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メンバー情報

ID1741
名前まーぼー
コメント神奈川県在住の城巡り大好き人間です。


退職後の趣味で100名城スタンプラリーを始め、2016年6月に満6年で100名城登城完了。これで47都道府県すべてに行ったことになり感無量で、満願成就しました。

現在、百名城巡り2周目を続けていますが、2018/4/6からは続100名城スタンプラリーにも参加します。
城巡りでは、このサイトの情報はとても助かります。
歴史好き、石垣好きはまだまだ捨てがたく、これからも御城巡りを続けます。
登城マップ訪問城マップ

登城記録

登城日順 城番号順
彦根城
2010年6月25日
午後3時前に表門券売所でスタンプを押して入城。博物館、天秤櫓、太鼓門櫓を見て天守へ。その後、西の丸三重櫓を見て黒門を通って玄遊園を巡って終わりました。所要2.5時間程でした。鉄筋コンクリート作りの大阪城とは違い、木造で急な階段を上って天守に上りつめた時は「当時の人もこの階段を上り下りしたのだなー」と感慨に浸りました。櫓もすべて靴を脱いで中を見物できました。櫓の窓から外を見ると真下に石畳、階段が手に取る様に見え、櫓の戦闘機能を実感できました。平日だったせいか人も多くなく、ゆっくりと見物できました。さすが国宝彦根城!!

2回目登城(2015/11/23)……屋形船お堀巡りを経験。違う目線・角度からお城を眺められたのは素晴らしかった。これだからお城巡りはやめられない。
大阪城
2010年6月26日
雨の中、朝一番で登城した。天守閣の1階で係の女性にスタンプを押してもらった。その女性とスタンプラリーのお話をしていたら、親切にもガイダンス(無料)を貸してくれた。大阪城の指定された場所で使用すると、イヤホンからその場所のディスプレイの説明が流れてくる代物。見物スポットとしては、大坂夏の陣の屏風の映像音声の解説がとても良く、印象に残りました。中国人の観光客がものすごく多く、エレベータに乗ると私一人が日本人で、他はすべて中国人ということもありました。極楽橋からの写真スポットが素晴らしい様ですが、行きそびれました。次回チャレンジしましょう。
犬山城
2010年6月27日
犬山遊園駅から木曽川沿いを進んでいくと山頂に犬山城が見えます。木曽川の流れは、梅雨時で水かさが増しているせいか勢いが激しい。天守を目指して石段を登っていくと櫓門があり、そこの2階に管理事務所があり、スタンプを押しました。

いよいよ天守を登りつめると、最上階からの眺めはサイコーで、特に木曽川の流れが眼下に展開して、劉備が死んだ白帝城もこの様な地形の上に建っていたのかと思いをはせました。彦根城の天守展望台からの眺めは金網に邪魔をされ興味半減でしたが、ここ犬山城天守からの眺めはすっきりとすがすがしいものでした。歴代の成瀬家の御殿様の写真を拝見して国宝犬山城を後にしました。

デジカメが壊れてしまい、優美な犬山城を撮れなくて残念でした。次回行く時は是非遠くからの犬山城を撮りたいと思います。

2011/11/26に再登城しました。ツインブリッジを渡って鵜沼側を歩きライン大橋を渡って犬山側に戻ってきました(約40分)。天気も良く遠景の良い写真が沢山撮れ満足。前回のデジカメ故障のリベンジを達成しました。
江戸城
2010年7月6日
平日の曇り空の午後出かけた。
スタンプは武道館前の北の丸休憩所の物がベストでした。和田倉休憩所の物はスタンプパッドが置かれているので使う人がいるらしく、スタンプ枠の外にもインクがついてしまい最悪でした。楠公レストラン内にある物はスタンプの中央が薄く押印されます。
江戸城は北の丸公園、東御苑、外苑という公園で整備され、外国人も多数見物していました。大都会の真ん中にこの様な公園がある事は日本として誇りに思えます。
それにしても、江戸城は広い。スタンプを3つゲットするのに約3時間歩きました。
富士見櫓を見損ないました。次回又行きましょう。

(追記)2011/3/31、事前予約して再登城(皇居参観)しました。二重橋からの伏見櫓、桔梗門入ってすぐの、下から仰ぎ見る富士見櫓に感動しました。予約して登城する価値
ありです。
小田原城
2010年7月17日
若いころ登城した記憶があり、今回2回目の登城でした。
本日は梅雨明けしていない快晴の日で、良い写真が撮れることを期待して行きました。

小田原駅の観光案内所でお勧め登城コースを聞き、駅東口を出てお堀端通りを進み、橋を渡り馬出門、銅門、常盤木門、天守閣を見ました。馬出門、銅門は再建されたばかりで真新しく歴史の重みが感じられないのが残念でした。それに比べて常盤木門、天守閣は見事でした。

天守閣の一階でスタンプゲット(きれいに押印)できました。最上階に昇ると見晴らしがよく、丹沢、伊豆、三浦が一望でき、この日は最高気温が32度と蒸し暑い日でしたが、涼しい風が体を通り抜けていきとても心地よい時間を過ごしました。

小田原駅を10時半に出発して、駅に帰ってきたのは1時半で、のんびりした行程で所要約3時間でした。帰りに、定番の蒲鉾、干物、温泉饅頭をお土産に買い家路につきました。
水戸城
2010年8月16日
空堀を見たことがないので興味津津出かけました。
最初の空堀はJR水郡線に沿った道を昇っていくと本城橋に行きますが、その下が本丸と二の丸を分断する空堀であったらしい。今はJRが走っていますが昔はここが空堀であったとは。2つ目の空堀は水戸城跡通りを西に向かうと大手橋がありますが、その下を県道が走っています。昔はここが二の丸と三の丸を分ける空堀であった様です。最後の空堀は三の丸西端にあり、きちんと保存されていて往時を偲べるものになっていてホッとしました。これらの空堀を歩いて見物しましたが、水戸城の広大さを実感しました。 
弘道館は水戸藩の藩校であっただけに見ごたえ十分でした。赤い百日紅の花が咲いていて建物とマッチして良い写真が撮れました。資料展示室には徳川光圀、斉昭、慶喜の写真が飾られていましたが、黄門様は意外とふくよかに見えました。スタンプは入場料金所で押せました。状態は良好でした。
佐倉城
2010年8月17日
水戸城の後、本日は佐倉城に登城しました。猛暑日でしたが、佐倉城址公園は樹木が多く、木陰の下を歩くと幾分涼しく気持ちよく過ごせました。
京成佐倉駅から徒歩10分程で目指す管理センターに着きました。管理者は不在で、スタンプを押印(良好)して、展示物を見て休憩をとりました。パンフには公園全体の案内図が載っているので、是非管理センターを最初に訪れる事をお勧めします。
この案内図を参考に公園の遊歩道を歩き廻りましたが、○○跡の案内板があるのみで、往時の城を偲ぶ建物はなく残念でした。本丸跡、天守閣跡のあたりは敷地が広く解放感を味わえました、又馬出し空堀も印象に残りました。桜の木が多いので花見の季節に又訪れようと思います。
次に歴博に行きました。2時間半見学しましたが、見切れませんでした。歴史好きには一見の価値ありで、再度トライします。
松代城
2010年9月19日
信州の旅第1城目。新宿から高速バスに乗り川中島古戦場を見物後、松代に向かいました。松代城は2つの顔を持っています。
1つは信玄、謙信が戦った頃の海津城で、川中島古戦場でガイドの方の説明に出てきました。これから自分が訪れる城なので興味深く聞くことができました。説明によると妻女山から海津城の様子がうかがえた様で、自分が立っているここ松代城跡から妻女山がどこにあるのか探してしまいました。
2つ目は真田信之が上田から移ってきて真田氏が幕末まで治めた時代です。真田宝物館、真田邸(大修復後、9/18から一般公開開始)を見物すれば、松代が上田に劣らない真田色が濃い処であることがわかります。是非行くことをお勧めします。
城跡ですが、天守台、太鼓門、石垣、掘が印象に残りました。しかし歴史の重みを感じるより、整備されたきれいな公園という感じでした。スタンプは管理事務所の外で押せました(良好)。
小諸城
2010年9月20日
信州の旅2城目。小諸駅を下車して自由通路を渡り、三の門に向かう道が下っているのでこれが「穴城」なのかと実感しました。しかし、その後の見物から、小諸城は穴城も特徴でしょうが、空掘が深く断崖に守られた堅固な要塞というイメージがわいてきます。
苔むした野面積みの石垣、天守台は悠久の歴史を感じさせ、酔月橋からの眼下に広がる地獄谷の堀の深さは目を見張ります。縄張はあの山本勘助だそうですが、この複雑な地の利を生かして縄張りしたのはさすがとしか言いようがなく、信玄の参謀だけのことはあります。
仙石秀久が城主の頃、小諸城二の丸、黒門、大手門を建てた様で、その後仙石氏が上田に移り、真田信之が松代に移ります。仙石秀久のお墓が上田の芳泉寺にある事も初めて知り、仙石氏の信州地方における役回りを再認識しました。
徴古園でスタンプを押印し、状態は良好でした。帰りに三の門を出て左手にある「草笛」で信州そばを美味しく食べました。普通盛りでも大盛りの量がありますので気を付けて下さい。
上田城
2010年9月21日
信州の旅3城目。今年の4月桜見物に上田、別所温泉を旅行しましたが、季節外れの雪が降り花見と雪見が同時にでき、感激しました。しかし前回は満開の桜に見とれて十分にお城見物ができず、今回はスタンプゲットを目的に再訪問となりました。
博物館でスタンプ(良好)を押した後、博物館を見学。真田にゆかりのある展示が多く、古文書は見ても何が書いてあるのか判読できないのが普通ですが、原文を活字体で分かりやすく書き直した説明があり、とても興味深く読めました。
東虎口、北、南櫓は外観も立派ですが中も見学ができ、甲冑と小松殿の籠を撮る写真スポットを係りの人に教えてもらいありがたかった。これがきっかけで、小松殿の墓を見に芳泉寺に行くことになりました。本丸跡、堀の外側一周、本丸土塁の上を一周とゆっくりと
廻ってみましたが、駐車場側に降りて下から眺める西櫓が素敵でした。
刀屋でざる蕎麦を食べ、池波正太郎真田太平記館に寄り上田を後にしました。
松本城
2010年9月22日
信州の旅4城目。そして国宝天守閣3城目。その雄大な美しさに魅了されるのを期待して朝8時にホテルを出発。登城する前に、公園中央のお堀前から、赤色の狸橋前からといろいろな角度から天守閣、乾小天守、辰巳附櫓の連結天守の写真を撮りましたが、雲が多く青空を背景にうまく撮れず一時断念。博物館でスタンプ(良好)を押した後、二の丸御殿跡、黒門を見て天主閣に登城しました。急な階段、鉄砲の展示が充実、窓のない3階、優雅な花頭窓、歴史を感じる太い柱、解放感あふれる月見櫓、天守6階からの眺め等々尽きせぬ魅力に圧倒されました。天守閣を出て再び良い写真にチャレンジ。幸いにも雲が切れ
て陽光がさしている。太陽は真上にあり、天守の屋根や壁が明るく映えて良い写真が撮れました。その後、開智学校に行って写真を撮っていると電池を使いきってしまいました。何とこの日は写真を230枚撮りました。国宝松本城のベストの写真をパソコンの壁紙にしています。
武田氏館
2010年11月2日
甲府への旅1城目。今回の旅は気の置けない友人との弥次喜多道中で、楽しい旅となりました。新宿から高速バスで甲斐善光寺に立ち寄った後、甲府駅北口で電動自転車を借りて一路武田氏館へ。坂道だったので電動に感謝します。
朱色の神橋の前まで辿り着いてどこに駐輪するか分からず、土産物屋の人に尋ねて水濠に沿って右に回り大手門口から入り、宝物殿の前に駐輪しました。
走りながらこの水濠を見て、ここは単なる神社ではなく信玄の居城であった躑躅ヶ崎館なんだと実感しました。
こんな小さな濠で防御ができるのか、やはり「人は石垣、人は城」と言われているように、信玄は人を育てる事を重視して濠に頼らず築館したのだと思います。何かロマンを感じますね。
例えば、北条氏の小田原城は、秀吉の攻撃に籠城で対抗しました。濠を深くし石垣を高くし防御の万全な城を築いたという自信が覗えます。しかしどんなに完璧な防御態勢でも敗れるときは敗れるのは歴史が証明しています。
宝物館を見て、神符授与所でスタンプを押印(良好)し、次なる甲府城に向かいました。
甲府城
2010年11月2日
甲府への旅2城目。武田氏館を廻ってからここ甲府城に来ました。稲荷櫓近くの入口から入って、稲荷櫓内を見物し、管理人室からスタンプを出していただき押印(良好)しました。スタンプを押している時、「あらスタンプですか?」と熊本から来ているご夫婦に声をかけられ、ラリーのことを説明すると「いいですね。是非熊本城にも来てください」と言われ楽しい会話をしました。
公園内は階段が少なく、スロープになっているので電動自転車で一気に天守台下まで行ってしまいました。後で自転車を返す時、公園内を自転車で移動するのは禁止されていると聞き、知らなかったこととはいえ、ラッキーでした。ボランティアのご案内仕隊に見つかれば注意されたとの事です。自転車を利用する方は注意してくださいね。
稲荷櫓を公園外の道路脇から見上げるような角度で良い写真が撮れました。又、天気がよかったので、山の手御門の展望スペースから冠雪のある富士山の写真が撮れました。
B1グルメで優勝した甲府鳥もつ煮を食べられたこと、そして生まれて初めて食べた馬刺しの美味しかったこと、良い思い出ができました。
八王子城
2010年11月21日
好天に恵まれ初めて山城を訪れ、新鮮な経験をしました。なにせ本丸跡への山道を登ること40分は自分の老脚力を考えると躊躇させるものがありました。しかしそれは杞憂でした。
アラカン世代でも十分本丸跡まで登城できます。9合目先にある大パノラマ(横浜、新宿、西武ドームを見渡せる)を目指し、北条氏照の領国を見渡す気分を味わいましょう。

電車で高尾駅に到着し、バスで「霊園前」で下車し徒歩約15分で10時頃管理事務所に到着。スタンプをゲット(良好)しました。

そこでボランティアのガイドの方から声をかけられ、本丸跡まで一緒に行ってくださるとの事、日曜なので10名以上の方と一緒になりました。
まず御主殿跡まで行き、そこから本丸跡〜八王子神社まで約2時間の行程で、城跡の見処説明、その背景にある歴史の解説、その場のちょっとした話(マムシ注意の立て札が虎口の処にありますが、マムシは石垣の間に住むので安心との説明)等あり、急な登りが続くと休憩をはさみ、見どころでは説明を聞く(実は休憩)と、ロートルでも息を切らせず楽しくついていけました。

天守閣もいいですが、山城もいいですね。
駿府城
2010年12月15日
晴れの日を狙って高速バスで静岡駅まで行き、県庁別館21階の展望ロビーに直行。駿府公園が眼下に見下ろせ東御門、巽櫓そして中堀、内堀の位置がよくわかりました。富士山も遠くに見ることができ天気に感謝。

東御門、巽櫓を中堀の手前から見物後、入館して内部をゆっくり見物しました。スタンプは券売所で押印、良好でした。
この見物では、音声ガイドを貸して戴いたので枡形という防御の形式を目と耳で良く理解できました。
敵が中堀に架る東御門橋を渡って高麗門を破り枡形空間に入って来ても、味方は櫓門手前で立ち往生している敵を北、西、南の3方から囲い込んで上から攻めたり、味方の兵が櫓門から繰り出して敵を外に押し出すことができる。戦国時代の城での攻防を彷彿させてくれました。
又、本丸堀の算木積みの石垣も実物をみるのは初めてでこれも思い出になりました。

お土産に安倍川もち、桜エビ、黒はんぺんを買い、滞在時間4時間で静岡を後にしました。
岡崎城
2011年1月28日
今年初めての城巡りで一泊で岡崎城、浜松城、掛川城に行ってきました。新横浜から新幹線で豊橋、名鉄で東岡崎駅、そこから徒歩15分で岡崎城へ。

天守閣は正面から撮影すると2本の松に邪魔され良い写真が撮れず、むしろ裏手の清海堀の方向から、あるいは龍起神社方向からの方が良い写真が撮れました。
スタンプは天守1階で押印、良好。
三河武士のやかた家康館は名前の如く松平、徳川氏の展示が充実しており、決戦!関ヶ原のジオラマ、戦国武士の体験コーナー等十分に楽しめました。

公園内では、大手門、家康公銅像、からくり時計塔(今月22日に修理が終わり見ることができラッキー)等を見物し、昼飯は公園内に食事処が結構あり、岡崎名物を食べて浜松に移動しました。

浜松城は公園に4時頃到着し、急いで天守閣を見物しました。残念ながら浜松城は1958年鉄筋コンクリ造りの模擬天守の為か100名城ではありませんが、2代城主堀尾吉晴(後の松江城主)の時代に築かれた面積みの石垣は中々見ごたえがありました。夕食は静岡の地酒と名物、鰻を堪能しました。
掛川城
2011年1月29日
浜松駅から東海道線で掛川駅まで移動し、駅から徒歩で城に向かいました。大手門、番所を見て、川に突き当たると天守閣が望め川沿いに進み到着。

掛川城は何と言ってもあの山内一豊と千代のお城のイメージがあり、期待して登城。天守閣は木造で平成6年に復元された様で、まだ新しく歴史をあまり感じさせませんが、コンクリ造りより木造の方が趣があり良かったです。
御殿は江戸時代後期に再建された現存御殿ということで、歴史を感じさせてくれました。
やはり現存はいいですね。入口すぐのところに太鼓櫓で使用されていた太鼓が展示されていました。スタンプは御殿入口でゲット、良好でした。
御殿から眺める天守閣も中々良い写真に撮れました。帰るときに、以前行った彦根城の表御殿の奥向きを思い出しました。まだ行っていない二条城、川越城の御殿が楽しみです。
掛川駅で掛川茶をお土産に買って、家路に着きました。
伊賀上野城
2011年3月1日
三重、愛知の4城巡りの1城目は伊賀上野城。今日の天気はあいにく終日雨でした。新幹線、近鉄を乗り継ぎ上野市駅に到着、観光案内所で地図を入手して、傘をさして登城開始。教えられた道を行くと筒井古城跡(公園内の東側)に足を踏み入れていました。今は城代役所跡という石碑が見えますが、筒井順慶の養嗣子定次(藤堂高虎の前の城主)の城跡だったそうです。石垣もかなり雄大に残っていて感動しました。この高台から見る伊賀
上野城も木に邪魔されますがなかなかのものでした。
ここから天守閣へと移動し周りを一周してカメラアングルを探しました。やはり天守閣と小天守が撮れる南西側から撮るのがいいと思います。雨で四苦八苦し青空をバックに天守閣を撮れず残念。
天守閣内、伊賀流忍者博物館、旧崇広堂を見物しましたが、平日で雨降りの為かほぼ独占状態でゆっくり過ごせました。天守閣最上階にあったホットカーペットはほんとに助かった。何せ足からそこ冷えを感じていましたから。
その後、松阪まで移動して一泊。翌朝松阪城です。
松阪城
2011年3月2日
ホテルを8:20に出発して、市役所側からでなく御城番屋敷側から松阪城に登城。今日は冷たい風が強く、曇り空に時々晴れ間がのぞく天気。
松阪城跡は天守、櫓等の建物はなく石垣のみが残っていますが、この石垣が見所ですばらしいものでした。道路側から見上げる石垣は旧伊勢街道常夜灯あたり、本居宣長記念館への坂道あたり、松阪公民館あたりと歩きながら写真を撮りまくりました。中御門跡あたり、そして天守閣跡あたりの石垣、そして帰り道にあった表門跡あたりの石垣も見ごたえがありました。
きたい丸には梅林があり紅梅白梅が咲いていて、青空をバックに白梅のアップ写真がきれいに撮れました。満足!
スタンプは本居宣長記念館で押印、良好。本居宣長が生涯をすごした「鈴屋」も見物しましたが、城好きには文学よりも松阪城跡に木造の門、櫓などを再建して戴いた方がありがたいと感じました。やはり建造物があった方が城巡りのテンションがあがります。
松阪駅前でお土産に松阪牛のしぐれ煮を買って、快速みえ6号で一路名古屋へ移動。午後は名古屋城見物。
名古屋城
2011年3月2日
3/2の午後、名古屋城の東門から登城。
東南隅櫓が近づいてくるとわくわくしてシャッターを切るが、雲が多くあまり良く撮れていない。西の丸に移動して西南隅櫓、そして天守閣を狙うがどうもうまく撮れない。西の丸からの天守閣を午後の晴れた日に撮るのがベストらしいが、あきらめて天守閣内を先に見物することにしました。
本丸御殿内の障壁画は戦災を免れて現存しているらしい、又現在、本丸御殿が復元工事中で障壁画と一緒に公開が待ち遠しい。本丸御殿3Dシアターを見物するとその辺の事情がわかります。
戦災で焼失する前の木造天守閣の古い写真を見ることができました。歴史を感じさせる木造の太い柱で出来上がっていて、興趣が尽きませんでした。
天守閣見物後、ベスト写真に再度挑戦して、雲が少し浮かんでとんびが飛んでいる天守閣の良い写真が撮れました。自画自賛ですが。
名古屋名物のきしめんを城内の食堂で食べ、のど越しが良く美味しかった。名古屋のお土産、味噌煮込みうどん、味噌まんじゅう、ういろうを買って次の宿泊地豊橋へ移動しました。
長篠城
2011年3月3日
早朝、豊橋から飯田線で三河東郷駅へ行き、首洗池、信玄塚、設楽原歴史資料館、馬防柵を見物。東郷駅に戻って3つ先の長篠城駅へ。
長篠城祉史跡保存館、長篠城祉(土塁、内堀、本丸跡等あり)、馬場信房の墓、鳥居強右衛門の墓、同磔死の碑、牛渕橋の上から長篠城祉を俯瞰して駅に戻りました。

勝頼退却の殿軍を務めて戦死した馬場信房は62歳で、両軍の武将の最高齢であったことがわかり、墓も墓地の中ではなく畑の中にあり、大きな木のそばにぽつんを立っていて往時を偲びました。

鳥居強右衛門についても昔のテレビ(NHKの大河?)で磔のシーンを強烈に覚えていて興味深く見物しました。保存館には城を脱出するのに川を潜る絵が展示され、救援を求めて岡崎まで片道50KMも走った事、子孫が後に重用された事等、印象が深かった。

磔死の碑の近くで農作業をしている老人に挨拶すると、あれが強右衛門が帰ってきて合図ののろしを上げた「かんぼう山」と言って指差して教えてくれました。ここでも、遠くに山々が見えるこの様な広い平地で激しい戦いがあった事に思いをはせました。
高遠城
2011年4月20日
今年の高遠の桜は昨年に比べて遅い開花になった様です。ピンポイントで晴れの日の満開(今年は18日)の桜を狙って、前日に新宿からの高速バスを予約し1泊(伊那市)で出かけました。このサイトでは高遠城址は桜の時期を逃すと何も見るものがないとの声が多いので是非桜の時期に登城したいと思っていました。

20日午後から登城。歴史好きには是非訪れたい高遠です。織田方の攻撃で仁科盛信(信盛ともいう、歴史博物館で判明)の壮絶な討死で武田氏の意地を見せた地です。その後武田氏は滅亡していきますが。

しかし、城址公園には本丸跡二の丸跡等の案内版はありますが、往時を偲ぶ建物、遺構が少なすぎます。見るべきは空堀位でしょうか。桜雲橋あたりは多くの人で賑わっていて、下に降りて空堀から上を眺めると桜満開の問屋門を写真に収められました。又、満開の桜を添えて冠雪中央アルプスと高遠の町の写真が撮れて満足。

帰りに高遠蕎麦(手打ち)を食べ、土産に高遠饅頭と地酒を買って家路に着きました。帰宅後、味わいましたが家族には共に好評でした。
箕輪城
2011年5月7日
連休最後に箕輪城、金山城、足利氏館の3城に行ってきました。いつもの電車での一人旅は乗継ぎ、徒歩で効率が悪いのですが、今回は友人の車で昔の仲間とわいわい賑やかに廻ることができ助かりかつ楽しく過ごしました。
最初の箕輪城は、高崎駅から箕郷支所へ行きスタンプゲット(良好)し、その後搦手口から入り二の丸跡の駐車場から登城。
遊歩道が整備されていて案内板の説明を読みながら散策しましたが、大堀切、石垣等の遺構はあるものの建物が残っていないのが残念でした。本丸跡は広い平地になっており、膝下くらい生い茂った雑草と多くのたんぽぽが咲いていました。
高崎市では今後も城跡の整備計画を進め将来は公園にしたい様ですが、是非、門とか橋とか建物の遺構を復元して欲しいものです。友人の話ですが、搦手口の手前にあった個人宅の門が箕輪城の門であったとか、確かに木造らしい黒塗りの立派な門で城門の様に見えました。
駐車場から出発する時に、ボランティアガイドの方から歴史のうんちくを聞くことができました。何でも井伊直政が高崎城へ移る時、石垣等を破壊して行ったとの事、廃城になったのですから遺構は少ないのはうなずけますが。
金山城
2011年5月8日
この日は、最高気温28度で晴れの天気予報でした。
最初に、金山城跡ガイダンス施設に立ち寄りました。金山城の歴史を大きなスクリーンで5分見られる「戦国シアター」はわかりやすく印象に残りました。又金山城祉の模型(職員の労作の様)も展示されていて、親切な解説をして戴き城のイメージを造るのに役に立ち、これから実物の城跡を見物しに行こうという気にさせてくれました。入館は無料で、係員も常駐している様で太田市の力の入れようが伝わってきました。山頂を目指す前にこの施設に立ち寄る事をお勧めします。

この施設から車で西城モータープールまで登って駐車して登城開始。ここから新田神社まで20分程の山登りを覚悟していたところ、思いの他傾斜もきつくなく所々見物するのでそれが休憩になっていました。物見台からの見晴らしが絶景で、よくこの様な山頂にお城を築いたものと感心してしまいました。
見所は大手虎口でしょうか。どことなく八王寺城の御主殿地区の石垣と虎口に似ていると感じました。スタンプは南曲輪の休憩所内(若干にじむ)。
帰りは足利氏館へ急ぐことになり、太田名物の焼きそば(岩崎屋)を食べ損ね、残念。
足利氏館
2011年5月8日
金山城登城後、車で足利氏館へ向かいました。
天気も良く連休最終日の日曜日とあって、多くの観光客で賑わっていました。鑁阿寺と書いて「ばんなじ」と読むそうです。隣にある足利学校の中で漢字検定初級をやっていましたが、初級ではこの漢字は難しくて読めませんね。

多くの方が足利氏館は「城というよりお寺」という感想をお持ちですが、私も同感です。鑁阿寺の境内は、鎌倉時代の有力な御家人であった足利氏の発祥の地でしょうが、足利時代以前の足利氏の歴史は語られることもなく我々現代人にはなじみが薄く、この地が居館跡であったと言われても実感がわいてきません。歴史の教科書に出てくる様な有名な武人でも住んでいたとか、戦ったとかの史実でもあれば理解しやすいのですが。

その点、武田神社の方がお城として往時を偲びやすいと感じました。武田神社は武田信玄の居城であった躑躅ヶ崎館の跡地に建てられたもので、信玄がそこから幾度となく出陣した場所であるからです。

スタンプは大御堂の横にあるお札売り場の方にお願いすると出してくれ、保管状態が良いのでしょうか、今までで一番くっきりすっきり押せたスタンプになりました。
山中城
2011年5月18日
天気は晴れ。三島駅南口の観光案内所でパンフを入手後、バスで「山中城跡」に到着し、朝10時から戦国山城探訪コースに沿って登城開始。
岱崎出丸では行く先々の敷地ですべての芝生の手入れが良くされていて、まるでゴルフ場の様でした。又、一の堀は始めて見る畝堀でとても感動しました。
見所は何と言っても西の丸、物見台、西櫓を取り囲むようにある畝堀、障子堀でしょうか。良く剪定されたツツジの木が沢山植えられていて何とも絵になる光景を随所で堪能しました。目の前の堀を見ながら、鶯の鳴き声を聞きながら休憩所近くのベンチでお弁当を食べ、正に至福の時間を過ごしました。
実は、横浜からの電車の中で、池波正太郎著「戦国幻想曲」の小田原攻めの部分を読み返し、半日で落城した山中城での主人公渡辺勘兵衛の槍働きを現場で想像しようと思っていたのですが、この企画は失敗に終わりました。次から次へと素晴らしい景色が目に入ってくると、昔を偲ぶ事より眼前の景色に感嘆している自分を発見しました。
スタンプは売店の外と中の両方に置いてあり、共に良好でした。帰りに三島名物のうなぎを食べて帰路につきました。
山形城
2011年6月5日
新幹線で11時に山形着。100名城巡りで初めて東北に足をのばした1城目。

駅の観光案内所に寄って、東大手門に徒歩10分程で到着。最上義光歴史館へ行きスタンプ押印(良好)後、館内を見物しました。山形県は財政が豊かなのか、ここ最上館も、その後見物した郷土館も文翔館もすべて無料でした。最上館は有料でおかしくない内容の展示でした。

ロビーに展示されている義光公と駒姫の人形を見、説明文を読んで駒姫の事を初めて知りました。東国一の美少女は歴史上どうなったかは現場で説明文を読んでください。

東大手門内の展示では、関ヶ原の戦いの東北局地戦で最上義光と直江兼続が戦った長谷堂城の戦いのパネル展示もあり、興味深く見物しました。ジオラマとかビデオでも制作/展示すれば愛好家に受けること間違いなし。

一文字石垣の空堀の深い事、南門、西門、北門も廻ってみましたが二の丸の水堀の大きな事等、山形城の規模の大きさを実感しました。さすが、57万石の居城でした。

三の丸跡までは時間がなくて行けず、翌朝久保田城へ登城の為、午後3時半頃山形を起ち秋田へ移動しました。奥羽線で4時間。
久保田城
2011年6月6日
午後は弘前城へ行くため、ホテルを7時半に出発して登城。

駅から少し歩くと大手門の堀が見えてきます。穴門の堀も見物して中土橋を渡り松下門跡を通り二の丸跡へ。佐竹資料館は9時から開館なので、千秋公園内を散策しました。
二の丸跡から長坂門の石段を登るとそこは本丸表門で、脇には現存建物の御物頭番所があります。表門をくぐると本丸跡へ。佐竹義堯公の銅像を見て更に廻って行くと、他の3つの虎口(裏門跡、帯曲輪門跡、埋門跡)があり、帯曲輪門跡あたりの土塁は往時をしのぶ遺構として見ごたえがありました。
8時45分頃にお隅櫓石垣(開館は9時)に入りスタンプ(良好)を押し、見物。中には佐竹氏の歴史、久保田城模型等が展示されていて、最上階は見晴らしのいい展望室になっていました。佐竹資料館まで戻って中を見物し、黒門から大手門通りに出て駅へ。

久保田城には戦国時代の歴史はないものの、江戸時代を生き抜いてきた佐竹氏12代の歴史が残っていて、公園を朝早く散策するのはとても気持ちの良いものでした。11時10分発の電車で一路弘前へ。
弘前城
2011年6月6日
一昨年の桜見物の時に次いで、今回2回目の登城。前回は桜に見とれて天守の中は見物したものの櫓、門等の現存遺構を見物したかどうか記憶が定かではありません。

秋田から午後2時に弘前駅に到着。6日の午後は、写真が映える城の西側を中心に見て廻り、一泊して7日の午前中は再度登城してくまなく城域を見て廻りました。天気は6日の午後も7日の午前も共に晴れ、絶好の写真日和。

天守は絶好の写真スポットですが、下乗橋からは太陽の光が天守に当たる午前中に、本丸からは西側から撮るので午後に撮るのが良い(両方撮って比較した結果)。桜満開の一昨年は、下乗橋は多くの人で賑わい天守の写真が撮りにくかったのですが、今回は貸し切り状態でゆっくり撮影出来ました。下乗橋から天守をバックに、老夫婦一緒の写真を撮ってあげたらとても喜ばれました。

スタンプは天守資料館で押印しましたが、印影は今(29城目)までで最悪でした。
現存の3つの櫓、5つの門を堪能し、植物園(入園目的は辰巳櫓の撮影)ではニッコウキスゲ、牡丹、シャクナゲが咲き、それなりに楽しめました。
帰りに城北にある武家屋敷群を見物して帰京しました。
姫路城
2011年9月24日
9月の3連休に2泊3日で、兵庫3城と和歌山城に登城。

姫路城は今回4回目の登城で、初めて天空の白鷺を見物しました。大天守の姿を見られなかったのは残念ですが、平成の大修理は後世に姫路城を伝える為に必要な修理で、文化遺産の保全には莫大なお金と時間と労力がかかる事を実感しました。何と大天守の修理が完了するのは平成26年だそうです。

これで30城制覇になりましたが、姫路城が今までで一番素晴らしいお城でした。国宝4天守のなかでも一番と思います。
?美しい連立式天守群、
?数多くの櫓・門・塀等の現存遺構、
?い〜ほの門・水門に足を運ぶと体験できる複雑な防御縄張、
?「千姫が生涯一の幸せをかみしめた姫路城での10年間」等の歴史
に魅了されてしまいます。

スタンプは管理事務所入口にあり良好でした。

姫路駅に午前10時に到着して、姫路城、好古園を見物して午後4時に播州赤穂に移動しました。今日の土曜日は好天に恵まれ最高の城巡りの日となり、良い写真も撮れて幸せでした。次回は大天守の美しい雄姿を眺められる、桜の咲く時期に再登城したい。
赤穂城
2011年9月25日
25日の午前、天気は晴れで赤穂城に登城しました。

駅から息継ぎ井戸を通って大手門、隅櫓に到着(徒歩約15分)。駅前に大石内蔵助像があり、道には所々に四十七士の和歌を刻んだ石が置かれいて、町中、忠臣蔵一色の感がありました。

枡形になった大手門を通り、大石良雄宅跡長屋門(二ツ巴紋の瓦あり)を外から眺め、大石神社に参詣し、義士史料館(420円)を見物しました。この史料館は見所が沢山あり、忠臣蔵の中に浸ることができました。大石良雄宅跡長屋門の内側には庭園があり、長屋の座敷には、元禄14年主君の凶報を内蔵助に伝える様子の人形が飾られていました。

清水門跡を通って歴史博物館でスタンプ押印(良好)後、二の丸を通って本丸門へ。本丸内は庭園として整備され、天守台もありました。

赤穂城跡は全体的に新しく造られた感があり、歴史の重みが感じられませんでした。むしろ、大石神社の方が建物も古く、浅野家の後に赤穂藩主となった森家の祖先の七武将(森蘭丸ら)を合祀してある事からも戦国時代の歴史に触れた思いがしました。

塩味饅頭「志ほ万」をお土産に買って、赤穂を後にして明石城に移動。
明石城
2011年9月25日
9月25日の午後、赤穂から移動して登城。連休最終日で天気も晴れて、明石公園は沢山の人で賑わっていました。

まず、明石駅のホームから両櫓を遠望しましたが、電線ケーブルが邪魔して良い写真は撮れず。公園に入り公園サービスセンターでスタンプ押印(良好)。
坤櫓の内部が無料で見物(奇数月の土日らしい)でき、印象に残る展示物はありませんでしたが、窓から美しい白壁の城壁の先に連なって聳える反対側の櫓(巽櫓)の写真が撮れて満足でした。又、稲荷曲輪隅の3号トイレ付近から見る坤櫓が高石垣と相まって、絵になる写真に仕上がりました。
公園から城を目指して少し石段を登り、続いている道から上を仰ぎ見ると、まじかに坤櫓と城壁と巽櫓を見ることができとても感動し、シャッターをきりました。

グルメでは失敗しました。昼食に名物のアナゴを食べようと駅ビル内の食事処に行きましたが、満員で断念。又、帰りに魚の棚商店街にも行き、「たこ磯」も発見しましたが、500円で一人で食べきれない量なのでこれまた断念しました。

明石にいること3時間で、和歌山に向かいました。
和歌山城
2011年9月26日
あいにくの雨でしたが、朝7時半にポンチョを付けて出かけました。
大手門一の橋から登城→中門跡→伏虎像→岡門口へ。戻って表坂を登り、松の丸へ。そこから天守閣入口の楠門に到着。9時前で入場できないので、天守閣をぐるりと一周して、新裏坂を下り不明門で高石垣を見物し入場口に戻って、スタンプゲット、良好でした。天守閣内を見物した後、裏坂を下って二の丸へ。お橋廊下をくぐり抜けて一度ホテルへ戻りました。

お城の北側にあるホテルの自室からお城の遠景を写真に収め、11時にホテルをチェックアウトして、再度登城。市役所14階の展望室と食堂(土日は休み)に行き、早い昼食をとりながらお城を眺めました。ホテルからとは角度が少し違う絶景を堪能しました。その後西の丸公園、追廻門を見て廻りました。

雨の為か、生き生きとした緑の苔むした石垣が随所に見られ、赤穂城の石垣とは違い、悠久の歴史の年輪を感じ、感激しました。苔むした石垣を見るのは小諸城以来。
鶴の渓あたりは年代を感じさせる石垣と森閑としたたたずまいがあり、心安らぐ場所で、表坂登り、新裏坂下り登り、裏坂下り、と雨の中を行き来する価値のあるお城でした。
会津若松城
2011年11月5日
会津若松駅に到着後、洋食好きな相方と鶴城小学校近くの葡萄屋という西欧家庭料理のお店で、1時間程ワインを飲みながら食事を楽しみ午後から登城開始しました。

再建天守閣ですが、中々立派な天守閣です。戊辰戦争後明治初頭に取り壊される前の写真を目にしましたが、戦争に傷ついたお城の姿は何とも痛々しい限りでした。天守閣5階は展望台で、眼下に広がる紅葉を愛でながら若松市内を一望し、東北の秋を満喫しました。スタンプは天守閣出口売店にあり、良好。

会津若松城主は歴史上の有名人が多く、伊達政宗、蒲生氏郷、上杉景勝、加藤嘉明、保科正之、松平容保等々です。誰が一番身近に感じるかタクシーの運転手に尋ねたところ松平容保でした。やはり戊辰戦争と白虎隊の時代の殿様である松平容保が、若松の人々の心の中に生きていると感じました。
お城登城後、県立博物館へ行き、保科正之の生誕400年企画展を見てきました。常設展ではないので見逃がしのない様に、11/27までだそうです。

当日の天気は曇りで、生憎天守閣の赤瓦はよく見えず残念でした。次回機会があれば、晴れた午前中に太陽に映える赤瓦をよく見てみたい。
二条城
2011年11月24日
修学旅行時の記憶はほとんどなく、今回2回目の登城。

地下鉄二条城前駅で下車し、東南隅櫓から時計回りに外堀を一周して南門、南西隅櫓、北大手門を見物して東大手門から入城して、管理事務所でスタンプゲット(良好)。唐門を通り二の丸御殿を写真に収め御殿内を見物。さすがに現存御殿で国宝だけあって、各部屋の作り、障壁画、欄間等見所が多い。特に大広間には一の間、ニの間に人形が飾られてあり、当時の将軍が大名を謁見している場を再現してあり視覚的に理解できるようになっていて印象深かった、大政奉還もここで行われた様です。
その後、二の丸庭園から本丸、天守台へと進み、外に回って内堀の外から天守台を写真に収めて終了。所要約2時間で、次の目的地である南禅寺、永観堂の紅葉狩へ。

今は壮麗な武家の御殿の趣ですが、ここに5層の天主閣が建っていれば、まさしく実戦可能なお城であったでしょう。

今までの御殿の見物で印象に残っているのは、彦根城表御殿(再建)、松代城真田邸、掛川城二ノ丸御殿(現存)ですが、ここ二条城の二の丸御殿がやはり圧巻です。
安土城
2011年11月25日
安土駅を下車し、観光案内所に行きパンフを入手後、レンタサイクル店のコインロッカーに荷物を預け、駅前のタクシーで一路安土城跡へ向かいました。

入場門で見物所要時間を尋ねるとゆっくりでも1時間とのこと。しかし私は、2時間弱掛けて登城しました。好天に恵まれた秋の日、勧められた杖(入口にある)をつきながら、琵琶湖畔に立つ199Mの安土山をのんびりと散策する気分でした。
写真を撮り、説明板を読み、風景を見ながら登れば少しもきつくはなく、体力に自信がな
い人でも時間をかければ登城できます。
スタンプは二の丸跡にある信長廟所で押印しました(良好)。天主跡からの眺望は素晴らしいの一語に尽きます。又三重の塔付近からの眺望も西ノ湖が眼下に広がりのんびり休憩しました。

その後、考古博物館、信長の館へ徒歩で移動し見物。文芸の郷レストランで昼食後、タクシーで観音寺城スタンプゲットの為石寺楽市まで行きましたが、状態が悪くスタンプ帳に押印を断念。そのまま同じタクシーで安土駅まで戻り、城郭史料館を見物。405段の石段を登り安土城跡を見物出来たことに満足しました。
熊本城
2012年3月25日
初めて熊本城登城。天気は晴で桜も3分咲き程度に咲き、絶好の日和。1週間有効の千円パスポートを購入して、熊本城、他施設に活用しました。

25日は午後から城西を見物。やはり加藤神社横からの宇土櫓が圧巻でした。空堀の大きさ、石垣の高さ、櫓の黒と白のコントラスト美が熊本城の質実剛健を現わしていました。西南の役時、宇土櫓は類焼をまぬがれた様で、木造の味わいある、歴史を感じさせる櫓で、この様な5階建櫓が5個もあったという熊本城の巨大さに改めて驚嘆した次第です。

翌日の午前は城東を中心に見て廻りました。櫓群は城内から見るよりは、城外下から石垣を見上げその上に建つ櫓の方が迫力を感じます。本丸東側から見る天守は本当に絵になりますが、棒庵坂下からの遠望する高石垣と天守もなかなか感動モノでした。

最終日の午前は連続外枡形虎口を見物。石垣に囲まれた階段が何度も直角に曲がり、階段を上ると又石垣の連続で、この様な壮大な石垣群はどこのお城にもないのではないでしょうか。しかも、石垣の上に登れる個所があり、遠くに飯田丸櫓が見え、石垣上から下に眺める石垣群は「すばらしい」の一語に尽きます。
鉢形城
2012年4月18日
鉢形城に登城の前にのぼうの城(忍城)に行ってきました。のぼうの城は映画化され今年秋に公開予定との事。

忍城の櫓は模擬ながら鉄筋4階建で再建され、その外観を楽しむと同時に、秀吉の小田原攻め時、石田三成が水攻めをして失敗した忍城の歴史に触れることができました。原作も大変面白く、公開後は益々多くの人が訪れるでしょう。

さて、鉢形城へは寄居駅から徒歩で向かい、荒川沿いから鉢形城を遠望し、その断崖絶壁を目の当りにして鉢形城が難攻不落であった事が覗えました。

正喜橋を渡るとそこは笹曲輪で、そこから城域を巡ったところ遺構は少なく土塁と空堀が印象に残り、最後に行き着いたのが歴史館でした。スタンプを押印(良好)し、鉢形城指南という冊子(200円)を買い求めました。館内の展示では、歴史の展示に興味を覚えました。特に秀吉が北条を攻める際、前田、上杉、真田氏等の北国軍が鉢形城を包囲し、氏邦は3千5百の兵とともに籠城し、1か月あまり持ちこたえで開城降伏したという。

エドヒガン桜は盛りを過ぎて葉桜になってしまい残念。満開時はさぞや見事な花を咲かせるのではしょう。
川越城
2012年4月19日
川越駅から徒歩で、喜多院から富士見櫓跡、三芳野神社を廻り、本丸御殿に到着。

現存御殿は掛川城、二条城に続き3城目になります。大広間にある杉戸絵は色あせてよく見えない状態で、160年も前のものであればやむを得ないのでしょうが、復元する計画はないのでしょうか。先日見物した熊本城本丸御殿、昭君の間の襖絵は見事に復元されていたのでそう感じました。スタンプは受付で押印(良好)しました。

その後、川越城中の門堀跡を見、市役所前の太田道灌像を見て、菓子屋横丁、蔵造りの町並、大正ロマン夢通りをそぞろ歩きして小江戸川越を堪能して駅に戻りました。スタンプ帳にスタンプを押すだけではもったいないので、週末でもないのに観光客も結構いる、見所沢山の川越を観光見物した次第です。

お土産に、菓子屋横丁で駄菓子を買い、地酒の鏡山の4合瓶を買って家路につきました。
高知城
2012年5月16日
2泊3日の東四国のお城巡りの旅の初めは高知城。現存天守で6城目の登城になりました。晴れて絶好の登城日和で、天守閣、本丸御殿、重文の建物を堪能してきました。やはり木造で現存している建築物は歴史が感じられ「素晴らしい」の一語に尽きます。三の丸から望む天守閣の景観がすばらしく、写真を撮ったのですが、どういう訳かピンボケになってしまい残念至極でした。山内一豊像、馬を曳くお千代像にも会ってきました。

懐徳館入口でスタンプ押印(良好)し、その後桂浜に移動して、太平洋を眺める坂本竜馬
像を見てきました。記念館にも立ち寄り、幕末の激動の時代を生きた竜馬の生い立ちを復習できてとてもよかった。特に司馬遼太郎からの銅像竜馬へのメッセージは感動もので若者の大志を鼓舞する内容でした。又、竜馬が暗殺された近江屋の一室の復元も「竜馬はこういうところで暗殺されたのか」と思いを馳せるにはなかなかのものでした。

ひろめ市場が本日は休場で残念ながら体験できず。しかしホテルから近い居酒屋で本場の鰹のたたきを食べて満足しました。カウンターに同年齢の客がいて話が盛り上がり楽しい時間を過ごしました。
徳島城
2012年5月17日
東四国の城巡り2城目は徳島城。本日も晴れで、高知から移動して登城しました。標高61Mの城山頂上にある本丸目がけて石段を登ったのですが、中々急な石段が続き一気に登ったのでは息が切れたと思います。写真を撮り景観を楽しみつつ登りました。西三の丸の枡形虎口、本丸にある弓櫓の石垣が見ごたえがありました。大手門の青石の石垣も他の石垣の色合いと異なり興味深く見物しました。
徳島城博物館ではボランティアの方に説明して戴き、蜂須賀家は7代まで血がつながっていたが、8代目からは養子で14代まで続いたという。藩祖の家政よりも小六正勝の方が
太閤記などから親近感が持てました。
「日本城検定」なるパンフレットが博物館に置いてあり1枚戴き、読んでみると第一回の検定が今年9月1日開催。初級合格が正答率70%だそうです。興味のある方はWEBで検索してみてください。私はどうしようか思案中。
昼食に徳島ラーメンを食べましたが、あっさりスープが好きな私にとっては、こってりスープで今一でした。午後3時半に徳島を後にして丸亀に移動しました。電車移動の多い一日でした。
丸亀城
2012年5月18日
朝7時半にホテルを出発し、登城しました。
丸亀城の4段構えの石垣の上に聳える天守閣にわくわくしながら近づくには、市民広場を右手に見て大手門正面に出る道路を進むのがベストです。私は残念ながら駅からの道路を直進したのですこしずれてしまいました。
しかし市民広場付近からの石垣の構成と天守閣の景観は見事としか言いようがありません。天守閣を遠望するのが好きなので、犬山城を木曽川の対岸から見た時に匹敵する感動を覚えました。
撮影スポットは他にもあり、堀外、堀内、三の丸、二の丸を廻れば、本丸から見る小さな天守閣よりも迫力のある天守閣と石垣群が眺望できます。見返り坂を登ったところにある
「石垣の美」という案内板あたりの石垣の美しさは熊本城の石垣を思い出す程でした。
丸亀城のうたい文句は12現存天守の1つと石垣の美しさです。半日の登城でこれらを十分堪能できました。
お土産に城内観光案内所と天守閣入口で丸亀うちわを計3本も買いました。これから夏に向かうので使うたびに丸亀城を思い出すでしょう。前日の夕食は骨付鳥をテークアウトしてホテルでビールを飲みながら食べ、ジューシーで美味しかった。
高松城
2012年5月18日
丸亀から移動して、駅ビルでさぬきうどんを食べて、午後から高松城に登城しました。
駅から至近の距離、徒歩3分で到着。玉藻公園西入口でスタンプ押印、良好でした。高松城は3大水城の1つだそうで、本当に海が近くに迫っていました。内堀は海水を取り入れて造られており、その証明に鯛のえさ場(えさ50円)がありびっくりしました。園内を散策後、公園を出て月見櫓を外から見物しました。外側から見る方が内側から見るより絵になると思いました。
宇高フェリー乗り場近くに、櫓の様なお城の一部と思しき建物があり、寄ってみると「報時鐘」と書いてあり、初代藩主松平頼重が造らせた鐘楼で、移設されたものの様でした。
栗林公園を廻る時間がなく今回は割愛し、お土産に山田屋のうどんを買って家路につきました。
これで、43城達成。四国は愛媛県の5城を残すのみとなりましたが、まだ先は長い。
根城
2012年6月21日
JR東日本大人の休日倶楽部パスを使って、3泊4日で東北7城巡りを楽しみました。
6月21日の最初は根城。八戸駅からバス12分で博物館に到着し、博物館前にたたずむ南部師行公の馬上像を見てから、南部氏の歴史を中心に館内を見物しました。
登城前に、ボランティアガイドの方から10分程根城紹介パネルを使って説明いただき、自分でパネルを読むより理解が一層進みありがたかった。
城門を入ってすぐにある堀跡がすばらしいと言うとガイドさんから昔は今よりもっと深かったと言われて感心してしまいました。
その後コースに沿って根城の広場を進み本丸に到着。本丸内には主殿(内部を見物できる)、茅葺屋根の納屋、工房等が復元されていて中世の館という雰囲気でした。天守、櫓、石垣はありませんが空堀、土塁は残っていて当時はお城として機能していたことが覗え、印象に残りました。
スタンプは博物館入口で押印し良好でした。
見物所要時間は約1時間で次の盛岡城に移動しました。
盛岡城
2012年6月21日
八戸から移動して、6月21日午後3時に駅を出発して盛岡城に登城しました。

なにはともあれスタンプを押しにプラザおでってに出向きましたが、駅からでんでんむしというバスに乗って「盛岡城跡公園」で下車するとかなり歩きました。公園内にある歴史文化館に置いていただけたらもっと便利になるでしょう。文化館を見物後いよいよ登城。

駅観光案内所で盛岡城跡公園ガイドマップを戴き、これを見ながら城内を見物しました。
当初はそんなに時間はかからないだろうと思っていたのですが、マップには見所が満載で、石垣の見所を中心に廻ることにしました。公園北側にある彦御蔵近くの石垣、公園西側の一番高さのある石垣等は圧巻でした。又、本丸と二の丸を繋ぐ朱色の渡雲橋と石垣を写真に収め満足しました。マップに藩主登城ルートが記載されていましたが気づくのが遅く、本丸→二の丸→三の丸と進み下城ルートとなってしまいました。

盛岡城は鶴ヶ城、小峰城と並び東北三名城と呼ばれている様ですが、縄張りも良く残っていて見ごたえのある名城でした。
駅まで戻って駅ビル内で夕飯を食べ地酒で乾杯し、今日はここ盛岡で一泊となりました。
多賀城
2012年6月22日
東北城巡りの旅2日目は多賀城と仙台城。盛岡から移動して国府多賀城駅に到着し、観光案内所でスタンプを押印(良好)しました。
ボランティアの方が親切に道順を教えてくれ、約25分程度の徒歩で迷わず政庁跡にたどり着きました。政庁正殿跡は発掘調査中でシートがかけられ立ち入り禁止になっていて、付近を除草している作業員が沢山働いていました。しかし近くに政庁東殿跡、南門跡があり、又政庁跡の推定復元模型も設置されていたので、陸奥国府の政庁のありようが想像できました。歴史では奈良平安時代と言うと、中央には平城京、平安京がありますが、東北地方にも県庁の様な地方行政組織があったのですね。ここ多賀城は私のお城の範疇には入りませんが、100名城ということで登城しました。
途中にあったあやめ園では菖蒲が満開に咲いていて、沢山の小学生の遠足に出会いました。天気は雨には遭わず曇りで、往復1時間20分のウォーキングを楽しみ、次の仙台城に向かいました。
仙台城
2012年6月22日
22日午後は曇りから晴れてきて、絶好の登城日和となりました。
仙台駅から路線バスで博物館・国際センター前まで行き、そこから徒歩で登城。登城ルートは大手門跡から中門跡、本丸北壁石垣、詰ノ門跡を通って本丸に到着し、下りは清水門跡を通り博物館脇へ通ずる道を歩きました。
このコースは現在震災の影響で車両通行止めになっている為、排気ガスもなく絶好の登城コースでお勧めです。バス停の仙台城跡南で降りて、伊達公騎馬像に会うだけでは仙台城のスケールの大きな縄張りは味わえません。車を利用される方も徒歩で登城することをお勧めします。少し息切れしますが。
見所は本丸北壁石垣で、高さ大きさは目を見張るものがあり、登って来て良かったと感じました。又、伊達公騎馬像は立派な雄姿を現していますが、遠くて顔つきがよくわかりません。博物館脇にある胸像は騎馬像と同じもので、先代にあたるようです。この胸像は顔つきを身近に見ることができました。
青葉城資料展示館のCG映像は、当時の城閣を立体的に表わし見ごたえがありました。ただ、入館料700円は少し高い。HPで割引券を印刷して持参すると500円です。皆様活用しましょう。
二本松城
2012年6月23日
東北城巡りの旅の3日目は午前中米沢城を廻って、午後二本松城に登城しました。米沢城は100名城ではありませんが、歴史好きは是非登城して損はありません。
駅観光案内所でスタンプ押印し良好でした。道順を教えて戴きスタート。
二本松駅から徒歩20分で城入口に到着しますが、岡を1つ越えて行く感じでアップダウンがきつい。途中、歴史資料館に立ち寄り見物しましたが、記憶に残る展示はありませんでした。
駅で戴いた公園絵図を手に持ち、箕輪門から登城し、霞が城公園内を散策し、天守台を目指しました。搦手門跡近くの見晴台からは遠く安達太良山を望むことができました。震災の影響で途中立入禁止の看板があり、天守台を下から眺めるにとどまり、登ることはできませんでした。
2年前の岳温泉1泊旅行時、車で天守台近くまで行き、天守台に登りそこからの眺望を楽しんだので、今回はよしとしました。
今の見所は箕輪門と石垣で、復興がなったら本丸の石垣を見物しに再登城してみたい。
同じ道を通って駅まで帰り、今日の宿泊地郡山へ向かいました。
白河小峰城
2012年6月24日
東北城巡りの旅最終日は白河小峰城です。郡山から白河駅に到着し、観光案内所でパンフレットを戴き、スタンプを押印(良好)してから駅の北側にある小峰城に登城開始。
城山公園から眺める三重櫓と前御門は何とも優雅で見とれてしまいました。震災の影響で10ヶ所も石垣が崩落して、櫓の中は見物できず残念。石垣を修復するのに5年〜7年はかかるらしいが、櫓内に早く入館できる様優先して修復して戴きたいものです。
白河集古苑で「戊辰白河口の戦い」というパンフを戴き、ここ小峰城でも戊辰戦争があったことを初めて知りました。近くには沢山の戦死者を弔ったお寺や供養塔があり町歩きコースになっているらしい。
公園内の見物だけでは物足らないので、公園の東にある白河小峰城合同庁舎側に廻って見ると、崩落していない石垣と三重櫓の裏側を垣間見ることができ少し満足しました。
時間があったので、歴史民族資料館まで足を延ばし、結城家から松平定信までの白河の歴史を観覧しました。駅へ戻る途中で白河ラーメンを食べとても美味しかった。
金沢城
2012年9月7日
50城目は金沢城になりました。9/7ホテルを朝7時半に出発。バスに乗り兼六園下で降り石川門から登城しました。32度の猛暑炎天下、ひたすら4時間半の徒歩行軍で公園内をくまなく見て廻りました。
今までの見物では石垣は見向きもしなかったのですが、今回の見物では石垣見物を中心にしました。石川門入口で入手できる「金沢城石垣巡り」のパンフが大変参考になりました。
勿論、現存や復元の建造物の数々も見物しました。よくもこれだけ整備したものだと驚嘆した次第です。14年前に見物した時にはまだ金沢大学が居を構えていたので、石川門、三十間長屋位しか見物できなかったと思います。
今まだ復元整備が継続中で、橋爪門の枡形虎口も近々その姿を現すでしょう。石川県の金沢城公園の復元整備の力の入れようには頭が下がります。
見所は?本丸南面の4段に積み上げられた高石垣を下から仰ぎ見る ?石川門石垣の打ち込みハギと切り込みハギの違いを比較する
?菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓の連続した復元建造物を菱櫓側から3点セットで見る。
他にも見所は多数あり、時間の経つのを忘れさせてくれ、とてもすばらしい城公園でした。
丸岡城
2012年9月7日
9/7午後は金沢から移動して丸岡城に登城しました。芦原温泉駅から20分バスに乗り「城入口」で下車し、徒歩5分程で到着。バス便の本数が極めて少なく1〜2時間に1本程度。帰りのバス停の位置、時刻の確認をしてスタートしました。
天守閣の廻りを一周しましたが、ほんの数分で終わる程小さな天守閣でした。しかし12現存天守の1つで、歴史を感じさせる渋い趣のある天守閣でした。有名なロープ階段も体験しましたが、ロープを使わず手摺で十分でした。かつては堀も石垣も門もあったりっぱな
城郭だったようですが、今は天守閣とそのまわりの石垣のみが残ることになってしまい残念至極です。しかし考えようによっては、よくぞ木造の天守だけでも残ってくれたと思います。これからも丸岡のシンボルとして聳えたってほしいものです。
一筆啓上の短い手紙の存在は知っていましたが、お仙泣かすな云々のお仙がここ丸岡城の6代城主であったとは知りませんでした。旅に出るといろいろ物知りになります。
バスで芦原温泉駅へ、JRで金沢駅へ戻りました。ああ今日も充実した1日でした。
七尾城
2012年9月8日
北陸城巡りの旅3日目午前中は七尾城。金沢を朝早く発って、七尾駅からタクシーで駐車場まで移動。料金は往復で4630円でした。
駐車場からの中心部コース(駐車場に置いてあるパンフに記載)を1時間ほど歩き、十分山城の醍醐味を味わえました。このコースは整備されていて歩き易く、標識も分かりやすく、登りより降りが多い。この日は32度の猛暑日で、汗びっしょりになりながらも、実に楽しい登城でした。
蝉しぐれの中、プーンと耳のあたりから離れない藪蚊に悩まされつつ、三の丸に着くやいなや、目の前7,8mは離れていたろうか、何とイノシシ親子に遭遇。目と目が合ったので緊張が走り、木の陰に隠れて様子を覗うこと5秒程度で、相手がコース外に退散してくれほんとに安堵しました。カメラを向ける余裕もなく、撮り損ねました。
七尾城の見所は?桜の馬場に向かう階段と石垣は見事、300mの山頂によくこの様な城を造ったものです。?二の丸と三の丸の段差が深く、階段群の急なこと。勾配は丸岡城天守階段に匹敵する??安寧寺からすぐの袴腰からの眺望がすばらしい。八王子城の9合目からの見晴らしのいい眺めを思い出しました。
高岡城
2012年9月8日
9/8午後、高岡城に登城しました。七尾から高岡駅に着き、徒歩10分程度で古城公園へ。大手口の高山右近像を見て、駐春橋を渡り二の丸へ、土橋を渡り本丸に侵入し、射水神社で家内安全を祈り、利長公銅像をみて、その後右回りに公園内を散策しました。最後に博物館を見物しスタンプを押印、良好でした。
城の遺構はほとんどなく、土橋の石垣も草が茂って隠しているので良くみえず、水堀も樹木の繁茂が激しくちらちらとしか見えません。
歴史を感じさせる公園というより自然のままの公園といったところでしょうか。高岡城は本丸跡が神社と芝生広場になっており、県庁、県警が占拠している福井城より城跡としてはましかもしれません。しかし木々の剪定をすれば見通しが良くなり、水濠と石垣が良く見えるようになり、古城公園の名にふさわしくなるでしょう。
猛暑の中、公園Walkingを楽しんで、高岡大仏をお参りして、富山に移動しました。
岐阜城
2012年10月11日
10/11岐阜城に登城しました。今回は東京から4名、地元岐阜在住の1名(内3名がスタンパー)が犬山遊園駅で合流して、自家用車で犬山城を見た跡、岐阜城に廻り往復ロープウエーで登城。好天に恵まれ、全員気が置けない昔の会社の仲間で和気あいあいの楽しい城巡りの旅になりました。
山頂滞在時間は約1時間で、天守閣までの登り道10分がちょっときつく、天守閣展望台から濃尾平野を眺望しました。ロープウェーを利用して岐阜城を見物する醍醐味は道三、信長の戦国時代の歴史に思いをはせ、329Mの頂上にある天守閣からのすばらしい見晴らしを体感することです。体力に自信のある人は麓から徒歩で登城すれば一層登城の達成感が味わえることでしょう。
天守閣内、史料館の展示物は特に感動するものはなく、史料館でスタンプゲット(良好)しました。今夜鵜飼を見物するので、天守閣内で見た鵜飼のビデオが大変参考になりました。
翌朝は名古屋城見物後、熱田神宮をお参りして、蓬莱軒本店でひつまぶしを昼飯に食べ満足して家路に着きました。お土産には長良川のアユの甘露煮を求めました。
今治城
2012年10月31日
愛媛県の5城を2泊3日で廻る旅に出ました。今回の旅仲間は、洋食好きの友達と友達の友達(松山出身)、私の3人です。
今治駅で合流し、土地勘のある友達の友達が運転するレンタカーで、今治城→湯築城→松山城(松山で1泊)→宇和島城→大洲城と廻り、実質1泊2日で5城のスタンプをゲットできました。折角なので松山でもう1泊して、松山城へ再登城し、道後温泉につかって帰京しました。
1城目は今治城。鉄御門へ行く橋の途中右手に海水の取込口から水が入ってくるのが見え、海城であることを実感。鉄御門から登城すると、すぐなかなかかっこいい馬上の藤堂高虎像が迎えてくれ、若干のっぽに見える5層6階の天守もすばらしい。天守6階の展望台からの眺めは、天気も良かったので瀬戸内海が見渡せ素晴らしかった。
水堀の外周を若干ショートカットして20分程度歩いてみました。東隅からは御金櫓と後方に天守を眺め、南隅からは水堀に浮かぶ城が眺められ絵になる写真が撮れました。西隅からは天守と山里櫓が収まるベストショットになりました。お城は近くから見るより遠くから眺める方が好きですね。
湯築城
2012年10月31日
今治城を後にして、次は湯築城。山あいの道を行くこと1時間強で道後公園に到着し、入口には湯築城の登りがたっていたのですぐにわかりました。
友達の友達はこの辺を自分の庭の様にして生まれ育ったらしく、昔は何でも公園内に動物園があったとか、その後とべ動物園ができて閉園し、その跡に湯築城の復元整備がなされているという話を聞き、お城と動物園の縁みたいなものを感じました。今も城跡に動物園があるのは小諸城、高岡城、他にもあるでしょう。小田原城の動物園にも昔は象がいたそうな。昔から市民憩いの場として城跡に動物園を設けていたのは先人の知恵なのでしょう。
さて湯築城ですが、資料館でスタンプ押印(良好)し、館内を見物。守護職河野氏が居住しこの地を支配していたのを、全国統一を目指す秀吉の命を受けて小早川隆景が滅ぼしたという歴史、又河野氏は蒙古来襲の時に活躍したとかをビデオで勉強しました。しかしなじみがないので記憶に留まりにくいですね。その後公園内を散策し、武家屋敷、土塁、堀等を見物し、時間がなかったので展望台に行かずに湯築城を後にしました。
松山城
2012年10月31日
10/31午後松山城に登城。ロープウェー山麓駅を16時出発し、1時間のスピード登城になりました。筒井門から太鼓門を通って天壇に到着し、スタンプも押印(良好)。天守閣を見物して完了。
夕食は3番町にある十五万石という海鮮問屋で、地酒を楽しみ、新鮮な刺身煮魚等を満喫し、最後に鯛飯(炊込)を賞味しました。
11/2の早朝7時半から松山城に再登城。天気は晴れで、県庁裏登城道から坂をゆっくり登っていくと10分程で長者が平に到着。途中にある期待の登り石垣は木々に邪魔されて良くみえず残念。見物できるビユーポイントを設置して戴きたいものです。
長者が平から筒井門には行かず、本丸石垣下を時計の反対回りで廻り、乾門から天壇に入りました。その間、延々と続く石垣を下から仰ぎ見、次々に現れる櫓を上に仰ぎ見て、城の醍醐味を味わいました。
艮櫓近くで「坂の上の雲」撮影スポットという看板を発見。ドラマの冒頭に流れたあのシーンであり、感激して自分も同じアングルで写真を撮りました。
帰りは黒門口登城口から下り、滞城時間は3時間になり大いに満足して登城を終わりまし
た。
宇和島城
2012年11月1日
愛媛5城の旅の2日目、松山から1時間半のドライブで宇和島へ到着。登城道が閉鎖されていて、北側の迂回路を通り、仮設階段を上って二の丸・本丸へ到着しました。
宇和島城は現存12天守の1つですが、遺構は天守と石垣と門と少ない。同じ四国にある丸亀城と比べても、天守は同じ3重3階ですが、丸亀城は圧倒的な石垣群の上に天守が建っていて、遠望好みの私は丸亀城に軍配をあげます。しかし100名城の中でも天守閣があるお城は少ないのでわくわくしながら見物しました。
スタンプは天守入口で押印、良好でした。12現存天守スタンプ帳を松山城ロープウェー乗り場で戴いたので、これにも押印(まだ2城目)しました。
登城後伊達博物館に向かい見物。天守の展示よりもはるかに上質な展示になっていて見ごたえがありました。藩主夫人の駕籠がすばらしい。今まで沢山の駕籠を見ましたが、これは保存状態が良く色彩鮮やかで今でもすぐ乗れそうです。
その後昼食に宇和島名物の鯛飯を食べに行きました。有明というお店で、鯛飯を注文すると、板さんが今朝取れた鯖があるよと言われ注文。鯛飯、鯖の刺身共に絶品で大いに感激し満足しました。
大洲城
2012年11月1日
11/1午後、愛媛5城の旅最後の大洲城、宇和島から40分程度で着きました。
見どころは木造で復元された4層4階の天守閣と4つの現存櫓でしょう。
残念ながら苧綿櫓と三の丸南隅櫓は見損ないましたが、左に台所櫓、中央に天守、右に高欄櫓を遠望する肱川の土手から(肱川対岸からではなく城北西側の土手から)の写真がベストショットで、印象に残りました。
天守閣は均整がとれ美しく、2つの櫓と渡り櫓で連結した見事な姿を見せていました。天守の内部も木造で梁が組まれ実に見事な出来栄えで、年月を重ねれば現存天守に負けない風格が出てくるでしょう。
しかし内部の展示は大洲城と関係ない坂本竜馬関係の展示が目に付きました。何でも竜馬が脱藩して京に上る時大洲を通ったそうな。
大洲城の後、臥龍山荘を見物。臥龍院の縁側に座って茅葺屋根と庭園をバックに、係の人に3人の写真を撮ってもらいました。洋食好きの友達はここが大のお気に入りで、不老院の畳の上に大の字に寝て大満足の様子でした。確かに安らぎの別世界の心地がします。
その後旅の一行は松山で解散しましたが、楽しい旅となりました。二人の友達に感謝。
千早城
2012年11月27日
11/27朝から登城開始。
河内長野駅からバス30分で金剛登山口に到着し、まつまさでスタンプと地図を戴こうと探すが見つからず、「山の豆腐」というお店で尋ねると、まつまさは本日休業との事。お店はシャッターが下り、3日間社員研修の為お休みの張り紙を発見。
スタンプゲットできずと一瞬焦りましたが、気を取り直し100名城のスタンプありますかと尋ねると預かっているとの事で、押印し事なきを得ました。
地図もいただき道順も教えてもらい裏道から登城し、帰りは四の丸跡から表参道の階段を降りてきました。
社務所のある三の丸跡、千早神社(二の丸跡)、見晴らしの良い四の丸跡を見物し、所要はちょうど1時間でした。裏道の登り20分程がすこしきつく感じましたが、表参道560段を登るよりは楽と思います。
千早城は楠木正成が13世紀に築城し、寡兵ながら大軍の鎌倉幕府軍と奮戦した城跡で、歴史に残るが故に100名城に選ばれたのだと思います。しかし遺構は曲輪のみと少なく、印象の薄い城巡りになりました。
皇居外苑の楠公像を思い出しつつ、天気の良い秋日和の中1時間のハイキングを楽しみました。これで60城スタンプ完了。
高取城
2012年11月28日
11/28朝、壺阪山駅からタクシーで七つ井戸前まで行き、そこから石段を登るとすぐ本丸に到着。
城内を1時間程散策し、帰りは壺阪山駅まで古い町並みが残る土佐街道のウォーキングを2時間程楽しみました。
猿石から七曲りあたりは急坂で大石がごろごろしていてとても歩きづらい道が続いていましたが、天気が良く紅葉狩りも楽しめるとあって、多くのハイカーとすれ違いました。
お城の感想は、何と言ってもすばらしい石垣が堪能できて幸せでした。七つ井戸から少し登っていき、見上げると忽然と新櫓の石垣が現れ、次から次と枡形と石垣群が現れ、石垣好きにはたまらない光景です。天守台からの眺めは紅葉と石垣のコントラストが何ともいえず美しい。又新櫓、太鼓櫓あたりの地面は、紅葉のじゅうたんになっていて、歩くとふかふかとした感触が味わえ、遠くから見ると薄い紅色に染まっていて印象深い光景でした。
帰りに夢想館に寄り、スタンプ(良好)を押し、CGを見ました。CGの出来栄えはすばらしく、往時の高取城の姿が俯瞰でき、二の門跡から10個の門を通って天守まで駆け上って行く様子が描かれていました。これで日本3大山城の1城目を制覇。
岩村城
2013年3月14日
今年初めての城巡りの旅で、岩村歴史資料館でスタンプ押印(良好)。
10時頃、岩村城跡案内図のパンフを手に岩村城登城を開始。800Mの石畳を登ること30分で菱櫓跡に到着、ここから見所の六段壁はすぐ近く、この辺から苔むした石垣の連続で山城の石垣を堪能しました。
本丸跡には井戸跡が残る程度で何も残っていませんでしたが、「織田信長宿泊地 本能寺の変80日前に信長が泊まる」の案内板があり、感慨深い思いに浸った。信長が安土を発ち、武田勝頼を討つ途中に立ち寄ったのだろう。1582年(天正10年)3月の事でした。
これで日本3大山城の2城(高取城、岩村城)を制覇しました。比高が390Mある高取城は大手道からの登城はあきらめ、タクシーで天守裏手の七つ井戸まで行き、帰りに大手道を降ってきました。今回の岩村城は海抜が721Mと3大山城の中では一番高いのですが、比高が150Mと低いので、大手道の登り、降りを挑戦しました。
帰りは、岩村の古い街並みを歩きながら駅に向かいました。道の所々に佐藤一斎の名言の看板が目に付きました。なかなか達成感のある、充実した城巡りでした。
新発田城
2013年4月3日
愛媛5城を一緒に巡った友人二人と、4/3から1泊で新潟お城巡りに出掛けました。最初は新発田城で駅からタクシー(840円)で表門に到着し、辰巳櫓を堀越しに見物し、堀部安兵衛像をみて表門から登城しました。
表門にはガイドの方がいて、パンフを戴き、スタンプ(良好)を押し、見所等親切に教えて戴きました。
辰巳櫓→表門→旧二の丸隅櫓は内部も見物でき、現存の表門と木造復元の新しい辰巳櫓は見応えがありました。
このころから小雨が降り出し、傘をさして表門を出て、三階櫓を目指しました。三階櫓の中は入ることができず、二の丸広場から水堀越しに見物しました。見る角度によって3つの鯱が2つになったり3つになったりと、三階櫓の3つの鯱を堪能しました。
鉄砲櫓跡に建つ旧二の丸隅櫓は本丸の角地に建っていて、堀にその美しい姿を映し、江戸城の巽櫓ととてもよく似たたたずまいを見せていました。
現在入城(館)料は無料ですが、有料にしてもおかしくない位印象に残るお城でした。
徒歩で駅に戻り、駅前で海鮮丼と久保田を戴きました。酒量は個人差がでてI氏は2合、T氏は飲まず、私は1合で、全員満足して新発田を後にしました。
春日山城
2013年4月4日
新潟城巡りの2城目は春日山城。4/4朝、駅前のホテルを3人組で出発し、バスで予定外の埋蔵文化財センターを見物しました。おもてなし武将隊の大歓迎を受け、玄関前で写真を撮って戴き、館内を見物しました。
「謙信公と春日山城展」が展示開催中で、無料にしてはなかなか見ごたえのある展示で、みつ役の女性が館内を案内し説明してくれ、ありがとうございました。特にビデオはおもてなし武将隊の出演で、春日山城の見所を紹介していて、実際本丸跡まで足を運ばない我々にはビデオで景色を眺められてラッキーでした。
その後、タクシーで謙信公銅像下に行き春日山神社を参拝して、ものがたり館ではスタンプ押印(良好でしたが右上が掛けてしまい残念)のみで、館内を見物せずに林泉寺に向かいました。
林泉寺は茅葺屋根の惣門、山門、宝物館内見物、謙信公のお墓と見所満載でした。特に謙信公直筆の「第一義」の山門大額を見物できて満足でした。
ここから高田城へタクシーで移動。今回の春日山城登城はタクシーを利用したため極めて効率的に進みましたが、次回の登城では本丸跡、毘沙門堂、直江屋敷、景勝屋敷等を廻ってみたい。
中城城
2013年4月16日
4/16より2泊3日で沖縄城巡りの旅へ。今回は昔の会社の友達2人(100名城スタンパー)とレンタカーで効率よく廻りました。

羽田から空路沖縄に着き、レンタカーで45分程度で中城城へ到着しましたが、土砂降りの雨で車から外に出られず、しばし雨宿りを余儀なくされました。小降りになったのでポンチョ姿で傘をさして登城開始。

まず入場券売り場でスタンプ押印(良好)し、裏門から三の郭、二の郭、一の郭と進みましたが、ひどい雨の為その先はあきらめざるを得ませんでした。
晴れた空の下、二の郭からの太平洋のすばらしい眺めを期待していたのですが雨に遮られてほとんど見えず。又、グスク特有のくねくねと曲がった石垣も三種類の石積みもゆっくり見物できず残念至極でした。撮影好きの私が、100名城巡りで一枚も写真を撮れないことは初めての経験で、帰りに絵葉書を買い求めました。

次回は絵葉書にある様な真っ青な空をバックにした中城城跡を撮ってリベンジしよう。
次に世界遺産に登録されている勝連城跡に行く予定でしたが、沖縄そばを食べていざ出発の時、又又大雨が降り出し気持ちが萎えてしまい、ホテルに直行しました。
今帰仁城
2013年4月17日
沖縄2城目は今帰仁城。ホテルから車で向かいましたが、途中から雨が降り始め、着いた時はかなりの雨でした。

昨日に続いて今日も雨かよとため息がでましたが、スタンプを押印(右上が欠けてしまった)し、気を取り直して傘をさして登城開始。途中土砂降り時は木の下で休み、小降りになると進むという具合でしたが、なんとか写真も撮れて満足しました。
特に御内原からの大隅のカーブを描くグスク独特の石垣は何ともいえず見事な眺めで、液晶画面の左下にユリの花(今が季節らしい)を納めてのショットが最高の出来栄えとなりました(自画自賛)。

雨の為一時間の見物予定を早々に切り上げて、美ら海水族館へ。見物後、館外に出ると何と空は晴れているじゃないですか。青い空とエメラルドグリーンの海を眺めて、この光景を今帰仁城跡、あるいは昨日行った中城城跡から見られたらどんなに良かっただろうと悔やまれ、いつか快晴の時に再訪しようと決意を新たにしました。

那覇に帰る途中万座毛に立ち寄った後、座喜味城跡へも寄りました。100名城ではありませんが世界遺産で、護佐丸が築城した名城でもあり、沖縄のグスクを堪能しました。
首里城
2013年4月18日
沖縄3日目(4/18)、最後の城は首里城。天気は曇りで首里城公園に8時半過ぎに到着し、早速スタンプを首里杜館でゲット(良好)しました。

順路に従い公園内を散策しましたが、平日にもかかわらず多くの観光客でいっぱい。守礼門も修理が終わって4月から見られるようになっていたのは良かったのですが、カメラの放列でまともな写真がなかなか撮れませんでした。

正殿に向かうには何回も門をくぐらなければならず、姫路城のい、ろ、はの門の作りのような堅牢な防御縄張りをイメージできました。印象に残ったのは、カーブした石垣を瑞泉門の下から眺められたこと、又帰路の最後の門である久慶門を出た所にある、苔も所々生えている年代を感じさせる湾曲した石垣を見物できたことです。

4つ登城した沖縄の城の中で一番感動したのは座喜味城の石垣とアーチ門でした。
今回は2人の友人とのドライブ旅行で、雨にはたたられましたが、楽しい城めぐりの旅ができました。2人の友人に感謝!

今回は勝連城を見物できなかったので、次回は天気の良い日を狙って4城の再登城と勝連城めぐりをバスの一人旅でのんびり訪れてみたい。
広島城
2013年5月29日
今回は中国道城巡り2泊の一人旅です。最初は安芸の広島城。広島には何度も来ていますが、お城見物は今回初めてです。
新幹線で広島に到着し市電で15分の紙屋町東で降りて、そこから徒歩10分程度で城南に着きました。
いきなり表御門から登城せずに、濠の周りが広島城ランニングコース1.5Kmになっているので、そこを45分程かけて写真を撮りながら廻りました。お城を遠くから眺めるのが好きなので、天守閣を様々な角度から眺望して楽しみました。コンクリ造りの外観復興天守ですが、外壁が下見板張りの為木造に見え、姫路城の白壁とは違った渋く味わいのある姿に「広島城もなかなかやるな」と感心しました。
一方、木造で復元された太鼓櫓等は新しく見え過ぎて歴史の重みが感じられません。しかし内部が見物できて、毛利元就が3人の子供に宛てた「三子教訓状」の現代語訳に触れることができ、新しい発見になりました。
スタンプは天守閣内で押印、良好でした。入館料は65歳以上無料で、有料のお城で初めて入館無料の体験をしました。ラッキー!
展望室からの眺めを楽しんで広島駅に戻り、生もみじを買い求め、次の福山駅に移動しました。
福山城
2013年5月30日
29日夕方、広島から新幹線で移動して新幹線上りホーム上から福山城を見物しました。
絶好のビューポイントで、入場券を払ってでも見物すべしです。
左に月見櫓、中に鏡櫓、右に天守の3点セットが水平に目に入ってきます。ホーム上を移動すると、さらに現存の伏見櫓が見えてきます。
地上の道路上から仰ぎ見たときはこの様には見えないので、少し興奮気味にシャッターを切り続けてしまい大いに満足しました。

翌朝、駅北口にあるホテルを出て登城開始。
駅北口の道を線路に沿って階段を登ると伏見櫓、筋金御門が見えてきます。門をくぐって本丸に入らず、二の丸を一周しました。様々な角度から天守閣を堪能し、家康のいとこに当たる水野勝成(築城者)の銅像、阿部正弘の銅像も拝見することができました。
本丸に入ると鐘櫓、御湯殿、鏡櫓の建物もあり、天守、伏見櫓、筋金御門と合わせてすばらしい景観でした。天守閣内は博物館で、藩主水野家、阿部家の解説があり大変歴史の勉強になりました。
スタンプは天守入口で押印、良好でした。
ホテルを8時半に出て、2時間の行程でのんびり城巡りを楽しみ、次の岡山城に移動しました。
岡山城
2013年5月30日
30日午後は備前の国岡山城へ。
ホテルに荷物を預けて、昼食は野村のかつ丼を食べ、徒歩で登城。

廊下門に着きましたが、入らずに下段を一周しました。月見櫓を仰ぎ見し、大納戸櫓台の石垣、天守台の石垣等は見応えがありました。
廊下門に戻って入城。現存の月見櫓、復元された廊下門等はそれぞれ城郭に趣を添えていますが、何といっても天守閣が黒っぽい外観に金シャチが良く映えているので見栄えがいい。
本段からの正面天守、廊下門の外からの天守もいいですが、月見橋からの天守、後楽園側の水辺の回廊からの天守がベストアングルでしょうか。又、後楽園内からの唯心山と天守閣も一幅の絵になります。園内を散策しながらベストスポットを探すのもなかなか楽しいものでした。

スタンプは天守入口にあり、押印(良好)後、館内を見物。宇喜多秀家が関ヶ原の戦後、八丈島に流され83歳まで生きたという数奇な運命を知りました。最上階からは金シャチがまじかに見えて良かった。

バスの便が合わず、帰路も徒歩で戻りました。
本日は岡山泊で、居酒屋で地酒とタコぶつをいただき、27千歩の疲れを癒しました。
備中松山城
2013年5月31日
31日最終日は備中松山城へ。備中高梁駅から、タクシーで8合目のふいご峠まで1250円。

駅を出発してすぐ、タクシーの運転手から「正面の山の山頂に屋根が見えるでしょう。あれがお城ですよ」と言われ、帰りに市役所前あたりで、かなりの望遠で山頂にある天守の屋根を撮ることができました。目のいい人なら肉眼でも見えるでしょう。

ふいご峠駐車場から700mの道を登ると本丸ですが、400m登ると石垣が出現し、大手門跡がすぐそこで、あとは写真を撮りつつ進むのできつくは感じません。従って400mまでの登りはすこしきついですが、ゆっくり上れば問題ありませんでした。

見所は、@天守閣、五の平櫓、六の平櫓の3点セットを二の丸からワンショットする、A
大手門付近の重層的な石垣、特に切り立った岩盤上の石垣は圧巻、B後曲輪から見る現存
の二重櫓でしょうか。

これで、3大山城登城完了です。岩村城、高取城は石垣が素晴らしく感動しましたが、山頂に天守等の建物が残っている備中松山城はもっとワクワクしました。
帰りはふいご峠から観光乗合タクシーに乗り、武家屋敷前で降り、散策しながら駅まで戻りました。
人吉城
2013年9月29日
愛媛県城巡りメンバー3人組で、9/29から2泊で人吉・鹿児島城巡りの旅に出ました。

鹿児島空港からレンタカーで人吉へ。青井阿蘇神社に寄った後、人吉城歴史館へ。スタンプゲット(良好)し、相良氏の歴史を勉強後、係りの方の案内で地下室を見物しました。石段を下りていくとひんやりした空気に包まれた空間に井戸があり、何のために作られたのか謎だそうです。その後、武者返しの石垣、水の手門跡を見物して、御下門跡から本丸へ。本丸跡には何もなく、ただ人吉の街が眺められ見晴らしが良かった。

大きな城ではありませんが、石垣も良く残っていて、球磨川と胸川の川沿いには多門櫓、隅櫓等が再建され城跡の景観に美しさを添え、良く整備された城跡という印象で、歴史館の見物30分を含め約1時間半の城巡りは充実したものになりました。

人吉温泉の湯につかり、昼食には人吉名物の好来ラーメンを食べ、夕食はうなぎを食べ球磨焼酎を飲み大いに満足しました。

球磨川ではウエットスーツを着て川の中まで入って鮎釣りをしている釣り人が眺められ、ゆっくり時間が過ぎていく風光明媚な人吉がとても気に入りました。
鹿児島城
2013年10月1日
10/1朝、鹿児島城に登城。黎明館でスタンプ押印、良好でした。大手門跡、石垣、水堀、篤姫像等を見物しましたが、時間はかかりませんでした。

鹿児島は幕末、維新の歴史の宝庫で、歴史好きには1日の市内観光では物足らないほどでした。
早朝、ホテルからすぐ近くの加治屋町を散歩し、西郷隆盛、大久保利通、大山巌、西郷従道、村田新八、伊地井正治、東郷平八郎等々多くの偉人の輩出した地であることを実感。お城から遠く離れ、下級武士の家が集まったこの地から出た人々が幕末維新の歴史を作ったことは感慨深いものがあります。

維新ふるさと館では体感ホールで「維新への道」を見物、西郷隆盛、大久保利通等の等身大の人形が舞台に登場して語り合うさまは、なかなか迫力があり見応えがありました。松山の坂の上の雲ミュージアムは再訪する気持ちはありませんが、ここはじっくり見物しに再訪したい。

仙巌園のレストラン2階から、噴煙を上げる雄大な桜島を目の当たりにできた事、昨日の夕食に、黒豚のしゃぶしゃぶそしてシロクマ君が食べられたことが、今回の城巡りの旅の良き思い出になりました。同行のご両人ありがとうございました。
郡山城
2013年11月21日
11/21から2泊3日で今年最後の一人旅にでました。天気にも恵まれ3日間とも晴時々曇りで最高の旅日和になりました。
新幹線で広島まで行き、可部線の可部駅からバスを乗り継ぎ安芸高田市役所前で下車して、徒歩10分で歴史民俗博物館に到着。
目指すは吉田郡山城。博物館でスタンプ押印(良好)後、いただいた案内図を片手に右回りで登城。毛利元就墓所から本丸跡まで800M、25分の山道は、危惧していたほど急な坂ではなく、最初に現れるお蔵屋敷跡までが少しきついが後は次々と現れる曲輪(壇と言うらしい)を辿ると本丸跡に到着。所要28分でほぼ係りの人の言われた通りでした。
三の丸跡には石垣の石がごろごろあり、当時ここに石垣(石塁?)があったことを物語っていました。
帰路は郡山公園の矢印に沿って下山。尾崎丸から分岐した本城跡への道は悪路らしいので寄らずに展望台経由清神社へ下り、三矢の訓跡碑に立ち寄り、所要2時間の登城を終え博物館に戻りました。係りの方の勧めで時計回りに廻って正解(郡山公園→本丸跡の登りは階段が多い)で、お礼を言いました。2時間の本丸制覇で達成感を十分味わえ、幸せでした。
鬼ノ城
2013年11月22日
11/22朝、備中高松城に登城後、備中高松駅からタクシーで鬼の城へ(3280円)。帰りは管理人にお願いしてタクシーを呼んでもらい(携帯が通じない)服部駅まで1970円のところ2人相乗りで半額になりました(ラッキー)。

今回の城巡り旅にクマ除け鈴とカーボン製折畳み杖を持参して、郡山城で使用したところ
だれ一人いない山中で鈴の音は心安らぐ効用があり、杖は勿論足腰の負担軽減になり、ここ鬼の城ハイキングでも使用し大成功でした。時計と反対廻りに廻り、1周2時間(普通は1時間半らしい)の間女性1名、男性1名とすれ違うのみでしたが、晴れた秋空の下快適なハイキングが楽しめました。

見所は西門、角楼あたりと屏風折れの石垣がある第2展望台あたりでしょうか。絶景が楽しめるのは南面と東面で、標高400mから眺める吉備平野の180度パノラマ景色は感動ものでした。

帰りのタクシーを待っている間、ボランティアガイドさんが展示物の説明をしてくれ、理解が深まり大変参考になりました。
鬼の城が百名城でなかったならその存在を知らず、恐らく登城しなかったでしょうが、大変素晴らしい時間を過ごせました。
津山城
2013年11月23日
11/23、10時出発の津山城探訪ツアーに参加。市の学芸員が90分間津山城の見所を案内してくれました。

三の丸から表中門跡を通り二の丸へ、備中櫓を下から仰ぎ見て切手門跡を登り、途中城内石垣で最大の石を見物し、表鉄門跡へ。今は何も残っていませんが当時はここから本丸御殿に入った様で、説明板と対比して身振り手振りで何回も折れ曲がって作られた部屋の在り様を説明していただき、その複雑な構造に感心してしまいました。

長局跡を通リ、いよいよ備中櫓内を見物。櫓内が部屋で仕切られ畳敷きになっている櫓をみるのは初めてでした。この櫓が本丸御殿の最奥部にあり、城主と近親者の生活の場であったという説明で納得がいきました。

天守台では女性が喜びそうな50センチ程のハート形をした石を見物(説明板がないので言われなければ気が付かない)し、層塔型で破風のないシンプルな5階建ての天守を説明板にある昔の写真で説明いただきました。帰路は裏鉄門跡あたりの紅葉がきれいで、ここを通過して三の丸に出て解散となりました。専門家の説明は大いに参考になり、在りし日の城の作りを想像することができました。
篠山城
2014年3月18日
2年前に一人で近畿の城巡りをしましたが、その中に篠山城があり、撮った写真と日程表を参考に今頃になって感想をアップします。

前日福知山城から移動して篠山に一泊し、朝早く篠山城に登城しました。
篠山口駅からバスで二階町下車、外堀を時計回りに東馬出、南馬出、西側は武家屋敷群(外観)を見物しながら1周し、続いて本丸・二の丸の高石垣と内堀の間の犬走を進む。
高石垣を下から眺めながらのwalkingが石垣好きにはワクワクもので、藤堂高虎の縄張りならばなるほどです。途中で工事中の看板があり戻らざるを得なかったのが残念でした。

その後大書院を見物。木造で復元ざれているので、外観は二条城の二の丸御殿を彷彿させる。内部も狩野派の障壁画が飾られ見ごたえがありました。又、篠山城復元模型が展示されていて、外堀、内堀、3つの馬出の構造、犬走等、今自分が実地に見てきた城の縄張りがよくわかりました。

その後、大正ロマン館で黒豆ソフトを食べながら休憩し、次の大阪城に向かいました。
大阪城はスタンプは済んでいるので、今回は外堀一周にチャレンジします。
(記2016/4/7)
萩城
2014年4月10日
2年前に3人組で萩城→津和野城→岩国城と中国地方の城巡りをレンタカーで楽しみました。撮った写真と日程表を参考に今頃になって感想をアップします。

4/10桜が散り葉桜になる頃、空路萩に入り午後から萩城と市内観光に出かけました。
まず萩城に登城。明治まで天守閣は現存していたのに、廃城令により今では古写真でしか往時の姿を見られないのは残念でした。さすが毛利家のお城で、古写真でも天守台に立つ天守閣はなかなか優美でした。今回は詰の城まで足を延ばせなかったので次回のチャレンジとして残しておきます。

萩の城下町は幕末の歴史の宝庫であり、海鼠塀の路地を通ったりしながら、旧所名跡を散策しました。途中、お土産に萩焼のぐい飲み、友人の勧めで夏蜜柑丸漬を買い求めました。
市内のホテルにチェックインする前に、反射炉を見物、ここが世界遺産になるとは夢にも思わなかった。途中の酒屋で地酒「長門峡」を買い求め、ホテルで温泉に浸かって食事の時に飲みました。いや百名城の旅はいいですねー。
(記2016/5/7)
津和野城
2014年4月11日
2年前の思い出をアップします。
4/11は津和野に移動。山陰の小京都と呼ばれているという、さぞかし印象深い城下町の散策ができると期待していったのに裏切られました。殿町通りは武家屋敷の海鼠塀が続き散策道になっていますが、道の側溝には動かないメタボな鯉しか見つけられず、昼飯の蕎麦屋の蕎麦は高くて美味しくなかった。

しかし、津和野城跡は素晴らしかった。
観光リフト休憩所でスタンプを押印(良好)し、所要5分のリフトで山頂駅に到着。いよいよ15分程度の山道を登りますが、整備された道でさほど苦にならず城跡に到着しました。

東門跡→西櫓門跡→三十間台→太鼓丸→天守台→三の丸→南門櫓→台所→東門跡へ戻るというルートで登城。東門跡からは壮大な石垣が現れ、よくもまあこの山の中にこんな石垣を築いたもんだと感嘆してしまいました。三十間台からの下界の眺めは素晴らしいの一語。土日運行で走っているSL山口号も城跡から眺められるらしい。SLファンでなくとも、煙を吐いて爆走するSLを山頂からミニテュアを見るように眺められるなら幸せですね。
津和野の観光にはもっと津和野城跡のPRをして欲しい。
岩国城
2014年6月12日
2年前に3人組で萩城→津和野城→岩国城と中国地方の城巡りをレンタカーで楽しみました。

4/12に岩国に移動。時間が迫っていたので登城は断念し、翌朝の登城としました。ホテルから錦帯橋と岩国城の眺めは絵になり十分楽しめました。

翌朝、錦帯橋を渡って岩国城にロープウェイを使って登城しました。頂上駅から石垣、空堀、天守台を見物した後天守閣に向かい、入口でスタンプ押印(良好)。天守閣からは錦川に架かる錦帯橋を眼下に望み、最高の景色でした。

その後吉香公園、吉川史料館等を見物しました。特に、吉川史料館では安国寺恵瓊が吉川元春の家臣宛てに書いた文書が展示されていました。信長の時代は間もなく終わり、秀吉は大した人物である云々と書かれていて大変興味深く読みました。勿論原文ではなく現代語訳の文章でした。

岩国空港から羽田へ飛び、各人家路に着きました。2泊3日の旅は楽しく、2人の友に感謝、お疲れ様でした。
五稜郭
2014年6月25日
昔の会社仲間4人と一緒に2泊で三陸の旅を楽しんだ後、足を延ばして城巡りスタンパー3名(私と友人2名)が函館に一泊後、6/25に五稜郭に登城しました。

ホテルから市電で五稜郭公園前まで行き、五稜郭タワーに朝8時に到着。公園内を散策後、9時から展望台に登ろうと計画していたところ、何と8時から営業開始していたのでラッキー。

エレベータを降りると、快晴の空に五稜郭の星型の縄張りが目に飛び込んできて、イヤー素晴らしい眺めでした。展望階は朝一番なのですいていて、函館戦争の歴史展示、土方歳三像等ゆっくり見物した後、公園へ。

今日は絶好の散策日和で、馬出の役目の半月堡からはタワーを遠くに望むことができ、武者返しの石垣(人吉城と五稜郭のみの珍しい石垣)を見て、函館奉行所へ。

以前訪問した時はなかったので、今回初めて見物しました。外観、内部の作りもりっぱで、再建費用が36億円と聞いて、前日行った根城の御主殿よりもお金をかけていてむべなるかなと思いました。

昨晩は函館通の友人に美味しい居酒屋に連れて行ってもらい、イカ刺し等の海の幸、地酒で函館のグルメを堪能しました。
松前城
2014年6月25日
五稜郭に続き、6/25午後松前城に登城しました。

3人組は函館から木古内へJRで移動しそこから函館バスで松前へ。どういうわけかバス停は「松城」で前が抜けている。

津軽海峡を見渡せる海岸道路から城下通に入り街並みを散策、観光客が楽しめる様作られていました。

登城路は天神坂門→搦手二の門→本丸御門→天守閣と廻り、入口でスタンプ押印(良好)し、内部を見物。アイヌの展示が目を引きました。

公園内はきれいに整備されていて、現存の本丸御門は小振りな天守閣よりも存在感がありました。その後、公園を出て北側に点在する神社、寺を見物後、遊歩道を通りバス停に戻りました。松前藩屋敷、郷土資料館は時間がなくて見物できず。

登城前に、レストラン矢野で松前マグロ三色丼を食べ大いに満足し、お土産は松前物産館で数の子入り松前漬けを入手。

木古内からバスで往復3時間、滞在2時間弱の慌ただしい城巡りでしたが、もう一回桜の咲くころか、松前マグロが旬な秋頃に訪れ、ゆっくり温泉に浸かり松前の地を散策したい。
これで北海道は2城を制覇、残るは根室半島チャシ群跡です。
根室半島チャシ跡群
2014年7月28日
百名城最難関の根室半島チャシ跡群に登城。
4人仲間で7月25日から3泊4日で道東をレンタカーで廻って、最後に根室に到着。
根室駅前のインフォメーションセンター(ここでスタンプをゲット)で戴いた地図を頼りに行きました。

最後の目印は廃車になった貨物車に貼ってある看板で、何とも百名城の登城口にそぐわない代物でした。駐車場もなく空き地に駐車して、細い草道を通って行き止まりまで行くと少し高台になっていて、チャシ群跡と書かれた柱が一本立っていました。この高台からは温根元漁港の眺めが素晴らしいのですが、まわりは一面草野原で何もない。近くには竪穴跡もあるようですが草に覆われて見物もできない有様です。

インフォメーションセンターの係りの方はとても親切で、オンネモトシャチ跡を空から撮った絵葉書をいただきました。半島の高台の位置、シャチの成り立ちがなんとなくわかり、とても良いものでした。

今回の道東旅行では美味しいかにを食べ、キタキツネ、エゾシカを見ることができ、北海道の夏を満喫しました。同行の御三方お疲れ様でした。
一乗谷城
2015年6月5日
6/5久しぶりの一人旅で一乗谷城へ。

福井駅から京福バスで一乗小学校下車(所要30分)。上城戸跡から下城戸跡までの1.7Kmの一乗谷川沿いの道の両側に広がる復元町並、義景館跡、庭園群を見て廻り、最後に資料館を見物しました。

その当時この地に一万人以上の人が生活し、華麗な文化が花開いて、その頂点に立っていた義景は足利義昭の誘いに乗って一乗谷を出ていかなくとも十分満足できる日々を過ごしていたに違いない。又信長ほどの野望を持ち合わせていなかったのでしょう、この地で朝倉5代は終わりを迎えました。

御所には義昭が9か月滞在していたというが、何も残っておらず、少し高く整地された平坦地が保存されているのみで足を延ばして見る価値はありませんでした。

一方、義景館跡は三方が掘と土塁で囲まれ、背後に山城を備えた防備の堅い作りになっていて、上城戸跡と下城戸跡の城下町を守る土塁と合わせて見ごたえがありました。
又、義景館跡の背後の山側に点在する庭園群にも一族の住居が建てられていた様で、朝倉一族が栄華を極めた地を散策できて満足しました。

翌朝は越前大野城に登城。
平戸城
2015年10月21日
10/20から3人組で北九州の城巡りに出かけました。
1日目は別行動で私は長崎を旅行し、翌朝大村駅で合流のはずが、大村城(玖島城祉)で二人と偶然遭遇。3人で大村城を見物してからいよいよ平戸に向けて出発。しかし皆お城が好き人間ですね。

佐世保で九十九島の遊覧船を楽しんだ後、平戸公園から平戸大橋を眺め一路平戸城へ。
料金所でスタンプを押印(良好)して城内を見物しました。狸櫓、地蔵坂櫓、天守等見物し、城内を大手門の方まで足を延ばして散策しましたが、特に印象に残る物なしでした。ただ天守からの眺めはすばらしく、懐柔櫓の屋根越しに見える青い海と赤い平戸大橋が印象に残りました。
帰りに寄った松浦史料博物館は建物、展示品とも松浦家子孫から寄贈されたものらしくなかなか見ごたえがありました。特に松浦家に輿入れする際に使われたという姫様の乗り物が華麗で、宇和島の伊達博物館にある乗り物を思い出しました。
ホテルの部屋から平戸城が遠望できて感激し、夕食には平目の薄造りに舌鼓を打ち、これから続く3泊4日の城巡りに期待が弾みました。
明日は名護屋城、唐津城に登城です。
名護屋城
2015年10月22日
10/22はいざ名護屋城へ。平戸から車で2時間弱で到着。
博物館を見物しようとすると、仲間の一人が、以前に見物したからパスすると言う。「何で?」と思いながらコースに沿って見物していくと、最後の方に秀吉の文禄・慶長の役で朝鮮に迷惑をかけたという展示があり、暗然としました。
博物館パンフレットには「過去の史実に対する反省の上に立って、〜〜今後の友好・交流の推進拠点になることを目指す」と書いてあります。しかし秀吉の朝鮮出兵を現代の人が反省する必要があるのでしょうか?戦争は敵も味方も傷つける。迷惑をかけたと今更いう必要はない、反省もいらない、歴史は史実を淡々と記述すればいいと思います。博物館には政治色のない展示を期待したい。

あと、外国語の説明はハングルだけでなくハングル+英語でしょ。海外からの沢山の観光客への説明は英語が不可欠です。

城跡の見物にはiパッドを借りて持参。城巡りで初めて使うこのようなIT機器にびっくり、すばらしい企画です。城域が広くて十分廻り切れなかったので、有名武将の陣屋も廻るべく又訪問したい。
佐賀城
2015年10月23日
10/23は佐賀城に登城。前日は名護屋から移動して呼子のイカ刺しを食べ、唐津城を見物して佐賀入り。唐津城は模擬天守ながら歴史があり、周りの景観にマッチした立派な天守閣であります。夕食は佐賀牛の焼しゃぶしゃぶを食べました。美味しかったこと、また食べに行きたい。

佐賀城は天守が残っていないものの、天守台、鯱の門、サッカーボールの模様のような南西隅櫓台等があり城跡として整備されていて散策を楽しみました。
目玉はやはり佐賀城本丸御殿。木造で再建されたすばらしい建物で、中の展示物も佐賀藩の歴史、輩出した偉人達の解説等十分楽しめました。

ただこれほどの施設で無料、寄付お願いはないのではと思います。順路の最後の出口のところに寄付箱が置いてあり、自分は寄付しましたが、誰も気が付きません。特に外国の団体客はがやがやと通り過ぎていきます。佐賀県は財政が豊かなので心配することはないかもしれませんが、今後の維持費を賄うためにも有料化したほうがいいと思います。

その後、佐賀市歴史民俗館を見物後、浪漫座でシシリアンライスという昼食をとり、次の吉野ヶ里公園へ。
吉野ヶ里
2015年10月23日
10/23は佐賀城の次に吉野ヶ里遺跡へ。

当初2時ごろ到着して見物を2時間位する予定でしたが、歴史公園マップを見て2時間ではとても全部は見切れないと思い、南内郭→北内郭→北墳丘墓を廻って帰りは循環バス(20分毎に運行、無料)に乗って東入口まで戻りました。園内は広大すぎるので限定して良かった、これでメイン箇所は廻れました。

今日も快晴で日差しが強く、遮るものがない遊歩道を歩き続けるのは我慢が必要でした。なぜここがお城?という気持ちで見物しましたが、堀があり逆茂木を立て防衛策を講じている様(模擬ですが)はやはり古代のお城なのかと思いました。

古代史、邪馬台国に興味のある人は必見の遺跡と思いますが、自分の興味範囲は中世城郭なので、百名城スタンプラリーに参加していなければ訪問していなかったでしょう。
でも弥生時代の環濠集落を再現した施設はすばらしく、地図を見ると学校の野外活動、リクリエーション場所としても活用できる立派なものでした。
同行のお二人は三内丸山遺跡にも行っている古代史ファンなのでさぞかし感激したことでしょう。
大野城
2015年10月24日
最終日10/24は交通渋滞を避けるため予定を変更して先に大野城に登城しその後福岡城に行くことにしました。

今日も快晴で、旅の五日間すべて快晴というのは珍しく、初めての体験でした。

大宰府展示館でスタンプ押印(良好)後、館内を見物しました。説明ガイドから丁寧な解説をしていただき感謝。日本・百済軍が白村江の戦いで敗北後、新羅・唐軍が博多湾に侵入してくると想定して、大宰府防御のために大野城が作られたそうです。時代は飛鳥時代7世紀で、百名城の鬼ノ城(岡山県)と同時代のお城ということになります。

今回は十分時間が取れなかったので、次回は政庁跡、水城、大野城の見どころをゆっくり
回ってみたい。

この後、大宰府天満宮へ移動しました。駐車場から参道そして天満宮まで外国人団体客でいっぱいで、日本ではなく外国に来たような錯覚に陥りました。
ともあれ菅原道真公にお参りして、梅ケ枝餅をお土産に買って、次の福岡城に向かいました。
福岡城
2015年10月24日
今回の旅の最後は福岡城。レンタカーを早めに空港で返し、地下鉄で赤坂駅まで行きそこから徒歩でむかし探訪館に。スタンプ押印後(良好)城内散策に向かいました。

大天守跡辺りの石垣は見事なもので圧倒されます。ここに大天守閣が存在したかどうか定説はないようですが、説明板に類推の天守閣CGが記載されていて当時に想いを馳せるには良い企画と思います。帰りは多聞櫓を廻って母里太兵衛門前を通り大濠公園駅まで散策しました。

多門櫓は城内から外観を見物したのみで、南側に廻って下から仰ぎ見る時間がなかったのは残念でした。櫓の素晴らしさを納得するのは下から仰ぎ見るのが一番です。

母里太兵衛と言えば大河ドラマ軍師黒田官兵衛で速水さんが演じていました。黒田24騎の中でも8虎として重用されたらしい。母里太兵衛の家の門前でもこみちさんの顔を思い浮かべている自分がいました。

今回の城巡り旅は思い出深いものになりました。温泉は平戸の湯、グルメは平戸のヒラメ薄造り、呼子のイカ、佐賀牛の焼しゃぶしゃぶ、福岡中洲のサザエ、アワビ、中トロの刺身に感激し、羽田に向けて福岡空港を後にしました。
観音寺城
2015年11月24日
紅葉の季節に巡る湖東の城旅と称して、いつもの仲間3人組で11/23から2泊3日で彦根城→八幡山城→観音寺城→長浜城→小谷城に行ってきました。天候もよく楽しい旅でした。

彦根城は2回目で、屋形船お堀巡りを経験。違う目線・角度からお城を眺められたのは素晴らしかった。これだからお城巡りはやめられない。

観音寺城は11/24朝登城。山城は苦手なので、登城路を事前に調べて負荷が少ない裏参道経由を選択。レンタカーで五個荘料金ゲートから裏参道駐車場(600円)→観音正寺へ徒歩10分(参拝道なのでだれでも行ける)で到着(スタンプ)。

ここからいよいよ本丸を目指す→さほど急坂はなく10分程で本丸に到着。山茶花の木が咲き、紅葉がきれいな本丸はかなり広い。ここで3人はコーヒータイム。本丸で味わうコーヒーの香りは格別だ。→ここから最後の目標地平井丸虎口へ。本丸から南に少し歩いた場所にあり、百名城スタンプの絵柄の場所。是非自分の目で見たい、カメラに収めたいと行ってきました。

本丸まで行く人はいるが平井虎口まで行く人はあまりいないようですが、是非平井丸虎口までは行く価値ありです。
小谷城
2015年11月25日
湖東の城旅、11/25は小谷城です。前日に山麓にある須賀谷温泉に一泊して、翌朝登城。

番所跡まで車で10分。そこから徒歩で山王丸までの往復65分、紅葉の季節で赤、黄で染まるモミジの下を浅井の歴史に想いを馳せながら散策しました。通常番所跡から山王丸までは徒歩24分のハイキングコースらしいですが、説明板を読みながら、写真を撮りながら歩くと結構掛かります。

この説明板は自分の現在地の解説と廻りの状況がわかる中々優れもので、これと同じものが浅井民族歴史資料館に展示されていました。

見所は山王丸の南虎口を右手(東側)に廻り込むとある大石垣で、本丸の石垣より大きい。目印があるので見逃さないでしょう。
小丸には長政の父久政自刃の木の立て札があります。秀吉が清水谷から駆け上って京極丸を攻撃し、本丸にいる長政と分断された久政はここ小丸で自刃したようです。
長政が自刃した赤尾屋敷跡には浅井長政公自刃の地という石碑が立っていました。

スタンプは麓の資料館で押せますが、やはり城跡に自分の足で登らないと登城の達成感は味わえません。今回も満足な城巡り旅ができて幸せでした。
鳥取城
2016年3月15日
2泊3日で仲間3人と山陰の城巡りに出かけました。羽田から空路鳥取に着き、レンタカーを借り、鳥取城→米子城→月山富田城→松江城と廻り米子空港から羽田へ戻る日程で、途中因幡の国宇部神社、伯耆の国倭文神社、出雲の国出雲大社の一ノ宮巡り、足立美術館にも立ち寄りました。天気に恵まれ快適な城巡りを満喫できました。

最初は鳥取城、博物館内のカフェで軽食をとり、仁風閣でスタンプを押印(良好)後、いざ登城。

一番の思い出は山上の丸の天守台まで登れず残念至極でした。仲間3人は健脚ぞろいで、中坂道を30分で頂上まで登って鳥取砂丘まで眺めたらしいが、自分は途中の5合目で断念。

その分時間が余ったので、山下の丸をじっくり見物しました。天球丸巻石垣展望所の看板に従い進むと天球丸に入り、上から眺める形で巻石垣を発見し珍しい球面形の石垣をカメラに納めました。現在修復工事中なので行かれないと思っていた天球丸下の二の丸に行けたのはラッキーでした。巻石垣を含めた天球丸の石垣群を下から見物でき見ごたえがありました。石垣は上から見るより下から仰ぎ見る方が迫力があります。
月山富田城
2016年3月16日
山陰城巡り旅2日目は米子城に登城後、月山富田城に登城。

米子城は百名城ではありませんが、石垣が良く残り、山頂からは見晴らしが良く、
遠く冠雪した美形の大山、中海、米子市内が見渡せ、坂道を登城したかいがありました。  
その後水木しげるロードに立ち寄り、月山富田城に向かいました。水曜日の為歴史資料館は休館でしたが、スタンプは入口で押印、良好でした。机の引き出しに入っていたマップをいただき、いざ登城。

現在整備工事中らしく本丸まで行かれない、花の壇まで行けました。七曲りの急坂を上って本丸まで登城したかったのに残念でした。
山中御殿の前方に見える山は今まで植わっていた木々がなく山肌が露出していました。整備が終わるとどう変わるのか楽しみです。
山中鹿之助像を写真に納め下城しました。

この後足立美術館に行ったとき、階段の上り下りで足の筋肉痛に悩まされました。昨日の鳥取城に引き続き今日も山城を2つ登城するとこうなると納得しました。
足立美術館で庭園と横山大観等の美術品を1時間半ほど見物して、今日の宿の玉造温泉でゆっくり湯につかり疲れを癒しました。
満足満足。
松江城
2016年3月17日
山陰城巡り旅3日目は松江城に登城。9年前にパック旅行で来ていますが、当時はまだスタンプを知らず、今回2回目の登城で初スタンプ、これで現存12天守のスタンプがすべて
揃いました。

今回は時間の関係で塩見縄手の散策を止めて、堀川巡りを選択。堀/水路を船頭さんの説明を聞きながら50分かけてのんびり巡りました。
途中、堀から遠くに見える天守閣をワンショットできました。彦根城のお堀巡りも経験しましたが、低い目線から眺めるお城もなかなか良いものです。

堀川巡り後、天守閣に登城しました。堀尾吉晴公像にご対面し、吉川英治の新書太閤記にあった堀尾茂助の活躍を思い出しました。あの稲葉山城攻略で活躍した秀吉を裏間道伝いに道案内した茂助です。

大手門跡を抜け、先に進むと出現する天守閣内に印象に残る展示はありませんでしたが、何といっても木造の急な階段の手すりを掴みながら登り降りするのは現存天守を登城する醍醐味です。

2泊3日の山陰城巡り、美味しい海の幸を堪能し、出雲そばも体験できて楽しい旅になりました。感謝!
竹田城
2016年5月24日
平成の大修理後の姫路城を再登城(スタンプは押印済)後、翌日朝竹田城へ。

姫路から播但線で1時間40分、寺前で乗り換えトンネルを潜り、山あいを走って竹田駅にたどり着き、駅改札口でスタンプを押し(少しインク薄目)、観光案内所でパンプをいただきました。

9:45発の天空バスを利用し、竹田城跡バス停まで行き、そこから舗装された緩やかな上り坂を歩くこと20分で料金所へ。この先は登り階段が続きますが3分程度で突然石垣が現れ、城跡に到着したことを実感しました。

北千畳→天守台→南千畳の一方通行の歩道はロープが張られ、よく整備されていて完全な観光ルートになっています。従って人気のないあまり整備されていない山城の醍醐味は味
わえません。

ともあれ、補修しないと見物もできないのでやむを得ません。天守台も最近補修されて登れるようになったとか。ここから眺める南千畳方向は絶景でした。
津和野城が山城で、頂上からの見晴らしがいいのは似ていますが、竹田城の方が山頂の城域が広く石垣群がすばらしい。

次回は立雲峡からの眺めを経験したいものです。
大分府内城
2016年6月21日
4人組で出かけた今回の九州城巡り旅の最初は大分府内城。前日6/20に大分空港に着きレンタカーで杵築城→日出城→中津城と廻り、別府温泉に泊まり、翌21日は鉄輪温泉地獄巡りの後、いよいよ府内城へ。

スタンプは駐車場門衛所の裏側にありました。文化会館が取り壊され、跡地は市役所の大きな駐車場となっていて、駐車場門衛所の係の人に聞くとこの裏側にあるとのことで裏に廻るとプラスチック製の箱の中に発見、状態は良好でした。しかし、横に置いてあるパンフは雨に濡れていました。門衛の方に管理をせよと言っても無理でしょうね。

城内の見物も見るものが少なく、大手門も地震の影響かシートが被せてあってみられず、天守台に登ると廊下橋、人質櫓が見える程度でした。

むしろ堀の外から眺める石垣と堀は良く残っているし、見ごたえがありました。特に堀と西の丸の南西二重櫓のショットが絵になりました。

文化会館の跡地利用は未定らしく、府内城歴史館の様な建物を建てていただいたなら、湯布院、別府等があるので観光に訪れる人が多くなると思います。
次は臼杵城に登城です。
岡城
2016年6月22日
4人組で出かけた今回の九州城巡り旅の2番目の百名城は岡城。

梅雨時に出かけたので雨は覚悟していたものの、6/22の天気予報では大雨と土砂崩れ警報が出ており、前泊の長湯温泉から岡城へ向かう道路状況が心配でした。友人二人が迂回路を検討して何とか岡城料金所に着いたときは土砂降りの雨で、登城を断念しました。

しかし、スタンプ(98城目)をゲット(良好)できてほっとしました。今回の旅は100名城スタンプ完了を目指しての旅だったので、本当にうれしかった。友人に感謝です!
料金所であの巻物を200円でゲット、普通は300円のところ城内に入らない為割引きしてくれました。良心的です。

その後、高千穂峡に寄り小雨の中見物して、途中西都原考古館に立ち寄り、宮崎に向かいました。ホテルでは宮崎牛の焼肉を堪能しました。

岡城は目のくらむような高石垣が素晴らしい山城の様です。巻物に記載された縄張り図を見ていると自分の足で歩いて見物したいという欲が出てきます。いつかリベンジしたいものです。
飫肥城
2016年6月23日
4人組で出かけた今回の九州城巡り旅の3番目の百名城は飫肥城。

今日の天気は晴れで日差しが強い中、前泊の宮崎から青島神社に寄り一路飫肥城へ。
駐車場から大手門まではまっすぐな道が続き、途中右手に小村記念館、左手に豫章館があったが立ち寄らず、樹齢100年の飫肥杉で再建された大手門を潜り登城しました。
歴史資料館でスタンプを押すも失敗し、きれいに押せなかった。残念!

館内では伊東氏の歴史、ゆかりの品々を見物できました。印象に残ったのは2台の女用の駕籠で、宇和島の伊達博物館にもあったような見事な駕篭でした。
飫肥杉が立つ旧本丸付近は観光客もいない静謐の場所で、しばしたたずみ周りの雰囲気を楽しみました。

帰りに飫肥名物の飫肥天を食べました。さつま揚げの様ですが、もう少しふわーとした食感で甘さが感じられます。左党の自分としてはさつま揚げに軍配です。

その後、都城歴史資料館に立ち寄り、都城駅で解散して、一人で最後の100城目スタンプ島原城を目指して、熊本で一泊しました。
島原城
2016年6月24日
4人組で出かけた今回の九州城巡り旅は飫肥城で終わり、最後は一人旅で島原城を目指します。都城駅で3人と別れ、熊本地震の影響で新幹線の運行も心配されましたが、問題なく熊本に到着。

翌朝フェリーで島原外港に出てから島原城へ。
写真はお城の南東(八尾病院前)から堀越の天守閣を捉えたショットがベストでした。
天守閣内の展示室では、キリシタン関係の資料もあり、興味深く見物しました。
慌ただしい日程だったので、武家屋敷を見物せず、名物のかんざらし、具雑煮も体験できず再訪時の楽しみに残しておきます。

島原城で100城目スタンプを押印。一人旅あり、夫婦旅あり、友人との旅あり、と色々な旅を続けて足掛け7年で100名城巡りを終了することができました。このサイトの有益な情報も大いに活用しての達成です。

7年の間ではお城の様相もどんどん変わっています。姫路城天守閣は大改修、名古屋城御殿は修復中、弘前城は天守閣を移動、熊本城は地震災害に遭って悲惨等々。
このような変化、見落とした所を中心に、これからもお城巡りは続けていきます。
三春城
2018年4月10日
続100名城スタンプラリーの1城目は三春城です。4/10に三春の滝桜見物がてら、桜満開、好天の中、最高の気分で登城しました。郡山駅からレンタカーで仲間2人と廻りました。三春町には枝垂れ桜がいたるところに咲いていて観光客にはすばらしい城下町です。

スタンプは歴史民俗資料館で押印、軽めに押して良好。時間が押していたので館内は見物せず、早速三春城に行きました。

登城口のお城坂を登って行き、途中、樹齢400年の「お城坂枝垂れ桜」を見物(見事!)し、更に登って行き、二之門跡、揚土門跡、三之門跡、大門跡を過ぎると二の丸、本丸にたどり着きました(桜満開素晴らしい)。下城路は違う道を取り、麓に戻ると藩講所表門(明徳門)に出ました。

城巡り大好き人間にとっては桜が咲いてなくても三春城を満喫できますが、高遠城と同じく桜が咲いている時期に登城するのがBESTと思います。
今回は東京からの日帰り旅で時間の制約があり急ぎ旅になりました。次回はのんびり旅で又三春町を旅したい。