりました。武家屋敷の水路を見て、16時半に原城に向かいました。
長崎のホテル到着は20時になりました。九州の100名城制覇しました。
根城
2017年7月9日
70城目。
青森・北海道の5名城巡りの第一日目。
馬淵川上流の河岸段丘に築かれた中世城郭を復原したお城です。
ボランティアガイドハウスでスタンプをゲット。ガイドさんの説明を聞きながら城内を散策開始。ガイドハウスで、手作りのしおりを入手。根城築城以来の樹齢600年の大銀杏の葉と、しだれの身延桜の花の2枚セットです。良い記念になりました。
今は浅くなった薬研堀を見て整備された城内を進むと、花菖蒲が植えられている空堀へ。
花の時期は過ぎていましたが、まだ綺麗に咲いていました。
本丸は安土桃山時代の様子が解かるように、主殿などが復原されていました。
しばし 本丸内を散策。私は、南部氏が甲斐国(身延町)に拠点を置いた鎌倉御家人の出であることに 親近感を感じました。武田菱が見られるとは・・。
これから 弘前城に向かいます。
弘前城
2017年7月9日
71城目。
八戸市の根城より、弘前城へ。三の丸より登城開始。
今回は、天守以外に現存する三つの三重櫓(丑寅櫓・未申櫓・辰巳櫓)と五つの城門すべてを見て周り、更に八つの橋をいくつ見れるかがポイントになります。
中濠越しに丑寅櫓を見てから、与力番所の脇のブラタモリで紹介された世界一古いソメイヨシノを見学。桜の時期ならもっと華やかで綺麗かと・・。
下乗橋から内濠越しの天守は、今回石垣修復中の為見れず。濠の水も抜かれ、足場が築かれ修復中でした。工事見学用の特設展望所あり。
南口券売所でスタンプを入手し、本丸へ。内濠の石垣に鎮座してない、本丸の広場にある天守はちょっと違和感を覚えましたが、すぐ近くで一周して見れるので良しと・・。
旧天守台からの岩木山は山頂が雲に隠れ、はっきり見れず。
中濠越しの未申櫓と辰巳櫓は、桜の木が邪魔して良い写真が撮れませんでした。
急いで追手門を見てから、戻って東門から賀田橋を渡り土塁で囲われた北門へ。亀甲橋を渡り帰路へ。今回八つの橋は半分渡ることが出来ました。城内は広く、桜を大切にしているので、桜の咲く時期に再度登城したいです。
松前城
2017年7月10日
72城目。
新青森から新幹線で木古内へ、バスで松前に向かう。
途中 北島三郎の生家や千代の山と千代富士の横綱記念館や北海道最南端の白神岬を車窓から見ながら松前城に。
松前は、津軽海峡を見渡せる小さな町でした。
松前城は、津軽海峡に出没する外国船を見張るため幕末特別に築城が許された城でしたが、函館戦争で土方歳三らに裏山から攻撃され遭えなく落城したのは皮肉です。
海に向かって作られた七つの砲台跡を全て見たかったですが、良く解らなかったです。
馬坂門より登城開始、搦め手二の門を通り天守へ。内部は資料館で、最上階の三階からは市内と海岸線の眺望が良かった。二の丸に廻り、本丸御門と天守を撮影。亀甲積石垣と天守台石垣の弾痕跡を見てから、観光案内所の裏手の内堀越しに天守を撮影。
天神坂門から駐車場に。こじんまりしたお城でしたが、桜の時期はまた違った雰囲気が
。次回は桜の時期に登城したいです。これから今夜の宿泊地函館へ。函館市内が近づくと
函館山が大きく見えてきました。今夜の函館山からの夜景は期待が持てそうです。
五稜郭
2017年7月11日
73城目。
昨日 函館に早めに着いた為、5時から市内散策へ。
土方歳三最後に地碑の一本木関門を訪れる。傍らに はまなすが静かに咲いていました。
函館駅に戻り、どんぶり横丁で海の幸を堪能し赤レンガ倉庫へ。夕日を浴び綺麗でした。南部坂の急阪を歩いて登り、ロープウェイで函館山へ。
展望台からの夜景は素晴らしかったです。ただ 中国人観光客の団体が、柵から階段を占拠し30分以上頭しか見れなかったのが残念です。
五稜郭は、半月堡と跳出石垣と見隠土塁と函館奉行所を中心に見ました。跳出石垣は他には飫肥城しかないのでじっくり見ました。三つある虎口の内側にある見隠土塁は、思っていた以上に重量感が有り大きかったです。
五稜郭タワーに登り、展望台より五稜郭の全体を見渡しました。堀に囲まれた緑の五稜郭は、印象的でした。ただ 半月堡の隅にある赤い屋根の建物は、周りに溶け込んでなく違和感を覚えました。反対側に廻り、霧に浮かぶ函館山を眺めました。桜のシーズンなら格段と美しいと、どのお城も桜の咲く頃がベストなのかも・・。 
等身大の歳三像に挨拶し、今日は これからJR特急を8時間乗り継ぎ、釧路へ。
根室半島チャシ跡群
2017年7月12日
74城目。
昨夜は釧路に宿泊。食後JR釧路駅から北大通をまっすぐ進み幣舞橋を訪れる。川面に浮かぶ橋は幻想的でした。
釧路から根室に向かう途中、風蓮湖のSAに立ち寄り双眼鏡で対岸のタンチョウを観察できました。根室にて地元のガイドさんがバスに乗り込み、丁寧な説明が有り理解が深まりました。最初のチャシは、面崖式ノツカマフ1・2号チャシ跡で、道路より草原を10分弱歩いた岬の先端に有りました。空堀と消え入りそうな土橋を確認出来ました。
エゾノシシウドの大群落の草原歩きは気持ち良く、あちこちに咲く高山植物が目を楽しませてくれました。トイレ休憩も兼ね、北方原生花園をしばし楽しむ。エゾフウロ・ヒオウギアヤメ・ハマナスやエゾカンゾウ等が咲いていました。ラッキーでした。
次に 丘先式ヲンネモトチャシ跡に。先端の岬からは知床や北方領土の島は見れず、沖合を警備している白い巡視艇のみが印象的でした。温根元漁港からは、お供え餅のように全体像を確認出来ました。なかなか訪れづらい根室のチャシ跡の一部を見る事が出来、100名城制覇に向けて弾みが出来ました。
小谷城
2017年9月25日
75城目。
 滋賀県長浜温泉を拠点に、滋賀県を含む近畿や岐阜と愛知の10名城をレンタカーで巡ります。
今日は第一日目で、小谷城と彦根城を登城します。
戦国歴史資料館でスタンプを押し、狭い道を車で登り番所跡の手前の望笙峠に駐車(3〜4台可)。
ここでトレッキングシューズに履き替え、追手道より登城開始。途中の分岐で間違って金吾丸跡へ
登ってしまいました(番所跡へは、左側の追手道で)。今回 トレッキングポールを使用したので足場の悪い坂道も楽でした。番所跡を少し登ると、信長が本陣にした虎御前山を一望できる所へ。
大河ドラマ江のロケ地になった桜馬場跡からは、眼下に竹生島までのパノラマが広がりました。
やっと城跡らしさの石垣が残る黒金御門跡を抜けて大広間へ。浅井三姉妹がここに居たと思うと・・。本丸跡から大広間を見ていたら、一頭のシカが大広間を横切りました。クマでなくて良かったです(熊出没注意の看板あり)。本丸の北に有る大堀切は、見ごたえが有りました。今回は、山王丸で引き返しました。車で行く方は、午前中が混まなくて良いかも。狭いすれ違いが少ないと思います。
彦根城
2017年9月25日
76城目。
小谷城より車で50分程で彦根城の桜場駐車場(P400円)へ。
内堀沿いに歩いて馬屋を見て、更に内堀を大手門方向へ歩き関西では珍しい鉢巻石垣と腰巻石垣の写真を撮影。表門橋に戻ったら、丁度 彦にゃんショウが開始するところでしたので、しばし見学。
受付で3館共通券を購入(1500円)し、博物館はさらっと見学。坂道を登り、天秤櫓下の大堀切へ。橋を境に時期の異なる石垣が左右に展開。ここで 一旦坂道を下り大手門橋へ。左折の大きな枡形をじっくり堪能。天秤櫓が公開中でしたので、櫓内から大堀切の大きさを実感出来ました。
太鼓門櫓を抜けると、本丸へ。小振りですが重量感のある国宝の天守が目の前に。屋根に多数の破風が設けられ、変化に富んで美しい姿でした。これで現存12天守を制覇できました。
静かな佇まいの西の丸を通り、西の丸三重櫓へ。大堀切の上に聳える三重櫓は、青空に映えて美しかったです。黒門へ向かう途中の登り石垣がはっきり解りました。玄宮園の庭園越しの天守は、午後の為逆光となり綺麗な写真は撮影出来ず残念でした。大河ドラマの影響も有り、観光客が多かったです。埋木舎を見て、長浜に戻ります。
千早城
2017年9月26日
77城目。
 滋賀県長浜温泉を拠点にしたお城巡り二日目は、千早城と高取城を目指します。
朝8時にホテルを出て、165km先の千早城に向かいます。三原北ICを降りて、一般道でまつまさ駐車場に11時前に到着。道路沿いの登城口(大手口)より 千早神社の参道として整備された急峻な石段を500段ひたすら登り第四郭へ。ここから千早神社まではすぐでした。
お城の痕跡はなにも有りませんでした。楠木正成が少数の兵で、鎌倉幕府軍に抵抗し撤退させたという事実はなかなか思いつきませんでした。
帰路は 途中から右におれて一気に林道迄。こちらの方が千早神社には近道です。
まつまさでスタンプを押し、肉厚の天ぷらの椎茸が入ったお蕎麦で昼食。冷ややっこも美味しかったです。食事と椎茸のお土産で2千円以上でしたので、駐車場代が無料になりました。
これから 33km先の高取城に向かいます。
高取城
2017年9月26日
78城目。
 千早城より33km先の高取城へ。約50分程で夢想館に到着。
旧城下町の風情が残る土佐街道沿いにある高取城の移築された松の門、武家屋敷の田塩家長屋門と植村家長屋門を見学。海鼠壁が印象的でした。
高取城へは壺阪口門から本丸を目指したいので、七つ井戸の駐車場でなく300m程下の八幡神社参道入口の路肩に駐車。切り返しが出来るスペースが有り、2〜3台駐車可能。
ここから本丸迄550m程で、15〜20分程で着きますが、壺阪口門や大手門跡等の石垣の写真を撮りながらじっくり見て行きました。
二の丸の入り口迄は鬱蒼とした木立の中で、石垣の間からへびが出てきそうな雰囲気でした。二の丸は明るく空が広がり、太鼓櫓と新櫓の石垣が、大きく聳えていました。
太鼓櫓の石垣の上に登ると、本丸の天守台の高石垣(約12m)が目の前に飛び込んできました。
こんな山奥に高石垣をよくも造ったと感心するばかりです。午後4時前でしたので、壺阪寺バス停迄の狭い道ですれ違う車がなくほっとしました。これから 165km先の長浜温泉迄戻ります。
安土城
2017年9月27日
79城目。
 長浜を拠点にしたお城巡り三日目は、安土城、観音寺城と関ヶ原陣屋跡を巡ります。
信長の館でスタンプを押し、復元された5・6階の天主を見学。15分のシアターで安土城の予備知識を得る。430年以上前に、信長が築城した天主をまのあたりで見ているような感覚に。10分弱で安土城へ。駐車場は無料でした。入山料700円は、高いと思います。城内にトイレがないのは特別史跡なので我慢できても、受付or駐車場にトイレを設置して欲しいです。
登城後に信長の館迄戻り、場内のトイレを使用。伝秀吉邸跡の敷地が思っていたより広く石垣も残っていたのにはびっくり。あちこちに有る転用石仏を踏まないように、大手道の石段を楽しみながら登りました。信長も歩いたと思うと歴史ロマンを覚えます。
伝黒金門跡は、枡形で巨石の石垣が残っていた。本丸の天主台石垣は、まだ算木積の技術が確立される前段階。味わいのある石垣です。思っていた以上に、信長は石垣を使用していた。
天主礎石群の石は規則的に並び、中央には存在しないのを確認。三重塔と仁王門を見てから、次の観音寺城に向かいました。
観音寺城
2017年9月27日
80城目。
 信長の館のスッタフに、観音寺城へ行く有料道路を教えてもらい迷いながらも駐車場に。
林道使用料は600円、道は狭く途中に何か所か待避所有り。駐車場はmax10台位か?
このルートは、安土MAPをもらわないと解らないかも・・。
観音正寺入口で、拝観料500円を払い奥の建物でスタンプを。折角なので本堂で御参り。
お城跡を見に来たのに拝観料を支払い、お城の資料は何も無かったです。
釈迦如来坐像の脇の木戸を開けて、本丸跡への山道に。途中 平井丸・落合丸と池田丸への分岐有り。今回 屋敷跡へは時間が無いので省略する。
本丸跡へは 15分位か?途中 スズメバチも飛んでいて注意が必要です。何かが出そうな雰囲気なのでクマ除けの鈴を鳴らしながら歩きました(効果は別にして・・)。
本丸は それ程広くは有りませんでした。南側に 直線構造の大手口石段が、搦手口に食違い虎口の石垣が残っていました。
100名城で無ければ、訪ねる事もなかったと思います。
まだ2時過ぎなので、関ヶ原の石田三成の笹尾山陣跡に向かいます。
岩村城
2017年9月28日
81城目。
長浜を拠点にしたお城巡り四日目は、岐阜県の岩村城と愛知県の長篠城を巡ります。
ホテルから144km先の岩村歴史資料館には、2時間20分程で10時過ぎに到着。
昨夜からの雨は止まず、山全体が雲に覆われています。雨具のカッパを着用し登城開始。石畳の藤坂は雨に濡れ滑り易いですが、2本のトレッキングポールで上手くバランスを取りました。
登城口から本丸迄800m、登るごとに100mづつ案内板が替りました。土岐門から
追手門辺りで石垣が随所に出て来ました。霧に包まれた木立の中の石垣は、神秘性を帯び幽玄な雰囲気が素晴らしいです。本丸六段の石垣は、霧に包まれ霞んでいました。写真写りは今一ですが・・。
長局埋門(表門)の写真はしっかり撮りましたが、埋門(裏門)の写真を撮り逃してしまい残念。
信長の伯母である女城主おつやの方は、絶世の美女とか。籠城し開城後の、440年程前信長に処刑されるとは・・。雨上がりの本丸でいろいろ思索を巡らすのも一考かな。
これで 日本三大山城制覇です。
下山後 復元された太鼓櫓の写真を撮り、これから長篠城に向かいます。
長篠城
2017年9月28日
82城目。
 岩村歴史資料館を12時20分に出発、国道257号をひたすら南下し71km先の長篠城に
向かいます。途中 モンゴル村(バーベキュー場)の脇を通り、14時10分頃に長篠城址史跡
保存館に到着。長篠城は、JR飯田線に分断されていました。広い本丸跡が有るだけで、遺構としては本丸東側の空堀と土塁のみでした。長篠城の全体像の写真を撮影する為、県道439号線の牛渕橋に移動。橋を渡って左折すると、路肩が広い所有り。2台位可能か。
歩いて戻ると、左手の寒狭川と右手の宇連川が合流し豊川になる橋から、長篠城を遠望出来ます。二つの川に挟まれた扇状の段丘の断崖は、険しく敵を寄せ付けない凄さがありました。車が通りますので、気をつけて撮影して下さい。設楽原に行く途中 「援軍到来」と叫んだ鳥居強右衛門の磔死の碑を見学。設楽原歴史資料館で、いろいろな火縄銃を見学。屋上より 織田・徳川連合軍と武田騎馬隊が対峙した設楽原古戦場を遠望する。
再現された馬防柵も見えました。武田氏滅亡へとなった戦が、目の前で展開したと思うと感慨深いです。
松阪城
2017年9月29日
83城目。
滋賀県長浜を拠点にしたお城巡り五日目は、三重県の松坂城と伊賀上野城を巡ります。
今日は最終日、レンタカー返却が有る為 朝6時前に出発。140km先の松坂城へは、9時
20分に到着。車は 無料の松阪市駐車場に。
野面積みの石垣で囲まれた枡形の表門跡より登城開始。歴史民俗資料館は、展示入れ替え
で臨時休業。スタンプと資料は入手出来ず。スタンプは、本居宣長記念館で入手。
本丸下段の月見櫓跡迄の野面積みの高石垣は、見事でした。搦手の裏門跡から中御門跡を
通り本丸上段に続く通路の枡形は、堅固な石垣で構成されていました。
本丸上段の天守台 外側は高石垣ですが、内側の石垣は低くなっていました。本丸御殿
との関係でしょうか?裏門跡から出て、道路から見上げる隠居丸の高石垣も立派でした。
蒲生氏郷により穴太衆が築いた野面積みの石垣(あちこち修復箇所あり)は、立派に残っ
ていました。思っていた以上の素晴らしさでした。土蔵と御城番屋敷を見学後、伊賀上野
城に向かいます。
伊賀上野城
2017年9月29日
84城目。
松坂城より 1時間程で上野公園駐車場へ。ハイトピア伊賀にてマンホールカードを入手。
伊賀鉄道上野市駅前に芭蕉翁の像有り、鉄道の車両には可愛い忍者の絵が描かれていた。
上野公園を通り抜け、筒井古城の本丸の石垣をまず見に行きました。坂道に沿って直線的
に築かれていた。本丸の出入口の虎口は、広く打込接の石垣でしっかり固められていた。
筒井定次が豊臣の大坂城を守る出城として築き、その後 藤堂高虎が秀頼の大坂城を攻略
する拠点として大改修。大阪夏の陣後 普請中止で未完成のままとなった伊賀上野城。
立派な高石垣はあるものの、櫓跡がほとんどないのは珍しいと思った。
三重三階の天守と小天守は、青空に映えて美しかった。木造の模擬天守でも、しっかり
その場に馴染んでいました。本丸西側の道路に行きましたが、木々が邪魔して内堀越しの
高石垣の写真は上手く撮れませんでした。堀底から30mの高石垣は、圧倒される位に
素晴らしかったです。忍者屋敷は、時間がなかったのでさっと見学。拝聖殿は、天守から
見えたので省略。10名城を巡る旅は、これで終了。明日 帰京します。
仙台城
2018年4月26日
85城目。
 東北6県の10名城巡りと桜ツアーに参加して、今日は二日目です。
仙台城・多賀城・北上展勝地から盛岡城に行き、八戸で宿泊予定です。
見学時間が50分しかないので、バス駐車場より本丸内の仙台城見聞館
でスタンプを入手。徒歩で15分の大手門跡を目指す。本丸詰門跡から
長い下り坂を歩くと、大手門跡に復元された大手門脇櫓と大手門跡石垣
がありました。二の丸・三の丸と本丸との入り口に聳えていた大手門は
、重量感ある立派な建物だったと思います。支倉常長像も有りました。
急いで本丸へ戻ることに。途中 中門跡の石垣の写真を撮っていたら、
シャガの花が咲いていました。本丸北面の石垣は、青空に向かって大き
く聳えていました。この石垣の上に、艮櫓が復元されたら見ごたえが
有るのにとつい思ってしまいました。大手門跡から本丸への登り坂は、
結構しんどかったです。本丸では、政宗の騎馬像の写真を撮り仙台市
内をざっと眺めてバスへ。時間が足りませんでした。次回 来れた時
には、三の丸の堀と巽門跡や清水門跡等を見てみたいですが・・。
多賀城
2018年4月26日
86城目。
 仙台城より多賀城へ。100名城スタンプを、JR国府多賀城駅の2階改札前にて入手。
ボランティアガイドさんの案内で、政庁南門跡近くのパネル展示場へ。
約1300年前の724年に、大和朝廷が蝦夷対策で陸奥国を統治するために築城した
役所(政庁)とのこと。雰囲気は、大野城太宰府政庁跡と似ていました。
政庁南門と外郭南門を直線で結ぶ政庁―南門間道路を見ていると、悠久のときの流れを
感じました。時間が無く多賀城碑は見れませんでしたが、メインストリートを下った左側に覆屋
を確認出来ました。時間が有れば、外郭南門跡から政庁―南門道路をゆっくり歩いて
政庁正殿跡迄散策したかったです。政庁南門は、左右の東・西翼廊より傾斜をつけ一段
高く設置されていたとの事。メインストリートを歩いて登ってくる人に威圧感を与える為だとか。
石敷広場から正殿跡の礎石の感触を味わいながら、後殿跡へ。荒らされずによく残って
いたと思いました。戦国時代のお城とは一味違う歴史のロマンが有りました。
これから 北上展勝地に立ち寄り、盛岡城に向かいます。
盛岡城
2018年4月26日
87城目。
 北上展勝地の桜は葉桜でしたが、盛岡城の桜は散り始めでした。
もりおか歴史文化館にてスタンプを入手。桜山神社の枝垂れ桜を見ながら、鳩門跡から
枡形の瓦御門跡を通り三の丸への登城開始。巨大な烏帽子岩が鎮座していました。
車御門跡の枡形を通り二の丸へ。盛岡城は、本丸・二の丸と三の丸が直線的に並んだ教科書的な連郭式縄張りでした。本丸に架かる廊下橋の写真を撮る為、二の丸と本丸の間の空堀へ。左右の石垣は、製作年代が違うとのことです。廊下橋には、往時屋根があったそうです。復元して欲しいですが・・。
天守代わりの三重櫓跡から、早池峰山が見えるとの事でしたが確認出来ず。
70m四方の本丸には、中奥から大奥迄あったそうですが、面影はなし。
淡路丸は桜吹雪で、最後の桜を楽しむ為あちこちに大きなブルーシートが敷かれていました。
吹上御門跡への上り坂石垣から、二の丸北西の高石垣へ。城内で一番高い約14mの高石垣は、立派でした。東北の石垣造三名城に相応しかったです。更に 枝垂れ桜が満開でした。鶴ケ池のお堀の時鐘を見て登城終了。時間が無く、彦御蔵が見れず残念。
久保田城
2018年4月28日
88城目。
 昨日登城した弘前城は、桜が散り始めで見ごたえがありました。久保田城も桜祭りの
期間中で散り始めですが綺麗に残っていました。
昨夜は秋田市内での宿泊でしたので、夕食にきりたんぽと稲庭うどんのセットを食べまし
た。美味しかったです。食後 8時前でしたので、地図を頼りに千秋公園迄散策に。
竿燈大通りを見ながら、秋田駅方向に広小路を右に曲がって行くと、穴門の堀と大手門の
堀に。長坂と長坂門跡を登り、本丸表門を抜けて本丸御隅櫓へ。提灯の明かりに桜が
浮かび上がって綺麗でした。
  胡井池の先に、ピンク色の変わった桜の苗木が。長崎県大村城から移植したもので、花
びらの中に蕾がある変わった桜でした(オオムラザクラ)。10年後が楽しみです。
裏門跡から 帯曲輪門跡の脇から土塁に上がり、御隅櫓へ。石垣は有りませんが、立派な
土塁が見事でした。櫓内で 清和天皇の流れを汲む佐竹氏の略系図を見て、急いで本丸
表門へ。唯一の遺構である御物頭御番所の写真を撮り、3回の屈曲がある長坂を下り黒門
跡より駐車場に戻る。時間が無く 二の丸を充分見れず残念でした。
山形城
2018年4月28日
89城目。
東北6県の10名城と桜のツアー最後のお城です。途中立ち寄った角館の武家屋敷の桜は
枝垂れ桜が散りぎみでしたが、河川公園の土手の桜はまだ十分楽しめました。
スタンプを二の丸東大手門櫓内で入手しようとしたら、4時閉鎖で入手できず。次に 本
丸一文字大手橋と外枡形の石垣を見ようと急いで駆け付けたら、4時を5分位過ぎたので
係り員が閉鎖中。大手橋を渡ることも出来ず。つい腹が立って 係員に東京から来たのに4時閉鎖の対応は悪いですねと文句を言ってしまいました。
スタンプは、山形市郷土館で入手できました(但し 4時半で閉鎖)。東大手門の櫓内の
石落や外枡形の内部を見れずがっかりでした。二の丸側から、空堀と再建された大手橋と
外枡形の石垣の写真を撮り、急いで北不明門跡と堀へ。時間が無く 内枡形の西と南大手
門跡へは立ち寄れず。また 二の丸を囲んでいるお堀に沿って一周したかったです・・。
慌ただしく東大手門に戻り、木造で復元された櫓門・高麗門と続櫓の写真を撮りました。
東北6県最後のお城巡りの山形城は、私の中でもう2度と来たくないNO1になってしまい
ました。
津山城
2018年5月22日
90城目。
 中国地方8名城を巡る最初のお城です。岡山空港から国道53号線を北上。入口が
狭い無料駐車場に10時25分に到着。本能寺にて討ち死にした蘭丸が兄である初代藩主
森忠正公の銅像がお出迎えに。受付の方に、親切にも冠木門の前で夫婦の写真を撮っ
て貰いました。有難うございました。三の丸への石段を登ると、目の前に表中門が。
門内の石段通路の幅の広さに圧倒されました。階段を上がり、2度左折し四足門跡を
通り二の丸へ。備中櫓が青空に映えて美しかったです。守り堅固な枡形の切手門や
表鉄門を通り本丸へ。三の丸から本丸迄高石垣で守られ、雛壇上になった三段の石垣
が見事でした。現存の櫓や土塀は有りませんが、一二三(ひふみ)段構造の石垣が素
晴らしい平山城です。天守台の石垣や礎石が残っており、もし破風のない5層の天守が
聳えていたら見事であったと想像しました。小天守と言われた粟積櫓跡にも上がり、
天守台方面の城内と北側の眺望を楽しみました。裏中門から二の丸を散策。桜だけで
なく、秋の紅葉も素晴らしいと思いました。12時45分鬼ノ城に向かいました。
鬼ノ城
2018年5月22日
91城目。
 岡山空港に向かう途中 機内左側に鬼ノ城西門と版築土塁が見えました。津山城より高速を利用し、総社ICを降り暫く走ると、前方に西門が肉眼で確認出来ました。山道に入り狭い道で対向車とすれ違うことなく、鬼城山ビジターセンター駐車場に15時過ぎに到着。スタンプを入手し、館内の展示パネルを見学後西門に向けて登城開始。学習広場からは、角楼・西門と版築土塁で出来た城壁を見渡す事が出来ました。西門付近の6m位の城壁の版築土塁に圧倒されました。1300年以上前に人海戦術で山中によくぞ作ったと驚きました。雨水で
土塁が破損するのを防止する為、入念に敷石が敷設されていた。第一・第二水門から南門・東門を通り、屏風折れの石垣突出部へ。絶壁に高石垣を積んだ事に感心。眼下にゴルフ場が見え、遠くに岡山市方面から瀬戸内海迄見渡せます。時間が無くなったので、北門と礎石建物群は断念し、元来た道を引き返し鬼城山ビジターセンター駐車場に17時半頃戻る。
白村江の戦で敗れ、大和朝廷を守る為に築城したとの説も有りますが、是非真相を解明して欲しいです。これから備中高松城に寄り、岡山市内で宿泊します。
郡山城
2018年5月23日
93城目。
 福山城から尾道道を利用し中国道の高田ICで降り、安芸高田市歴史民俗博物館へ。
尾道道は対面通行ですが、無料区間で車の通行が少なく快適です。国道486号を利用せず正解でした。特別展には、中世の刀が出品。100名城の後は、刀に・・と思いながら見学。毛利隆元墓所近くのPに移動。雨が降り、道がぬかるんでいたので本丸への登城を躊躇したが、もう訪れないと思い傘をさし30分の山道を歩き始める。毛利元就の菩提寺洞春寺跡近くに来ると、静まり返った緊張感が漂っていた。元就・一族墓所と百万一心の碑を参拝。視界が開けない山道を800m歩いて本丸へ。本丸は 一辺約35mの曲輪で小ぢんまりとし、北端に一段高くなった上段があった(郡山城の山頂部)。今回は時間がなく本丸と二の丸のみで、270ケ所以上と言われる曲輪は一日ではとても回り切れないと思った。雨の中 毛利原点の本丸に立つことが出来て嬉しかった。毛利輝元が広島城を築城したが、関ヶ原で敗北し萩へ減封されていった過程でその後の倒幕のエネルギーを蓄積していったと思うと感慨深いです。これから 140km先の津和野迄走行します。
福山城
2018年5月23日
92城目。
 岡山から倉敷を通り、広島県立歴史博物館脇の市営駐車場に9時半過ぎに到着。
内堀は埋められ、三の丸には福山駅が出来て新幹線が走っていた。福山駅前の二の丸南側
の高石垣は残っていた。写真を撮りながら、階段を登り二の丸へ。目の前に 2代将軍秀忠公より拝領した京都伏見城松の丸にあった伏見櫓が、どっしりと構えていた。石垣は 算木積で重量感があり、刻印やクサビ跡がありました。重要文化財の伏見櫓と筋鉄御門を見た後、本丸へ。御湯殿・月見櫓と鏡櫓は順次見ましたが、鐘櫓と阿部正弘像を見落としてしまった。今日は朝から雨で、復原された5重6階の天守の漆喰の白壁は、曇り空に霞んで聳えていた。青空ならもっと天守が凛々しく見えただろうに・・。博物館の入り口に熊本城復興募金があったので、つい応じてしまった。天守最上階の展望台より、市内と新幹線の福山駅が眼下に見えました。天守の北側に廻り、天守台の礎石を見学。
更に 北側に進み、江戸時代末期の面影を残している旧内藤家長屋門を見学する。復原された天守は有りましたが、何か一つ物足りなさがありました。これから 郡山城に向かいます。
津和野城
2018年5月24日
94城目。
 朝食前市内散策に。駅前にSLD51が展示されていて、迫力ある車体を間近に見学。
鯉の米屋はクローズでしたが、殿町通りで掘割に泳ぐ鯉を見ました。津和野川の大橋より、
雲の切れ間から三十間台の石垣が見えました。この場所は、鉄橋を走るSL山口号と城の石垣と太皷稲荷神社の朱の鳥居が入るので撮影の良いポイントです。津和野高校脇の現存の馬場先櫓と物見櫓を見学。藩庁跡の一部の嘉楽園は、原っぱでした。物見櫓付近で写真を撮っている私に、学生が明るく挨拶してくれたのが嬉しかったです。太皷稲荷神社で参拝し、リフトに乗り登城開始。出丸は石垣修復中で、入れず。途中から仮設の道が続き歩き易いですが、山城としては半分残念。東門跡と三段櫓跡を見て、三の丸台所跡へ。ここより本丸の天主台石垣が見え、その上に最高所の三十間台が有りました。三十間台から 眼下に石州赤瓦の城下町が見渡せ、眺望は素晴らしかった。両脇には太鼓丸と人質櫓台が有り、三の丸先端の南門跡迄見渡せます。南門跡からの人質櫓台の10mの高石垣も素晴らしかったです。市内に戻り源氏巻きを購入し、50km先の萩城に向かいます。
萩城
2018年5月24日
95城目。
 津和野から1時間程で到着。萩・明倫学舎を見学後、萩城城下町を散策し木戸孝允旧宅や菊屋横丁を見学。ギャラリー&カフェでのスコーンと夏ミカンジュースが美味でした。松陰神社に移動し、松下村塾と伊藤博文の旧宅と別邸を見学。建物のgapが大でした。萩城に到着したのが3時過ぎ、萩は見所たくさんで5時閉館の施設もあるので、今回は指月山頂の詰丸の本丸は断念しました。枡形の二の丸東門から登城開始。内堀の先に極楽橋(現在は石橋)が、その奥に天守台が見えました。枡形の本丸門から、内堀沿いの石垣の雁木に登り、武者走りを天守台の方へ歩くと内堀と打込接の高さ11mの「扇の勾配」の天守台の石垣が間近に見えました。明治になりすべての建物が解体や破却されたのが、残念です。回遊式庭園であった東園跡から潮入門へ。この門より東門まで海に面して石垣が残り、その上に銃眼土塀が復元されていた。対岸の砂浜から見た白い土塀・潮入門とバックの指月山が印象的でした。二の丸南門で輝元像を、駆け足で旧厚狭毛利家萩屋敷長屋と輝元の天樹院墓所を見学。店を開けて待ってくれている明治6年創業の干物屋さんに向かいました。
岩国城
2018年5月25日
96城目。
 朝8時半 萩を出発し142km先の岩国城に11時に到着。錦帯橋・ロープウェイ・
岩国城のセット券を購入し、ロープウェイ乗り場へ。築城に5年の歳月を費やし、7年後に
「一国一城令」により取り壊された不運なお城ですが、現在は観光地化して当時の面影は
あまり有りません。錦帯橋から見えるように、本来の位置から30m南東方向にずらして
再建された復興天守最上階からの眺望は素晴らしかった。本来は黒い下見板張でしたが、白漆喰塗りで再建。小倉城天守のように下重より張り出している唐造構造が面白いです。
積直しされた旧天守台が、ひっそりと佇んでいた。本丸と北の丸間の空堀から大釣井と
大手門跡を見てから下に降りる。錦雲閣近くのお堀に、花菖蒲が綺麗に咲いていた。
香川家長屋門を見て、錦帯橋を往復する。錦川に架かる錦帯橋越しの岩国城復興天守は
絵になります。橋の袂に有る槍倒し松と巌流ゆかりの柳を見学後、評判の専門店(むさし
と小次郎)でソフトクリームを頂く。13時30分 次の目的地宮島に向けて出発する。
広島城
2018年5月26日
97城目。
 ホテルから徒歩で、浅野藩初代藩主が作庭した大名庭園 縮景園へ。65歳以上入館無料でした。原爆投下で壊滅的な被害を受けたが、戦後復旧。庭園内部は綺麗に整備されていた。広島城から近くです。車を中央駐車場に留め置きに。内堀越しに 復元された平櫓・多聞櫓と太鼓櫓が目の前に出現。御門橋を渡り、二の丸へ。櫓内部は無料公開中。馬出のような二の丸から 枡形の中御門跡へ。原爆投下で赤く焼けた石垣が痛々しいです。
本丸上段に立つ二本の樹木のクロガネモチは、被爆しても生き残り今も青々としていた。本丸の隅に立つ古式な望楼型の復元天守は、均整で美しかった。三重三階の東と南小天守2基を渡廊下で繋いだ連結式天守として、木造で復元されたらと思いました。本丸上段
北東面に移動。福島正則が幕府より無断修復を咎められ、自ら壊したとされる石垣で、東面は土塁になっていた。毛利輝元が築城、福島正則が拡張整備し、幕末まで浅野氏が藩主を務めた広島城の歩みに天守越しに思いを募らせました。広島駅で念願の広島焼を食べ、原爆ドームと資料館を見た後、夜のフライトで帰京しました。
二条城
2018年9月11日
98城目。
 日本100名城完全制覇の京都と兵庫のお城巡りの第一日目です。
二条城は、中学校の修学旅行以来の55年ぶりの訪問になります。二の丸御殿には入場した
記憶が有りますが、本丸へは多分行ってないと思うので今回が非常に楽しみでした。
しかしながら残念なことに、先日の台風21号の影響で城内に倒木が多数あり、本丸への
入場はできませんでした。伏見城の天守が二条城へ移され、二条城の天守が淀城に移された経緯があるため、天守台を是非見たかったですが・・。二の丸御殿は、現存する書院造として障壁画も含め素晴らしかったです。東大手門脇でスタンプを入手し、世界遺産・二条城一口城主募金に協力しました。記念にクリアファイルと竹製の障壁画の絵が描かれた栞を頂きました。
本丸に入場出来なかったこともあり、外堀を一周しました。東大手門を出て東南隅櫓から
外堀沿いに西南隅櫓へ。天守台の石垣が僅かでも見えるかと思いましたが、残念ながら。
西門から北大手門へ。北大手門近くの京都所司代跡を見に行きましたが、碑があるのみ。
時間が有ったので、堀川通から丸太町通・烏丸通を歩いて京都御所迄行きました。
福知山城
2018年9月12日
第1城目。
続日本100名城最初の登城です。
天守の石垣に転用石が非常に多かったのが印象的でした。
篠山城
2018年9月13日
99城目。
 昨日は、福知山城を登城、今日は天橋立から赤穂迄213km兵庫県を縦断します。
三の丸駐車場に止め、北廊下門跡から表門跡〜中門跡〜鉄門跡を通り、復元大書院へ。
天下普請で造られた野面積みの石垣が残っており、立派であった。あちこちの石垣に符号
や刻印が残っていた。4館共通券を購入し、大書院の中へ。スライドを見て篠山城の歴史を再勉強。二の丸の埋門跡から本丸の天主台へ。眼下の三の丸には篠山小学校があった。
外堀に三ヶ所あった虎口には馬出があり、石垣で造られた東馬出へ。堀と角馬出の保存
状態が良好でした。外堀の東堀から南堀沿いに歩いて南馬出へ。途中 お堀越しに天守台
の石垣が見えました。土塁で造られた南馬出は、全国的にも珍しいとか。
安間家資料館見学後、多くの屋敷が残っている御徒士町武家屋敷群を通り青山歴史村へ。
受付の方から聞いた話が興味深く、徳川譜代5万石の篠山藩主青山氏は、江戸に広大な
土地を所有しており、青山墓地や青山が地名として残ったとのことです。
歴史美術館を見学後、出口近くに訪れたかった老舗の和菓子屋があり、銀よせようかんは
美味しかったです。
赤穂城
2018年9月13日
100城目。
 京都・兵庫お城巡り三日目。朝 天橋立を出て篠山城に寄り、赤穂城には午後3時半過ぎに到着。歴史博物館脇の駐車場に止める(駐車場は無料)。
復元された大手隅櫓と大手門を見ながら、比較的大きめな内枡形を通り本丸門へ。係りの人は誰も居なかったが、スタンプが置いてあった。資料が貰えず残念です。100名城目のスタンプを押すときは多少感情が高ぶり押す力が強かった。4年10ケ月で、日本全国を回り今日日本100名城登城完全制覇を達成出来ました。自宅で作成してきたお手製の『日本100名城 登城完全制覇』のプレートを持って、記念の写真を大手門前・本丸門前と天守台の前で写しました。
4時半前から係りの人が来て、本丸と二の丸門を閉め始めたのでじっくり城内を見る事が出来ず残念でした。まだまだ 復元整備中との印象でした。
赤穂藩歴代浅野藩主の菩提寺の花岳寺と息抜き井戸を翌日 朝見に行きました。時間が
あれば、赤穂浪士ゆかりの関連施設をじっくり見学したかったですが・・。
翌日 山陽道と新名神を通り、京都の伏見迄行き淀城と伏見城に立ち寄る予定です。
笠間城
2018年10月30日
続日本100名城登城第2城目(102城目)。
笠間歴史交流館 井筒屋(坂本九と柏木由紀子さんが結婚披露宴をした所)で本丸への道を詳しく教えてもらいましたが、途中 分岐で解りづらい所がありました。広い道より 狭い急な階段の方を選んでください。
20分程登ると本丸跡へ。土塁の上に八幡台櫓跡の碑が有りました。更に登ると 天守曲輪の石垣が有りましたが、修復中でブルーシートに覆われていました。
天守台にある佐志能神社で参拝し、同じルートで戻りました。
笠間稲荷神社で参拝し、菊まつり展と假屋崎省吾さんのいけばな展を見学。帰路の途中 真浄寺に移築された八幡台櫓の写真を撮り登城終了。
名胡桃城
2018年11月1日
第3城目。
 群馬県の続日本100名城3ケ所制覇の最初のお城です。名胡桃城は5年前に登城済みです。土橋であった所に橋が復元されてあった。5年前とだいぶ景観が変わっていました。
真田丸効果で訪れる人が増えたようです。
9時の開館を待って案内所でスタンプを押印。、資料を入手しビデオも見てから次の訪問地
沼田城へ。
沼田城
2018年11月1日
第4城目。
 名胡桃城より車で20分程で沼田城へ。
沼田市へは、毎年11月初めころリンゴ狩りに20年訪れています。沼田城は5年前に登城済みです。ほとんど変わっておりませんでした。天守再建の話があったそうですが・・・。
観光案内所でスタンプとついでにマンホールカードも入手しました。
西櫓台の御殿ザクラが立派でした。花の咲く時期に一度訪問したいです。
菊花展が開催中でした。見事でした。時間が有る方は是非。
これから 本日3ケ所目の岩櫃城に向かいます。
岩櫃城
2018年11月1日
第5城目。
 平沢登山口観光案内所でスタンプを押印。群馬県の三つのお城を制覇したので、クリアファイルとボールペンを頂きました。今日は、尾根ルートで本丸迄登城しました。
堅堀が見ごたえがありました。案内所近くの岩櫃神社を参拝したあと、岩櫃山の写真を撮る為に国道145号線で郷原駅近くへ。その後 榛名湖へ抜けて伊香保温泉へ。
大多喜城
2018年11月13日
第6城目。
 圏央道市原鶴舞ICで降り、20分程で大多喜城駅入り口の四つ門公園を右折し駐車場へ。
数分歩くと、模擬天守が目の前に。本丸・二の丸そして三の丸迄有ったそうですが・・。
現在は ほとんど遺構が無いのが残念です。天守最上階からの眺望は素晴らしく、夷隅川が眼下に見えました。二の丸の大多喜高校内に残っている二の丸大井戸と薬医門を見学し、登城終了としました。
今日は これから鴨川を経て南房総でみかん狩りをし、遅めの昼食に横根峠で美味しいお蕎麦を食べてから帰京します。
土浦城
2019年2月15日
 続日本100名城登城 第7城目(第107城目)。
2回目の登城になります。前回は土浦市立博物館が改修中で見学出来なかったので、今回はじっくり見学出来ました。水堀に囲まれた当時の縄張りのジオラマが、理解を深めるのに役立ちました。それ程広くない本丸の東櫓・西櫓・と櫓門を見学して終了。
下妻市の日帰り温泉に向かう途中、小田城跡に立ち寄る。土浦からつくばに続く自転車専用道路「りんりんロード」沿いの国指定史跡 小田城跡は、戦国時代の土の城で土塁と空堀が楽しめます。最後の城主となった小田氏治は、戦に敗れるごとに土浦城に敗走したそうです。時間が有る人は、是非小田城跡を登城して見て下さい。無料の案内所と駐車場が有ります。土塁の中に綺麗なトイレもあります。
滝山城
2019年3月19日
 続日本100名城登城 第8城目(第108城目)。
空堀と馬出で防備の堅い土のみの北条流の山城である滝山城は、かねてから登城したかった所です。今回は、ボランティアガイドをしていて案内をして頂けることになった知人と、11時に観光案内駐車場で待ち合わせ。
大手口から登城開始。三の丸と小宮曲輪に挟まれたコの字形土橋迄来ると、鳥のさえずりが心地良い静かな空間でした。平らで広い千畳敷の端より、池跡と中の島を眺める。宴を楽しんだとされる弁天池は、北条氏照の弟 氏邦が居城した鉢形城にも存在します。
二の丸南側の空堀は、高さ10m近くもあり更に二の丸を囲むように造られた大馬出と東・南・西馬出の堅固さに圧倒されました。本丸と中の丸の間の大堀切を歩いてみたら、改めて堅固さが実感出来ました。本丸から見えた秋川と多摩川の合流地点の眺めが素晴らしかった。北条流土の築城術を十分堪能できました。今回は、知人より城郭研究家の中田正光氏の詳細な滝山城の資料を頂き、大変参考になりました。
品川台場
2019年3月30日
 続日本100名城 第9城目(合計 109城目)。
1000人桜ウォークに参加し、日比谷公園から浜離宮恩賜庭園〜旧芝離宮恩賜庭園〜芝増上寺を経て、レインボーブリッジを歩いて渡りお台場のゴール地点へ。途中 第三台場を散策。小学校の遠足以来の60年ぶりです。生憎の空模様でしたが、咲き始めた大島桜越しのレインボーブリッジが圧巻でした。トータル29,000歩になりました。
お城というイメージは有りませんが、幕末に江川英龍の指揮により11基建設着工されて
現在2基が残っている。砲台が復元されたレプリカであることが残念です。
本佐倉城
2019年4月5日
 続日本100名城 第10城目(合計 110城目)。
酒々井町中央公民館でスタンプを押印。酒々井町のお城に対する熱意が感じられる資料の多さに感謝。公民館から最短な道も有りましたが、車なので広い道で城址の麓を迂回して東山馬場の駐車場へ。
東山虎口近くのビューポイントへ。遠くの筑波山は見えませんでしたが、すぐ近くまで印旛沼が有ったことが実感出来ました。城山と奥ノ山を分ける大堀切を通ってT郭の城山へ。
周囲を土塁で囲み、かなり広い削平地で主殿等の建物が有ったそうです。
U郭の奥ノ山は更に広く、W郭から倉跡には花(水仙)等が植えられていた。
セッテイ空堀を見る為に倉跡から下山し、麓を迂回して行きましたが、途中の分岐で間違えました。分岐路に矢印位欲しいです。竹林が多い茂り、高低差16mの当時の面影は少し弱いですが・・。虎口・土塁・大堀切や空堀等充分堪能出来ました。
三春城
2019年4月23日
続100名城 11城目(計 111城目)。
三春の滝桜が満開とのテレビ放送が有り、急遽朝4時に出て常磐道を北上。残念ながら満開のピークは過ぎていた。三春町歴史民俗資料館にてスタンプを入手する。登山家の故田部井淳子さんが三春町出身とは知りませんでした。館内の三春城のジオラマが参考になりました。写真撮影が禁止だったのが残念でした。資料館前の枝垂れ桜が満開で綺麗でした。
狭い急なお城坂を登り、二の門の駐車場へ。そばに 伊達政宗の正室として嫁いだ愛姫生誕
(450年)の碑が有りました。坂の途中より お城坂に繋がる竪堀が見えました。
登り切った所に表門跡があり、礎石も残っていた。三階櫓跡があった本丸は広く、周囲の桜が綺麗でした。櫓跡には表示と説明板が欲しいですが・・。奥の一段高い所に、広間や御座の間が有った狭い旧本丸が残っていた。桜の時季以外だと少し見るものに寂しいかも・・。裏門跡から搦手門跡を見て、二の門の駐車場へ。これから 向羽黒山城に向かいます。
向羽黒山城
2019年4月23日
続100名城 12城目(計 112城目)
 会津本郷焼資料展示室にてスタンプを入手。事前に電話したが繋がらず、資料室を見る事が出来ず残念でした。広場の桜が満開で綺麗でした。ここより 狭い急坂(車1台分)を慎重に登り、赤い鳥居を右に曲がって一曲輪と二曲輪の間の駐車場へ。この駐車場への道は、一・二曲輪の間の堀切の底であったそうです。二曲輪は比較的広く(一曲輪より)、会津盆地が一望出来会津若松城が見えました。さらに天気が良かったので、磐梯山も見えました。一曲輪に登り始める所に、クマ出没注意の表示有り。ザックにスズを取り付け、トレッキングポールを使い慎重に登城開始。頂上まで続く堀跡(竪堀)が残っていた。虎口を抜けるともう一曲輪の頂上に。一曲輪は狭く、中央に碑が立っていた。現在は、木が生い茂り眺望は良くない。それ程時間もかからず、クマにも遭わず往復出来ました。葦名盛氏の隠居城として築城された縄張りを、もう少し時間をかけてじっくり見たかった。心残りですが残念でした。
吉田城
2019年5月14日
続日本100名城 13城目(計 113城目)。
岐阜・愛知・静岡と神奈川側の続日本100名城13ケ所を巡る初日の最初のお城です。
自宅より、東名と新東名を通り330km先の吉田城を目指す。最悪のどしゃ降りの雨でしたが、豊橋に着いた頃雨は小康状態に。鉄櫓の写真を豊川の対岸より撮りたいので、車で河川へ降りる道を探しましたが、難渋。写真は何とか撮れました。吉田大橋を歩いて渡り、好みの場所を探した方が良いかも。三の丸会館近くの無料駐車場へ。鉄櫓がまだ開場してないので(午前10時から)、スタンプは豊橋市役所13階で展望を楽しみながら入手。
鉄櫓下の池田輝政時代の石垣と付近の刻印された石垣探しを楽しむ。名古屋城築城の残石を転用したものも有るとか。鉄櫓の内部を見学出来ませんでしたが、9時半過ぎに次の小牧山城へ向かう。
小牧山城
2019年5月14日
続日本100名城 14城目(計 114城目)。
車を小牧山北駐車場に止め、近くの土塁断面展示施設を見学。史跡公園になって7いる曲輪と土塁を堪能。信長公居館跡かもしれないと思うと夢が膨らみます。
先月の4月25日に開館したばかりの{れきしるこまき}を足早に見学、山頂で確認された石垣が再現されていました。直線の大手道は、安土城を思い起こしました。
山頂近くの信長が築いたとされる石垣と転落石を見学、発掘調査で全容が解明されつつあるとのことです。小牧山城が散策コースになっており、ウオーキングには最適で羨まし
と思いました。歴史館でスタンプを入手し搦手口に降り、次の目的地郡上八幡城に行く前に急遽清州城へ行くことにしました。
郡上八幡城
2019年5月14日
続日本100名城 15城目(計 115城目)。
小牧山城と清州城を登城後、80km先の郡上八幡城へ。当初は、城山公園に車を駐車し歩いて山頂を目指す予定でしたが、時間が無くなり車で山頂へ。急坂で細い道ですが、上りと下りが別々なので問題なし。大手門へと続く階段の途中より、南西隅櫓と最も古い木造模擬天守が見える場所が撮影ポイント。残念ながら 午後4時半に近く雨も降っていたので写真の方は今一でした。晴れた青空なら 模擬天守も見栄えが一段と良かったのに・・。
郡上八幡城は二度目ですが、模擬天守から眺める郡上八幡市街は前と変わらず落ち着いた街並みでした。城山公園に戻り、山内一豊と妻の像の写真を撮影。晴れていれば、像の後方に見える模擬天守が一段と鮮明だったと思いますが・・。今日は自宅より500Km走破、長い一日でした。今夜は市内に宿泊し、明日は大垣城を含めた岐阜の3ケ所の登城を予定。
大垣城
2019年5月15日
続日本100名城 16城目(計 116城目)。
前泊した郡上八幡市より、東海北陸道を利用し岐阜各務原ICで降り、一般道で大垣市へ。
距離最短ルートでしたが、朝の通勤時間帯で渋滞に巻き込まれました。予定より15分多くかかりましたが、9時に丸の内有料駐車場に到着。
復元された西門と鉄門跡を見て、四重のの復元天守へ。かっては三重櫓と二重櫓が13基もあった大城郭だったそうですが、今は見る影もなく水堀は埋められ櫓跡も殆ど残っておらず寂しい限りでした。せめて 廊下橋の痕跡でも残っていれば、城のイメージも大きく変わったと思いますが・・。
これから 美濃金山城と苗木城に向かいます。
美濃金山城
2019年5月15日
続日本100名城 17城目(計 117城目)。
戦国山城ミュージアムにてスタンプを入手。道を尋ねたら、出丸への道は狭いので、蘭丸広場の駐車場を勧められました。実際はそれほど問題なさそうです、すれ違いが無ければ。
蘭丸広場だと、山城のほぼ全景に近い写真が撮れ、トイレも綺麗でした。
靴をトレッキングシューズに履き替え、トレッキングポールを準備し登城開始。10分程で出丸へ。10台位駐車可能かも。15分程で、三の丸虎口へ。三方向に低い野面積みの石垣と門の礎石跡が残っていた。10分程で本丸へ。周囲は石垣で囲まれているが、破城の痕跡が見られます。南側にそれ程広くは有りませんが、虎口が残っていた。鏡石も有り本丸入口の雰囲気が十分感じられました。本丸の一部開かれた所から、可児市内が一望できました。森 蘭丸が城主で有ったことから 戦国時代に思いを寄せ一層親近感が感じれました。時間が無く 米蔵跡の石垣を見る事が出来ず残念でした(山城ミュージアムより300mとか)。
苗木城
2019年5月15日
続日本100名城 18城目(計 118城目)。
美濃金山城より苗木城へ。3時からのボランティアガイドを申し込んでいたので、14時40分に遠山史料館駐車場に到着。史料館も丁寧に解り易く説明して頂いた。中でも 遠山武景が織田信長の妹と結婚し、生まれた娘が武田勝頼と結婚して嫡男信勝を生んだ話が特に興味が有りました。戦国時代の 武田・遠山と織田の相関関係が面白かったです。
ガイドさんの案内で登城開始。三の丸から本丸までの急傾斜の登城路に門が7か所も有った事にはびっくりしました。本丸から見る大矢倉は、ミニマチュピチュのようです。
自然の巨岩を利用した石垣は素晴らしく、息を呑まれそうでした。天守展望台からの眺めは、絶景でした。恵那山の頭が見えなかったのが少し残念でした。ガイドさんに夫婦の記念写真を撮影して頂きました。有難うございました。リニア新幹線が開業したら、交通の便が数段増します。が 観光客が押し寄せる方が心配です・・。念願の苗木城を登城出来、天気にも恵まれ今日は最高の日でした。これから 121km先の宿泊地豊橋市に向かいます。なお 史料館受付で購入したかりんとうが美味しかったです。
古宮城
2019年5月16日
続日本100名城 19城目(計 119城目)。
昨夜は豊橋市内に宿泊。今日は時間に余裕が有るため、日本三大稲荷とも言われる豊川稲荷を参拝してから古宮城へ。作手歴史民俗資料館にてスタンプと縄張図を入手し、白鳥神社への道を教えてもらう。駐車場は、白鳥神社の前にあり。
神社のすぐ隣に大堀切が有りました。神社の脇の急坂を登ると、ほどなく主郭の出入り口枡形に。西側には櫓台らしきものが確認出来ました。主郭を区画する土塁と周囲を囲む土塁が残っていました。城内は私有地とかの為、案内板など設置出来ないそうです。一刻も早く文化財の史跡になって欲しいと思いました。武田流築城術の貴重な城だと思います。
東西に分割した大堀切も見応えが有りました。馬出機能を持つ副郭の周囲の土塁は、幅広で歩くことが出来ました。それ程大きくないですが、土塁・堀切と枡形虎口を十分堪能しました。これから 浜松城に向かいます。
浜松城
2019年5月16日
続日本100名城 20城目(計 120城目)。
古宮城から浜松城へ向かう途中、NHKの大河女城主直虎の舞台にもなった龍潭寺に立ち寄る。国指定名勝の小堀遠州作の庭園と井伊家の墓所を参拝。
浜松城公園駐車場(無料)に車を停める。まず 鎧掛松(3代目)を見に行き、公園の下から模擬天守を見上げる。天守曲輪の石垣の上に模擬天守と復元天守門が調和して聳えていた。天守曲輪と天守台の堅固な野面積みの石垣のみが、当時の面影を残していた。
天守曲輪西側の屏風折石垣は、珍しいそうです。屏風折石垣の上に模擬天守が聳えていて
ビューポイントになりました。復元天守門の中に入れましたが、梁の構造が見えるだけでした。出世城といわれた浜松城ですが、見所は本丸のみで少し物足りなかった・・。
帰り際に 浜松城の前身引馬城跡(東照宮)を見に行きました。境内に運気UPにあずかれる家康公と秀吉公の間に本人が入って写真を撮れる所あり。興味のある方は是非。
高天神城
2019年5月17日
続日本100名城 21城目(計 121城目)。
浜松の舘山寺温泉に前泊し、今日は 高天神城〜諏訪原城〜駿府城を巡ります。
大東北公民館にてスタンプと資料を入手。搦手門側の北口駐車場(無料)への道を教えてもらう。搦手門跡を過ぎると傾斜の急な階段の坂道が始まり、三日月井戸迄が結構きつかったです。井戸曲輪のある鞍部にて一息、東峰と西峰に分かれている一城別郭の構造を持つ高天神城は急峻な地形を上手に活かしていると実感しました。本丸跡のある東峰を先に登城し、鞍部に戻り西峰へ。高天神城社に参拝し、堀切を見て馬場平へ。遠州灘が一望できる絶景スポットでした。武田と徳川の攻防戦の舞台となった山城で思いを巡らすのは楽しいひと時でした。
諏訪原城
2019年5月17日
続日本100名城 22城目(計 122城目)。
高天神城より 20km先の今年3月23日に開館したばかりの諏訪原城ビジターセンターへ。
駐車場が判らず行き過ぎてしまいましたが、ビジターセンターでスタンプと資料を入手。駐車場のすぐ裏手が、二の曲輪大手馬出でした。武田流の丸馬出と空堀を徳川氏により改修されたとの事ですが、二の曲輪の中馬出と三日月堀はスケールが大きかったです。北馬出と中馬出のダブルで防備強化に努めている武田流築城術に驚きと感心しました。城内で一番大きい空堀の外堀も、広く・深くて長かったです。本曲輪は土塁に囲まれ断崖の上にあり、山城の雰囲気が有りました。城内を一周しましたが、廃城となったのによく残っていたと驚くばかりです。これから 駿府城の天守台発掘現場へ見に行きます。
興国寺城
2019年5月18日
続日本100名城 23城目(計 123城目)。
岐阜県から始まった東海地区続日本100名城13ケ所を巡る旅の最終日です。
今日は 興国寺城〜山中城〜石垣山城と小机城を登城します。
場所は 新東名駿河湾SAのほぼ真下に有りました。三の丸の駐車場に止め、本丸に有る穂見神社境内でスタンプと資料を入手。北条早雲旗揚げの城と伝えられていて、関ヶ原の戦い後に改修されたそうですが間もなく廃城に。神社脇の土塁を登ると、伝天守台と大空堀への分岐点に到着。空堀の底へ下り、北曲輪へ行こうと思いましたが、草が生い茂り道が判らず断念。大空堀は 深く険しく堀底を歩けるようでした。伝天守台には礎石建物跡が有りました。西櫓台からは 土塁に囲まれた本丸と二の丸・三の丸が一望出来ました。土塁が大きく・高く・長いのに驚きました。建物の遺構は有りませんが、伝天守台の下に石垣も有り、十分楽しめました。
石垣山城
2019年5月18日
続日本100名城 24城目(計 124城目)。
朝 前泊した静岡県の三保より、興国寺城〜山中城そして箱根を超えて石垣山城へ。今回二度目の登城。スタンプは石垣山一夜上駐車場トイレの傍に置いてありました。
崩れかけた南曲輪の石垣を見て、本城曲輪の石垣から天守台迄登城しました。本丸展望台より小田原城を確認出来ましたが、その先に陣を張った徳川家康の今井陣場は判りませんでした。しかし 小田原市内から相模湾を一望出来、眺望は最高でした。井戸曲輪は工事中で見れませんでした。前回は ディジカメの写真撮影でしたが、今回はスマホでも写真が撮れたのが良かったです。秀吉が茶会を開き、戦国の武将が馳せ参じたこの場所に居ると思うとわくわくします。小田原市内へ降りる途中 みかん農家の直売所があり、柑橘系が好きなので甘夏を4袋も買ってしまいました。甘酸っぱいですがジューシーでした。
小机城
2019年5月18日
続日本100名城 25城目(計 125城目)。
今回の続日本100名城巡り13ケ所目の小机城です。石垣山城を14時40分過ぎに出ました。1時間10分で着く予定が、厚木道路の片側規制・東名海老名SAでの仮眠休憩や小机町での渋滞と駐車場探しに時間を要し、小机地区センターに着いたのは17時前。
慌ただしくスタンプと資料を入手し、歩いて小机城へ。夕方になってしまったので、ボランティアの方の資料は入手できませんでした。見事な竹林(養生中)を登ると、空堀が有りさらに行くと西曲輪(本丸)の広場に出ました。明日 小机城祭りがあるとの事で、周囲に舞台とテントが張り巡らされていました。櫓台・東曲輪と土塁を慌ただしく見て周りました。時間が無かったのが残念ですが・・。北条3代に仕えた笠原信為が城代でしたが、秀吉の小田原攻めで開城しその後廃城。あまりインパクトのない城でした。隣の鴨居には月に一度仕事で打ち合わせに来ていましたが、小机城の存在は知りませんでした。