トップ > メンバーリスト > メンバー情報

メンバー情報

ID10188
名前KJKJKJ
コメント
登城マップ訪問城マップ

登城記録

登城日順 城番号順
岐阜城
2019年10月30日
城の重要性は理解しているが、観光地であったことが印象に残る。川を後背地に持つ山城なので、堅固さはいうまでもなく、竹中半兵衛が謀略でしか落とせなかったのも理解できる。
鎌刃城
2019年10月30日
秀吉の近江攻めの最前線の城とのこと。中山道の宿場町に隣接し、近江と美濃の結節点であり、要衝は理解できた。スタンプ場所は分かりにくいですが、ナビの通りでした。登城はつかれますが、達成感あります。
大垣城
2019年10月30日
市中の城。関ケ原が近く、ここでの勝負は理に適うでしょうが、家康公が一枚上手で乗らなかった。但し、秀忠公が上田で足止めなければ、数で勝るので、攻城戦になったかもしれません。その場合、毛利が南宮山から挟撃できれば、西軍が勝って歴史が変わったかもしれません。
八幡山城
2019年10月30日
秀次公のお城。石垣が残っているものの、遺構がすごいというより、秀頼公が生まれて、秀次公が疎ましくなって、側近が排除したということが豊臣政権の短命化を促したという意味で、歴史上の転換点を指すことから選定されたと感じました。
小谷城
2019年10月31日
浅井3代の功績を資料館でじっくり読めてよかった。小谷城の立地は京都と美濃の重要地点であることはよく理解できた。お市の方を長政に輿入れさせた信長は早くから上洛を意識していたとしか考えられない。また、長浜を秀吉に与えたことも交通の要衝地で、重要拠点であったことを相当程度理解していたからであろうか。難攻の山城ランキングで上位に位置するが、七尾城・岩櫃城の方が圧倒的に落としにくいはずと思ったのは、私だけでしょうか。
大阪城
2019年11月4日
天下人の秀吉が築城しただけあって、これまでの城とは全く比較にならないサイズ。大坂の陣で籠城策は納得感あり。豊臣外交の展示があった。朝鮮出兵の講和条件をめぐる駆け引きは授業では習わないので、すごく勉強になった。しかし、展示物は外交に関係しない事項が過半数であったのが個人的には残念。それにしてもインバウンドの数はものすごい。
二条城
2019年11月5日
大政奉還がなされた二の丸御殿を堪能。将軍が諸大名を呼びつけた広間は本丸ではなく、二の丸なので、将軍の権威を意識づけたのかもしれないと感じた。天下人の家康公の命じた城であり、駿府城との類似を何となく感じた。京都・平城ではあるが、外堀と内堀がしっかりある素晴らしい城でした。
竹田城
2019年11月6日
平日で来城者が少なく、じっくり見ることができた。竹田城が話題になってから久しいので、道路整備がしっかりできており、駐車場に困らなかった。ガイドさんによると、山名氏が築城し、生野銀山の関所の役割であったとのこと。準天下人のなせる素晴らしい山城でした。